宮野真守×WOWOW特集|エンターテイナーとして駆け抜けた17年のライブヒストリー

宮野真守のアーティスト活動にフォーカスした特別番組が、WOWOWにて3カ月連続で放送・配信されている。

2009年に行われた初の単独公演「MAMORU MIYANO 1st LIVE TOUR 2009 ~BREAKING!~」に始まり、一貫してライブの演出を手がけてきた宮野は、シンガーソングライターではない自分にできる表現を「プレイする(演じる)こと」と定義。声優や俳優として培った経験値をステージに還元し、独自のエンタテインメントを構築してきた。

WOWOWでは2月にツアー「宮野真守 MAMORU MIYANO ASIA LIVE TOUR 2025-2026 ~VACATIONING!~」の神奈川・横浜アリーナ公演、3月に過去のライブ映像で17年の歩みをたどる「宮野真守 LIVE HISTORY」、4月に歴代のミュージックビデオ全43曲を一挙に紹介する「宮野真守 MUSIC VIDEO COMPLETE」を放送・配信。エンタテイナーとして確固たる美学を持つ宮野の足跡を網羅した特別企画となっている。

音楽ナタリーでは、この特番の放送を記念して宮野本人へのインタビューを実施。完璧主義ゆえの初期の葛藤から、ステージ裏で寒さに震えながら短パン姿で臨んだ「VACATIONING!」のオープニング秘話、さらには「自分へのご褒美」と語るライブのとある時間まで、“アーティスト・宮野真守”の進化をさまざまな角度から掘り下げる。

取材・文 / 後藤寛子撮影 / 上野留加

自分にできるのは「プレイ」すること

──宮野真守3カ月連続WOWOW特集のコンテンツとして「宮野真守 LIVE HISTORY」が放送されます。アーティストデビューからの17年間を振り返ってみていかがでしたか?

振り返ることができるって幸せだな、と思いました。やはり、いつどうなるかわからない、何が正解かわからないようなお仕事でもあるので。とにかくがむしゃらに目の前のことに取り組むしかなかった若き日を考えると、続けてきたことで自信や確信を得られたからこそ、今冷静に振り返ることができたんだと思います。

宮野真守

──デビュー当時のご自身に対しては、どんな印象がありますか?

音楽活動をするうえで、自分にはいろいろなものが足りないと思っていたので、「そんな自分が周りと戦っていくためにはどうしたらいいんだろう」と考えて、とりあえず目の前のことをどうにかやり遂げようと取り組んでいましたね。その余裕のなさが勢いとして表れる部分もありつつ、当時は「楽しい」という感覚はほとんどなかったかもしれない。もちろん、ステージに立ててうれしい、ありがたいという気持ちはありましたけど、変なところで完璧主義者だから、なかなか「楽しい」までいけない性格なんですよね。間違えたらどうしよう、少しでも面白くないと言われたらどうしよう、みたいな不安が先に立ってしまう。今でも、ステージに立つ前は、歌に限らずすごく緊張するタイプです。

──宮野さんは1stツアー(MAMORU MIYANO LIVE TOUR 2009 ~BREAKING!~)から音楽だけでなく、演出に関わり笑えるポイントをはじめいろいろな要素を盛り込んだエンタテインメントショーを作りたい、というイメージがあったんですか?

できるかできないかはわからないけど、とにかくそういうものを作るという気概だけは持って、あきらめずにがんばっていました。アーティスト活動と言っても僕はシンガーソングライターではないから、自分に何ができるかを考えたら「プレイする」ことしかない。役者業とアーティスト業を切り分けるという考えはまったくなく、とにかく自分の持てるすべてを注ぎ込もうと思っていて。その中で、音楽を作ることができないなら、自分が作れるものって何なんだろう?と考えて、ステージを作ってみようと思ったんです。多少なりとも、アーティストとして何かをクリエイトしていたい。ステージを作ることに自分のアーティストとしての根幹をひとつ置いてみようという感覚だったかもしれないですね。今は経験を積んでいろいろな角度から考えられるけど、当時はそこにすがっていた部分もあったと思う。

──自分が作ったステージというものがひとつの作品だったわけですね。

パフォーマンス面に関してはまだまだだと思っていたけれど、やっぱり実際にライブで楽しんでくれているファンの方のリアクションを見ると力をもらえたし、大きな成功体験になりました。それが自信につながり、目指していく方向性が見えてくる感覚はありました。

宮野真守

「宮野真守」という不思議な生き物が出来上がった

──宮野さんのライブは毎回、コンセプチュアルな世界観になっていますよね。ヒストリーを振り返りながら「コンセプトが思いつかなくて大変だったこともある」というお話もしていましたが、どんなふうに世界観を考えていくんですか?

初期の頃はやったことのないことばかりだから考えるのが楽しかったんですけど、アイデアを出し尽くしてしまった感覚になったり、だんだん会場の規模が大きくなっていったりする中で、悩むことは多かったですね。でも、僕はアーティスト活動と同時に声優や俳優の活動をやっているので、そこでインプットされたイメージが助けてくれたりするんですよ。「こういう舞台をやったからこういう思いで歌を書こう」とか「こういう世界観の曲を作ってみよう」とか。声優、俳優のキャリアを経験していくことによっての相乗効果があった。だから、両方を切り分けずに自分の経験を全部注ぐというアーティスト活動のやり方が僕には向いていたんだと思います。特にアニメーションでは、現実とかけ離れたような設定の作品からリアリティのある高校生の悩みまで、本当にいろいろな世界観の中で演じさせてもらえているので、自分の中にどんどん経験値が溜まっていく。すごく助けられました。

──声優、俳優、舞台、アーティスト、バラエティの五刀流と番組内でおっしゃっていますが、5人の宮野真守がいるのではなく、五刀流の宮野真守がいるということですね。

そうですね。でも、別に計算して作り上げたというより、1つひとつに向き合っていたら勝手にそうなっていた感じです。若い頃、「何者かになりたい」ともがいていたときは結局何もつかめなかったけれど、目の前のことを一生懸命やっていたら、いつのまにか宮野真守という不思議な生き物ができあがっていた(笑)。自分でも想像していなかった不思議な生き物になってしまって、面白いなあと思います。

宮野真守

──ステージ構成を考えつつ、その中心でパフォーマンスするのも宮野さんご本人。「プロデュース脳」と「パフォーマー脳」はどう区別しているんですか?

クリエイティビティの面は普段から活性化しているわけではなく、ことライブの準備期間に入ると急に現れてくるんですよ。もちろん楽曲作りもスタッフと一緒にクリエイティブの作業をしていますが、素晴らしい音楽クリエイターに支えてもらっている部分が大きいので。やっぱりライブの演出や映像の演出となると、演出家目線の自分が急に顔を出しますね。

──演出家の目線とは別に、パフォーマンス面ではどういう気持ちで取り組んでいますか?

僕自身としてはまだまだ全然できていないという気持ちのほうが強いのですが、振付の先生がちゃんと宮野真守が引き立つような振付を考えてくださるから成立しているのかなと思います。ただ、肉体表現という意味では、コロナ禍を挟んで一度意識の外に置いてしまった自分がいて。それまではけっこうガツガツ肉体作りをしていたけれど、コロナ禍は接触を避けてジムにも行けなかったし、根がストイックな人間じゃないから自分1人でやることにちょっと疲れてしまったんです。それよりもほかのことに注力していた中で、改めて自分を見直したのが2024年の「MAMORU MIYANO LIVE TOUR 2024-2025 ~DRESSING!~」というライブが決まったときですね。ちょうど40代に入ったタイミングだったから、ここでもう1回がんばったらカッコいいんじゃないかと思って(笑)、改めて肉体改造に挑戦したんです。せっかく「DRESSING!」でがんばったので、次の「MAMORU MIYANO ASIA LIVE TOUR 2025-2026 ~VACATIONING!~」でもフィジカル表現を多めに取り入れてみました。

──筋トレをやり出すとハマる人も多いと聞きますが、宮野さんとしては……?

いや、本心はもう全然やりたくないです!(笑) 本当に大変なんですよ。だから、僕はマッチョの人をすごく尊敬しています。とてつもない努力の賜物ですから。