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眼鏡とコンパス─徳永京子、演劇の座標のんびり旅─ 第5回 [バックナンバー]

活発になる「演劇の魔法の種明かし」は、どんな時代を連れてくる?

共有知という土壌が生む未来

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舞台の中に社会を、社会の中に舞台を見いだし、それを精緻かつ確かな言葉で伝え続ける演劇ジャーナリスト・徳永京子。この連載では、舞台を通して徳永が見たもの、聞いたもの、感じたことを、日々の目線を通してつづる。

撮影・/ 徳永京子

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クリエイションの核を惜しみなく公開するつくり手たち

少し前に自室の一角の大掃除をしました。ずっと気になっていた、バッグとポーチ類のエリアです。一番奥の収納ケースを開けると、かつて愛用していたバッグがいくつも入っていたんですが、そこにしまったこと自体すっかり忘れていたので、まず出てきた感情が戸惑いでした。「なんだかよく知ってる気がする……でも、何だっけ?」、で、記憶が戻ると、お気に入りだった理由が次々と思い出され、「もう少し取っておこうか」という悪魔のささやきが。それを振り切って処分したわけですが、呆れたのはエコバッグの多さでした。何かの景品、記念品、雑誌の付録、そして、良いと思って買ってはみたものの使いづらかったというチョイスミス、今はもっと使いやすいものがあるという時代の変化。エコバッグを大量破棄という本末転倒を猛省しました。

この何年か、演劇のつくり手が創作の前後をオープンにする動きが目立っています。というか、すごいスピードで活発になっていますよね。劇団のHPやnoteを使って、公演のさまざまな準備、稽古の様子、公演後の振り返りなどをテキストや写真で公開したり、ZINEをつくったり、稽古場に人を招いてフィードバックの場を設けたり。あるいは、ポッドキャストなどの音声メディアを使ってメンバー間の、またはゲストを招いてのトークを配信したり、インスタに短い動画を投稿するのを日課にしたりと、バリエーションも日進月歩で増えています。

実例は枚挙にいとまがありませんが、私が特に驚かされたものを2つ紹介します。どちらもnoteで公開されているもので、ひとつは、エリア51が昨年3月にスタートさせた「演技実験室◉AREA51 Lab」。もうひとつは、ヌトミックの額田大志さんが滋企画「ガラスの動物園」終演後に公開した演出ノートです。

前者は、エリア51の主宰で演劇作家である神保治暉さんの「量子力学を使って演技、演劇を説明し、創作と鑑賞に役立てる」というアイデアを、実際に理論化しようという試みと私は理解しているのですが、何度か開催された勉強会のレポートを中心に更新が続き、実際の作品づくりの土台となるようです。一見、突拍子もない思いつきに思えますが、手描きのイラストを多用した1回目だけ読んでも、これまで個別の感性でしか語り得なかった演劇にまつわる体験や感覚が、最新の量子力学とかなり相性が良いことが伝わってきて、好奇心と期待が膨らみます。

額田さんの演出ノートは、冒頭に「今後『ガラスの動物園』を上演する演出家や団体がいた際に(略)参考資料になれば」と書いてあるように、昨年3月に東京のすみだパークスタジオ倉で上演した「ガラスの動物園」のクリエイションを、演出、演技、美術、照明、衣裳、音楽、さらに字幕のアクセシビリティまで、3万5000字超えのテキストに加えて写真や音楽データまで挿入しながら振り返っていて、同作の上演を目指す人のみならず、レベルの高い舞台作品がどうつくられていくのかの実践的な記録として、多くの人の指針になるはずです。さらに照明担当の岩城保さんが同作のクリエイションの詳細をX(旧Twitter)のスペースで話されていて、そのアーカイブも残っています。ちなみに神保さんのテキストも第1回だけ2万5000字超え。どちらも労力を惜しまないボリュームと内容の濃さ、わかりやすさなど、ホスピタリティに満ちていて、誰に頼まれたわけでもないのに時間と知力・体力を割いてこれを書き、無料で公開していることに驚きを禁じ得ません。
だってこれ、本来なら仲間内で大切に扱う秘中の秘、「演劇の魔法の種」ですよ。
演劇を観続けている人の大半は、おそらく「演劇の魔法」にかかったことがあって、具体的な感覚は人それぞれだと思うんですけど、とりあえず、「舞台上から放出される空気が明確に自分の内部と紐づく運動となり、スパークし、それまで認識していなかった知覚や情動が生じること」と定義しましょう。それを観客に体験してもらうために古今東西のつくり手は知恵を絞り、技を磨き、機材を発明し、空間を探し、表現を先鋭化したり素朴に戻ったりと頑張ってきたはずで、その種明かしに直結する情報を公開なんて、少し前までは考えられなかった行為です。

オリジナリティ第一主義の世代と、オリジナリティより「共有」の世代

「演劇の魔法」をどう認識しているか──。この問題は、歴史的に決して小さくない分岐点だと私は考えています。先に書いたように、若い人たち(具体的な年齢を明示するのはひとまず横に置きます)にとっては、クリエイションの前後をオープンにするのは作品や活動の一部になっていますが、ある年代以上のつくり手にとって、それは抵抗感が強いというか、かなり戸惑う行為です。
なぜなら長い年月、何よりも大切とされていたのはオリジナリティだったから。スタートは先人の影響を強く受けたところからだとしても、どの劇団も目指したのは「うちだけの個性」でした。それがあればこそ「演劇の魔法」はより多く起こせる。また、戯曲の文体、演出のスタイル、世界観、所属俳優のキャラクターなど、個性の数が多いほど売れる確率は高いと信じられてもいましたし、実際にそういうケースもありました。それらを守り、効果的に打ち出すには、クリエイションの過程やチーム内でのさまざまなコミュニケーションは内部のものとして純度を高めることが重要だったのです。劇場法も助成金もなかった時代には、それらを外に開く余裕がつくり手にはなかった、という言い方もできるかもしれませんが、オリジナリティと密室空間でのライブ性、1回の上演にかける集中力が「演劇の魔法」のマストアイテムだったことは間違いありません。

〈最近の演劇以外〉京都に所用があり、京セラ美術館の『日本画アヴァンギャルド』展へ。写真は、楠田信吾「Work-1960-1」。石膏に型押しし塗料を塗ったこの作品も日本画なのです。

〈最近の演劇以外〉京都に所用があり、京セラ美術館の『日本画アヴァンギャルド』展へ。写真は、楠田信吾「Work-1960-1」。石膏に型押しし塗料を塗ったこの作品も日本画なのです。 [高画質で見る]



ここで知人の体験談をひとつ。約40年前、ぴあが演劇の情報も載せることになった際(ぴあは創刊当初から総合カルチャー誌だったのではなく、スタートは、首都圏の映画館の上映スケジュールをまとめた雑誌だったんですよ)、文字だけだと寂しいから前回公演の舞台写真を掲載しようとある劇団に連絡を取ったところ、「たった1枚の写真でうちの作品をわかったつもりになってもらっちゃ迷惑だ」と怒られたそうです。また、30年ぐらい前の私自身の体験ですが、ある大学生の1日を紹介するという雑誌の仕事で、その方が小劇場の劇団で活動されていたので「稽古場でウォーミングアップしている写真を撮らせてほしい」とお願いしたところ、主宰の方に「うちの稽古場に部外者が入ることは、どんな瞬間もあり得ません」と断られたことがあります。
それくらい、演劇はライブであることが絶対条件で、その日その場に集まった人たちのもの、作品は劇場で発表したものがすべて、という意識が強かったんですね。
それらが根付いた背景としては、演劇が根本的に持つ1回性への信奉は前提として、メディアが現在ほど発達しておらず、人間の記憶に対する信頼や期待が大きかったことがあるでしょう。アートの公共性という概念がほぼ存在していない時代ですから、演劇は社会からはみ出た表現であり、つくる側も観る側も、それを選ぶことは相応の覚悟だった自負もあったでしょう。また、50年代に現代美術の世界から生まれた“ハプニング”という思想=偶発的にその場で起きたことを価値とする考え方の影響も残っていたはずです。そして「演劇の魔法」をできる限り純粋に受け取ってもらうには、観客の間に情報量の差があってはならないという配慮もありました。
一方、増加中の「種明かしに抵抗ない派」は、「演劇の魔法」の定義は理解し、その体験を信じつつも、演劇の中には「魔法」よりも大事なものがある、言い換えると、オリジナリティより優先すべきものがあると考えている。それは「共有」だと私は考えています。集団がオリジナリティを育むために閉じた時、悩みや問題も抱え込んで、自滅の原因になる。そうやって終わっていった先人と同じ轍を踏まないために、困ったことも試して良かったこともみんなと共有する。惜しみなく開く、分ける。お互いにそうすることで、やがて豊かな共有知という土壌ができる。それぞれが個性豊かな花を咲かせ、その花で「演劇の魔法」を生むことは大前提だけれど、新しい世代は共同の畑をつくることに希望を託しているように見えます。
では、いつ頃、何がきっかけでそうした状況が変わっていったのか、次回以降で少しずつ紐解いていきたいと思います。

個人的には「演劇の魔法」をずっと大切にしたい気持ちもありつつ、「種明かし」によって始まった動きが今後どうなっていくかに興味があります。思い切ってかつての基準を見直してバッグ類を整理したら部屋が少し広くなったように、今、風通しが良くなってきていると感じるのです。

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徳永京子

演劇ジャーナリスト。せんがわ劇場演劇アドバイザー。読売演劇大賞選考委員。緊急事態舞台芸術ネットワーク理事。朝日新聞に劇評執筆。著書に「『演劇の街』をつくった男─本多一夫と下北沢」「我らに光を─蜷川幸雄と高齢者俳優41人の挑戦」、「演劇最強論」(藤原ちから氏と共著)。

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