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パンチライン・オブ・ザ・イヤー2020 (前編) [バックナンバー]

ZORNの大ヒット、BLMへの反応、舐達麻の変化……2020年を彩った数々のパンチライン

言葉という観点からシーンを振り返る日本語ラップ座談会

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日本で暮らす移民とシステミックレイシズム

Gen 自分のライムでテクニカルに言葉を組み立てていくZORNさんに対して、Moment Joonさんは正直テクニカルなタイプのラッパーではないんですが、言葉の持つリアリティが強い。僕はMoment Joonさんの「Hunting Season」という曲から「『休憩中でも子供と日本語で話すな』と言う学校の先生 / 外人だったら外人をやれ そうじゃなかったら牽制 / 俺より英語が下手な白人 俺の時給の1.5倍 / それでも頑張って働いたのに先月分が入ってこない」をパンチラインに選んだんですけど、これって日本で外国人労働者が経験する典型的な内容なんです。

Gen 彼はたぶんバイトで英語の先生をやっているんだと思いますが、インターナショナルスクールとかで外国人が英語の先生として働くと「学校にいる間は休憩中でも子供に日本語で話すな」と言われるんです。あと、非ネイティブだけど白人だからという理由で英語の先生をやっている人は多くて、そういう人のほうがMoment Joonさんのようなアジア人の先生よりも給料はいいし出世もする。そういうシステミックレイシズム(構造的人種差別)の影響というのは日本にもあるんですよね。「英語スクールの経営・雇用状況が悪くて、がんばって働いたのに先月分が入ってこない」みたいな話は、僕も周囲から聞くのでよくわかります。日本にいる外国人の環境を知っていると、すごく共感できるラインだと思いますよ。

斎井 なるほど。

Gen この曲には「ナタシャは就活中 / 聞かれた『いつまでアルバイトで大丈夫?』」というリリックもあるんですが、実際、外国人が日本で正社員になるのは大変なんですよね。ビザの関係もあるんですけど、多くの会社は「いつ自分の国に帰っちゃうかわからないから」と外国人を正社員にしたがらない。Moment Joonさんはこの曲で外国人労働者の不安定な雇用をラップしましたが、昨年Meisoさんが発表した「Immigrate Us」もそういう曲なんですよね。僕がこの曲から選んだのは「何も自分に限ったことじゃないさ / 線を越えた者にはある二つの視座 / そんな白黒はっきりしてないよ / 俺らは見てるフェードするグレーを色調とした七色」というラインです。

Gen 彼はおそらくアメリカ人のお父さんと日本人のお母さんのミックスなのだと思いますが、「線を越えた者にはある二つの視座」というのは、大陸を渡った彼にはアメリカ人と日本人のどちらの視点・価値観もあるということでしょう。つまり彼の中には明確に分けられない、混ざり合った2つのアイデンティティがあるんですね。例えば1色刷りのマンガって、グレーの濃淡の具合で、実際にはモノクロなのにカラフルな世界を表現することができるじゃないですか。「フェードするグレーを色調とした七色」というリリックには、彼がこれまで両親に連れられてアメリカやハワイに住み、今は日本でミックスの子として暮らしている経験がポエティックに描かれているんです。

成り上がりと「まともにやってもどうにもならない」というあきらめ

二木 今Genさんが日本で暮らす移民の視点や環境について話してくれましたが、自分はPlayssonというラッパーにとても注目しています。彼は1997年にブラジルのミナスジェライス州に生まれ、2011年に来日し、愛知県豊田市に移住してきたそうです。昨年発表した「Real Trap」という5曲入りのEPの中には「HOMI」という曲があります。最初にこの曲のMVを観て、何よりラッパーとしての存在感が強烈で釘付けになりました。ちなみに「HOMI」とは彼のフッドである保見団地を指しています。

二宮 日本最大級のブラジル人コミュニティですよね。

二木 自分はまだまだ保見団地については知識が乏しく理解も浅いですが、1990年の入管法改正によってブラジル人を中心とした外国人が大量に居住するようになっていったそうです。その保見団地に部屋を借りて、ブラジル人住民を被写体の中心に3年間撮り続けた名越啓介さんという写真家が2016年に「Familia 保見団地」という写真集を出しています。さらに、4年ほど前にこの写真集の背景を捉えたショートドキュメンタリーがYouTubeにアップされました。そこでは、団地内で日本人住民と外国人住民の間に緊張関係がある事実や、右翼の車が燃やされた1999年の事件が団地に与えた影響などについても語られます。そして、このドキュメンタリーにPEDROという名前で登場して仲間と一緒にラップしているのがPlayssonなんです。

二木 Playssonは今West Homi Recordzというレーベルをやっています。そこに所属しているMaRIというラッパーが2020年に発表した「Ima Bad Bitch」と「LIL DICK」という2曲もぜひ聴いてほしいです。Playssonに話を戻すと、「Real Trap」にはその名も「Gang」という曲があります。そこで彼は「俺らはアングラ / 本当のギャングだ / 安倍と絶対写真撮らない」とラップしている。

二宮 AK-69のことですよね。

二木 そうですね。2019年3月3日にAK-69のTwitterオフィシャルアカウントに安倍前首相とのツーショットがアップされました。このリリックは、それに対するリアクションでもあります。なぜそう判断できるかと言うと、あるアカウントが、ツーショット写真とともにこのリリックをツイートすると、Playssonは引用リツイートで、「わかるか?」と応じているからです。その直後に、「結構聞かれるけど 嫌いじゃないからね 皆も嫌いな相手じゃなくても これはないなって思う時は あるだろ?笑」とツイートしています。

二木 「アングラで本物のギャングであるために、一国の首相とは写真に収まらない」と因果関係を整理すると、このラインからはある種のアンダーグラウンド経済と国家権力の緊迫した力学が見えてくるのではないかと。もちろん、これは自分の推測の域を出ないです。それほどこのリリックの背後にあるPlayssonの経験してきたリアルや見てきた景色は自分には計り知れない。まだまだ可視化されていない日本の現実があるのだろう、という想像力を刺激されます。だから選びました。

二宮 「HOMI」は、自分も挙げようか迷いました。「真面目に働いたら貧乏 / でもこれじゃまた捕まるきっと / 音楽で食ってやる一生 / ヘイター達勝手にする嫉妬 / ストリートは遊びじゃねんだ / クソ餓鬼は憧れんな / 俺はもう別の次元だ / 音楽で人生を変えんなら本物じゃねぇな」という部分。「音楽でひっくり返してやろう」という成り上がりのワードであるのと同時に、「まともにやってもどうにもならない」というあきらめもあって、Playssonが厳しい環境下で育ってきたことをこのラインから伺い知ることができます。

二木 東海地方の期待のブライテストホープだと思います。

二宮 そういう期待感もすごくありつつ、いついなくなってもおかしくないなという危うさも多分にあるんですよね。舐達麻から起こったハスリングラップムーブメント再燃の流れで、PlayssonのようなラッパーもYouTubeの再生数が上がって、世の中から見つかりやすくなってきたような気がします。そんな中で今、もっとも際どい表現をするラッパーがREAL-Tだと思うんですけど。

二木 はい、そうですね。

二宮 彼は自分が半グレグループのメンバーだということを、何もオブラートに包まず言っちゃうところがとにかく衝撃的で。印象に残る言葉がかなり多い中で、自分が選んだのは「THUG SCENE」という曲の「あのときのこと 反省してない1ミリも」というラインなんですけど、彼、逮捕されて普通に夕方のニュース番組とかで報道されてるんですよね。で、出所したのかどうかもよくわからない時期にMVが公開されたのが、この「THUG SCENE」なんです。ニュースを観てた人からすれば「この腹のくくり方はなんなんだ」って思いますよね。

二宮 この曲では、どうして事件を起こしたのかという理由もそのまま言ってて。「半グレと誰かの不義理に / 揚げ足と掛け合い筋道 / みんな足運ぶ決まり事 / しっかり済ませろよ義理ごと」って。「不義理を起こした人がいたら、グループ全員でそいつのところに行くのが決まり。だからやったんだよ」ってことですよね。USのギャンスタラップを聴くときに、日本では身近な話題ではないから、どこかファンタジーみたいな感覚で聴いているところがあるんですけど、それが実は目の前にもあるんだとREAL-Tは突き付けてくる。単純に半グレの犯罪は許せないと終わらせるのは簡単ですが、彼が育ったという今里新地の環境を加味して考えると、一概にすべてを否定できないんじゃないかとも思うんです。もちろん犯罪を肯定することはできないけど。ちなみに楽曲としては「SERENA」や「目の詳細」という曲も好きですね。

二宮 「SERENA」は覆面パトカーに使う警察車両の車種を連呼する曲です。このフック、耳から離れなくなるんですよ。REAL-Tはトピックの着眼点やワードチョイスだったりに、悪さの中にもユーモアがあって魅力的なんですよね。だから……ずっとシャバにいて曲を作っていてほしい。

舐達麻の大きな変化

斎井 去年の「パンチライン・オブ・ザ・イヤー」で二木さんが挙げていた、「Roots My Roots」でのBADSAIKUSHのライン「間違ってる事を正しいと歌わない俺は」もそうでしたけど、やってることは犯罪だし悪いことなのに、突き詰めて調べてみるとその人なりの正しさみたいなものが見えてくるというか。REAL-Tには特にそういう面が詰まっていますよね。

二木 手前味噌になりますが、自分が数年前に企画・構成を担当した漢 a.k.a. GAMIの自伝「ヒップホップ・ドリーム」で試みたかったのは、MC漢というギャングスタラップの表現者を通じて、“リアルとは何か”を掘り下げること、そしてもう1つは日本社会の善悪を捉え返す、ということでした。舐達麻は、そうした善悪の捉え返しをさらに促す問題提起を投げかけた存在ではないでしょうか。そしてその後登場したREAL-Tは、聴く者に善悪の捉え返しの間を与えないほどの“リアルの強度”がある。今はそんなふうに捉えています。

二宮 自分もそう思います。それにしても「BUDS MONTAGE」のMVの再生数、すごいですよね。今年のヒップホップの中でもトップクラスに再生されてる。

二木 わかりやすい説明のために比較しますが、昨年リリースされたCreepy Nuts「かつて天才だった俺たちへ」、chelmico「Easy Breezy」、PUNPEE「夢追人 feat. KREVA」などよりもYouTubeの再生回数は上回っています。

二宮 自分はこの曲のBADSAIKUSHのヴァースから「言われ尽くされてるそんな言葉が核となる人生はクソだ / 俺は俺だが お前と俺で 俺になる / 他と同じ筈実力は努力の数 / 見ればわかる奴と奴」ってところを選びました。これまでの舐達麻の曲って仲間たちや、わかってる奴らの方向を向いてラップしてたと思うんですが、ここではより広いリスナーに向けていると解釈できる言葉をつづっている。これは大きな変化じゃないかなと。

二木 なるほど。

二宮 2000年代中頃のハスリングラップのムーブメントは、2009年にD.Oが逮捕されたことで一気に収束しました。このとき、日本で不良を貫いてラップを続けていくことの限界を突き付けられたというか、考えさせられるきっかけになったと思うんです。2020年もMC漢が捕まった。RYKEYも捕まった。じゃあ舐達麻はどうするんだ?というときに、「BUDS MONTAGE」のリリックが生まれたのは必然な気がします(※この座談会は舐達麻のG-PLANTSとDELTA9KIDが大麻取締法違反で逮捕される前に実施)。

二木 そうした解釈もできると思います。例えばBADSAIKUSH Feat. KENNY-G「OUTLAW」でのBADSAIKUSHのリリックからは、“リアルを歌う”ことへの葛藤と覚悟を感じます。「散々に言い尽くしたライマー 未だに口は閉さずに俺なりを吐いた / 真実にも関わらずにこれとこれは言わない方が良い / 誰の都合に扱い これは調書じゃない歌詞 / ただの俺と周りの話し 浮き彫りにする内心」。BADSAIKUSHが犯罪の描写や経験よりも、自分の内面から出てくる言葉をつづることにも比重を移していることは、日本のギャングスタラップの重要な変化を示していると思います。

※動画は現在非公開です。

二木 ちなみに昨年末、まさに昨年の「パンチライン・オブ・ザ・イヤー」に輝いた舐達麻に「サイゾー」でインタビューをしました。ずばりテーマは大麻論でした。そこでBADSAIKUSHが「“勘ぐり”が愛につながっていく」という興味深い見解を語ってくれました。一方で、MONYPETZJNKMN「How Many feat. kZm」の中でJNKMNは「勘ぐりなんて関係ないてくらい目開いてない完全体」と、相変わらず突き抜けた快楽主義を歌っています。

二木 そんなJNKMNは最近、tofubeatsがプロデュースを手がけたA-THUGの「HIGHWAY」に客演していましたが、そのA-THUGがリーダーのグループ、SCARSが日本のラップの重要トピックとして可視化させた“勘ぐり”という心理状態は、いまだ社会と人間の殺伐とした側面を表すキーワードですね。

二宮 そうですね。しかしその中心メンバーのSTICKYが先日亡くなってしまいました(参照:SCARSのSTICKYが死去)。この厳しい時代に、前向きな言葉ばかりを並べている曲を聴くのは逆にしんどいと思うんですよ。だからこそ着色せずありのままをラップするSTICKYの曲をもっと聴きたかった。すごく残念です……。

後編につづく

※記事初出時、本文中に誤りがありました。お詫びして訂正します。

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