チッチが振り返るBiSHのオーディション
2014年のつばさレコーズ忘年会から、松隈はすぐさま楽曲制作に突入した。
「ここに飛び込めば、人生を変えることができるかもしれないと思ったんですよ。どうしても型にはまってしまう自分の正統派な生き方に飽き飽きしていたとき、BiSHのメンバー募集を知ったので。
オーディションのグループ面接では、変なことを言う女の子ばかりが集まっているなという印象がありました。渡辺さんも松隈さんもわかりやすいところがあって、興味があるかないかは見ていてすぐにわかりましたね。私は『ハレ晴レユカイ』(平野綾、茅原実里、後藤邑子 / テレビアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』エンディングテーマ)を披露しました。歌い始めると松隈さんがギロッとこっちを睨んできたこと、歌い終わってから『ちょっと脱いでみて』と渡辺さんに言われたことは鮮明に覚えてます。できるかできないか試されているのかなとも思いました」(セントチヒロ・チッチ)
「自分の人生を変える」という彼女の目論見は、オーディション合格後にすぐさま現実のものとなる。グループの商業的成功に加え、ジェットコースターのような怒涛の毎日が何事にも代えられないような充実感をもたらしてくれたからだ。
「苦しいことも楽しいことも信じられないほどたくさんあるけど、それが面白くて幸せなことだと感じています。いつも“当たり前”を壊され続けているから、それが自分の進化につながっている気がしていて。1歩ずつ人として本質を見られるようになったし、何よりも物事を考える癖が身に付きました。渡辺さんと出会ったことで、いろんなことを教わった気がします。普通じゃなくてもいいということ、ダメなことなんてほとんどないということ、人との関わりも仁義も愛も大切にしなきゃいけないということ……」(セントチヒロ・チッチ)
解散って、ものすごく効果がある
もう1回
「BiSHではアルバム発売前に全曲ダウンロードして聴けるようにしたんです。CDなんか買わなくてもいいんですよということですよね。あとは最初に黒目だけのビジュアルを出して、徐々に全容を公開していく方法とか……。とにかくやりたいことがいっぱいあったので、どんどん積極的に動いていきました」(渡辺)
一方でBiSから踏襲したことも当然ある。一番はサウンド面。松隈とタッグを組み、ほかの楽曲制作スタッフも以前と同じ布陣で臨んだ。当然、BiSHの音楽性がBiSから大きく逸脱することはなかったでは、なぜBiSHは大ブレイクすることができたのか? BiSに関しては「でんぱ組.incと違ってメジャーになれなかった」と反省の弁を口にしているのに、そこを突破できた要素はなんだったのか? こうした疑問に関して渡辺は「ここは非常に重要なポイントなんですけど……」と前置きしながら、核心部分に触れていく。
「解散って、ものすごく効果があるんですよ。日本人って“解散”とか“脱退メンバー”というものがとにかく大好きなんです。これは要するに『かわいそうな人が好き』という考え方に近いと思うんですけど。それに加えて、一種の懐古主義も機能する。『BiSをもう1回始めます』と言ったとき、みんなすごい勢いでBiSのことを話題にし始めたけど、その中には解散ライブに来ていないような人も大勢いたんですね。“解散新規”と僕は呼んでいるんですけど。
これはね、カート・コバーンやジャニス・ジョプリンと構造的には同じなんです。リアルタイムを経験できなかった若者が『あーあ、俺もCLUB CITTA’でパジャマ姿のカートを見ておきたかったな』という感覚」(渡辺)
ここまで語った渡辺は、ファンとの関係性についてもさらに踏み込んだ話をしてくれた。
「第1期BiSについて僕は『究極の内輪ノリ』と言いました。これはある意味、外を受け付けなかったということでもあるんです。ものすごく排他的だった。『BiSを好きじゃない奴は来なくていい』みたいな感じでね。当時、BiSの内輪に入りたいけど入れない人たちは大勢いたと思いますよ」(渡辺)
これには頷ける部分が大いにある。モッシュやダイブが当たり前だったBiSのライブはハードコア系バンドのような熱狂を生み出していたが、同時に対バンイベントなどに出ても敬遠するアイドルファンは多かった。外部から見ると、あまりにも粗暴だったのである。
「僕のTwitterをさかのぼっていただければ発見できると思うんですけど、BiSHのお披露目ライブでは『同窓会みたいだね』とか言いながらライブも観ないで酒を飲んでいる奴らがいたんですよ。その光景を見て『もうお前らはマジで来るな!』と思ったし、そのようにツイートもしました。『お前らなんて求めてないから。いらないから』くらいのことまで書いたはずです」(渡辺)
BiSHは早い段階で女性限定エリアを作った。無料ダウンロードを行ったのも門戸を広く開放したかったからだろう。新しいグループでは、もう「内輪向けの悪ふざけ」なんて絶対にやりたくなかったのだ。それは渡辺自身の立場が変化したことも大きい。一企業の代表取締役社長として社員やその家族を養っていくため、発想を根本から変える必要があった。渡辺は第1期BiSについて「あの頃が一番楽しかった」と振り返っている。だが、もはや目先の楽しさだけを追求するのが許される立場ではなくなっていた。
かつて友達感覚でつき合っていた研究員を「もうお前らは来るな!」と突き放したのは、おそらく経営者としての責任感ゆえだろう。単純にムカついていたのかもしれないが、泣いて馬謖を斬るような複雑な心境だった可能性もある。いずれにせよ2015年の
「それともう1つ僕の考えとしてあったのは、メンバーの給料的にもう少し報われてほしいなということ。少なくともバイトはしてほしくなかったんですよ。横浜アリーナで解散ライブができるようなグループのメンバーが、生活の面でひいひい言ってるのっておかしな話じゃないですか。
でも、これはアイドルに限った話じゃないんです。僕が大学生時代もバイト先で大物のバンドマンが働いているのを見て、『うわ、こんな有名なのに音楽だけじゃ食えないんだ……』ってドン引きしましたし。僕としてはやっぱりベンツとかに乗っていてほしいし、洋服店でも値札とか見ずに『ここからここまで』って注文してほしい(笑)。武道館アーティストでも食えないみたいな現状に対して、どうにかしたいという気持ちは強かったです」(渡辺)
人生でも一番熱量を注いでいた時期
ここでベタな質問をぶつけてみた。「ご自身で振り返って、2014年の渡辺淳之介はどう総括できるのでしょうか?」と。
「若かったですよね……。そして怒涛の1年だったと思う。特にBiS解散までの流れというのはすごく濃くて、本当に大袈裟じゃなく『解散ライブがちゃんとできるんだったら捕まってもいい、死んでもいい』とか思ってたんですよ。それぐらい熱量を持ってやれたことが今につながっているというのは確実にあるでしょうね。すごくつらかったけど、俺の人生でも一番熱量を注いでいた時期じゃないかな。
いや、もちろん今も楽しんではいるんですけどね。でも『死んでもいい』くらいの気持ちは2014年が頂点だった気がします。BiSH以降はメンバーたちの関係性も含めて守るべきものができちゃったのと、あとは関わる人数が増えたという部分もありますかね」(渡辺)
BiSHを始めた際、渡辺は「ああ、もうアイドルシーンなんて存在しないんだな」と痛感したという。これをSex Pistols解散時にジョニー・ロットンが「Rock is dead」とコメントした件と重ねるのは大袈裟だろうか。そこにはある種の感傷と先に進もうとする覚悟が見受けられる。寄りかかるべきシーンがない以上、自分たちで新たにそれを作っていくしかない。そう考えた渡辺は第2期BiSを始動させ、次にGANG PARADEを結成し、その翌年にEMPiREをスタートさせていく。その後のBiSHの本格的な大ブレイクとWACK帝国の隆盛はアイドルファンならばご存知だろう。これは「2014年の渡辺淳之介」と違うフェーズに切り替えたことでもたらされた繁栄と言うこともできる。
デビュー当時のBiSは一部の好事家から支持を受けていたような面も大きかったが、今やWACKはアイドル界の主流へと成長しつつある。オーディション合宿の様子もオープンにしてファンを大胆に巻き込んでいく手法などは、大手事務所の中からも追随する動きが見えるほどだ。インディーズシーンに明るい関係者の中には「今の地下アイドルはWACKフォロワーばかり」とため息混じりにこぼす者もいる。2014年の渡辺が取った「独立」というアクションがシーンの潮流を大きく変えたことは疑う余地もない。
あらゆるジャンルに当てはまることだが、新たな道を切り拓くことができるのは業界の規範から外れた人物だけだ。村の掟に唾を吐き続けた渡辺。そのアナーキーな精神性はサブカルチャーとメインカルチャーの境界線も、ロックとアイドルのファン層の差も軽々と乗り越えていくこととなった。そして今後もWACKと渡辺は前例のない戦いを余儀なくされることだろう。それは歴史を作る選ばれし者たちの使命でもある。
- 小野田衛
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出版社勤務を経て、フリーのライター / 編集者に。エンタメ誌、週刊誌、女性誌、各種Web媒体などで執筆を行っている。著書に「韓流エンタメ日本侵攻戦略」(扶桑社新書)、「アイドルに捧げた青春 アップアップガールズ(仮)の真実」(竹書房)がある。芸能以外の得意ジャンルは貧困問題、サウナ、プロレス、フィギュアスケート。
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