劇作家、演出家で
今回は、12月11日に発売された前川の著書「金輪町Logbook」にちなみ、謎の街・金輪町の町や食について前川にインタビュー。“フィクションの世界を現実の出来事のようにドキュメンタリー形式で演出する”モキュメンタリー形式でつづる。
町の謎を記した「金輪町Logbook」
──前川さんの著書「金輪町Logbook」が12月11日に発売されました。私はこれから読ませていただくのですが、前川さんの金輪町を訪れた際の日記、のようなものなのでしょうか?
いえ、違うんです。僕と同世代で、もともと東京で演劇をやっていた川端楊っていう劇作家がいるんですけど、彼女の旦那さんが金輪町の出身なんです。数年前、彼のお父さんが亡くなって、家族(楊さんと息子の悠里君と)で金輪町に引っ越したんです。それからは年賀状をやり取りするくらいでした。そんな中、金輪町で災害が置きました。全国ニュースにもなってたので覚えている人もいると思います。集中豪雨で土砂崩れが起き、川も氾濫してしまって、街が大変な被害に遭ったんです。川端楊さんのことが気になって何度かメールしたんですけど返事がなくて、それで、金輪町に行きました。
──その時初めて金輪町に?
はい。被災地ですし、ただ行くのも迷惑だろうと、ボランティアに応募しました。私は被災した町立図書館の後片付けに従事することになり、汚れた本ときれいな本を仕分けしていました。その時、「金輪町Logbook」と手書きで書かれたノートを見つけたんです。パラパラめくってみたら川端悠里って名前が書かれていました。「息子さんのだ!」と思って、僕はそれを懐に入れました。じっくり読んでみると大変なことが書かれている。この金輪町を襲った災害は、単なる自然災害ではないのでは……ということです。私はこのLogbookを世に出してみたいと思うようになりました。ノート自体にはなるべく手を加えず、たどり着いた関係者には裏取りをして、固有名詞を変え、資料の画像はイラストなどに置き換えました。そして出版までこぎつけたんです。
──なるほど、そうだったんですね。ちなみに川端一家とは会えたんですか?
いえ、今も連絡がついていないです。
──それは、大変ですね。近作の劇「ずれる」でも金輪町の災害に触れていましたけど。
「ずれる」こそ、その時の取材をベースに書いています。
歩いて感じた金輪町
──金輪町がどんな場所なのか気になります。ちなみに前川さんは知らない場所に行くときにまず、どうやってその土地の情報を得ますか?
やっぱり入口は地図です。Googleマップとかで地形や街の規模感を調べたり。あとは自治体が作っている観光ガイドをのぞいたりもします。
──ガイドブックなどではなく、フラットな情報から入って、街のサイズ感などをまずインプットするんですね。
はい。歩くのが好きだから、地図上で作ったルートを実際に歩いてみます、ひたすら。場所に慣れるのに時間がかかるタイプなので、観光を詰め込むとあんまり記憶に残らないので、できるだけ少なく、1箇所に長くいて身体に落とし込む感じが好きです。
──金輪町も最初は地図で調べたんですか?
そうですね。で、歩きとレンタサイクルで街を回りました。「金輪町Logbook」の中にも、悠里君がまず町を自転車で散策したと書き込みがあるんですけど、僕もそのまま同じことをやって。郊外では、里山と田んぼ、畑が続く風景で、緩やかにアップダウンが続きます。「日本昔ばなし」とか「Dr.スランプ」のペンギン村みたいな、そんな風景なんです。自転車でのアップダウンがなかなかつらくて、夏前に行ったんですけど汗だくになりました。
──どんな雰囲気の町なんですか?
田舎町だけど必要なものはそろっているという感じです。ショッピングモールのようなものもあるし、シャッター街もあるけど、商店街はまだまだ生きています。中心街を出るとすぐに田園風景ですけど。観光スポットが郊外に点在しているから、町に人はまばらでした。観光地を巡ったあと、食事時に人が戻ってくるような感じかもしれません。
──食や料理に関する連載なので、金輪町の“食”についても伺いたいのですが、何をお食べになりましたか?
道の駅「虎」で地元の野菜がめちゃくちゃ豊富で安くて、料理できる環境じゃなかったから買えなくて残念でした。食べたのは山菜そばと椎茸ソフトです。
──椎茸ソフト、え、どんな感じなんですか?
干し椎茸が名産品なんで、いわゆる御当地ソフトクリームです。見た目はほんのりクリーム色で、贅沢にバニラビーンズが入ってるような感じ。ちょっと塩味があってコクがすごい。椎茸の戻し汁の味がします。一口目はウッと思ったけど、だんだん美味しく感じてきて不思議でした。ポルチーニ茸の生クリームパスタとかあるし、まぁアリだなと思いました。
──街の人ともお話ししましたか?
はい、飲み屋のカウンターでちょこちょこ情報収集して。金輪町をめぐっては、ネット上にさまざまな怪現象の書き込みがあって、大岩神社周辺は心霊スポットとして有名です。歴史あるパワースポットでもあるから、スピリチュアル系の人の巡礼地でもあります。そのへんのことを地元の人はどう思ってるのか聞いてみると、あまり興味がない。「あー、あるねー」くらいの反応。怪現象のことは噂程度に思っている。それよりも災害後に異常に増えた野生動物の出没の方が、気になっているようでした。
金輪町に惹かれるワケ
──金輪町は、前川作品の中にたびたび登場する、前川さんの重要なモチーフです。
おそらく、「プランクトンの踊り場」(2009年、のち「聖地X」と改題)という作品が最初だと思います。物語の舞台をはっきりと金輪町とさせてもらいました。他の作品でも、物語の舞台となる町の規模感は東京よりも地方都市だったので、その後も金輪町を使うようになり、色んな事件が集約されていくことになりました。スティーブン・キングの小説に、キャッスルロックという架空の街が複数の作品で舞台になるんですけど、そんな世界観に憧れていたということもありますし、「ジョジョの奇妙な冒険」に出てくる杜王町みたいなイメージもありました。地方都市の杜王町で奇妙なことが頻発する。そんな感じで「金輪町ってやばいな」とお客さんの中で育ってくれるといいなと思っていました。
それで2021年に、今まで出てきた金輪町にまつわるエピソードを全部地図に落とし込んでみました。
──ちなみに前川さんご自身が育った町には、金輪町のような噂話や都市伝説みたいなものはありましたか?
地元は金輪町より少し大きいくらいの町で、オカルトな噂のある神社や寺、廃墟なんかはいくつかありました。子供の頃は80年代で、心霊やUFOなんかが流行っていた時代というのもあったと思います。思い出深いのは小学校です。当時すでに創立110周年という古い木造校舎で、学校の怪談の宝庫でした。5年か6年生の時にその怪談話を取材して、壁新聞にしたことがあります。結構評判よかったんですよ。
──三つ子の魂百まで、ですね!
節目の2025年を経て2026年へ
──2025年最後の回になるので、前川家の“年末年始と食”についても教えてください。
うちはクリスマスに対する熱量が低くて、年末年始に全振りです。一昨年、私がクリスマスツリーの箱をリビングに出しておいたのですが、妻も息子も(私も)組み立てようとしない。箱のままクリスマスが過ぎたのを見て、ついにツリーを処分しました。ケーキが無くても気にならないようだし。息子に「プレゼントは?」と聞いて「とくに欲しいものはない」と言われた時には驚きましたが。唯一シュトーレンだけは妻が毎年取り寄せています。年末年始は妻の実家に帰省するので、母の料理を楽しみにしています。なので自分で選んだり作ったりすることはなく、出されたものを美味しくいただく。そういうことを楽しみます。煮豆、栗きんとん、昆布巻きが好きです。蕎麦好きなので、年越し蕎麦もかかせません。
──また、2025年の振り返りと来年の展望を伺いたいです。
2025年は、本公演休止前の節目となる公演「ずれる」を5月に上演し、それがすごくいい形でできて良かったと思っています。こういう機会だから劇団員だけで芝居を作ろうと思ったし、俳優たちもお客さんも、それを楽しんでいたようでした。僕としても、あの脚本は書いていて楽しかったです。
今後、イキウメの本公演は不定期になりますけど、活動を休止したわけではないので、僕も俳優たちもそれぞれの仕事をやりつつ、その間を縫って何かをやるぞ!という強い気持ちで、2026年もいろいろと企画中です。
──期待しています。本連載も、引き続きよろしくお願いします!
- 前川知大
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1974年、新潟県生まれ。劇作家、演出家。目に見えないものと人間との関わりや、日常の裏側にある世界からの人間の心理を描く。2003年にイキウメを旗揚げ。これまでの作品に「人魂を届けに」「奇ッ怪 小泉八雲から聞いた話」「関数ドミノ」「天の敵」「太陽」「散歩する侵略者」など。2024年読売演劇大賞で最優秀作品賞、優秀演出家賞、2025年最優秀演出家賞を受賞。
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arida @Magnoliarida
前川知大さんの「まな板のうえ」も
金輪町!
ケーキXは出てくるかな?
(まだ読んでない)
(´-`).。o(朗読会の感想もぼちぼちブログに書いてます) https://t.co/7nUwnTTZCU