斉藤壮馬

アーティストを作った名著 Vol.27 [バックナンバー]

斉藤壮馬

山梨に住む斉藤少年を音楽にのめり込ませた3冊

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アーティストたちに、自身の創作や生き方に影響を与えた本を紹介してもらうこの連載。今回は読書家として知られ、音楽原作キャラクターラッププロジェクト「ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-」では作家の夢野幻太郎を演じる声優の斉藤壮馬が、自身のアーティスト活動の原動力となっている小説、マンガ、雑誌を紹介してくれた。

01. グミ・チョコレート・パイン(KADOKAWA / 角川文庫)

著者:大槻ケンヂ

大槻ケンヂ「グミ・チョコレート・パイン グミ編」(KADOKAWA / 角川文庫)書影

大槻ケンヂ「グミ・チョコレート・パイン グミ編」(KADOKAWA / 角川文庫)書影

初めてバンドを組んだ中学生時代

中学生時代、初めてバンドを組んだ友達に教えてもらった作品です。その彼は今思うと本当に早熟な人で、筒井康隆さんや中島らもさん、そのほかさまざまな音楽やアートを彼から教えてもらいました。最初のバンドは、音楽性はともかく精神性としてはパンクなものをやりたいという気持ちが強く、僕はどこか、この小説の中に出てくるキャラクターたちに自分を重ねていたように思います(特にカワボンになぜかシンパシーを抱いていました)。そういえば、初めて読んだ筒井さんの本の解説もオーケンさんだったなあ。10代の頃の、ここではないどこかに行きたいという切実な焦燥、自分はほかの人とは違う「何か」があるはずなんだという思い込み、それに気付いてもいる虚しさ、それらを格好付けるのではなく、とことんみじめに、ありのままに描いているこの作品との出会いがなければ、音楽にここまでのめり込まなかったかもしれません。当時やっていたバンドはもう少しシリアスな歌詞世界でしたが、妄想や飛躍、論理ではないリソースからアイデアを引っ張ってきたりするオーケンさんの発想は、おこがましくも今の自分の作詞のスタイルとどこか似ているような気もします。

                                       

02. ぼくの地球を守って(白泉社文庫)

著者:日渡早紀

日渡早紀「ぼくの地球を守って」1巻(白泉社文庫)書影

日渡早紀「ぼくの地球を守って」1巻(白泉社文庫)書影

作中で感じたイメージを曲や文章に

最近ご縁があり、最新シリーズまで一気に読み返したのですが、何回読んでもぼろぼろ泣いてしまいます。もともと母が好きだった作品ですが、今でも折に触れて家族で語らうくらいに大好きです。作中、主に木蓮さんが「大気に溶ける」というイメージをよく用います。月と地球をまたにかけた壮大な物語ですが、「巡る」「溶ける」「やがてひとつになる」というのは、自分が子供の頃から漠然と持っていた感覚と非常に近くて、初めて読んだときに「懐かしい」と感じたのをよく覚えています。どう捉えているかは曲ごとに異なるのですが、自分の曲や文章にはかなりこのモチーフが頻繁に使われています。音楽でも、そういうテーマの曲が好きだったりします(Mystery Jets「Soluble in Air」とか、Sunny Day Real Estate「One」とか)。もともと自分は曲を書く際、メッセージを仮託することは一切なくて、映画とか小説のような感覚で制作しています。「ぼく地球」のみならず、マンガや映画、小説に触れて感じたイメージを音楽にすることが多々ありますね。

03. Quip Magazine(メディコム・トイ / 書影なし)

小さな紹介記事から未知の音楽を想像

ちょっと変化球かもしれませんが、当時山梨県に住んでいて、MyspaceやYouTubeが出始めだった頃の僕にとっては、東京という街はほとんど空想上のユートピアのようなもので、中でも下北沢なんてもう、聖地の中の聖地でした。ごく稀に東京に行けたとき、許された数時間を目一杯使って、「そこにしかない」(と思い込んでいた)音楽を、空気を、エッセンスを吸収しようと必死だったのをよく覚えています。昔下北沢に「ハイラインレコーズ」という、駆け出しのインディーズバンドの自作の2曲入りCD-ROMなどを取り扱っているお店があって、毎回必ずそこに行き、「Quip Magazine」を買っていました。ネットを調べてもどこにも載っていない、新しい音楽との出会い。それは斉藤少年にとって、いつか自分もここを現実の場所として認識し、ここで生活できるかもしれないという期待を抱かせてくれるものでした。夢の時間が終わってしまえば、あとは我が家へ帰るだけ。帰り道、いえ、帰ってからも、何度も何度も「Quip Magazine」を読み返しました。半ページのみの小さな紹介記事が妙に気になって、でもどんな音なのかは聴くことができなくて。だから一生懸命想像しました。そのときの未知のものへのわくわく感が、ものづくりの原動力の1つであるのは間違いないと思います。余談ですが、いざ東京で暮らしはじめてみると、かつて夢うつつで歩いた下北沢は次第に輪郭を固定させ、まさしく「現実」のものとなってしまいました。あの頃僕がいた下北沢は、もはや僕の記憶の中だけにしか存在しないのかもしれません。

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