左から徳永京子、乗越たかお。

[ステージナタリー10周年記念]演劇ジャーナリストと舞踊評論家が見る10年──徳永京子×乗越たかお特別対談 [バックナンバー]

(後編)作り手と読み手の心に届く言葉を紡ぎ続けるために

閉館・休館、新たなフェーズに入った芸術監督制度、共有知

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ステージナタリー10周年の特別企画として、ステージナタリーでもたびたびお世話になっている演劇ジャーナリストの徳永京子、舞踊評論家の乗越たかおの特別対談を実施。異なる目線から舞台界の変遷を見続けてきた2人に、ステージナタリーが誕生した2016年から現在までの作品やアーティストの変化、そして自身の活動や思いの変化などを語ってもらった。

なお対談は前後編で構成され、後半は2人が考えるこれからの舞台界、媒体の変化が語られた。

取材・/ 熊井玲 撮影 / 興野汐里

創造環境づくりにアーティストが関わり始めた10年

──後半は、お二人それぞれの目線にもう少し沿ってお話を伺いたいです。この10年、さまざまな作品が上演され、新しい劇場・劇団の誕生、なくなった劇場・劇団、巨匠の死去、新たな芸術監督の誕生などさまざまな変化が舞台界にもありました。振り返って、お二人それぞれが「これは外せないな」と思う出来事を教えていただけますか?

乗越たかお この10年で言えば、この振付家は日本に呼んでほしいなと長らく思っていた5人が、ちゃんと来日公演をしてくれたことが非常にうれしかったですね。その5人とは、ディミトリス・パパイオアヌー、ヨアン・ブルジョワ、マルコ・ゲッケ、クリスタル・パイト、アレクサンダー・エクマンです。あとはNDT(ネザーランド・ダンス・シアター)のような規模の海外のカンパニーがこの数年継続的に招聘されていて、それがほぼ毎回満席になっているのは類を見ないというか、すごいことだなと思います。

乗越たかお

乗越たかお [高画質で見る]

また環境についてもお話ししておきたいのですが、今までアーティストのサポートというと、クリエーションに対して助成金が下りることはあっても、創造環境を作ることへのサポートはあまりありませんでした。でも近年、その体制ができつつあります。ダンスで言えばダンスハウスのDance Base Yokohama(DaBY)ができたというのはこの10年で数少ない明るい情報で、DaBYがアーティスト支援はもちろん、法律的なサポートやハラスメントなど、現在の創造環境にまつわる諸問題を変えようという意識で取り組んでいるのはすごく大きなことだと思います。ほかにも横浜赤レンガ倉庫1号館振付家の制度(編集注:創造活動、上演活動・普及活動・アーカイブを柱に、選出された振付家が2年間にわたって横浜赤レンガ倉庫1号館の支援を受けながら、同館のスタッフらと共に活動を行う制度)ができたり、新国立劇場バレエ団の「DANCE to the Future」(編集注:新国立劇場バレエ団がコンテンポラリーダンスに出会い、自らの振付作品を発表するシリーズ企画)が生まれたりもしましたよね。それから、現役のダンサーが公共劇場の芸術監督になることは、日本ではしばらく無理だろうと思っていたのですが、勅使川原三郎や近藤良平など現役のダンスアーティストが芸術監督になったこと、長野のまつもと市民芸術館や「KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭」などで共同監督制などが取り入れられたこともポイントです。共同監督制はフランスのマルセイユ・バレエ団の芸術監督を(ラ)オルドというグループが担うなど、いち早くやっていましたね。また小さいですが作品上演ではなくアーティスト・イン・レジデンスを行う「北陸Regionダンスフェスティバル」という新しい形のフェスも出てきました。これも芸術監督の宝栄美希は現役のダンスアーティストです。日本でもアーティストがいろいろな形で創造環境の運営に関わるようになってきました。

クラシックバレエとコンテンポラリーの距離がかなり近づいたことも、変化として感じています。たとえば勅使川原三郎や金森穣が東京バレエ団に振り付けし、公演を成功させましたし、森山開次が新国立劇場バレエ団に振り付けたりもしました。さらに世界で最も評価されている日本のダンスジャンルである舞踏が、国を代表する新国立劇場でようやく上演されたことも僕の中では大きなことでした。

徳永京子 私はまず、劇場についてですね。この10年で、いくつもの劇場が改修期間に入ったり休館したりなくなったりしました。主なところでは、俳優座劇場(2025年4月閉館)、こまばアゴラ劇場(2024年5月閉館)、シアターコクーン(2023年4月から2027年度中まで休館予定)、帝国劇場(2025年に一時閉館、2030年に新劇場開場予定)、名鉄ホール(2015年閉館)、国立劇場(2023年10月に閉館。再整備予定)などがあり、今年も休館や閉館のニュースがいくつもあります。改修は致し方ありませんが、休館や閉館に関しては、理由や現状に納得の行かないケースもあり、背景には、運営や行政のトップが、現場で行われていたことの価値や効果を理解していない、また、文化芸術全般の位置付けの低さのあらわれでもあると感じます。この数年はそれに対して声が上がるようになり、それはとてもいいことだと思います。

徳永京子

徳永京子 [高画質で見る]

と同時にこの10年は、ギャラリーやフリースペースなど、オルタナティブな場所での上演が目覚ましく増えた時間でもありますよね。東京に限定した話になってしまいますが、渋谷のギャラリー・ルデコ、新宿の眼科画廊、北千住のBUoY、三鷹のSCOOL、中野の水性と、才能のファームと呼ぶべき場所が次々と生まれ、推移しています。それは劇場不足だったり、劇場の賃料の問題でもありますが、若い世代が劇場という場所、そこに付随する照明や音響の機構を、演劇をつくる必須条件と思わなくなった意識の変化が大きいと思います。公演をする側も観る側も、劇場に対するイメージがほどけてきている。それは、小さな演劇が生き残っていく頼もしさとも感じます。

それから演劇の視点で芸術監督のことについてお話しすると、現場の人が多く登用されることになり、劇場の動向を多くの人が意識するようになったと思います。2009年に野田秀樹さんが東京芸術劇場の芸術監督になり、今年4月からは岡田利規さんが新たに芸術監督に就任します。また白井晃さんがKAAT神奈川芸術劇場の芸術監督(2016~2021年)から世田谷パブリックシアターの芸術監督(2022年~)に、その後長塚圭史さんがKAATの芸術監督(2021年~)になりました。彩の国さいたま芸術劇場の芸術監督は近藤良平さん(2022年~)、新国立劇場 演劇は小川絵梨子さん(2018~2026年)、その後上村聡史さん(2026年~)、長野のまつもと市民芸術館は、長期に渡った串田和美さんから芸術監督団として木ノ下裕一さん、倉田翠さん、石丸幹二さん(2024年~)と、第一線で活動するアーティストが芸術監督になる形が定着しました。

ただ近藤さん、長塚さんが就任されたタイミングで、現役芸術監督が集まったトークイベントが複数回行われましたが、同じ顔ぶれで繰り返すなら、芸術監督同士だけでなく観客と直接話す場が設けられてもよかったのではないかと感じていました。公共劇場は特に、地域の方たちと話をする機会をもっと増やして、作品の上演やイベント以外で理解や親近感を深めてもらう、次の10年で、そこが変わってくるといいなと思っています。

乗越 芸術監督について感じることの一つは、日本ではどうやってその人に決まったのか、芸術監督になった人たちもどれだけの準備をしてなったのか、けっこう謎なんですよ。就任会見を見ても、「これからがんばります」とか「皆さんと話し合って」「何かアイデアがあったらください」という発言がよく見られます。フランスの公立劇場の芸術監督は基本的に公募で選ばれるわけで、「5年間でこれだけ、10年間でこれだけのことやります。直近3年ではすぐこれに取り掛かります」というふうに、具体的なパースペクティブを10年分くらいは持っていて「だから私を採ってくれ」とプレゼンするんですけど、それが当然だと僕は思います。だから、現役のアーティストが芸術監督に就いたということ自体は非常に喜ばしいことだけれども、具体性のある長期的なビジョンがあったうえで引き受けていただきたい。少なくともその劇場をどこに持っていきたいのか、何を変えたいのかというパースペクティブがないままポジションに入るだけでは何も変わらないんじゃないでしょうか。

次世代の書き手、観客を生み出すことの重要性

──お二人にもう一つお伺いしたいのは、最近のお二人の活動についてです。乗越さんは「舞踊評論家[養成→派遣]プログラム」、徳永さんはGAKUの演劇プログラムを通じて新しい観客、書き手を増やす取り組みをされています。

乗越 僕は「舞踊評論家[養成→派遣]プログラム」を創造環境の一つとして考えています。つまり最終的に作品にフィードバックするためのもので、評論が育つことによってアーティストも高まっていくことを目指しています。批評とクリエーションは文化芸術の両輪にたとえられることがありますが、アーティストを支える助成金などはあるものの、評論家のための助成金はほぼありません。だからディレクターもアーティストもバージョンアップしているのに、評論家だけが置いて行かれている感じがある。中には「私は研究者だから別にこのままでいい」と言う人もいますが、そのガラパゴス状態をなんとかしなければとずっと思っていました。そんなときに手を貸してくれる人がいて、「舞踊評論家[養成→派遣]プログラム」が実現したんです。書き方だけでなく「評論家としてやっていくにはこういうことが必要だ」というような、かなり実践的な講義が行われ、5名程度の受講者のうち1・2名が海外のフェスに派遣されます。

僕自身は年に数回は海外のフェスティバルに行きますが、海外フェス経験のない日本の評論家は多いですし、継続的に行っている人となるとさらに限られます。海外のダンスフェスに行くと、ダンスというアートには思いもよらない角度からアクセスできるのだと身に染みてわかります。多様だと思っていた日本のダンスが実はゆるやかな枠の中にあることも。それを知ってもらいたい。そしてこのプログラムを10年続けたら海外に行った舞踊評論家が10人になり、講義を受けた人は50人になるので、今の舞踊評論の状況を変えていくには十分な数じゃないかと思います。

そしてコロナのときにつくづく感じたのですが……今の調子で自分が仕事できるのはあと10年かなと。これまで35年、この仕事をやってきましたが、僕が今持っているネットワークや知識はほぼ僕自身に紐づいたものばかりなので、それを次の世代に渡していきたいという思いもあります。それに以前から書き方講座のようなことをやっていたのですが、実は書きたい人っていっぱいいて、書くと面白い人もいっぱいいるんです。とはいえ、ネット空間が以前のように牧歌的でなくバトルフィールドになっているので、“書きにくく”なってきてもいる。それもあって「舞踊評論家[養成→派遣]プログラム」とは別に「オンライン ダンス私塾」という形でダンスを学び考える力を養うためのオンライン講座を展開していたりもします。

ということを踏まえると、ステージナタリーさんの存在意義はすごく大きいなと思っていて。Webの中でちゃんとした情報に触れられる、しかもクラシックバレエから商業演劇、古典芸能までと守備範囲が広いので、あらゆる舞台芸術ジャンルのアクセスポイントになっている。キャパシティの広さと柔軟性、スピード感という意味で、「ステージナタリーさんスゲーな!」と思いながら見ています(笑)。

左から徳永京子、乗越たかお。

左から徳永京子、乗越たかお。 [高画質で見る]

──ありがとうございます(笑)。ちなみに乗越さんご自身に書き手としての師匠はいるのですか?

乗越 いないです。僕が書き始めた頃、舞踊評論は基本的に大学の先生の余技で新聞の文化欄には踊り好きな記者が書いていたくらいで、専門誌もごくごく限られたものでした。国立の芸術大学にも舞踊科がなくて、女子大に少しある程度。つまり日本におけるダンスは「アートではなく女子のたしなみだ」ということが日本の政府の考えだったわけです。

当時の日本の大学にはダンスの研究ができる場所がほぼなく、志のある人々が文学部の哲学科の、さらにその中の美学や芸術学の枠でダンスを研究したり、教育学部の体育・健康教育の文脈でダンスが扱われるなど苦労が重ねられました。僕はそういう状況に抗いたかった。「舞踊評論家はプロフェッショナルな仕事であり、海外を飛び回って本を出版するのも当然」というロールモデルを、僕自身が演じてきたところはあります。

ただ当時は「編集者が書き手を育てる文化」がありました。今はそういう編集者も少なく、そもそも編集者に接触しないで作品を発表できてしまう。しかし評論とは「力の行使」なので、責任や倫理や矜持がともなうことを書き手に教える人が減っていることには危うさを感じますね。

──徳永さんが現在ファシリテーターとして関わられているGAKUは、音楽、建築、料理、ファッション、デザイン、アート、映像などさまざまなジャンルのクリエイターや専門家と十代が向き合う場を提供しているプログラムです。

徳永 GAKUは第一線のクリエイターと十代の方たちが出会って、作品を作ることを目指しています。ただ私ははじめから関わっていたわけではなく、範宙遊泳の山本卓卓さんが講師になった最初の「新しい演劇のつくり方」のクラウドファンディングについて、SNSで投稿したことがきっかけとなり、その後もお手伝いするようになりました。

その中で、以前からずっと感じていた作り手と観客の関係性の違和感、つまり、作り手が正解を握っていて観客がそれを推し図る、あるいは作り手が与えて観客が受け取るという一方的な空気を変えられないかと考えるようになりました。アフタートークでもお客さんは作り手が「こんなことを考えて作りました」という情報を持って帰るだけになりがちじゃないですか。もっと各自いろいろ感じていいのに。そしてもっと舞台を観る人を増やせないかという思いから、観客と作り手が直接話ができる場が持てたら面白いんじゃないかと。SNSでもよく作り手が、「こんなに深いところまで考えてくださって!」と観客の感想にコメントしているのを見ますけれど、観客が感想を語り合う場に作り手にも参加してもらったら、観客の感受性や考察力が、たとえば次の作品に反映されるのではないかと思ったんです。それを通して観客に、観ることもクリエーションなんだということを伝えたかった。作り手の心に自分の感想が響く体験って、観客の大きな喜びになることだと思うんです。「観劇プログラム」では最大10人ぐらいで劇場に行って観劇し、終演後は作り手の何人かにも参加してもらって、みんなで感想を共有し深めていきます。これまで10回ぐらい実施していますが、作り手もノって聞いてくれることが多く、すごくいい関係が生まれているなと感じるので、今後もっといろいろな場所に広げられないかと思っています。

乗越 十代、というところがいいのかな?

徳永 そうですね、十代の意見だから作り手も新鮮に受け止めているというところはあると思います。

乗越 ダンスでも海外では割とこういう試みは多くあって、日本でも何度か見たことがあります。でも日本語ってちょっと“湿っている”から、自分を否定されたような空気になって感情が先立ってしまったり、微妙な空気になったりすることがあり、難しいなと思っていました。

徳永 GAKUの「観劇プログラム」ではそうならないように、アーティストと観客が直に対話するのではなくて、私がファファシリテーターとして入って交通整理することにしています。最初に「これは正解を探す時間ではないですよ」「作り手と観客は対等な関係ですよ」という話をしてから始めています。

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書き続けてきた2人が感じる、媒体の変化

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乗越たかお @NorikoshiTakao

【(後編)[ステージナタリー10周年記念]演劇ジャーナリストと舞踊評論家が見る10年──徳永京子×乗越たかお特別対談】

大きな反響のあった前半に続き、後半が早くも公開。

舞台芸術をとりまく「創造環境の変化」、「次世代の舞台芸術と媒体」など、目の前の危機意識と希望を語る。 https://t.co/tu5rzZAQqJ

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