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既報の通り、「SPAC秋のシーズン2025-2026」のアーティスティック・ディレクターには
宮城は、2007年にSPACの芸術総監督に着任後、“世界一の劇場”を目指しながら歩んできたことを話し「コロナ禍を経て、自分たちが何を目標にしていて、何を実現したのか改めて考える中で、僕たちが達成してきたものは、あくまで、劇場に足を運ぶ人たちにとっての価値にとどまっているのでは、と。社会全体においては、劇場にいらっしゃらない人の方が圧倒的多数です。一生を演劇にかけている身としては、劇場にいらっしゃらない方々にも『演劇はちょっとは価値があるんだよ』と言いたい。そうした、今まで僕が目を向けられていなかった方向に歩みを進めるためには、僕の仕事のある部分は次の方に任せないといけないと思い、劇場の“中の仕事”である、演劇のプログラム部分を石神さんにお願いすることにしました」と隣に座る石神に視線を送る。
さらに宮城は石神のアーティスティック・ディレクターへの起用の理由が、“劇場に来ない人々に向けて演劇の価値を伝える”という目的に加え、演劇業界のトップに立つアーティストの顔ぶれが1990年代からあまり変化がないことへの危機意識であることに触れ「特に公立劇場や演劇祭など、行政とのやり取りが必要な仕事は、話を進めるためには経験を積まないといけません。今、業界を引っ張っていっているのは、自分と同年代のアーティストですが、僕らはあと10年後ぐらいにはいなくなるわけですから、次の世代に早く経験値を積んでもらわないといけない」と警鐘を鳴らした。
石神は、2020年に静岡で暮らし始めるまでは、国内外の、主に劇場以外で作品を発表してきたことを説明しつつ「学生時代は、横浜を拠点に作品を発表していましたが、劇場が“演劇を観る方のための場所”になっていることに行き詰まりを感じ、劇場に来ない方々と出会うためにはどうしたらいいんだろう、と考え始めたことから、2011・12年頃からは拠点を定めない形の創作に移行していきました。また私は劇作家として、自分の書いた言葉を俳優に発してもらっていますが、東日本大震災の前後で『私より話すべき言葉を持っている人がいるはず』という思いを持つようになりました。自分が語るよりも、“聞く演劇”がしたいと思ったのも、劇場の“外”に出る活動を始めたきっかけです」と語る。また懇談会では、石神の作品として、フィリピン・マニラの郊外・パヤタスで行った体験型のパフォーマンス「Give Me Chocolate! Payatas」、東京の雑司が谷に伝わる伝統行事・御会式を軸にしたアートプロジェクト「Oeshiki Project」、静岡市の事業“まちは劇場”の一環として行われたアートプロジェクト「きょうの演劇」が紹介された。
「秋のシーズン2025-2026」の上演演目には、石神が演出を担う「弱法師」、上田久美子演出の「ハムレット」、そして多田淳之介演出の「ガリレオの生涯(仮題)」が並んでいる。石神が台本・演出を手がける新作パフォーマンス「うなぎの回遊 Eel Migration(仮題)」が2026年度の初演を目指し、制作が今年度に開始することも併せて発表されている。石神は「弱法師」が再演であること、また作中に登場する俊徳が目の見えない青年であることに言及しつつ「今回は視覚障害、聴覚障害のある方々にも一緒に楽しんでいただけるよう、創作のプロセスから当事者の方に観ていただき、相談しながら作っていく予定です。これは、再演だからこそできることかと」と話す。また「ハムレット」については「上田さんは、宝塚歌劇団時代から“演劇を初めて観る方にも楽しんでほしい”ということをとても大事にされてきた方。そんな上田さんに、静岡のお客さんに作品を届けてほしく、上演をお願いしました。また彼女のシェイクスピア作品に対する解釈はユニークですので、その解釈をぶつけてほしい」と期待を述べる。「ガリレオの生涯(仮題)」については、多田が2018年、2023年にSPACで作品を上演していることに触れ「演出的な手腕や、作品の実験性の面白さはもちろん、“静岡の公共劇場で上演すること”についても、これまでの創作を通してたくさん考えてきてくださっています。それが結実したのが2023年に発表された(静岡県伊豆市を舞台にした)『伊豆の踊子』でした。静岡県民のお客様にしっかりと刺さりながら、“球をより遠くまで投げている”作品に仕上げられていて感動しましたし、今回も多田さんにSPACで作品を作っていただきたいと思いました」と話す。
懇談会の後半では、宮城が“公共劇場の役割”について語る場面も。宮城は、“公共劇場の役割”を「全体主義の歯止め」と語り、「全体主義がちょっとずつ近づいているのは、僕が説明しなくても、世界中の方が今感じていること。日本の場合は、ナチスのような“カリスマ的なリーダーが国民を熱狂させる”という“上からの全体主義”ではなく、国民全体が同じ考えに染まっていく“下からの全体主義”に陥りやすいように感じています。でも、過半数がAと言っても、残りの1・2割が『それはどうだろうか』とある種の冷静さを保っていれば、この“下からの全体主義”の抑止力になるのではと僕は期待しているんです。そのときに歯止めとして機能できるのは(社会に迎合する必要のない)公共劇場なんじゃないかなと」と語る。宮城は続けて「行政機関で働く人々も政治家も、この国を悪くしようと思っている人はいなくて、『どうしたら良くなるんだろう』と考えている人がほとんどです。正解が誰にもわからない中で、選択肢の1つとして『社会はこうなっているべき』というビジョンを明確に提示するのも“公共劇場の役割”です。そのためにも、公立劇場のディレクターは、地域の文化政策を客観的に見つつ、そうしたビジョンを言葉としてはっきり提示できる人である必要があります。またこの仕事は演劇のことにしか興味がない人には難しく、演劇と社会の関係に関心のある人じゃないと務まりません。石神さんは、そもそも演劇と社会の関係そのものを作品にしてきた劇作家・演出家です。石神さんと出会って、この人なら公立劇場の仕事ができるんじゃないかなと思いました」と言葉に石神への信頼をにじませた。
2025年度「SPAC 秋のシーズン」上演ラインナップ
#1 三島由紀夫生誕100年記念「弱法師」
2025年10月
静岡県 静岡芸術劇場
2026年1・2月
静岡県 浜松市浜北文化センター、静岡県 沼津市民文化センター
作:三島由紀夫
演出:
#2 「ハムレット」(新作)
2025年11・12月
静岡県 静岡芸術劇場
作:ウィリアム・シェイクスピア
演出:上田久美子
#3 「ガリレオの生涯(仮題)」(新作)
2026年1~3月
静岡県 静岡芸術劇場
作:ベルトルト・ブレヒト
演出:多田淳之介
「うなぎの回遊 Eel Migration(仮題)」
2026年2月
台本・演出:石神夏希
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【会見レポート】SPAC宮城聰、石神夏希への期待明かす「この人なら公立劇場の仕事ができる」
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