本作は、夏目漱石が小説「坊っちゃん」の執筆を通して自己を見つめ直す姿を描く、音楽座ミュージカルのオリジナル作品。1992年に初演され、紀伊國屋演劇賞団体賞、読売演劇大賞優秀作品賞などを受賞した本作が、このたび東宝の制作、
物語は、漱石(井上)が自宅でダラリと寝転んでいる日常のシーンから幕を開ける。小説家として独立したい一念がありながらも、家族を養うための安定した教師生活を捨てる踏ん切りがつかず、モヤモヤとしている漱石。忙しなく支度をする妻・鏡子(土居)に対し、目覚めた漱石はいきなり「ハゲがある」と失礼な一言を放つが、鏡子はそれをさらりと受け流し、どこかおかしみのある夫婦の日常が伝わってくる。
そこへ高浜虚子が訪れ、漱石が新しい小説の題名を「坊っちゃん」だと告げると、2人の後ろの書斎の障子が勢いよく開き、坊っちゃん(三浦)が飛び出して来た。坊っちゃんは元気いっぱいに「何かがきっと待っている」と人々と共に歌い踊り、舞台を一気ににぎやかな空気へと塗り替えた。
ここからは、執筆に励む漱石の現実と、彼の手によって今まさに生まれている物語が呼応しながら進んでいく。舞台の上手・下手の使い分けで執筆中の漱石と小説世界を同時に見せたり、襖やセットの開閉によって異なる世界を瞬時に出現させたりと、2つの世界が巧みに展開。坊っちゃんが愛媛・松山に赴任し、個性豊かな教師仲間たちに心の中であだ名を付けていく場面では、坊っちゃんの「こいつは“赤シャツ”だ」などといった心の声を、机に向かう漱石が代弁する。また、漱石が苛立ちのあまり原稿をグシャグシャに丸めると、小説世界の住人たちがその原稿用紙のようにジタバタと身体を折りたたみ、「早く広げて!」と訴えかけるシーンも印象的だ。作家の思考と創作世界がダイレクトにつながる本作のメタ的な面白さが、視覚的にも表現されていた。
井上演じる漱石は、神経質に怒鳴り散らしていてもどこかプンプンと拗ねたような愛嬌があり、威張っていても嫌味のない朗らかさで作品を牽引する。物語を牽引する役のイメージが強い井上だが、今作では周囲に支えられ、鏡子やキャラクターたちに背中を押される役を好演。苦悶の表情から、心が解きほぐされ、表情が和らいでいく変化を繊細なグラデーションで表現し、作品の中心として確かな存在感を放っていた。また土居は、夫の理不尽な振る舞いも笑い飛ばしていなすコミカルな立ち回りが光る。いつも明るく漱石を支え、後半には迷える彼に対し「あなたの思うままに生きてほしい」と真っすぐに寄り添う鏡子の姿は、温かく漱石の闇を照らしていた。
三浦は、曲がったことがきらいで気性の激しい坊っちゃんを、躍動感あふれる身体表現と伸びやかな歌声で体現。一瞬で舞台を明るく照らすような生命力にあふれ、書斎で苦悩する漱石とも鮮やかなコントラストを見せていた。そんな坊っちゃんと、小林扮する山嵐による“正義のバディ”にも注目だ。2人が肩を並べ、生き生きと声を合わせて歌い踊る姿は希望にあふれ、観る側の心も晴らしていく。また小林は、漱石の親友で早世した正岡子規役も兼任。山嵐と子規は、漱石の脳内で重なり合う存在として描かれており、小林は山嵐と同様にたくましく子規を演じ、迷いの中にいる漱石を鼓舞しながらその心を力強く引き上げていた。
囲み取材で、井上は「当時の夏目漱石は神経が繊細で、今のコンプライアンス的にはアウトなほど当たり散らしているので、映像だったら注釈テロップがつくレベルかもしれません(笑)。それでも土居さんの鏡子がしっかり受けてくださるから、裏側にある愛情が伝えられる。30年前、音楽座ミュージカルでの初演で鏡子役を演じられた土居さんと一緒にできるのは奇跡のようです」と、共演の喜びをかみ締めた。
三浦は「『親譲りの無鉄砲で子供のときから損ばかりしている』から始まる小説の冒頭を読んだとき、『僕の自伝かな?』と思ったほど、坊っちゃんと似た幼少期を過ごしました(笑)」と明かし、「和物が初めてなので袴や下駄など慣れないことも多かったですが、皆さんにアドバイスをいただきながら時間をかけて稽古できました。舞台上では(坊っちゃん家の下女・清役の)ひとみさんからの眼差しに、上京してから知る親のありがたみのような温もりを感じています」とコメントした。
土居は「30年前と同じ役を厚かましくもやらせていただき、感慨で胸がいっぱいです。漱石先生も観劇に来られたという明治座に立てることもありがたいです。(井上に怒鳴られる役であっても)芳雄さんが持っていらっしゃる優しさは変わらずあるので、怒鳴った姿もセクシーです(笑)。ミュージカル『リトルプリンス』でご一緒したときは、私が5歳児になったような、芳雄さんの息子になったような感覚でしたが、今回は夫婦役。鏡子はいつも明るく笑っている女性なので、漱石との会話の間にオレンジ、ピンクなどいろんな空気の“色”を出していけたら」と語った。
小林は「明治座に立つのは初めてですし、二十歳くらいのときに観た『アイ・ラブ・坊っちゃん』に自分が関わっているのが不思議な気持ち。山嵐としては宏規と一緒のシーンが多く、ミュージカル『レ・ミゼラブル』のアンジョルラス(小林)とマリウス(三浦)に近い関係性をまた構築できるのを楽しんでいます。また、正岡子規としては、事務所の先輩である芳雄さんと友情を演じられるのは感慨深いです。最初はちょっと緊張しましたが(笑)」と明かした。
登世役の彩は「宝塚歌劇団を退団後、初めての舞台となります。稽古場は毎日学びしかなく、やってきたことをしっかりと舞台に載せていきたいです。兄嫁の立場から漱石さんの背中をそっと押せるような存在でいられたら」と真摯に語り、赤シャツ役の松尾は「何回やってもミュージカルは慣れません。周りの皆さんがプロフェッショナルばかりなので、そこに混ぜていただいていることが本当にうれしいです。おかげで毎日酒がうまいです」と笑顔を浮かべた。
春風は「若い頃に拝見した作品に出られて感動しております。G2さんからは『春風さん泣かないで』とダメ出しされるのですが、三浦さんの姿を見ているとどうしても孫のように愛しくなって泣いてしまいます。(坊っちゃんにとっての清のように)観客の皆さんも、両手を広げて待ってくれている人の存在を思い浮かべてくれたらうれしいです」と呼びかける。
最後に井上は、「漱石にとってフィクションの世界がないと生きていけないというところまで踏み込んでいく物語の構造が素晴らしく、“日本のミュージカルの到達点”と呼ばれている作品であることを、やればやるほど実感しています。ギリギリまで稽古をしていましたが、本番には僕たちも知らない、素晴らしい『アイ・ラブ・坊っちゃん』をお見せできるのではないかと思います」と言葉に力を込め、その場を締めくくった。
上演時間は約3時間。東京公演は5月31日まで。その後、本作は6月7日から14日まで札幌・札幌文化芸術劇場 hitaru、22日から28日まで大阪・SkyシアターMBSにて上演される。
ミュージカル「アイ・ラブ・坊っちゃん」
開催日程・会場
2026年5月1日(金)〜31日(日)
東京都 明治座
2026年6月7日(日)〜14日(日)
北海道 札幌文化芸術劇場 hitaru
2026年6月22日(月)〜28日(日)
大阪府 SkyシアターMBS
スタッフ
演出:
音楽座ミュージカルオリジナルプロダクション:総指揮:相川レイ子、演出:ワームホールプロジェクト、脚本:横山由和・ワームホールプロジェクト、作曲・編曲:船山基紀、製作著作:ヒューマンデザイン
出演
漱石:
坊っちゃん:
山嵐:
登世:
赤シャツ:
清:
鏡子:
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