上村聡史 新国立劇場 演劇 新芸術監督が誕生「物語の更新(アップデート)」を目指し、“声なき人の声”を掬い上げる

2026年9月、演出家の上村聡史が新国立劇場 演劇 新芸術監督に就任する。これまでもたびたび同劇場で演出を手がけており、新国立劇場に縁の深い上村。7代目となる芸術監督就任にあたって「在任中の大きな指針として、時代の変化とともに演劇の進化、つまり『物語の更新(アップデート)』をしていくことを目標に掲げていきたいと思います」と語り、“声なき人の声”を掬い上げることを意識して2026 / 2027シーズンのプログラムを組んだ、と発表した。

折からの寒さが和らぎ穏やかな日差しとなった2月中旬、上村は終始リラックスした表情で、2026 / 2027シーズンプログラムに並んだ7演目、そして未来を見据えた“プロジェクト”に込めた思い、そして今後の展望についてじっくりと語った。

取材・文 / 熊井玲撮影 / 平岩享

“演出家とは違うスイッチを入れる仕事”にワクワク

──まずはパーソナルな質問から伺います。上村さんが表現に興味を持ったきっかけは映画だったそうですね。でも映画ではなく演劇の道に進んだのは、なぜでしょうか?

高校でバレーボール部に入ったもののケガで1年で辞めてしまい、その後、友達がいた軽音部に入ったんです。が、実は楽器の練習ばかりやっている演劇部で(笑)。白井晃さんの遊◎機械 / 全自動シアターが好きな友達がいて、遊◎機械を模したような作品をやっていました。その後、芸術系の大学に行きたかったのですが、親の希望もあって一般大学に進学し、でもやっぱり芸術学を学びたくて、4年生のときに文学座の附属演劇研究所の夜間部に行きました。それまで観ていたものは小劇場が多かったので、新劇の劇団なら教科書的に教えてくれるんじゃないかと思ったんです。本科の1年はすぐに終わり、「研修生もやってみない?」と言われて研修科に進みました(編集注:文学座附属演劇研究所は本科1年、研修科2年の3年間。その後選抜メンバーが準座員、座員となる)。2年目からスタッフは現場に就くので、戌井(市郎)先生、藤原(新平)さん、鵜山(仁)さんら先輩たちの仕事を見させてもらい、本格的に演出をやってみようと心が決まりました。風通しがいい劇団なので、座員になる前の準座員の期間から企画を出していいよと言われ、企画書も提出し、座員になる前に1本演出もさせていただきました。

上村聡史

上村聡史

──その後、2009年より新進芸術家海外留学制度で、イギリスとドイツに1年間留学。読売演劇大賞や千田是也賞、紀伊國屋演劇賞など多くの賞を受賞したほか、2018年には文学座を退座し、フリーで活動を始められました。新国立劇場から芸術監督へのオファーを受けて、率直にどのように思われましたか?

宮田慶子さんから小川絵梨子さんに代わるときに世代交代といった意外性があったように、小川さんの次になる人は、もっと大きな変化があるんじゃないかなという気がしていたので、「あ、自分なのか」と。お受けするにあたりいろいろ考えましたが、ラインアップという形でお客様にどういう作品を提供していくのか考えるのは魅力的な仕事だと思いましたし、演出家とは違うスイッチを入れて仕事をしていかなきゃいけないんだろうなと、ちょっとワクワクしました。

難しさを超えた先に届くものがあると信じて

──新国立劇場 演劇の芸術監督としては、上村さんが7代目となります。これまでの芸術監督のお仕事ぶりや、海外の劇場・芸術監督から影響を受けた部分はありますか?

そうですね。歴代の芸術監督が取り組まれてきたことは「感動以上のサプライズを届ける」ことだと思っているんです。それを受け継いで私自身の理念をプログラムに反映させつつ、社会変化のフェーズにある人びとの生活感覚を捉えた視点で国立劇場の役割を果たせたら。

海外の劇場に関しては、留学していたときにそれぞれの劇場の質みたいなものはチェックしていたのですが、今回改めて各国の劇場の特質を調べ直しました。たとえばパリでは国立劇場が4つあって、コメディ・フランセーズは本当に多彩なラインアップを並べており、オデオン座はパリだけじゃなくヨーロッパ全部を意識したもの、ワジディ・ムアワドが芸術監督をやっている国立コリーヌ劇場は、移民が多い地区だけに今生きている生活者の視点や先鋭的な劇作をラインアップ、国立シャイヨー劇場は海外のいろいろな作品や演劇に留まらないダンス作品やパフォーマンスなどを招聘している、というようにそれぞれ特徴があるんですよね。僕としてもこれら4つまとめて全部できたらいいなとは思いますが、日本で現代演劇を対象にした国立劇場は新国立劇場1つしかないので、現実的には全部を網羅することは難しい部分があります。ただ新国立劇場が芸術監督制を取っている以上、任期の間はそのアーティストやクリエイターの個性が立つ劇場であっていいのではないかと思いますし、であれば、この期間は僕が芸術監督であるという点で新国立劇場の芸術性を示せたらいいのではないかと考えています。

──“アーティストやクリエイターの個性が立つ劇場”という点で、上村さんはご自身をどういう演出家だと自認されていますか。

何やら堅苦しい芝居をやってる演出家だな、と(笑)。でも、本人としては最終的に人間のシンプルな感情にたどりつくような思いで作っています。お客さんにとってたとえ咀嚼が難しい作品だったとしても、それを超えた先に届くものは必ずあるはず。またこれまで難しいかどうかという問題は、実は現場で処理できる、解消できることだと信じて作品を作ってきました。なので、先にお話しした通り「感動プラス、サプライズ」をお客様にお届けしつつ、お客様が作品を通じて多角的な視点を持ち帰れるような作品作りがしたいと思いますし、それが自分の信念です。

上村聡史

上村聡史

「物語の更新(アップデート)」を目指して掲げた、4つの指針

──芸術監督就任にあたり、上村さんは時代の変化に伴う演劇の進化を目指す、「物語の更新(アップデート)」という大きな目標を掲げ、その中に4つの指針、「現代的・国際的・批評的」「クロスオーバー」「新しい才能と出会い」「消費で終わらないパフォーマンス」を打ち立てました。これは任期の4年間を通じて考えていらっしゃる指針でしょうか。

そうです。「物語のアップデート」と言っても、“物語”は何も脚本に限ったことではなく、たとえば声の発し方といった表現方法なども含めたアップデートを目指したいと思っています。

1つひとつ補足しますと……まず幅広い人たちから共感を得るには今生きているこの生活感、「現代的」であることが大切です。でも決められた方法論、決められた常識の中で物事を見ているとどうしても内向き、ドメスティックになってしまうので、より広い視点で今起きていることを捉えるためには「国際的」であることも大事だと思います。かつ作品を通して「ああ、今の世界はこうなんだ。じゃあ自分はそれに対してどういう目線を持てばいいのかな」と感じて、お客さんが自分自身の言葉を持てる「批評的」目線も必要です。そこでまずは「現代的・国際的・批評的」というキーワードを考えました。

また今はどんどん文化が進歩して、さまざまな物事がボーダレスになってきている。特に芸術は、「クロスオーバー」することによって新しいものの見方や表現形態を獲得することができると思うので、クロスオーバーを意識する必要があるのではないかと考えます。

また人口減少している今、演劇の担い手が今後どうなっていくのかは気になっている問題です。実際、すでに今、担い手が少なくなっているセクションもあり、先人から受け継いできた演劇文化が豊かに続いていってほしいと考えたときに「新しい才能との出会い」は大切だなと。新国立劇場でまだ公演したことがない人たちに劇場に触れてもらい、お互いに新しい発見ができればと思います。

そして僕は演劇も社会の一部だと考えており、SDGsの“持続可能性”という精神は演劇においてもさらに共有されてもいいのではないかと思っていましたので、「消費で終わらないパフォーマンス」という理念を挙げました。僕たちが今こうして平和に生きていられるのは先人たちのおかげでもあり、またこの先の未来を生きる人たちのために、僕たちも引き続き持続可能な社会を作っていかなければならない。具体的には、明日以降をちょっと上向きに生きていきたいと感じてもらう作品内容ももちろんですが、たとえば衣裳や小道具、舞台美術などを再利用することもその一環なのではないか、少し大仰ですが、観劇自体が持続可能な社会づくりに貢献する体験、となっていければと思い描いています。