長渕剛が4月より開催していた全国ホールツアー「TSUYOSHI NAGABUCHI HALL TOUR 2025 "HOPE"」が、7月17日に広島・広島文化学園HBGホールでフィナーレを迎えた。
最新曲「HOPE」を引っさげ、全国16会場を巡った長渕。セットリストは公演ごとにガラリと変わり、一期一会、一夜限りのステージが各地で繰り広げられた。この特集では、ツアーの折り返しとなった川商ホール(鹿児島市民文化ホール)第1ホール公演に続き(参照:長渕剛「TSUYOSHI NAGABUCHI HALL TOUR 2025 "HOPE"」特集|故郷・鹿児島で“家族”に捧げた熱き魂の歌)、ライター冬将軍による最終公演のロングレポートをお届けする。
取材・文 / 冬将軍撮影 / Hayato Ichihara
チームとしての進化を見せる序盤
ステージバックに現れた巨大な半円形の影、その周りから煙のような光が差す。太陽のフレアのようであり、ステージにまるで日食に覆われたような幽玄な世界を作り上げる。その光は無数の星のような幾何学模様を描き、悠然と構えるバンドメンバーのシルエットを浮かび上がらせた。惹き込まれるようなシンセサウンド、ゆっくりと刻まれるハイハット、猛り狂うサックスがバンドアンサンブルをいざなっていく。重厚なギターリフが耳を襲い、野太い声が会場を揺らした。
2025年7月15日、広島文化学園HBGホール。開演前から異様なほどの“剛コール”がホールを揺らす中、ライブの幕がついに開いた。
長渕剛「TSUYOSHI NAGABUCHI HALL TOUR 2025 "HOPE"」最終公演は「SAMURAI」でスタートした。アルバム「FRIENDS」(2009年)のオープニングを飾るこの曲。長渕はアルバムジャケットと同じビグスビー・ユニットを搭載した1974年製フェンダー・テレキャスターを抱え、原曲のメロディにとらわれることなくリズムに合わせて詞(ことば)の1つひとつをしっかりと伝えていく。「大和の国から のろしを挙げて 今、俺達は北へ向かう」と、大和魂を力強く奮い立たせるこの曲を本ツアーのオープニングナンバーに選んだのは、昨今の国政や世界情勢に対するものであろう。実に長渕らしい姿勢だ。そんな長渕の扇動に、会場いっぱいのオーディエンスが全力の歌声と拳で応えていく。1曲目とは思えぬ熱気が場内を覆った。
オーディエンスの士気をしっかりと掌握した長渕。矢野一成(Dr)が刻むバスドラムのリズムからなだれ込んだのは「黒いマントと真っ赤なリンゴ」だ。80年代初期、長渕が20代の頃の曲を想起させるどこか影のあるメロディながらも、和製ロックのアレンジとクセを強めた歌い方が、現在の長渕の色香を引き立てる不思議な曲である。バッキーこと椿本匡賜(G)のフェンダー・ジャズマスターの芳醇な音色と、名越由貴夫(G)のゴールド&プラチナ箔が施された美しいシグネチャーギターから繰り出されるアーミングプレイがアーシーな音を響かせ、昼田洋二(Sax)のサックスが哀愁を醸し出す。
「SAMURAI」の終わりからこの曲をつないだ矢野のバスドラム、ほんの数小節の間に長渕はテレキャスターからタカミネのアコースティックギターへ持ち替えた。阿吽の呼吸でスッとギターを長渕へ差し出すスタッフ。こうした手際のいいスタッフとの連携プレーも長渕のライブの見どころだ。袖に構える楽器周りのスタッフを含め、ライブを作り上げる全員が真剣な眼差しで何が起こるかわからないステージを見守っている。ステージ両脇の花道へバンドメンバーが躍り出れば、本人の代わりにスタッフが身を低くしてステージへ赴きエフェクトペダルを切り替える。これほどまでスタッフとの一体感を持ったアーティストのライブはそうそう見られるものではない。加えて、5月30日に行われたツアー中盤の鹿児島・川商ホール公演よりも音響がよくなっていたことも驚きだった。ずっしりとしたバスドラムからアコースティックギターの弦の鳴りに至るまでが鮮明に聞こえる長渕ライブが日本最高峰の音響であることは紛れもない事実。ツアーで進化するのはアーティストやバンドだけではない。スタッフを含むチームとしての飽くなき探究を、まざまざと感じたツアー最終公演だった。
「命を懸けてステージに立ってます」
「広島行くぞー!」
長渕が声を大きく上げるとワウギターが響き、早くもツアータイトルを冠した最新曲「HOPE」が投下される。祝祭感にあふれた矢野が刻む土着のリズム、グルーヴィな林由恭(B)の低音のいななき、テンション高めの長渕ボーカルに誘われて「HOPE!」とオーディエンスも大声で叫ぶ。世の中に向かって希望と願いをぶっきらぼうに叫ぶのだ。これこそが長渕流の攻めの姿勢、狼煙である。
そして多くのファンにとってのアンセム「STAY DREAM」をアコースティックギター1本で熱唱する。沼田梨花、会原実希、マスムラエミコのコーラスが野太い叫びに花を添えた。
「みんな元気すぎるぞ、本番前から『剛、剛、剛』って。亡くなった親からもそんな呼ばれたことない。おかげでおいおい歳取ってられないな」
歌い終えた長渕が客席へ向かって語りかける。
「見ての通り、長渕剛のライブは親子四代で来るようになったよ。マジですごいことよ、感謝してる。子供を抱いたお父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん……みんな何十年も僕の歌を愛してくれました。その恩返しのツアーよ。満身創痍、命を懸けてステージに立ってます。あと3年すると50周年よ。どうする?」
その言葉に大きく温かい拍手と歓声が沸き起こった。
「懐かしい歌を歌おうか」と、河野圭(Pf)の奏でる物哀しいピアノに誘われるよう長渕が歌い出したのは「俺たちのキャスティングミス」。アルバム「STAY DREAM」(1986年)収録の隠れた名曲と言うべきラブソングである。ライブで歌われたのはアルバム発売時のツアー「LIVE '86-'87 STAY DREAM」以来。初めて生で聴くファンも多かったはずだ。間奏で何かを思い出したように語り出す長渕。「たくさんいろんなことがあった。でもこうやって歌を通してみんなと縁ができたこと、感謝してます」と。ちょうど30歳になる頃に書かれた悲痛なラブソングを、68歳の長渕が歌っている。原曲から1音半下げたキーも、当時とは異なる味わい深い趣を感じさせる。長渕は歌い終えると、美麗なハーモニカを吹きアウトロを彩る。電球色、橙色、紫色、3色の照明が照らす夕焼け空の色の下、そのハーモニカのメロディは「夕焼け小焼け」となり、会場には静かな合唱が響いた。
そうした温かい余韻をいい意味で断ち切るように、敗北を歌う「Loser」へ続く。長渕剛というアーティストは弱さもさらけ出す。体を鍛えるのも、もっと言えばギターを持って歌うことも、強さへの憧憬ゆえだろう。人気も地位も手に入れたアーティストが60歳を超えて書いた歌がこの「Loser」だ。ループする演奏に乗せて「I'm a loser I'm a loser I'm a loser」と何度も何度もその節、“敗北のメロディ”を歌うのだ。
亡くなった父と母への思いを吐露
亡くなった父と母への思いを語る長渕。18歳のときに「僕は歌いたい」と正座でお願いをしたという。「二度と帰ってくるんじゃないよ」と言った母。無言の鉄拳制裁を下した父──。そして、一番忙しかった30代。親孝行できなかったことを悔やんだ。「MOTHER」で「呆けたかあちゃんが遠くを見てる」と書いたように、母が認知症になった。あの頃は幸せを感じなかった、歌を書くことが苦しかったと語る。父の名前も、息子である自分の名前も忘れ、窓の外を無表情で見つめる母から「あんた、幸せでよかったね」と蚊の鳴くようなか細い声で、そう言われたという。人生の中で疑問をもたらしたその言葉の意味とは……。
その疑問を自ら遮るように長渕は「もっと銭が欲しい」と、ブルージーなピアノの旋律をバックに唐突に歌い出した。「人間になりてえ」だ。認知症になった母と、逆に成長していく自分の子供たち。そんな環境が長渕のアーティスト性に大きく変化をもたらした時代の曲である。この頃の長渕は最もしゃがれた声で歌い、土着的なサウンドと独自の死生観に傾向していた。そして、この曲が収録されたアルバム「Captain of the Ship」(1993年)のツアー「LIVE'94 Captain of the Ship」序盤4公演で倒れてしまった。それ以降、数えるほどしか歌われていない曲だ。「もっともっと前へ」とひたすらに歌い叫ぶ長渕。強固になっていく会場の一体感はそのままに「明日へ向かって」へと流れていく。長渕とともにバンドメンバーがステージ両脇に伸びる花道を闊歩し、オーディエンスとともに明日へ向かって拳を思い切り突き上げ、高くジャンプした。
ピアノ伴奏で歌われた「交差点」。長渕が20代の頃の失恋を歌った悲しい曲だが、いつしかみんなで歌う唱歌のような優しい歌になった。そこから小気味よいリズムに乗せて「走れ」へと流れた。先ほどまで美しいピアノを奏でていた河野もその場でジョギングをしたりと、バンドメンバーもノリノリで演奏する。そして歌い終えた長渕は、呼び寄せたスタッフからギターとハーモニカを受け取り軽快に鳴らした。古くからのファンには聞き覚えのある旋律に歓声が上がる。
「なんの歌だかわかるか? おおー!わかるね! 『俺らの家まで』大合唱!」と、懐かしの曲紹介で「俺らの家まで」を弾き語る。「機嫌なおして」「ツヨシー!」とオーディエンスの合いの手もバッチリ決まり、ご機嫌になった長渕は「女好きは“ツヨシ”の悪い癖 でも 遊びなんかじゃないよー」と、「俺ら」を自分の名前に置き換えて笑いを誘う。この曲はもともとセットリストにはなかった様子で、バンドメンバーもハケるタイミングを見失い、ステージ上でクラップをしながら場を盛り上げていた。「俺らの家まで」が終わるとステージに長渕1人が残り、12弦ギターに持ち替えてゆっくりと丁寧に歌う「BLOOD」へ。己の血を確かめるように、己の生き様をさらけ出すように、しっかりと歌い切った。
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「これからも真っ直ぐ、真っ直ぐ、真っ直ぐ」そう長渕は叫ぶ