ももクロのSKE劇場乗っ取り未遂事件
こうして大人たちの野望に振り回されるようにして、少女たちは戦国時代の修羅に足を踏み入れることになった。しかし戦火は当初の予想をはるかに上回る勢いで広がっていくばかり。混乱が続く中、裏舞台では予想外のアクシデントも頻出した。特に吉田が「最重要事件」として位置付けるのは、ももクロが
「ももクロが名古屋でライブをやることになったんですが、よりによってその会場をSKE劇場にしようとした。タイトルは『お留守のようなので“あたためて”おきました』。もちろん大問題になりますよね。『ケンカ売ってるのか!』という話じゃないですか(笑)。それで最終的にはタイトルを変えて、会場も変更になりました。当時の川上さんはシャレで済ませようとしていたのかもだけど、大人社会では当然シャレで済むわけがない」(吉田)
あの会場、SKE48専用じゃなくて誰でも借りられるらしいですよ──。実は川上にそう耳打ちした人物がいた。それが「アイドルユニットサマーフェス」でも名前が挙がった「B.L.T.」の井上元編集長である。
「井上さんは単純に面白がって焚きつけたんでしょうね。自分たちの利益につながるようにけしかけたとか、そういう打算的な話では決してなかったと思う。逆に川上さんは井上さんの煽りに乗ったに過ぎなかった。そしてボクはというと、せっかく盛り上がり始めたこのアイドルの火を消しちゃいけないという使命感があった。あの頃はよく居酒屋などに仲間と集まっては情報交換していたんです。かつてモーヲタ界隈にいた人たちも含めて、みんながももクロ周辺に集まり出していたから、『どうやら面白いことが始まっているらしいな。俺たちが盛り上げないでどうする?』みたいな感覚。仕事とは直接関係なくても、なんとかアイドルを盛り上げようとしていた」(吉田)
吉田はイベントでアイドルが“仕掛けた”瞬間をほかにも目撃している。特に印象に残っているのは、自分が司会を務めたイベント(2011年5月21日に東京・日比谷野外大音楽堂で行われた『アイドル・フェスティバル in ヒビヤ』)で唐突にぱすぽ☆が暴走し始めた場面だという。
「曲数や持ち時間は事前に決まっていたんだけど、本番になると明らかにそれをオーバーしてきたんです。あれはもう完全に確信犯ですね。舞台監督の人はブチ切れちゃって、『話が違うじゃねぇか!』とか、そこら中に当たり散らしていた。でも、圧倒的なライブをやって観客の評判はすごいよかった。そして出演者すべてのライブが終わると、最後はみんなで『蛍の光』を歌う段取りになっていたんですけど、そこにもぱすぽ☆だけが出てこない。あえて“格が違う感”を打ち出しているわけです。誰が焚きつけたのか知らないですけど、あの温厚なぱすぽ☆ですら掟破りなことを仕掛ける時代だったということなんですよ」(吉田)
当時は全員が本気だった
時系列は前後するが、8月末に「アイドルユニットサマーフェスティバル」が開催される前の5月30日にはNHK総合「MUSIC JAPAN」の「アイドル大集合SP」がオンエアされている。出演者はアイドリング!!!、AKB48、スマイレージ、東京女子流、バニラビーンズ、モーニング娘。、ももいろクローバーの7組。観覧応募数が6万通を超える注目の放送だっただけに、この5月30日をもってしてアイドル戦国時代が始まったと定義する者もいる。
「NHKの石原真プロデューサーも、『よし、戦国時代を作ってやるか!』とか意気込んでいたわけじゃ別にないと思うんですよ。戦国時代が始まったのは多分に偶発的な要素が強いはずです。本来なら『MJ』の公開収録で一度みんなが集合して終わり……という話だったのかもしれない。ところが、その場に仕掛けたがる人たちが混じり込んでいたことで物語として続いていった。
『TIF』(2010年8月6~8日に第1回が開催された「TOKYO IDOL FESTIVAL」。参照:総勢40組以上!品川を熱く盛り上げたアイドルフェス大成功)にしたって似たようなもので、1回目のときはYGAとアイドリング!!!の共演イベントの拡大版として始まったようなところがあるらしいんです。だから主体は吉本興業とフジテレビ。テレビ局と大手プロダクションが舵取りはしていたものの、当初はそこまで大きなものにしようという考えはなかったはずで、だからハロー!プロジェクトも48グループも最初は関わってなかったんですよ」(吉田)
吉田は殺伐しとした要素をアイドルに求めるタイプだ。戦国時代というものが言葉上だけでなく、リアルに芸能界的な興行戦争という側面もはらんでいただけに注目したのは当然だった。つまりアイドル戦国時代は単なるギミックではなく、ビジネスが絡んだ本気の潰し合いだったのである。そんな吉田からすると今はシーンが成熟しているかもしれないが、アイドルが同じ土俵で闘う時代ではなくなっていて物足りなく映るという。
「ももち(嗣永桃子)がブレイクした『めちゃ2イケてるッ! AKB48以外だらけの爆笑アイドル大運動会』(2011年にフジテレビ系で放送)、それと『第一回ゆび祭り~アイドル臨時総会~』(2012年に東京・日本武道館で開催)……ボクの中でアイドルがバトルした最後の現場というのは、この2つになるでしょうね。この2つには“勝ち”“負け”という概念があったけど、それ以降はそういう見方はされていないので。
2010年当時は業界のルールもできあがっていなかったし、運営サイドも何をどこまでやっていいのか手探りだったんだと思う。『そうか、ここまでやったら怒られるのか』と学習しながら今に至るというか。いずれにせよ、あの頃は運営はもちろんだけど、ファンも編集者もみんなが本気だった。編集者やライターとの飲み会で、本気でケンカしたり、本気で泣いたりもしたし、このアイドル戦国時代を盛り上げるために、その障壁になるような存在と本気で闘おうとして計画を練ったりもした。今、あの当時と同じ熱さは求められないでしょうね」(吉田)
2010年、黎明期ならではの熱気が現場で渦巻いていたことは間違いない。しかしアイドル戦国時代と呼ばれるブームは一過性のもので終わらず、関係者も予期しなかったほど長く続いて現在に至っている。その間には多くのグループが解散し、多くのアイドルが表舞台から姿を消し、そして多くのスターが誕生した。
それまでアイドルはどれだけセールス的に突出していても、「しょせんアイドルでしょ?」と世の中からは一段下に見られるところがあった。しかしアイドル戦国時代の幕開けから10年が経った今、そのような見方をする者はほとんどいない。これはつまりアイドルがサブカルチャーからメインストリームの場に躍り出たということ。アイドルが市民権を獲得した10年だと言い換えてもいい。果たしてこの10年でシーンはどのように変容したのか。そしてアイドルはどこへ向かっていくのか──。関係者の証言をもとに、今後もテーマごとに2010年代のアイドルシーンについて徹底検証していくつもりである。
(文中敬称略)
- 小野田衛
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出版社勤務を経て、フリーのライター / 編集者に。エンタメ誌、週刊誌、女性誌、各種Web媒体などで執筆を行っている。著書に「韓流エンタメ日本侵攻戦略」(扶桑社新書)、「アイドルに捧げた青春 アップアップガールズ(仮)の真実」(竹書房)がある。芸能以外の得意ジャンルは貧困問題、サウナ、プロレス、フィギュアスケート。
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