中村屋の歴史と広がりを感じさせる「猿若祭二月大歌舞伎」初日レポート 2月は歌舞伎座で会いましょう

江戸歌舞伎の魅力を存分に味わえる「猿若祭二月大歌舞伎」が2月1日に開幕した。歌舞伎座で3年連続、7度目の「猿若祭」には昼の部に「お江戸みやげ」「鳶奴」「弥栄芝居賑」「積恋雪関扉」、夜の部に「一谷嫩軍記 陣門・組打」「雨乞狐」「梅ごよみ」が披露される。ステージナタリーでは、中村屋の歴史と挑戦が詰まった「猿若祭二月大歌舞伎」初日の様子をレポート。観劇前に期待を膨らませて読むもよし、観劇後にじんわり思い返しながら読むもよし。“今の中村屋”の煌めきをぜひ味わおう。

取材・文 / 川添史子

興奮を覚えた「猿若祭二月大歌舞伎」初日

2月1日、歌舞伎座で「猿若祭二月大歌舞伎」が開幕。「猿若祭」は、寛永元(1624)年に江戸で初めて幕府公認の芝居小屋「猿若座(のちの中村座)」を初代猿若(中村)勘三郎が建てたことが江戸歌舞伎の発祥とされることから、昭和51(1976)年に十七世中村勘三郎を中心に始まったという。現在は中村勘九郎&七之助兄弟が引き継ぎ、ここ3年は連続で“猿若祭”が歌舞伎座で開催され、今年も大いに賑わっている。

今回とりわけ快哉を叫びたくなったのは、中村屋ゆかりの演目はもちろん、父や祖父にはあまり縁のなかった、時代物の線の太い役柄にもシビれるような成果を見せる勘九郎の大きく立派な舞台姿だ。新しい広がりを見せる中村屋の歴史に立ち会うような興奮を覚えた、初日のレポートを送る。

「猿若祭二月大歌舞伎」初日の歌舞伎座外観。

「猿若祭二月大歌舞伎」初日の歌舞伎座外観。

芝居の味わい深さに心打たれる昼の部

「猿若祭二月大歌舞伎」より「積恋雪関扉」特別ポスター。

「猿若祭二月大歌舞伎」より「積恋雪関扉」特別ポスター。

まずは昼の部。幕開きの芝居は昭和を代表する小説家・川口松太郎作「お江戸みやげ」(大場正昭演出)。行商に来ていた倹約好きのお辻(中村鴈治郎)とノンキで大らかな性格のおゆう(中村芝翫)は、江戸のみやげ話にと、人気役者・坂東栄紫(坂東巳之助)の芝居を見物。すっかり栄紫に惚れ込んでしまったお辻は、酒の勢いで大胆な行動に出て……。今風の言葉で言う“推し活”の物語は、刺さる方も多いハズ。お辻とおゆうの、漫才のような息の合ったやり取りも実に楽しい。特に胸に沁みたのは、劇中ではさりげなく示唆されるだけのお辻の苦労多い人生が、鴈治郎の見事なセリフ回しに滲み出るところ。不遇の時代を悔しく思う役者栄紫、恋人との新しい日々に希望を見い出すお紺(中村種之助)、そして小さな弟と土地から土地へわたる角衛兵獅子兄(中村歌之助)に至るまで、舞台となる湯島天神に登場する人物全員がいきいきと呼吸をしている。すべての人間に愛情がこもった視線を注ぐ川口松太郎の、少しほろ苦く心温まる人情喜劇だ。

続く「鳶奴とんびやっこ」は俗に「うかれ奴」とも呼ばれ、鳶に初鰹をさらわれてしまった奴(尾上松緑)が、どうにか取り戻そうと奮闘する様子を描く風俗舞踊。幕が開くと、魚桶を抱えた奴が花道から走り出、鳶を追いかけて駆けていく。釣瓶竿を振り回したりとあの手この手を尽くすが、敵は手強い。さんざんからかわれた挙句、またもや飛び去っていく鳶の後を追っていくのであった……。キビキビと、そしてユーモラスに、松緑の江戸前ですっきりとした踊りを堪能。コース料理の間に出るシャーベットのような、清涼感ある時間となった。

そして猿若祭50年の節目を祝う「弥栄芝居賑いやさかえしばいのにぎわい」。舞台上につくられた芝居小屋の木戸前に、猿若座の座元(勘九郎)と女房(七之助)、芝居茶屋の女将お浩(中村扇雀)、猿若町の名主幸吉(芝翫)と女房お栄(中村福助)ら所縁のある役者が大集結。まもなくそろいの着物で粋に登場したのは、男伊達(中村歌昇、中村萬太郎、中村橋之助、中村虎之介、歌之助)と女伊達(坂東新悟、種之助、市川男寅、中村莟玉、中村玉太郎)。これでもか!と役者が並ぶ光景は、舞台が狭く感じられるほど。やがてはるばる京から到着したのは、呉服屋松嶋の旦那新左衛門(片岡仁左衛門)と女将吾妻(片岡孝太郎)。大病から復帰したときの十八世勘三郎との思い出をしみじみ語る仁左衛門がにこやかに、「目の黒いうちに十九代目が見たい」と言うと、客席からは大きな拍手がわきおこった。

昼の部最後は「積恋雪関扉」。映画「国宝」にも登場する大曲で、古風な味わいが魅力的な舞踊劇に、勘九郎(関守関兵衛実は大伴黒主)と七之助(小野小町姫/傾城墨染実は小町桜の精)が並ぶ。雪の降り積もった逢坂山、季節外れの満開の花を咲かせる桜を背景に、関兵衛、吉峯宗貞(七代目尾上菊五郎)、その恋人の小野小町姫、三者三様の美しさを見せる絵のような風景にうっとり(「上の巻」)。天下を狙う大伴黒主と小町桜の精が本性を顕す「下の巻」の幻想世界も楽しい。ゆったり、そしてふっくらとした豊かな空間の中、古怪で豪快、野生味もある迫力ある勘九郎、夢のように儚い七之助の佇まいが強く印象に残った。

迫力と笑いで客席を沸かせる夜の部

「猿若祭二月大歌舞伎」より「一谷嫩軍記 陣門・組打」特別ポスター。

「猿若祭二月大歌舞伎」より「一谷嫩軍記 陣門・組打」特別ポスター。

夜の部は「一谷嫩軍記 陣門・組打」でスタート。描かれるのは源平合戦のクライマックス、熊谷直実が十代の若武者、平敦盛を討つ場面だ。初役となる勘九郎熊谷には、壮絶な戦場に生きてきた荒ぶる男のたくましさがみなぎる。戦への無常感が響くセリフ回しには、一人の戦士の慟哭が劇場の隅々まで伝わっていくようだった。敵の中に突っ込んでいく熊谷のらんらんと光る目、一変、悲しみをたたえた目と、刻々と変化するドラマチックな目の表情からも目が離せなかった。熊谷小次郎直家と敦盛と、凛々しい美少年二役を演じる勘太郎(現在14歳)は役と同年代で、実の親子での共演というのも演出要素としてしっかりと効く趣向。物語の内容と相まって胸を締め付けられた。いずれを見ても蕾の花……敦盛の許嫁である玉織姫(坂東新悟)の悲壮な最期の言葉も涙を誘う。男の物語に女性の悲劇を絡めたアイデアは、戦争では誰も幸せにならないという作者からの反戦メッセージのようだ。波間に馬を乗り入れた熊谷と敦盛が「遠見」(大人の役を子どもが演じ遠近法によって表現する演出)となる場面では、中村歌昇の二人の息子(種太郎&秀乃介)の勇ましい大活躍にもご注目! 本物のように躍動する馬の“名演技”も見どころだ。11年ぶり、もろもろの条件がそろわないと上演機会のない名作を目撃してほしい。目の前で繰り広げられる悲劇は今現在海の向こうで続く戦場にも重なり、大変にアクチュアルな、観客の心の奥の奥を震わす芝居にもなっていた。

雨乞狐あまごいぎつね」は十八世勘三郎によって初演された舞踊。「義経千本桜」に登場する源九郎狐の子孫という設定で、「初音の鼓」の故事にならい、狐がさまざまに化けながら雨乞いの踊りを披露する。登場時の野狐・雨乞巫女・狐の嫁を七之助、座頭と小野道風とフィナーレの野狐を勘九郎(ものすごい跳躍力!)と踊りに定評ある兄弟が各役をたくみに踊り分け、童話のような場面が展開。チャーミングで愉快な一幕。

最後は、気風の良い芸者たちが繰り広げるユーモラスな恋模様「梅ごよみ」。隅田川ですれ違った丹次郎(中村隼人)にひと目惚れした深川芸者の仇吉(七之助)、同じ芸者で丹次郎と一緒に暮らす米八(中村時蔵)が、一人の色男を巡って意気地の張り合い! そこに許嫁のお蝶(莟玉)も加わり、それぞれの艶やかさ可愛さを競う女たちの駆け引きがなんとも可笑しい。七之助の仇吉と時蔵の米八、今をときめく女方二人の組み合わせは新鮮で、お互いに一歩も引かない、気の強い女のやりとりが大いに盛り上がった。売り出し中の芸者二人に惚れられ、取り合いされるイケメン&モテモテの若旦那、丹次郎を演じる中村隼人のカッコよさには納得しかアリマセン。筆者が観た初日は後ろに海外からの観光客の皆様が座っていたが、あっと驚く最後に声を上げて笑っていた。気になって尋ねると英国からのお客さま。なるほど、江戸の風情漂う世話狂言には、シェイクスピア喜劇の大団円のような雰囲気もある。実に爽やかな、幸せな心地で劇場をあとにした。

初日は初午祭で、白玉が入った歌舞伎座特製のお汁粉とお神酒が振る舞われ、劇場から心ばかりのおもてなし。2月は場内のあちこちに、絵と言葉遊びを楽しむ「地口行燈」も飾られているので、休憩時間もぜひ楽しんでもらいたい。