石井一孝

ミュージカルの話をしよう 第8回 [バックナンバー]

石井一孝、“違い”に魅せられてミュージカルを生きる(後編)

29年かけてたどり着いた、楽しみ方

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生きるための闘いから、1人の人物の生涯、燃えるような恋、時を止めてしまうほどの喪失、日常の風景まで、さまざまなストーリーをドラマチックな楽曲が押し上げ、観る者の心を劇世界へと運んでくれるミュージカル。その尽きない魅力を、作り手となるアーティストやクリエイターたちはどんなところに感じているのだろうか。

このコラムでは、毎回1人のアーティストにフィーチャーし、ミュージカルとの出会いやこれまでの転機のエピソードから、なぜミュージカルに惹かれ、関わり続けているのかを聞き、その奥深さをひもといていく。

第8回には石井一孝が登場。前編では持ち前の歌唱力でミュージカル「ミス・サイゴン」のアンサンブル役として初舞台を踏み、次々とミュージカルの大作に出演した当時のエピソードを披露してくれた。後編では、俳優と歌手という二足のわらじを履き、ミュージカルとシンガーソングライターの2つの世界を行き来する今についてを話す。ミュージカル「レ・ミゼラブル」ジャン・バルジャン役での役作りや芝居歌への思い、ミュージカルの魅力を、石井が歌や演技を織り混ぜて語ってくれた。

取材・/ 大滝知里

大先輩の味わい深いところを盗んで(笑)、僕なりにロックな塩胡椒を加える感じ

ミュージカル「レ・ミゼラブル」(2003年公演)よりジャン・バルジャンを演じる石井。(写真提供:東宝演劇部)

ミュージカル「レ・ミゼラブル」(2003年公演)よりジャン・バルジャンを演じる石井。(写真提供:東宝演劇部)

──石井さんが「レ・ミゼラブル」でジャン・バルジャン役を演じたのは2003年の35歳のとき。当時、最年少となる抜てきでした。

今は若い人もジャン・バルジャンを演じていますが、あの頃は四十代の俳優がやる役でした。僕は、2001年公演でマリウスを卒業して、次のレミゼのオーディションは受けないつもりだったんです。ジャン・バルジャンは大好きな役でしたが、まだ若かったから、もう少し年齢が上がってから挑戦しようと思っていた。でも、当時の事務所社長から「ジャベールで受けてくれ」と言われて、「そうですか」と思いながら、「星よ」と「ジャベールの自殺」をビデオ審査で歌ったんです。そうしたらジョン(・ケアード)が「He is not Javert. He's Jean Valjean」と言ってくださったとのことで、ジャン・バルジャン役で受かったのです。こんなことあり得ないですよね? 僕にとってジョンはリアル神様なんです。まさにジャン・バルジャンにとっての司教様のように……。

──そうそうたるメンバーが演じてきた大役に、石井バルジャンはどう勝負しようと思っていましたか?

“勝負”なんて思いはまったくなかったですね。鹿賀丈史さん、滝田栄さん、山口祐一郎さんがジャン・バルジャンを演じている姿が、マリウスとして強く目に焼き付いているので、その中で、僕のストロングポイントである歌をしっかり歌って、チャレンジさせてもらおうという気持ちでした。演じていると、ここは鹿賀さんのようなアプローチだな、ここは滝田さんみたいなフィール(感情)だな、この声の出し方は祐一郎さんっぽいなとか、尊敬する先輩方にものすごく影響されているのを感じましたね。やはり僕にとっては3人のジャン・バルジャンの素晴らしさが忘れられないんですよね。なので、大先輩の味わい深いところを盗んで(笑)、そこに僕なりにロックな塩胡椒を加える感じ。料理のレシピみたいですね(笑)。

振幅のある役ほど面白い

ミュージカル「スカーレット・ピンパーネル」より。(撮影:岸隆子 Studio Elenish)

ミュージカル「スカーレット・ピンパーネル」より。(撮影:岸隆子 Studio Elenish)

──石井さんは「デスノート THE MUSICAL」(2017年公演)のリューク、「リトル・ショップ・オブ・ホラーズ」(2020公演、今夏にも公演を予定)のオリンなど、ミュージカル作品でアクの強い役を演じることも多いですが、そのような役を振られることについてはどう感じますか?

役者としてはロバート・デ・ニーロやダスティン・ホフマンのような振幅の広い“カメレオン俳優”に憧れるので、うれしいですね。やりたい役とオファーが来る役って違うと思うんですが、僕は、ニコリともしない硬質なショーヴラン(「スカーレット・ピンパーネル」)やずっと笑ってばかりいるリューク、キテレツで濃厚なオリン、慈愛の深いロレンス神父(「ロミオ&ジュリエット」)と、いろいろなアプローチができる役と出会えているのがうれしいですね。楽しいし。そう言えば、ジャン・バルジャン役をやった頃から、役のオファーが王子様系じゃなくなりました(笑)。「マイ・フェア・レディ」のヒギンズ教授や「蜘蛛女のキス ~KISS OF THE SPIDER WOMAN~」のモリーナといった、大人の難しい役も増えてきました。

歌がないと生きていけない

──ヒギンズ教授役、モリーナ役の演技で2010年に第35回菊田一夫演劇賞の演劇賞を受賞されました。俳優として模索しながら進んできて、1つの評価を得たことは、自信につながったのではないですか?

ありがたかったですね。不埒者の僕があのような素敵な賞をいただけたのは本当に幸せでした。どちらも忘れられない役なのですが、ヒギンズ教授は(大地)真央さんと作り上げた役で、モリーナは演出家の荻田浩一さんや相手役の浦井健治くんと連日連夜、語り合いながら、僕の中にちょっとしかない繊細な部分(笑)をかき集めて作った役。どちらも周囲に助けられて演じることができた作品でした。「ミス・サイゴン」が終わったらお中元のバイトに戻ろうと思っていた自分が、今や自分でオリジナルミュージカルを作るほど好きになれたのは、こんな僕を支えてくれた皆様のおかげです。

ミュージカル「マイ・フェア・レディ」(2010年公演)より。(写真提供:東宝演劇部)

ミュージカル「マイ・フェア・レディ」(2010年公演)より。(写真提供:東宝演劇部)

あと、この29年の活動の中で改めて気付いたのは、「本当に歌も芝居も好きなんだ」ということ。こんな欲張りな僕ですから、今ではポップスと舞台の歌の違いも詳しく説明できますよ。ポップスは1曲で完結する物語で、「君を愛している」とか「世界は1つだよ」とか、人生の一瞬のきらめきや思いを切り取ったアート。コード進行がカッコいいとか、演奏がめちゃうまいとか、おしゃれなアレンジだなとかポップスの魅力は計り知れません。僕は4万枚のCD・LPをコレクトする鬼のレコードコレクターですから(笑)。一方、舞台の曲の醍醐味は全然違う。レミゼの「カフェソング」は3分ほどの短い曲ですが、その裏には3時間の壮大な物語がある。マリウスはそのすべてを、登場人物の人生や運命を背負いながら歌うんです。だから3分の中で涙があふれて止まらなかったりする。これはポップスにはなかなかない快感ですね(笑)。「ミュージカルの歌詞は、歌のための言葉じゃなくてセリフである」。これが最大の違いかな。ロックバンドの歌詞って、ライブで聴き取れなくても問題ないんです、グルーヴとか熱量のほうが大事だから。でもミュージカルの歌は、セリフに音が乗っているだけという解釈なので、言葉をお客様にちゃんと届けなくてはならない。これは舞台では常に意識しています。また、ポップスにはAメロ、Bメロ、サビという決まった様式で構成された美しさがあるけど、ミュージカルはセリフが中心になるので、いきなり違うメロディ、また違うメロディと転調を重ねて、最後にAメロに戻ってきたりする。ポップス的な聴き方をするとヘンテコな曲が多い(笑)。そこがたまらないんです。

鬼のCD・LPコレクターの棚がこちら。

鬼のCD・LPコレクターの棚がこちら。

歌が好きだから見える、ミュージカルの歌の魅力

──シンガーソングライターでもある石井さんならではの発言ですね。

あとね、僕はアリアよりどっちかって言うと、芝居歌が好きなんですよ。例えばミュージカル「ジキル&ハイド」の「First Transformation」は、ジキル博士が自分で調合した薬を注射して「♪ああー苦しい、息ができない、うわー……『俺はハイドだ!』」って変身してしまうプロセスの歌なんですね。「マイ・フェア・レディ」では、2幕最後の独白でヒギンズ教授がイライザにフラれたあと、「あんな女が僕の人生からいなくなったって困りませんよ」と強がる。そして「……♪だけど、あの声が、あの優しい瞳が忘れられない」と心のひだを歌い出す。こういう、感情が混ざり込んでいる歌が大好きで! まさにミュージカルの醍醐味だと思うんです。アリアを歌うときも、いかに芝居歌に寄せられるかを考えています。例えば「ロミオ&ジュリエット」でロレンス神父が歌う「何故」も、声に頼る歌い方にしたくない。やはり心の内側を語るように歌いたいですね。若い2人を救えなかった悲しみと、初めて抱く神への怒り。

──2019年の「ロミオ&ジュリエット」で石井さんはヴェローナ大公役でしたが、2021年版ではロレンス神父を演じます。

ロレンス神父には、ロミオやジュリエットに対して、正しい導きをしなければ彼らの人生を狂わせてしまうという責務と恐怖があると思うんです。どういう結末になるのか、観客のほぼ全員が知っている恐ろしいミュージカルですから(笑)。この作品では、「憎しみ合っている両家の子供同士の結婚をどうして神父は認めたのか?」「どんな感情の流れで“仮死状態になる薬”をジュリエットに渡すことになるのか?」「2人の死をもってヴェローナという街に平和が訪れたことをロレンス神父はどう思っているのか?」という、“感情のプロセスと登場人物の胸に湧き上がるリアル”が重要です。自分の中の引き出しから正しいエモーションを選び取る作業、これが難しいのですが、楽しいんですよ!

ミュージカル「ロミオ&ジュリエット」(2021年公演)より。(撮影:田中亜紀)

ミュージカル「ロミオ&ジュリエット」(2021年公演)より。(撮影:田中亜紀)

尊敬する人たちの中で学び続ける

──石井さんにとってミュージカルの魅力は何ですか?

ミュージカルには踊りの魅力もあるし、いろいろな良さがありますが、歌が好きな人間からすると、セリフを歌にできる楽しさにやはり惹かれます。先ほども語りましたが、ポップスとの違いに魅せられた、というのが正しいかな。小池(修一郎)さんはよく「歌は全部歌にしないで」とおっしゃるのですが、なるほどなと。僕はそれにすごく賛成。“ミュージカルの歌はセリフの延長”なので、ソロの中で語るように表現する部分をちゃんと作るってことなんです。ミュージカルの歌の特徴を最大限に生かした歌い方を目指していきたいなと思っています。

──かつての石井さんにとっての大地さんやジョンさんのように、今や石井さんご自身が後輩たちに手を差し伸べられる立場ですが、“デビュー当時の自分”を見るような後輩はいますか?

アッキー(中川晃教)や藤岡(正明)くんは音楽畑から来たという意味では似ているかもしれないけど、彼らはすでにデビューして歌で認められていましたからね。ただ、レミゼで藤岡くんがマリウスを演じたときに、僕はジャン・バルジャンだったんですけど、彼も僕みたいに右手と右足が同時に出るような子だったんだよね。ギターを弾いて歌う人だから、歩く練習なんかしてなくても当たり前なんだけど。だから、真央さんが僕にしてくれたように、歩き方を教えたことはありました。しかし、努力は人を変えます。藤岡くんは今では素晴らしい役者になってますからね。後輩にアドバイスをしたり激励したりすることはロミジュリでもあるけど、みんな素晴らしい才能の持ち主だなって思います。キラキラしていて、勘が良くて、すごいなと思います。トークのうまさや歌唱力、オーラのすごさって年齢が上とか下とか関係ないですよね。(井上)芳雄はカリスマ性とひたむきな探究心、そして毒舌トーク術がすごいし(笑)。役者っていう職業は、板の上に乗ったら先輩も後輩もない、対等なんです。これが一番素敵なことですよね。性格も前向きで良いやつばかり。まあみんな変わってますけどね(笑)。先輩も後輩も同期生も含めて、とにかくこの業界には尊敬する人たちばかり。だから、いつまでも学ぶことが多いんですよね。

今年5月に行われた「ミュージカル高座 in 名古屋2021」より。

今年5月に行われた「ミュージカル高座 in 名古屋2021」より。

プロフィール

1968年、東京都葛飾区生まれ。俳優。1992年、ミュージカル「ミス・サイゴン」でデビュー。1993年、ディズニーのアニメ映画「アラジン」日本版で歌唱を担当。1994年、ミュージカル「レ・ミゼラブル」のマリウス役に抜てきされ、以降、数々のミュージカルに出演。2010年、第35回菊田一夫演劇賞演劇賞を受賞。主な出演作にミュージカル「マイ・フェア・レディ」「蜘蛛女のキス ~KISS OF THE SPIDER WOMAN~」「三銃士」「シスター・アクト ~天使にラブ・ソングを~」「スカーレット・ピンパーネル」「デスノート THE MUSICAL」、舞台に「夢の裂け目」、こまつ座「小林一茶」、「ハルシオン・デイズ」など。舞台出演と並行してシンガーソングライターとしても活動し、コンサートやアルバム発表を積極的に行う。最新CDは「In The Scent Of Love ~Top Note~」。MonSTARS、岡幸二郎、曾我泰久、姿月あさと、湖月わたる、AKANE LIV、麻生かほ里、南里侑香、坂元健児、渡辺大輔などに楽曲提供も多数。また、2018・2019年には自身で原案・作曲・主演を務めた一人芝居ミュージカル「君からのBirthday Card」を上演。現在、ミュージカル「ロミオ&ジュリエット」にロレンス神父役で出演中。6月27日に岸祐二をゲストに迎えた生配信コンサート「Forever Green」を開催。8・9月にミュージカル「リトル・ショップ・オブ・ホラーズ」、10月に「夫婦漫才」が控える。

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