音楽劇「コーカサスの白墨の輪」木下晴香×sara×加藤梨里香×瀬戸山美咲 座談会“この舞台を観て、現実をどう生きるか?”

ベルトルト・ブレヒトの「コーカサスの白墨の輪」が、瀬戸山美咲の上演台本・演出により、“未来の戦争が終わったあとの物語”として再構成される。原作の「コーカサスの白墨の輪」は、ドイツの作家ブレヒトがアメリカ亡命時の1944年に発表した作品で、クーデターの最中、太守夫人が置き去りにした“こども”ミヘルを拾った料理女グルーシェをめぐって物語が展開する。グルーシェは婚約者のシモンが戦地から戻るのを待ちつつミヘルを育てるが、やがて内乱が終わり、ナテラはミヘルを取り戻すため、裁判を起こし……。

ステージナタリーではグルーシェ役を演じる木下晴香、太守夫人ナテラ役を演じるsara、ナテラの侍女でアンドロイドのスリカを演じる加藤梨里香、そして瀬戸山の座談会を実施。大胆な設定変更のワケ、今回の上演でよりビビッドになる作品の核、キャストも驚きのバラエティに富んだ楽曲など、作品の魅力をたっぷりと聞いた。

取材・文 / 熊井玲撮影 / 藤記美帆

世界を変えようとしたブレヒト作品に“毒”をもって臨む

──瀬戸山さんは2018年にブレヒトの「処置」の演出を手がけられました。ブレヒト作品に対してどのような印象をお持ちですか? また「コーカサスの白墨の輪」については以前から上演しようと思われていたのでしょうか?

瀬戸山美咲 今回はまだ2作目のブレヒト作品なので、ブレヒトについて語れるほどではありません。ただ、ブレヒト本人のエッセーなどを読むと、彼は本当に世界を変えようと思っていた人なんだなという印象を受けています。戦争中、亡命状態にありながらもあれほどたくさんの戯曲を書いていた、その“諦めなさ”はすごく尊敬します。世界を変えるという強い思いから、人間の姿を誇張し、露悪的に書いて人間社会のいびつさを捉えようとしているところがある。なので、ブレヒト作品を上演するにはリアリズムだけでは難しく、毒を持って臨まないといけないな、と感じています。

「コーカサスの白墨の輪」に関しては、実は白井晃さんからのご提案で、2年くらい前にお話をいただきました。白井さんご自身が演出されることも検討されたことがあったようですが、その作品を託していただきました。これまでも上演されたものを何度か拝見して面白い話だなと思っていましたし、お話をいただいてから改めて作品を知るうち、女性が未来を切り拓いていく話で、かつ戦争を多角的に描いた作品だと感じ、純粋に「やりたいな」と思ってお引き受けしました。

瀬戸山美咲

瀬戸山美咲

──作品の舞台を原作そのままではなく、未来のお話にするというのは瀬戸山さんのアイデアだったのでしょうか?

瀬戸山 そうです。自分がやるならどうしようかと考える中で、近未来という設定が浮かびました。理由はいくつかあるのですが……原作の戯曲は、私たちからするとそもそも過去の作品で、戯曲としてはそこからさらに過去を振り返るという構成なのですが、本当に今と変わらない部分がたくさんあり、残念ながら未来もそうだろうなと思ってしまった、というのがまず1つ。

今回のキャッチコピーを“未来の戦争が終わったとき、人間は今より『マシ』な存在になれているのか。”としたように、「マシになっていないだろうな」と疑問を感じてしまう自分がいて。未来になってテクノロジーがいくら発展したとしても、人間の内面はそんなに進歩しないだろうし、むしろ戦争が起きると価値観のゆり戻しが起きてしまうんじゃないかと考え、テクノロジーによって変わる部分を描きつつも人間の変わらなさを描きたいと思いました。

そして、作品の中に描かれていることを現代の私たちにとってより強調して描き出すには、未来という設定が有効だなと思ったのがもう1つの理由です。AIが登場したり、ミヘルを“まだ生まれていない”受精卵としたりすることで人間たちの出鱈目さや衝動に突き動かされるままならなさみたいなものや、“子供”に対する執着の歪さがより強く描けるのではないかと考えました。

音楽劇「コーカサスの白墨の輪」チラシ

音楽劇「コーカサスの白墨の輪」チラシ

設定変更で、より人間のおかしみや愚かさが際立つ構成に

──キャストの皆さんは、台本からどんな印象を受けましたか?

木下晴香 私はまずブレヒトの原作を読んだのですが、「80年前に書かれた物語が現代を生きる私たちにこんなに突き刺さってしまっていいのかな、やっぱり人間って変われないのかな、変わらないのかな」という思いを持ちました。そのあと、瀬戸山さんが書かれた今回の台本を読ませていただいて、人間のおかしみ、愚かさがより際立っているなと。時代設定を変更することでこんな効果があるんだ、と思いましたし、終幕がすごく衝撃的で……。原作ではどちらかというとナテラが悪でグルーシェが善のように感じられ、「グルーシェがミヘルを引き取ることができて良かったね」という終わり方だけれど、善と思われていたものがそのまま幸せな未来を築いていくかというと、そうじゃないというところを見つめさせてくれるところが、やっぱり瀬戸山さん!と思いました。

木下晴香

木下晴香

sara 私も原作を読んだときは、「おお! 物語としてこういうふうに終わるんだ、なるほど!」と思ったのですが、今回の脚本を読み、瀬戸山さんのお話を伺って、新たに感じることがありました。私は今二十代ですが、情報の海に晒される中、“正解のなさ”とか“信じられる確固たるもののなさ”を感じることが多く、晴ちゃん(木下)が言ったように、単純に善と悪、正義と悪には二分できないことが多いなと感じています。かといって誰かの基準で善悪を突き詰めていくことは対立しか生まず、結果どんどん戦争に突き進んでいくことになると思うんです。瀬戸山さんの脚本には、そんな生きるうえでのさまざまな要素がすごく豊かに描かれていて、「これは同世代の人もきっと面白いと思ってくれるはず!」と思い、さらに楽しみになりました。

加藤梨里香 ビジュアル撮影のときに、瀬戸山さんから「AIの役になるかもしれない」と予告はされていたのですが、台本を拝見したら確かにスリカはAIで、驚きながら台本を読みました(笑)。ただ、私が演じるスリカというアンドロイドが人間の物語を観察することによって、人間のおかしさ、面白さが際立つと思いましたし、人間であること、生きることの意味がより伝わるんじゃないかと思います。そしてあの終幕。「瀬戸山さんは、こんなふうに物語を終わらせるのか!」と衝撃を受けながら読ませていただきました。この新たな「コーカサスの白墨の輪」をこの座組で作っていけるのは本当に楽しみだし、たくさんの方に届けたい作品になるんじゃないかなと感じています。

──日本でもたびたび上演され、内容を知っている方も多い作品だと思いますが、今回の上演では物語の設定だけでなく、役の印象にも違いを感じました。皆さんが思われる、それぞれの登場人物の魅力やアプローチの難しさを教えていただけますか?

木下 ブレヒト作品に挑戦するのは今回初めてなのですが、読み合わせをしている中で、リアリズムで考えていくと整合性がつかないところがけっこうあるなと感じています。これまでの役の向き合い方では太刀打ちできないんじゃないかなと思い、そこに難しさを感じていますね。原作ではグルーシェに「人間はこうあってほしい」という希望みたいなものを感じたのですが、今回の台本では──これは瀬戸山さんもおっしゃっていましたが──グルーシェにも打算的なところがあり、人間の美しくない部分も描かれている。そこはきちんと出しつつ、かつチャーミングにグルーシェ像を作っていかなければならないので、私もリミッターを外して(笑)、稽古場でいっぱいチャレンジできるように務めたいなと思っています。

sara加藤 おおー!

瀬戸山 リミッターを外す!

木下 (笑)いや……普段は台本を読みながら「この行動を取るにはこう感じているんだな」と、役の言動を理解しようと努めるのですが、今回自分の感覚とは真逆の言動をとることも多いので。自分の理性との戦いだなと思っています。

sara  私は翻案版の脚本から、ナテラの可愛さを感じました。というのも、ナテラは人が普通留まるところで止まらない人で(笑)、お腹が空いたら「空いた!」って言ってしまうし、ムカついたらキレるし、邪魔だと思ったら人に「どけ!」と言ってしまう。もちろん行き過ぎているし、自分のことしか考えていない部分はどうかと思うのですが、三人姉妹の真ん中育ちな私からすると(笑)ある意味痛快というか、かつ自分の欲望や希望を口に出すことが決してダメなわけじゃないよな、と思ったんです。誰しもが絶対に持っている欲深さとか見たくない部分がナテラの言動には突き抜けているし、妙に納得できる部分もある。そう捉えると、自分の中にあるものを使って新しいナテラ像を打ち出せるんじゃないかと思いますし、ナテラに限らず登場人物それぞれに可愛いところがあるのは面白いなと思いました。

sara

sara

加藤 スリカはAIなので、私にとってとにかくすごい挑戦です。「難しい!」と思いつつも、この役に挑戦できることはすごいご褒美のような気がしますし、この役を通してまた新たなものが見えてくるんじゃないかなと今は思っています。スリカはアバシュヴィリ家に支えるアンドロイドで、グルーシェの理解者となるんですけど、アンドロイドとはいえ、グルーシェがミヘルを見捨てちゃうような人だったら、たぶんスリカとグルーシェは仲良くなってないだろうと思うんです。なので、スリカが感情を勉強していく過程をどう見せるかとか、アンドロイドとしての理性の保ち方、感情を勉強したらどうそれが変化していくのかなど、考えることがたくさんあるなと。これから瀬戸山さんとたくさん相談しながら、スリカが人間を観察しながら何を思うのかを考えていけたらと思っています。

加藤梨里香

加藤梨里香

──グルーシェ、ナテラ、スリカはまさに物語の軸となる3役ですが、瀬戸山さんはこの3役をどんなふうに捉えていらっしゃいますか?

瀬戸山 グルーシェは革命家のようなイメージで、このクーデターの中で最大の反乱を起こしている人だと思っています。ただ、同時にすごく弱い人だなとも思っていて。すぐ諦めそうになって受精卵の培養器を捨てそうになったり、周囲の人の空気を気にして好きでもない人と結婚しちゃったり。恋愛感情とか母性とかちょっと不確かなものを根拠に決断をしちゃう危うさもある。でもそこがなんとも人間的だなと思うし、だからすごく大胆な行動もするんだけど、揺れ動いてもいて、面白いなと思っています。ナテラ“様”は……。

一同 あははは!

瀬戸山 (笑)ナテラ様は、saraさんもおっしゃったように欲望剥き出しな部分に共感できると私も思いますし、子供のことを一瞬忘れて自分の服のことを優先しちゃうことって、実は誰しもあると思うんですね。“母親は絶対に、常に子供のことを考えているものだ”という固定観念に女性も縛られている部分があると思いますが、ナテラは、そういうところからある意味解放されていて、急進的な人でもあります。その点で、実はいいリーダーになりそうだなと思います(笑)。

スリカは……実は私、普段はAIを使っていないんですね。でもみんなが使ってるのを見ていると、AIは人間に優しいんだなという印象があって。すごく人間に敬意を払うようにプログラムされている。ただ入り口はそうなんだけれども、AIが本当に感情を勉強していったらどうなるのか。今回、スリカには衝動が生まれるちょっと手前までいってほしいなと思っています。でも彼女には人間と違って肉体の死がないので、そこに対する焦りはないわけで、人間に近いところまで行きつつも人間にはならない、そのギリギリまでいけたらいいなと今は思っています。