「アイドルユニットサマーフェスティバル2010」記者会見の様子。

2010年代のアイドルシーン Vol.2 [バックナンバー]

“アイドル戦国時代”幕開けの瞬間(後編)

吉田豪、高城れに、福田花音らが振り返る伝説のイベント

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2010年代のアイドルシーンを複数の記事で多角的に掘り下げていく本連載。第1回に引き続き、この記事では2010年8月30、31日に東京・渋谷C.C.Lemonホール(現LINE CUBE SHIBUYA / 渋谷公会堂)で開催されたイベント「アイドルユニットサマーフェスティバル2010」を題材として取り上げる(参照:最後にサプライズも!アイドル4組が渋谷で夏フェス)。

SKE48、スマイレージ(現アンジュルム)、ももいろクローバー、bump.yの4組が共演を果たし、現在も語り草となっているこのイベントについて、ライフワークとして検証を続けているプロインタビュアーの吉田豪のほか、スマイレージの元メンバーである福田花音、ももいろクローバーZの高城れにへの取材を実施。それぞれの証言をまとめ、“アイドル戦国時代”幕開けの舞台裏に迫った。

取材・文 / 小野田衛 インタビューカット撮影 / 沼田学

負けじ魂全開だった福田花音

「アイドルユニットサマーフェスティバル2010」について、ここまでの話をまとめてみる。吉田豪は「SKE48の惨敗ぶりが目についた」という見方。「スマイレージの奮闘ぶりも目立ち、そこに触発されたももクロがのちの躍進につながる体制作りを進めた」という歴史観を有している。そのももクロの川上アキラプロデューサーは「一矢報いてやろうと企んだものの、SKE48やスマイレージの勢いに飲まれた」と謙虚に振り返った。そして当時スマイレージのマネージャーだった山田昌治(現YU-M エンターテインメント社長)は「ハロー!プロジェクトが世間に届いていないという危機感が強かった」と当時の事情も含めて告白している。一方、主催したニッポン放送の増田佳子は慣れない環境に右往左往しつつも、「B.L.T.」井上朝夫元編集長(現HUSTLE PRESS社長)のサポートのもとでイベントを作り上げていた。

見事なまでに、それぞれの思惑はバラバラである。しかし「絶対に負けられない」という思いを山田だけではなく各人が抱えていたのは確かだった。では、メンバーはどのような思いを抱えていたのか? 戦闘モードに突入した山田のもと、スマイレージの中でもとりわけ“負けじ魂”を全開にしたのが福田花音だった。山田は福田の“飲み込みの早さ”と“臨機応変に対応する勘”を買っており、福田もまた山田の期待に最大限まで応えようとする。2人は師弟関係であると同時に共犯関係も結んでいた。なお福田は“アイドル戦国時代”というフレーズの生みの親でもある。

「アイドルユニットサマーフェスティバル2010」記者会見時のスマイレージ。右端が福田花音。

「アイドルユニットサマーフェスティバル2010」記者会見時のスマイレージ。右端が福田花音。

「私は9歳からハロプロエッグ(※デビューを目指してレッスンするハロー!プロジェクトの研修機関)で活動していたんですけど、スマイレージがメジャーデビューする15歳のとき、山田さんに言われたんです。『今までが部活だとしたら、これからは軍隊だ』って(笑)。でも私としては山田さんにしかマネージメントしてもらっていないわけだから、山田さんだけ特別厳しいとは思っていなかったんですよね。『アイドルってデビューしたらこんなにも厳しい世界なんだな! がんばらなくちゃいけないな!』という感じで前向きに捉えていました」(福田)

記者会見が行われるたびに、福田は挑発的かつ煽動的なコメントを繰り返した。常に自分たちの優位性を誇示し、国内アイドルはおろか、美脚で注目されたK-POPの少女時代にまで「私たちも美脚アイドルとして活動していますから。私たちのほうがフレッシュな脚だと思っています」と一方的に宣戦布告。それどころか同じハロプロ内の後輩・Juice=Juiceにも「ジュースは飲み干したら終わり。スマイルは永遠に貯まっていく」と敵意を剥き出しにし、一部からひんしゅくを買う始末だった。

「自分の役割を考えたら、それが当たり前だと思っていました。ずっと目標にしていたメジャーデビューが叶ったばかりだったし、とにかく毎日が必死で……『アイドルユニットサマーフェス』に関しては、ハロー!プロジェクトにとって初めての対バンということでプレッシャーがすごかったです。ハロプロの看板を背負っているという気持ちだったし、絶対に負けて帰れないと思っていた。本当に必死だったんですよ、あの頃は」(福田)

「アイドルユニットサマーフェスティバル2010」記者会見時の福田花音(左)。

「アイドルユニットサマーフェスティバル2010」記者会見時の福田花音(左)。

この福田発言に、吉田が補足説明を加える。さる2月に福田は吉田が主催するSHOWROOM番組「豪の部屋」にゲスト出演。当時の話に花を咲かせている。

「福田さんは『自分の役割は何か?』と考えることができる人なんです。それまで自分としてはかわいくて歌もダンスもできるつもりでいたけど、冷静にほかのメンバー3人を見たら自分には特に突出したものがない。隣にはとてつもなくかわいい前田憂佳もいたし、歌が上手な小川紗季もいる。そこで自分の存在価値を考えたとき、『私は見出しになるような言葉を吐き続けるしかない』という結論に至るわけです。すごくいい話だなとボクは思いました。

一方、ももクロもももクロで、いい意味でのバカさがあるじゃないですか。『なんでそんなケンカ腰でやらなきゃいけないのー?』とか口ではブーブー文句言っていても、いざライブが盛り上がったら『イエー!』と無条件で盛り上がって、ギラギラしたこともやれちゃう感じ。あの無邪気さが川上さんのプロレス的指令にハマったんでしょうね」(吉田)

高城れにが振り返る「アイドルユニットサマーフェス」

当のももクロメンバーも、吉田の意見を裏付けるような証言をしてくれた。高城れにが、「アイドル戦国時代とは言われていたけど、自分たちとしては競っていた感覚なんてなかったかもしれない」と語り始めたのだ。

「当時の私たちはそこまで大きなステージでライブをしたことがなかったし、どのアイドルさんも憧れでしかなくて……『アイドルユニットサマーフェス』ではテレビでしか観たことがない人たちがいて、めちゃくちゃ緊張していました。なおかつ芸能界の大人の人たちがたくさんいる現場というのも初めてに近くて、メンバーみんなでずっとキョロキョロしていましたね。オドオドしていました。

ただ、そんな中でも『どこかで爪痕を残そうね』という作戦というか話し合いはしていたんです。渋谷C.C.Lemonホールでライブができると決まったときから、メンバーとマネージャーさんとの間でずっと。だから当日もそういう気持ちでいたんですけど、やっぱり憧れのアイドルさんたちがたくさんいるということで、どうしてもステージを観たくなっちゃって(笑)。照明さんがいるところの隙間から一生懸命ステージを観ていたのを覚えています」(高城)

高城れに(ももいろクローバーZ)

高城れに(ももいろクローバーZ)

ももクロ特有の気さくな性格は、ファンのみならず同業者からも親近感を抱かれやすい。高城自身は「本番前のアイドルさんはナーバスになっているから、話しかけてはいけないはず」と考えていたそうだが、実際のバックステージでは特にSKE48のメンバーに話しかけられることが多かったという。

「『えっ、アイドルってこんなにコミュ力高いんだ!?』って驚きましたね。『アイドルってこんなに楽しいんだ!』とか思って、その日はフェスのTシャツを着て帰りましたから。ただ、大人たちが必死だったのは私たちも感じていたので、憧れではあるけど負けていられないという思いも強かったんです。セットリストも極力テンションはアゲアゲで、『なんだ、こいつら!?』と思われるようなものにしましたし。

とにかく何かしら爪痕を残さないといけないし、ももクロらしさを出さなきゃいけない……そういった面では、マネージャーさんも苦戦していたと思います。そのピリピリした雰囲気は同じ年の『MUSIC JAPAN』のときもあったし、この頃は節目節目でそういった緊張感が出ていました。なんというか、すごく引き締まった空気。正直、当時はそれが嫌で仕方なかったけど、今にして思うとグループにとっては必要だったのかもしれない。あれがなかったらダラダラいっていたと思います」(高城)

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ももクロのSKE劇場乗っ取り未遂事件

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