斉藤朱夏は“言葉”を大切にするアーティストだ。ポジティブな気持ちもネガティブな感情も多彩な音楽に乗せて、丁寧に言葉を紡いできた。これまでのシングルの表題曲、アルバムとミニアルバムのリードトラックを収録したベストアルバム「Rabbit Girl」は、まっすぐに人と向き合い、思いを伝えてきた彼女のアーティストとしての歴史が刻まれた作品。特にサイダーガールの知(G)が書き下ろした新曲は、彼女の軌跡を総括する楽曲であると同時に、これからの道のりを照らし出している。
音楽ナタリーでは全14曲のレビューを掲載。これまでのインタビューと合わせて、ぜひ彼女の足跡をたどってみてほしい(参照:斉藤朱夏 特集一覧)。
文 / 中川麻梨花
01. あと1メートル
2019年8月14日発売 1stミニアルバム「くつひも」収録曲
斉藤朱夏の楽曲にはいつも自分以外の“人”の存在がある。人に対する愛おしさ、人とのつながり、そして時には人とのコミュニケーションの中で感じたモヤモヤ、悲しさ──人と関わる中で生まれる“喜怒哀楽”だけでは片付けられないさまざまな感情を斉藤は歌い続けてきた。ソロデビューミニアルバム「くつひも」の収録曲「あと1メートル」は、「好きな人と一緒に帰り道を歩く」というシチュエーションをもとに書かれた恋愛ソング。もっと“君”と一緒にいたいのに相手に思いを伝えることができず、「あと1メートル 君の家が遠ければ」と願ってしまうようなもどかしい心情が描かれている。しかしこの曲では、帰り道に相手と別れたあとの寂しさや不安すらも「一人が寂しいのは 一人じゃない証拠だよ」「別れが寂しいのは 隣にいた証拠だよ」と温かなものとして捉える。胸を締め付けるような痛みが生じたとしても、それは君を大切に思っているからこそ生まれるもの。人との関係性の中で温かさや幸せを感じ、時に悩み、ぐるぐると考えを巡らせてきた彼女の原点とも言えるような楽曲だ。
02. くつひも
2019年8月14日発売 1stミニアルバム「くつひも」収録曲
「自分と似てるなという気持ちがありましたね」──ソロデビューミニアルバムの表題曲「くつひも」の主人公像について尋ねると、斉藤はそう答えた。「くつひも」は「あと1メートル」と同じシチュエーションから生まれた楽曲。心を浮き立たせる軽快なサウンドに乗せて、斉藤は「きつく締めたこの靴紐の蝶々結びのように 手と手 繋げたらいいのに」と意地っ張りな少女の恋心をハツラツと歌い上げている。この曲のレコーディングには、ポケットに手を突っ込んでいるような、少しやんちゃな女の子のイメージで臨んだという。天真爛漫で愛らしい主人公に、いたずらっぽいキュートな笑顔を浮かべる斉藤の姿がぴったりと重なる。
03. パパパ
2019年11月20日発売 1stシングル「36°C / パパパ」表題曲
テレビアニメ「俺を好きなのはお前だけかよ」のオープニングテーマ「パパパ」では、抑え切れずにあふれ出る恋心を、つぼみがパッと花を咲かせるさまになぞらえている。斉藤が華やかなブラスサウンドと軽快なカッティングギターに乗せて歌い上げるのは、なかなか振り向いてくれない“君”へのまっすぐな思い。恋に奮闘する日々を前のめりで楽しんでいるかのような、斉藤らしい勢いのある片思いソングとなっている。
04. 36℃
2019年11月20日発売 1stシングル「36°C / パパパ」表題曲
「パパパ」とともに両A面シングルの表題曲として収められた「36℃」は、しっとりとした冬のラブバラード。斉藤が考案したキーワードを元に、冬に寄り添い合うカップルのスイートな物語が描かれている。サビにつづられたのは「君を愛してる」というストレートな愛の言葉。リリース時の取材でメモに書いていた言葉を尋ねると、斉藤は「サビに出てくる『愛してる』という言葉は書いていました。今回、それは絶対に言いたかったんです」と言い切った。「愛してる」という簡単には口にできない思い言葉をつづることで、彼女は自身のアーティスト活動に懸ける強い思いを1stシングルのタイミングで伝えたかったのだ。“君”に甘く語りかけるような歌声、特にDメロの「永遠に 永遠に 離れない 離さない」の温度をグッと上げた伸びやかな高音は印象的。1stシングル曲にして、ソロアーティスト斉藤朱夏の表現力豊かな歌声を存分に堪能できる。
05. ゼンシンゼンレイ
2020年11月11日発売 2ndミニアルバム「SUNFLOWER」収録曲
2019年8月にソロアーティストデビューを果たした斉藤の目の前に広がっていたのは、コロナ禍で混沌としていた世界だった。翌年3月に行う予定だった初めてのツアーは中止に。ステージに立つことが何よりも大好きで、ソロアーティストとしての初のツアーに大きな展望を抱いていたであろう斉藤の悲しみは計り知れない。しかし、その年の夏に彼女から届いたのは「SUNFLOWER」という、とびきり明るいエネルギーに満ちたミニアルバムだった。その作品を象徴する1曲「ゼンシンゼンレイ」は、外出自粛期間中にメモしていた斉藤の言葉を元に作られた疾走感あふれるシンセロックナンバー。「全身全霊で遊ぼうぜ エンジン全開で叫ぼうぜ」と斉藤はあり余るエネルギーを歌に乗せて勢いよく放った。ソロデビューする際に「『私はアーティストとしてみんなに何を伝えていきたいんだろう?』と考えたときに、大袈裟な言葉かもしれないけど、みんなの人生を支えてあげたり、背中を押してあげられたらいいなと思ったんです」と語っていた彼女は、暗いムードが漂う世の中で、人々の手を取って前へと突き進んでいく。「バカみたい高い壁でも 壊してしまえそうさ」と彼女が歌うと、本当にそんな気がしてくるから不思議だ。
06. セカイノハテ
2021年2月10日発売 2ndシングル「セカイノハテ」表題曲
テレビアニメ「バック・アロウ」のエンディングテーマとして制作された「セカイノハテ」。世界を取り囲む“壁”の外を目指していくストーリーと連動して、この曲では目の前にそびえ立つ壁を乗り越え、まだ見ぬ景色へと目指していく意思が伸びやかに歌われている。「セカイノハテ」は2021年2月のリリース以降、斉藤がすべての単独公演で大切に届けてきた楽曲だ。彼女はいつもまっすぐな眼差しでステージを踏みしめ、突き抜けるような歌声で人々に壁の向こう側へと進む勇気を与えてきた。その歌のパワーにオーディエンスが共鳴し、会場に巨大なエネルギーが満ちていく光景は、この曲とは切っても切り離せない。2021年にホール公演で披露されたアコースティックバージョンを含め、ライブ音源も各サブスクリプションサービスで配信されている。オリジナルバージョンとともにそちらもぜひ。
07. もう無理、でも走る
2021年8月18日発売 1stフルアルバム「パッチワーク」収録曲
斉藤の生き方を象徴するような1曲。斉藤が心身ともにボロボロだった時期にポロッと漏らした「もう無理。でも私走りたいんです」という言葉をスタッフが聞いたことからこの曲は生まれた。そもそもソロデビュー前、もっと言えばアーティストを目指してオーディションを受け続けていた頃から、“もう無理”でもボロボロの状態で“走る”ことを選んできた人生だった。何がそこまで彼女を突き動かしているのか気になり、その原動力を尋ねてみると、彼女は少し考えて、「走り続けないと、私はたぶんダメになっちゃうんです。何をしたらいいのかわからなくなっちゃいそうというか……自分を保つために走り続けているのかもしれないです」と答えた。何度転んでくじけてもすぐに立ち上がり、傷を負ったままものすごいスピードで走っていく。そんな彼女の生き方を愛おしく感じる楽曲だ。
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8曲目「ワンピース」~14曲目「あしあと」