串田和美が思う、劇場という空間のあり方──誰もが芸術文化に触れることができる社会から生まれる未来

東京都とアーツカウンシル東京では、誰もが芸術文化に触れることができる社会の実現を目指したプロジェクトを進めている。その一つの取り組みとして昨年度から東京芸術文化鑑賞サポート助成の募集を開始した。この助成を活用した芸術団体は、音声ガイド、手話、字幕タブレット貸出、多言語対応など、いくつかのアクセシビリティ対応を備えた公演を実施している。

ステージナタリーではその実施団体の1つ、フライングシアター自由劇場を主宰する串田和美にインタビュー。フライングシアター自由劇場では、2025年10月に上演された「西に黄色のラプソディ」で台本や字幕タブレットの貸出を実施した。これまでも幅広い視野で多様な観客に作品を届けてきた串田が思う、劇場空間の理想の姿とは?

取材・文 / 熊井玲撮影 / 藤記美帆

劇場はいろいろな人が共存する場所

──串田さんは昨年上演されたフライングシアター自由劇場「西に黄色のラプソディ」で東京芸術文化鑑賞サポート助成を申請され、台本や字幕タブレットの貸出などを実施されました。ただ、串田さんは昨今のようにアクセシビリティが重視される以前から、舞台と客席、作品と現実のボーダーを超えて幅広い観客に向けて創作されています。その1作、まつもと市民芸術館芸術監督時代に上演された「空中キャバレー」では、客席と舞台を分けず赤ちゃんから大人まで、誰もが自由に空間を行き来できるようにし、観客は会場内のマルシェで買い物したり飲食したりしながら、あちらこちらで行われる生演奏やアクロバット、寸劇を自由に楽しむことができました。串田さんは、舞台を作る際、どのような意識を持って取り組まれているのでしょうか。

今日この話をするにあたって思い出したのが、ずいぶん昔──僕が22か23歳頃の話なんだけれども、俳優座養成所を卒業してすぐ文学座に入り、役がついて旅公演をしていたときのことなんですね。公演中、最前列の客席の人が、ほとんどみんな下を向いているんですよ。それで当時の僕はカッとなり、楽屋に戻って「最前列がみんな寝てるじゃないかっ!」と言ってしまったんですね。でもよくよく聞いてみたら、皆さん目が見えない方で、芝居にじっと耳を傾けていたのだということがわかり、「そうだったのか、皆さん舞台が観たいんだ。だから一番前の席で、俳優の足音や動きの音を聞いていたんだ」とすごく驚いて。でも最初に腹を立ててしまったものだから、引っ込みがつかなくなってしまったんだけれど(笑)。

串田和美

串田和美

あともう1つ僕が思い出すのは、「春のめざめ」を書いたフランク・ヴェデキントの文章。20世紀の初めの頃、権威的なアカデミックなものへの反対運動として、絵描きも音楽家も錚々たるメンバーが混ざってパリのキャバレーで作品を次々と発表する動きが広まったのだけれど、その辺りのことを書いた本を読んでいたときに、ヴェデキントが“キャバレーの見方”について書いたものに出会ったんです。それによると「キャバレーに遅れてきたやつは堂々と入ってこい、そういうマナーの悪いことが良いんだ、アピールしろ、ブーイングOKだ」と(笑)。何が言いたいかというと、舞台と客席の交流があるのがいい、ということなんですよね。実はそこから影響を受けて、Bunkamura シアターコクーンのオープニング企画として「ティンゲルタンゲル」(1989年)をやったのですが、その作品では僕が団長になり、あるストーリーをベースに、歌があったりダンスがあったりと、いろいろなことをする作品でした。開場時、お客さんにはブーイングホイッスルと、振ると音が鳴るパチパチハンドを配って、お客さんは文句があったり、良いなと思ったらそれで表現するわけです。さらに僕演じる団長が、「もっと騒げ騒げ!」って煽るわけなんですけど。

つまり、劇場はいろいろな人が来る場所で、そこでいろいろな人が共存できることが良い、と僕は思うんです。そして客席にはお客さんがいるわけですから、お客さんと俳優の間にも、実は暗黙の会話がある。たとえば俳優が、「今、ここはちょっと静かにしゃべるところだから」という雰囲気をにじませると客席がシーンとなったり、赤ちゃんが泣き出したら俳優はどう舞台を続けていくかを試されたり、そのように言葉を介さない無言の会話が、客席と舞台の間でもある状態がいいと僕は思います。

フライングシアター自由劇場 第6回公演「西に黄色のラプソディ」チラシ

フライングシアター自由劇場 第6回公演「西に黄色のラプソディ」チラシ

串田和美が作る、観客との距離感

──お話を伺っていると、串田さんは観客をよく観ていらっしゃるんだな、ということを感じます。

そうですね。かつて自由劇場の拠点だった六本木 自由劇場(現:音楽実験室 新世界)は本当に狭いところだったから、お客さんと目が合ったり、話しかけたり、客席との交流が否応なしにできてしまったんだけど(笑)、お客さんに関わりすぎると迎合になってしまうところもあるし、ウケを狙おうとして焦ったりする可能性もあるので、途中から客席の一番奥にあるオペレーター室を見て演じるようにしました。オペレーター室が照明の加減で“目”のように見えるから、「お客さんじゃなくて、あの目に向かってお芝居をすればいいんだ」と思い、途中から「あの目が喜んでくれるようにやろう」と自分に言い聞かせていたんです。

でもだんだんと大きい劇場でもやるようになると、客席がすごく大きいから誰に向かってやっているのかわからなくなり、「世間に向かってやっているんだ」というような気持ちになってきて、これもまたちょっと違うなと思い始めました。それで、開演前に幕の隙間から「今日はどんな人が来てるんだろう?」と客席の様子を確かめるようになったのですが、すると会社帰りの疲れているおじさんとか子連れの人、楽しみな顔で開演を待っている人などさまざまな顔が見えてきて、観客という“塊”じゃなく、1人ひとりが700人いるんだ、という感じがしました。そう思ったら面白くなってきて、「1人ひとりが観ていることを忘れないようにしよう」と自分に言い聞かせていた時期もありましたね。

串田和美

串田和美

──現在はいかがですか?

今はいろいろなタイプの芝居をやるのでそのたびごとに感覚は変わるけど、独り芝居のときは、たとえば上演中に携帯電話を鳴らす人がいるとパッとアドリブを入れたりして楽しみます。あまりにスムーズに芝居が進行していると、逆に「何かトラブルが起きないかなあ」と思ってしまったり(笑)。

──独り芝居といえば、コロナ禍の2020年に串田さんが松本のあがたの森公園内のあずまやで上演された「月夜のファウスト」独り芝居バージョンは注目を集めました(参照:串田和美が松本で、「月夜のファウスト」一人芝居バージョンを上演)。何もそろっていなくても、場所があり、人がいれば芝居ができることを体現された作品だったなと。

あれはちょっとした語り草になってしまっているんだけど(笑)、コロナ禍で観客はいないし店も閉まっている中、自転車で松本を走っていたら、公園にあずまやを見つけて。椅子の配置の仕方がなぜか客席のような配置になっていたんですよね。で、そこに立ってみたら芝居をやっているような気持ちになってきて、「そうだ、ここなら風も吹いてるし、密にもならないし、いいんじゃないかな」と思って、芸術監督としてではなく個人活動として、公園の使用許可を役所に取りに行き(笑)、以前数人で上演した作品を独り芝居バージョンで上演したんです。投げ銭制だったので、特に金額を決めずに(投げ銭の受け箱として)帽子を回したら、100円の人から1000円の人、中には封筒に1万円以上入れてくれた方もいて。また「串田さんに」ってわざわざお弁当を届けてくれた人もいましたね。

独り芝居「月夜のファウスト」ツアー(2022年)より、高知・蛸蔵公演の様子。舞台と客席を極力近く設置した。(撮影:串田明緒)

独り芝居「月夜のファウスト」ツアー(2022年)より、高知・蛸蔵公演の様子。舞台と客席を極力近く設置した。(撮影:串田明緒)

串田和美

串田和美

──そのエピソードは、まさに串田さんと松本の観客との信頼関係あってこそ、ですね。

そうですね。ちなみにコロナのときって、もちろん大変なことになってしまったなと思い、僕もずっと困っていたけれど、ある意味、これは人間にとってチャンスでもあるんじゃないかと思ったんです。あの時期、利己主義ではなく“利他主義”という言葉がチラッと聞かれていたし、“助け合い”という意識も生まれたはずなんですよね。松本でも、喫茶店に行ってお金を払おうとしたら「半額でいいです」って言われたことがあって、「どうして?」って聞いたら「前の人が『お釣りはいいです、次の困った人に』っと言って置いていった」と言うんです。で、僕もお釣りをもらうわけにいかなくなり「僕も大丈夫ですから、次の人に」と言って店を出たことがあるんだけど(笑)、そういったことがちょこちょこ起きていたので、“利他主義”が広がるかもしれない、と期待していました。