尾上松緑と坂東巳之助がWキャストで魅せる「三月大歌舞伎」3月は歌舞伎座で会いましょう

目まぐるしく変化していく日々、ふと非日常的な時間や空間に浸りたくなったら、“ゆるりと歌舞伎座で会いましょう”。「三月大歌舞伎」は、昼に「加賀見山再岩藤」、夜に「三人吉三巴白浪」と通し狂言が並ぶ。ステージナタリーでは、「再岩藤」で岩藤の霊 / 鳥井又助、「三人吉三」で和尚吉三をWキャストで演じる尾上松緑と坂東巳之助にインタビュー。“教える / 教わる”の関係を通して深い信頼関係でつながった2人の対談は、静かな熱を帯びつつ、和やかに繰り広げられた。

取材・文 / 川添史子撮影 / 藤田亜弓

松緑と巳之助をつなぐ信頼関係

──昼は「加賀見山再岩藤(骨寄せの岩藤)」、夜は「三人吉三巴白浪」をいずれも通しで上演。しかも昼夜共にお二人のWキャストですから、趣向満載の月ですね。

尾上松緑 僕が「再岩藤」を演じるのは2013年以来2度目。前回から10年以上も経ってしまったんですね。初役同様(七代目尾上)菊五郎のお兄さんにご指導いただいたやり方をベースに演じます。何度も演じてきた「三人吉三」は僕自身非常に好きなお芝居。それを信頼する後輩である巳之助くんとWキャストで演じられるなんて、とてもうれしいです。巳之助くんは後輩といえど、とても魅力のある役者さんじゃないですか。彼の演技を通して自分の中にも大きく得るところがあるでしょうし、盗めるところは盗みたいと考えています。

坂東巳之助 そんな、そんな! 昼夜ともお兄さんに教えていただくので、僕のほうこそ舞台を拝見しながら、しっかり吸収させていただきます。今回、お客様から同じチケット料金を頂戴することもあり、それを許していただけるレベルに持っていかなければいけない責任を感じています。もちろん僕が出来ることは“教えていただいたことを真摯に学ぶ”に尽きるのですが……こうした場で「僕のほうも観にいらしてください」と堂々とお伝えできるよう、しっかり勤めなくてはという緊張感があります。

左から坂東巳之助、尾上松緑。

左から坂東巳之助、尾上松緑。

──松緑さんにとっては更なるブラッシュアップに加え、先輩から受け取ったものを下の世代に「伝える」という、大事な使命を帯びた月になります。

松緑 そうですね。僕は人に教えるのが得意ではないですし、そんなタイプでもないと思っていたのですが……近年こうした機会が増えてきました。もちろん僕が先輩に教わったことはすべてお伝えしますが、彼なりのものを作ってくれたら間違いないと考えています。

巳之助 こんなことを後輩から言うのは生意気ですけれども、今、お兄さんが「教えるタイプじゃない」とおっしゃいましたが、「まったくそんなことはありません」と訂正させてください。いつも本当に丁寧に見てくださいますし、そのうえで「そこは自分で考えてやってごらん」と委ねるところは委ねてくださる。将来、自分も年を重ねて後輩に何か教えるような立場になれたときには、お兄さんの懐深いスタンス、後輩への関わり方も一緒に伝えたいと思っています。

──お二人のやり取りから、心の通う真剣な「教える / 学ぶ」が行われているんだな……ということが、ひしひしと伝わってきます。

松緑 若い頃、僕は彼のお父様(十世坂東三津五郎)に教えていただくことがとても多かったんです。三津五郎のお兄さんもよく「僕と君は体型が違う。同じ役を演じていても、身体も声帯も違えば、目の大きさから手足の長さも違うんだよ」とおっしゃっていたんですね。どうやればお兄さんのようにいい形になるかは、結局自分で考えていかなくてはいけないんです。ただ、巳之助さんをはじめ今の若い世代の皆さんは、それができる方々ばかり。とにかく「ビビらずにやってほしい」と言いたいし、のびのびとお芝居をしてほしいです。

いろいろな場面と要素が詰まった「再岩藤」

──昼の部「再岩藤」は、女性同士の敵討ちをベースにした物語。御殿女中である、若く誠実な中老の尾上と、古株のお局でお家乗っ取りを企む岩藤の対立を描いた「鏡山旧錦絵」の後日譚になります。尾上の召使いであるお初に討たれ、幽霊となって復活した岩藤と、二代目尾上となって出世したお初の対立を描きます。

松緑 続編とはいえパロディーになっているんですよね。「鏡山」が1月に新国立劇場で上演されたばかりですし(参照:「令和8年初春歌舞伎公演」に「鏡山旧錦絵」、八代目菊五郎「心晴れ渡るような仇討ちの物語を」)、続けてご覧いただけるお客様には、よりわかりやすいかもしれません。

巳之助 お家騒動という現実的な話に、幽霊という非現実が絡み合い、最後は仇討ちになだれ込む……昼の部の時間内に収まる形でこれだけいろいろな場面と要素が詰まった作品は珍しいと思います。

左から坂東巳之助、尾上松緑。

左から坂東巳之助、尾上松緑。

──お二人は岩藤に加え、このお家騒動に巻き込まれる忠義な家来、鳥居又助も演じます。

松緑 ちょっとしたボタンのかけ違いで起きた悲劇、そこに巻き込まれていく男……なかなかに過酷な背景の持ち主で、気持ちとしては岩藤よりもしんどいです。前回又助を演じていた際「仮名手本忠臣蔵」六段目の勘平に通じると感じましたので、そこはしっかりと意識したいです。一方、岩藤に関しては、女方とは言いつつも強い役。そして最上級のお局ですから、格もキープしなければいけない。さらに、最初に登場するときはゾンビみたいな状態で出てきて、次に出てくるときは晴れやかな宙乗り、そして草履打ちと、出てくるたびにまったく違う雰囲気をまとっています。場面ごとにここまでキャラクターが違う芝居はなかなかありませんし、今回は最後に(七代目尾上)菊五郎のお兄さんが(多賀大領役で)出てくださいます。お客様の目に飽きない作品じゃないでしょうか。

巳之助 身分の高い悪人と、身分の低い善人という二役。対極の役柄で“付く(似通う)”部分はまったくありませんので、それぞれの役に向き合えば自然と違いというものが見えてくると考えています。

──野ざらしになっていた岩藤の骨がスルスルと寄り合わさって骸骨となり、亡霊となる場面はゾクゾクと面白い場面。一転して美しい岩藤がメリー・ポピンズのように傘を差して花の雲の中を飛んでゆく場面はうっとりと美しい場面です。

松緑 岩藤にしてみればよみがえったわけですから、「復活したぞー!」といううれしさもあるでしょうし(笑)、あそこは無邪気でいいんじゃないかと。宙乗りは余計なことを考えずに、お客さんに「きれいね」と見ていただく場面。役者としてしどころがあるわけではないので、そうなるとやはり岩藤としての眼目は、「草履打ち」の場面でしょうね。

──岩藤が二代目尾上に言いがかりをつけ、草履で打ち付ける場面。ここは「鏡山」のパロディでありつつ、少し“幽霊み”が混じるのが面白いところ。立役お二人が、女方の拵えで迫力の演技を見せるのも楽しみです。二代目尾上が中村萬壽さん・時蔵さん親子のWキャストというのも、見どころ / 比べどころですね。

「加賀見山再岩藤」より、坂東巳之助扮する岩藤の霊。

「加賀見山再岩藤」より、坂東巳之助扮する岩藤の霊。

「加賀見山再岩藤」(2013年、歌舞伎座)より。尾上松緑演じる局岩藤の霊。 ©︎松竹

「加賀見山再岩藤」(2013年、歌舞伎座)より。尾上松緑演じる局岩藤の霊。 ©︎松竹

松緑 さまざまな演目で相手役を勤めている萬壽のお兄さんとは、気心知れた間柄です。先輩を草履でひっぱたくなんて機会そうないですし、なかなかに手強い相手なんでね(笑)。お兄さんの圧に負けないようにいじめなければいけません!

巳之助 僕にとっても、先輩の時蔵さんをいじめることになります(笑)。(時蔵の弟の中村)萬太郎くんと僕が同い年、時蔵さんは2つ年上で普段から仲良くさせていただいていますし、長い付き合いの大好きな方。女方の衣裳を着ること自体が久しぶりですし、いろいろとコツも教えていただきながら勤めたいです。

松緑 女方は(襟元が見えるので)背中を白く塗るのですが、そんな経験も我々はあんまりしないじゃないですか。さらに、そこから又助に戻るので、なかなかに慌ただしいんですよ。前回から10歳以上歳を重ねていますから、体力的にもどうなるか……ここは稽古でやってみないとわかりませんね。

巳之助 最初は又助で出て、岩藤になって、また又助に戻って終わる……それぞれの物語をしっかりお届けできるよう、きちんと自分の中で整理して挑みたいです。