吉乃が柊マグネタイトとタッグを組んで制作した新曲「天伝バラバラ」が7月11日に配信リリースされた。
TOKYO MX、BS11、ABEMAで放送・配信中のテレビアニメ「気絶勇者と暗殺姫」のオープニングテーマに使用されている「天伝バラバラ」。アニメのストーリーに驚くほどマッチするダンスミュージックに仕上がったこの楽曲の制作秘話について吉乃に語ってもらった。
また、これまでカバーライブという形式で単独公演を重ねてきた吉乃は、8月29日に東京・Zepp Haneda(TOKYO)にて、オリジナル曲を携えてのワンマンライブを初開催する。「オリジナル曲を知らない人にもライブを楽しんでほしい」「誰のことも置いていかない」と語るなど、覚悟を決めてライブに挑む彼女の現在の心境にも迫る。
取材・文 / ナカニシキュウ
平成女児アニメみたいな曲を
──新曲「天伝バラバラ」、聴かせていただきました。こういう言い方は失礼かもしれないですけど、歌い出しの時点で僕は思わず笑っちゃったんですよ。
あはははは! 笑っちゃいましたか(笑)。
──なんて引き出しの多いボーカリストなんだ!と思って。さすがの幅広さですよね。
いやいやいや……でもうれしいです。実際、この曲はしょっぱなから歌い方がいつもとは違うかな、というふうには自分でも思っていて。
──そのあたりを詳しく伺っていきますが、まずは制作過程について教えてください。この曲はテレビアニメ「気絶勇者と暗殺姫」のオープニングテーマなんですよね?
「気絶勇者」は“ハーレムデスラブコメ”で、勇者・トトを暗殺しようとする3人の女の子が、その目的を隠して一緒に旅をする物語なんです。その中で、うっかりトトにときめいちゃうシーンがあったりするんですけど、そのあたりが例えばサビの「諦めちゃうにはちょっと早いかもね 手伸ばして もう一度」というフレーズに通じていたりして。殺そうとする気持ちと恋する気持ちのどっちにもリンクすると思うので、この楽曲がアニメの中でどう響くのかは純粋に楽しみです。
──柊さんにはどういうオーダーで楽曲制作を依頼したんですか?
いろんなタイプの楽曲を作っていらっしゃるマグネタイトさんだったらきっと面白いものを作ってくださるだろう、という確信を持ってお願いしました。私からのリクエストとしては、「平成女児アニメみたいなキラキラ曲にしてください」とお伝えして……。
──令和の少年マンガ原作アニメなのに?
全部入りでお願いしちゃいましたね(笑)。それと、かわいいミュージックビデオを作りたいなと思っていたので、「チャイナっぽさも入れたいんです」みたいなこともお願いしてできあがった曲です。デモをいただいたときは「来たな!」と思いましたね。これまでのどの曲とも違う音楽性で、“歌ってみた”でもあまり挑戦したことがないテイストだったので、「新しいものが歌える!」と思ってすごくうれしかったです。
──おっしゃる通り、ここまでゴリゴリの四つ打ち曲はあまり吉乃さんのイメージにはありませんでした。もちろん四つ打ちビートの曲自体はけっこうありましたけど、こんなにダンスミュージックに振り切った楽曲は初ですよね。
そうなんですよ。ちょっとなんか、ディスコみたいじゃないですか? そういう感じが新鮮で面白いなと思って。自分は意識的に掘っていかない限りはこういう音に触れる機会はなかなかないと思っているので、そういうものを自分の楽曲としてリリースできることがとてもうれしいです。
──もちろん現代はダンスミュージック全盛の時代ではあるんですけど、基本的にはEDMやヒップホップをベースにしたものがほとんどという中で、これはどちらかというとテクノなどに近いですもんね。
私、あまり詳しくなくて恐縮なのですが、個人的にパラパラみたいな雰囲気も感じていて(笑)。楽しい曲だなって思います。
“止める”ことを意識した
──そうしたビートの強さやリズミカルな歌詞とも相まって、吉乃さんのボーカルもとにかくリズムの気持ちよさが際立っていて。
えー! うれしいです。
──僕が最初に「なに笑ろとんねん」(2024年10月発表)を聴かせてもらったときにまず感じたのが、「この人はリズム表現が気持ちいいボーカリストだな」という第一印象だったことを思い出しました。
わあ。そうですね、そこはかなり気を付けたポイントというか。「なに笑ろとんねん」はどちらかというと流れで歌ったほうが気持ちいい楽曲ではあるんですけど、「天伝バラバラ」は“止める”ことをより意識しました。そうしないと、せっかくマグネタイトさんが作ってくれたクールなトラックの魅力を生かしきれなくて、非常にもったいないことになってしまうと思って。
──楽器を弾く人たちはよく「休符を弾く」という言い方をするんですけど、今おっしゃった「止める」というのはまさにそれですよね。
そうかもしれないです(笑)。自分の中でその“止める”を意識するようになったのには、実は明確なきっかけがあって。以前、缶缶さんの「ドロシー(feat. 超学生)」という楽曲を、同じ事務所の弱酸性(梟note)くんと私とでカバーしたことがあるんですね。そのときに試しに録った歌を本家と聴き比べてみたら、これが全然違うんですよ。「何がこんなに違うんだ?」と思って原曲を聴き込んでいったら、ある瞬間に「リズムか!」とふと気が付いて。リズムをハネさせたり止めたりするだけで、こんなに印象が変わるんだ?と目からウロコが落ちる思いでした。それ以来、オケとのリズムの兼ね合いはすごく意識して歌うようになりましたね。
──なるほど。僕は勝手に、幼少期に生バンドの音に囲まれて育ったことで培われた感覚なのかなと想像していたんですけど、意外と最近の話なんですね。
それもあると思います! たぶん、幼少期の経験がなかったら缶缶さんの音を聴いても何が違うかわからないままだったと思うので。
油断するとがなる方向へ行ってしまう
──ボーカルアプローチで面白いなと思ったのが、特にBメロの部分です。これまでの吉乃さんだったら、がなりやエッジボイスをわかりやすく入れていそうなメロディラインかなと感じたんですけど、けっこうツルッと歌っていますよね。
そうですね。私、油断するとすぐがなる方向に行っちゃうので……。
──油断すると(笑)。
はい(笑)。やっぱり「平成女児アニメで」とお願いして作っていただいたということもありますし、この楽曲に最もふさわしい歌い方を模索した結果、私のそういうクセを極力抑えたほうが映えると思ったんです。じゃないと、“歌ってみた”みたいになってしまいそうで。
──ああ、なるほど。
オリジナル楽曲の場合、自分の提示するものが“本家”になるわけじゃないですか。“歌ってみた”の場合は「そういう解釈もありだよね」が幅広く許容されますけど、本家ではまず“正解”を出さないといけない。何が正解かは私もまだわからないのですが、少なくともその意識を持って臨んだ結果、がなりやエッジ、ロックっぽい歌い方は避ける判断に至った感じです。出だしの「嫌嫌」を「やーや」と発音している時点で、もうこれは普段の歌い方では“正解”に近付けないなと思って。
──あくまで楽曲ファーストで、歌い方ファーストではないということなんですね。まあ、基本的にはどの曲もそうなんでしょうけど。
この曲の場合は特にそうでしたね。私の中でハーレムラブコメのアニソンと言えば、「Girlish Lover」(テレビアニメ「俺の彼女と幼なじみが修羅場すぎる」オープニング曲)のイメージが強いんです。ああいう、声優さんたちがかわいく歌っているような雰囲気を私なりのやり方で再現するにはどうしたらいいんだろう?と考えて、結果あの形になりました。といっても、めちゃくちゃかわいい声色を作って歌うこともやろうと思えばできるんですが、それをやるんだったら本職の声優さんがやったほうがずっといいし、私が歌う意味がなくなってしまう。でも普段の私の歌い方でカッコよくしてしまうのも、それはそれで違う。ということで、楽曲のテイストに極限まで寄り添いつつ私らしさも出せるような、絶妙な塩梅を意識して歌いました。
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「いいんですか?」という気持ちです