今年生誕140周年を迎えた画家・彫刻家の藤田嗣治をめぐる、劇団印象-indian elephant-「藤田嗣治~白い暗闇~」が3月に再演される。“乳白色の下地”で知られる藤田は日本で生まれ、フランスで人気を博した。しかし、戦中に戦争記録画を描いたことで戦争責任を問われ、最後はフランス人レオナール・フジタとして生きた人物だ。作・演出を手がける鈴木アツトは、2021年に自身にとって2作目となる評伝劇で藤田を取り上げ、話題を呼んだ。5年ぶりとなる再演では、主人公・藤田嗣治役に文学座の石橋徹郎をキャスティング。藤田の5番目の妻・君代役に劇団メンバーの佐乃美千子、藤田に戦争画を依頼する新聞記者・住役には初演から続投となる二條正士が名を連ねた。
本格的な稽古開始を目前に控えた1月下旬、ステージナタリーでは鈴木と石橋、佐乃、二篠による座談会を実施。和やかな空気の中、話題は多方面に広がった。
取材・文 / 熊井玲撮影 / 祭貴義道
「国家と芸術家」シリーズを方向づけた「藤田嗣治~白い暗闇~」
──「藤田嗣治~白い暗闇~」(以下「白い暗闇」)は、ナショナリズムと芸術家の関係を描いた「国家と芸術家」シリーズの第2弾です。劇団印象(げきだんいんぞう)が大きくテーマを掲げてシリーズ企画を打ち出したのは、これが初めてだったのではないでしょうか。
鈴木アツト そうですね。「白い暗闇」の1つ前、2020年に「エーリヒ・ケストナー~消された名前~」(以下「エーリヒ・ケストナー」)を上演して、それが初めての評伝劇だったんですけど、これまでになく評判が良くて、「評伝ものは自分に合っているんじゃないか、であればシリーズにしてみよう」と思い、2作目の「白い暗闇」から「国家と芸術家」というシリーズを掲げました。
──「国家と芸術家」というシリーズタイトルを最初に聞いたときは、非常に重いタイトルだと感じたのですが、作品自体はテーマに囚われすぎず、人間の生き様が力強く描かれている作品群だと感じました。「白い暗闇」初演(2021年)について、鈴木さんと出演された二條さんはどんなご記憶がありますか?
二條正士 藤田が何に影響を受けたのかを描く“パリ編”は、描き出すのがすごく難しそうだなと思っていました。“日本編”では、戦況がどんどん悪化し、敗戦に向かって進んでいく様が演じていても感じられて、アツトさんもそれをどうお客さんに伝えていくか、すごく言葉を尽くして演出してくださいました。
鈴木 「エーリヒ・ケストナー」の舞台はドイツで、日本人の観客はドイツについてそこまで詳しく知らないから、多少ディテールがずれていたとしても、人間がそこに生きていれば気にならないはずだと思って演出しました。ただ「白い暗闇」の場合は戦時下の日本を知っている人も多く、舞台の題材になることも多いですし、それまで歴史物・時代物もあまりやったことがなかったので、史実をリサーチしたり、ディテールを学びながら作品に取り込んだりといろいろと大変でした。また最初はまったく考えていなかったのですが、稽古をしながら藤田の代表的な戦争画「アッツ島玉砕」をムーブメントで表現したいと考えて、急遽アンサンブルキャストに出てもらうことにもなりました。
二條 「白い暗闇」以降は、事前にアツトさんがいろいろと資料を共有してくださるようになったんですけど「白い暗闇」のときはまだ実験的というか、たとえば二・二六事件や満洲について、「みんなで調べてほしい」という投げかけがアツトさんからあって資料集めをしたのが、僕にとってはすごく新鮮でした。知っているつもりだったこともちゃんと調べ直すと発見があったり。
鈴木 コロナ禍だったので稽古が飛び飛びで、出演者が自分で調べる時間があったんだよね。セリフとしてはそんなに出てこないんですけど、藤田のライバルとしてピカソがいて、ピカソがどんな人かということを調べたり。
石橋徹郎 僕は宿題は大嫌いだけど、話すのは大好きだから、お互いが調べたことをシェアする時間はいいね! 人間関係を作るのにもすごく役立つと思う。
二條 そうですね。みんなが調べたことを発表しているのを聞いて、「ああ、この人はそういう考え方をするんだ」と知ることができたのは面白かったです。
「石橋さんは滑稽さとカッコよさの両面が出せる人」(鈴木)
──鈴木さんが藤田嗣治に興味を持ったのは、何がきっかけだったのでしょうか?
鈴木 「エーリヒ・ケストナー」が終わったとき、衣裳を担当してくれた西原梨恵さんに「また評伝劇をやろうと思っているんですよね」と言ったら西原さんが「私、藤田嗣治が好きで、今でこそ有名だけど、一昔前は画集が出ていなかったから、国内ではあまり知られていなくて」とおっしゃったんです。それで藤田嗣治について調べたら、彼が戦争画を描いていたことを知り、面白そうだなと感じて。今回改めて西原さんに衣裳をお願いすることになりました。
──初演から5年と、早いタイミングでの再演になりました。キャスト・スタッフが一新されますが、主人公・藤田嗣治に石橋さんをキャスティングされたのはどういう思いからだったのでしょうか。
石橋 それは僕も聞いてないです!
鈴木 (笑)。石橋さんと初めてお会いしたのはNHKのラジオドラマ「マクロプロスの処方箋」(編集注:カレル・チャペック作品を原作に鈴木が脚色を担当し、2023年に放送されたラジオドラマ)という作品だったんですけど、石橋さんの役は“少し冴えない没落貴族”のイメージだったんですね。でも石橋さんはその役を女好きですごく滑稽な感じだったり、ダメで笑ってしまうような感じだったりと何パターンか演技プランを読み合わせのときに提示してくれて、「すごく面白い人だな!」という印象があったんです。また一番最初にスタジオ入りして一人で練習していたのも印象的で、真面目な人なんだなとも感じました。
その後、こまつ座「連鎖街のひとびと」(2023年)で拝見したときは二枚目の役を演じていらして、確かに石橋さんは背が高くてカッコいいな、石橋さんは滑稽さとカッコよさの両面を出せる人なんだなと思ったんです。そういった印象から、どちらかというと固い印象がある僕の戯曲を、石橋さんならテーマをつかみつつ、面白さ柔らかさを引き出してくれるんじゃないかと思って、清水の舞台から飛び降りる気持ちでオファーしました。受けていただけて良かったです!
石橋 あははは! アツトくんとはそのラジオドラマだけしかご一緒したことがなかったんだけれど、ラジオドラマって脚本家の方は読み合わせのときだけで本番にはいないこともあり、俳優たちとの関わりが割と薄めなんです。でもアツトくんは関わるタイプの脚本家で、僕も印象的でした。……ただね、ラジオドラマのときは別に笑いを取りに行ったわけじゃないんですよ(笑)。「人間は滑稽なもんだ」というのが僕のスタートで、でもアツトくんには「滑稽な役として書いたつもりじゃなかった」と言われて……。
鈴木 僕、いい意味で言ったんです!(笑)
石橋 もちろんそれはわかっているよ! でも感じたことをはっきりと言ってくれる正直な人なんだなという印象を受けて、面白く稽古の時間が過ごせるんじゃないかと思い、今回参加させてもらいました。
──藤田嗣治を演じる、という点ではいかがですか。
石橋 藤田嗣治については、ビジュアルはよく目にするけど作品についてあまりよく知らなかったです。でも評伝劇はその人の人生をお借りして、改めてその世界や宇宙について考えるものだし、そういう意味ではすごく特徴的な人を選んでいると思うので演劇にしやすいのではないかと思います。また先ほど、当時のパリをどのように描くかという話がありましたが、エコール・ド・パリというコミュニティの変遷について考えてみるのは面白いんじゃないかと思っています。国籍関係なく個人として生きられる場所が当時はパリであり、エコール・ド・パリだった。でもやがてその自由はなくなってしまったわけで、自由について言及する藤田や彼を見守ってきた人たちの目を通して、そのことをどう考えるのかが大事なんじゃないかと。なので、藤田嗣治という人の人生を語るだけでなく、この人の人生や周囲との関係を探ることで、自分が自分でいられる、それが自由ってことなのかもしれないけど、それについて考えたりできるのも面白さの一つかもしれないですね。
鈴木 プレ稽古で読み合わせをして感じたことなのですが……僕が藤田の立場だったら彼と同じように戦争画を描いたんじゃないかと思うんです。台本もそういう意図で書きました。でも石橋さんが藤田の立場だったら、戦争画を描かない人なんじゃないかなと感じたんですね。セリフを発するときに、葛藤がものすごく出てるんです。戯曲の最後で戦争画について語る藤田が、「俺は伸ばした手で、その闇を掴んだんだ。俺はその闇を初めてこの手で掴んだ人間なんだ」と訴えるんですけど、それは芸術家として戦争自体を捉えたいという、ある種の画欲が滲む言葉で、石橋さんはそこで引き裂かれていた。本番までにそこがどのように深まっていくのか、楽しみです。
石橋 いや(と謙遜しつつ)面白い台本ですよ。プレ稽古のとき、今の話をアツトくんにされて「いや、僕はアツトくんが書いた台本の1ページ目を読んで、こういう役作りをしたんですよ、あなたのセリフにそれがあると思いますよ」と返事しました。
藤田を見つめる君代、藤田の背中を押す住
──劇団メンバーでもある佐乃さんは本作に初出演で、藤田の5番目の妻・君代役を演じます。
鈴木 本作には女性のキャラクターが3人出てくるのですが、彼女が絶対に君代をやりたいということで、君代をお願いすることになりました。
佐乃美千子 わがままを聞いてもらいました(笑)。君代は今までやったことがない役柄だと思ったんですよね。
鈴木 でも芸術家の妻役は何回もやってるでしょ?
佐乃 そうですね。芸術家の旦那ってけっこう自分勝手でわがままな描かれ方をするから、芸術家の妻役をやると必ずストレスが溜まるんですけど(笑)。
一同 あははは!
佐乃 誰かを支えて生きるとか、アーティストを見つめて自分の生き方を決めていくってどういう感じなのかなと思ったんです。一見すると君代は苦手な役かもしれませんが、別の切り口でチャレンジできるんじゃないかと思ったのが理由の1つです。あと面白いと思ったのは、藤田は描く対象を見つめるんだけど、君代はその描いている画家を見つめる立場なんですよね。
鈴木 確かに藤田はプライベートで君代をモデルとして絵を描いてはいるんだけど、売り物としての絵ではあまりモデルにしていないんですよね。
──二條さんは、藤田に戦争画を勧める新聞記者・住役を続投します。
鈴木 「白い暗闇」は初演で出演者オーディションをしているのですが、彼だけはオーディションではなく指名でお願いしました。試し読みをしてもらった第一声から、僕の中では「住をやるのは正士だ!」、論理的じゃなく直感的にそう感じたんですよね。正士とは今回で4回目になり、「カレル・チャペック」では主人公、「犬と独裁者」では舞台美術家役をやってもらいましたが、住役の正士はちょっと恋してしまうくらい素敵なんですよ(笑)。住はある意味、藤田の負の側面の背中を押す立場であって、ダークなものを背負っています。戦争画を推進して大衆の欲望を煽ったりする役柄なんですけど、「平等のために戦争は必要悪なんじゃないか」と、言いにくいこともしっかり人間的な思想を持って言葉にする人。住役は彼しかいないと思っています。
二條 背筋が伸びちゃいますね(笑)。実は続投が決まる前に「女性映画監督第一号」(2025年)を観に行ったら、再演のキャストオーディションのチラシを見かけて、それ以前にアツトさんから「また『白い暗闇』をやるから連絡するね」というふわっとした連絡をもらっていただけだったので、「あ、またやるんだ」と静かに受け止めたんです(笑)。その後、改めてオファーをいただいて、住役をまたやれるのはうれしいです。
「白い暗闇」は特に毎日読んでも発見のある戯曲ですし、住は本番中ですら新たな何かが見つかる役でした。そういう役に出会えることは幸せなことで、5年ぶりにまた同じ役ができるわけで、この5年間で変わったことをそのまま投影できるのもうれしいです。
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