尾上松也との尾上菊之丞が演出を手がける歌舞伎「刀剣乱舞」の第2弾「東鑑雪魔縁」が、7月から8月にかけて東京・福岡・京都で上演される。歌舞伎「刀剣乱舞」は、ゲーム「刀剣乱舞ONLINE」を原案とした歌舞伎作品で、2023年に第1弾「月刀剣縁桐」が上演された。第2弾となる今回は鎌倉時代の歴史書「東鑑(吾妻鏡)」を題材とした物語が描かれる。三代将軍源実朝の時代に刀剣男士たちが出陣。さまざまな思惑が渦巻く中、刀剣男士たちは歴史の改変を防ぐことができるのか? また今回は大喜利所作事の「舞競花刀剣男士」で華やかな舞が披露されることも注目だ。5月末に行われた記者会見で松也は「前作に負けないように、そしてまた新たな形で歌舞伎の幅や魅力を知っていただけるようにできたらいいなと思っております」と熱い思いを語った。ステージナタリーでは、新作に向けて気合十分な松也と菊之丞にインタビュー。深い信頼関係で結ばれた2人に、新作の見どころをたっぷりと聞いた。
取材・文 / 川添史子撮影 / 平岩享
歌舞伎「刀剣乱舞」のベースにある、「挑む」から生まれた絆
──評判を呼んだ新作歌舞伎第1弾「刀剣乱舞 月刀剣縁桐」は松也さんが初めてプロデュース、演出、主演を勤めた作品。前回同様、ともに演出を担当するのは日本舞踊尾上流四代家元の尾上菊之丞さんです。前回の公演が決まった際は「真っ先に菊之丞さんのスケジュールを確認した」と伺いました。
尾上松也 僕の生家は菊之丞さんの実家兼お稽古場のすぐそばでしたし、同じ音羽屋一門。小さな頃から尾上流のお稽古には伺っていましたが、お仕事としてご一緒したのは僕が若い頃に始めた歌舞伎自主公演「挑む」(2009年~2021年)が最初でした。プロデュース自体が初経験でしたし、右も左もわからない世間知らずの若手のお願いを快く引き受けてくださって、叱咤激励くださり、本当にさまざまなことを教えてくださった存在です。「挑む」のファイナルは新作歌舞伎「赤胴鈴之助」(2021年)で、そのときも演出を手掛けていただきました。「菊之丞さんがいれば間違いナシ」と、全幅の信頼を寄せています。そして前回の「刀剣乱舞」で僕は主演も勤めましたので、客観的に全体を見てくださる方、そして自分と同じような目線、センスで見てくださる方に横にいていただきたかったんです。
尾上菊之丞 そう言っていただけると、本当にありがたいです。年齢としては10歳違いでしたっけ?
松也 厳密に言えば9歳違いです。(同じ音羽屋一門の尾上)松緑さんが10歳上で、そのすぐ下のお兄さんですから。
菊之丞 松也さんは同じ町内会(笑)。みんなで一緒に野球で遊ぶこともありましたし、小さなころから知っていたけれど、こうしてお声がけいただけるのはとってもうれしいことなんです。やはりすべての始まりは「挑む」でしょうね。全10回も公演を重ねて、最後は生田斗真さんをゲストに迎えられて……。お客様を呼ぶのに苦労した初期から拝見していましたし、もちろんアドバイスという名のうるさいことを言うこともありました。実に感慨深いです。あの若かった青年が、歌舞伎全体のことを考える立場になっているなんて。
──松也さんの、“変化”を感じた瞬間はありましたか?
菊之丞 やはり「こう思う」とご自身の明確なアイデアが、ポンと返ってくるようになった瞬間でしょうね。「自分のことをとにかく一生懸命やる」という立場から、お仲間を巻き込んで公演を成功させ、やがては後輩を引き連れて……と、どんどん規模も構想も立場も大きくなって、感動と驚きですよ。
松也 あははは、自分では変化の実感がないのですが。
菊之丞 今ではこれが当たり前ですから。変わらず“親戚のおじさん”みたいな気分もあるけれど、一緒に舞台を作るうえでは全くの対等。松也さんがおっしゃるような“同じような感覚”を発見することも楽しいですし。お互い別々の活動がたくさんありますから、お会いするたび、新しいアイデアも持ち込まれる。影響し合うことも刺激になります。
──2人の演出家がいる現場も珍しいです。
松也 前回も今回も「原作ファンの方に納得いただける作品にしたい、そして歌舞伎役者にしかできないものを目指したい」が基本姿勢で、ここはお互いしっかり共有できています。基本的にアナログな手法で、その中で可能な限りの無茶をしたい……この気持ちが一緒なんです。普通に考えたらもっとシンプルに作ったほうが簡単なのに、わざと難しいところから考えて解決策を見いだしていく思考回路も共通しています。余計な話し合いを経て、結果、元に戻る……なんてこともあるのですが。まさに昨日の打ち合わせがそうでした(笑)。
菊之丞 いやあの遠回りはね、余計なことじゃないんです!(笑)
松也 そうですよね!
菊之丞 もちろん、各劇場で忙しく動いている多くのスタッフの皆さんのことを考えて、ある程度スマートに作業を進めることは必要です。この仕事はアーティストではなく、職人的な思考が求められますから。でも「余計なことからも面白いことが生まれるんじゃない?」ということ、もの作りにはあるじゃないですか。昨日はまさしく決まりかけた瞬間に「でもこういうアイデアが」でひっくり返し、2時間ぐらいディスカッションした結果、「やっぱり戻るか」となりましたが、実はこれって、なかなかできないことなんです。
──“効率”に流されすぎず、時には“無謀なアイデア”の中に面白い発明があるかもしれない、可能性を話してみようよ……という価値観が共有できているわけですね。
菊之丞 8割の熱意、2割のロジックの兼ね合い、これが1つの共通点かもしれないです。ですから、ディスカッションはすごく多いですね。
第2弾はさらに“進化 / 深化”!
──そして気になる新作、歌舞伎「刀剣乱舞 東鑑雪魔縁」について伺います。今回は鎌倉時代の源実朝暗殺事件を題材に物語が描かれます。大喜利所作事(最後に披露される舞踊)では刀剣男士たちが華やかに舞い踊る……という新構想も明らかになりました。
菊之丞 前作を経て、舞踊家として、振付師として、刀剣男士に踊らせてみたいという欲が生まれました。「舞競花刀剣男士」と題し、踊りの競い合い……すごくライトに言えばパーティーですね(笑)。
──刀剣男士たちによるレビューショウのようなものでしょうか……楽しみです。新メンバーへの期待や、キャラクターについても教えていただけますか?
菊之丞 松也くんはビジュアル撮影にずっと立ち会われたんですよね?
松也 現場のスタッフ的には「この人、ずっといるのかな?」だったとは思いますが(笑)、とことんやると決めていますので、全部の撮影に立ち会い、さまざまなイメージをリクエストさせていただきました。まず(中村)歌昇くんの陸奥守吉行は、比較的クール系が多い“とうかぶ”の登場人物の中で一番の陽キャなんです。
──坂本龍馬の愛刀として知られる打刀だとか。
松也 土佐弁のグイグイ系を、真っ直ぐで熱い歌昇くんがどう演じてくださるのか楽しみです。もう一役の源実朝とは真逆の個性になりますので、演じ分けにもご注目ください。(尾上)左近くんは女方も立役も勉強されていますので、加州清光と実朝御台倩子姫の二役を演じていただきます。
──清光は新撰組の沖田総司が使用していたとされる打刀。
松也 普段は礼儀正しくてピュアな左近くんが、スーパークールガイの清光をどう演じてくださるのか、ご期待ください。(中村)獅童さんの鬼丸国綱は天下五剣(数ある日本刀の中でも特に名刀とされる5振りの刀剣)の1つ。ドシっと存在してくださる“兄貴”の存在は非常にありがたいですし、獅童さんにピッタリ。ご経験豊富な方ですので、僕らとは違う視点で助けていただきたいと思います。
菊之丞 キャッチーな言い方をすると、俳優さんの魅力とキャラクターの個性をブレンドし、立体化していくわれわれ演出家は、ある種、審神者(さにわ。刀剣を人の形を成す付喪神として具現化させる力を持つ者)のような立場。これはとっても楽しい作業ですよね。
松也 撮影で印象的だったのが、左近くんがスタジオに登場したときからニヒルな雰囲気を漂わせていて「あれ? もう入ってる?」と……目付きもクールで、態度も普段と全く違う、すっかり清光になりきっていらっしゃいました。こうした通しの新作に参加されるのも初めてで、若くて純粋だからこそ、とても気合いを入れていらしたんだなって。うれしいやら、可愛いやらで(笑)、楽しみが倍増になりました。彼には思い切り楽しんでいただきたいですし、役者人生を歩んでいくうえで、いい経験の一つになればいいなと思っています。
菊之丞 松也さんも前回よりさらに三日月宗近を深めるでしょうし、僕としてはそこへの期待もありますよ。前回に続いて参加される皆さんは、上演を重ねることによってご自身の中に染み込んでいく部分もあるでしょうから。
松也 ビジュアル撮影を見学していても、前回に続いてのメンバーは自信満々にどんどん動いてくださって“積み重ね”を感じました。前回はすべてが初めてでしたので、ディテールへのこだわりが非常にセンシティブで時間がかかりました。全員どこか手探りな部分もありソワソワしていましたし、僕自身も第1弾の顔は冴えないんです。
──いや、ステキでしたけど……。
松也 あのときの全力は出し尽くしましたが、もっと進化 / 深化すると思います!
──おお、楽しみです。今回は羅刹微塵という役も兼ねられます。
松也 歌舞伎ならではのオリジナルキャラクターですが……詳しくはぜひ舞台でご確認ください。僕たちは第2弾で終わらせるつもりはなくて、第3弾、第4弾に向け、いくつかの伏線も考えています。その重要なポイントとなるお役であることは間違いないです。
──前回は耳に残るテーマ曲をはじめ、二十五絃箏、琵琶、尺八、笛……生演奏による邦楽楽器の奏でる豊かな音楽性も素晴らしかったです。
松也 前回同様、音楽に中井智弥さん、作曲に杵屋巳太郎をお迎えしています。前作の魅力は残しつつ、新しい挑戦もしていただこうと考えていて。これは僕の性格かもしれないのですが、同じことをするのは「つまらない」と思ってしまうんです。
菊之丞 楽器の編成は一緒でも、ニュアンスあるいは解釈の違い、アイデアによって変換し、まだまだ新鮮なものにしていけますからね。
松也 せっかくチームとして第一歩を踏み出したので、全員で新しいことにチャレンジしたいんです。そうでなければ自分自身も奮い立たないので。
菊之丞 音楽も舞踊も芝居も、このシリーズはまだまだ引き続き出せる魅力と可能性があるでしょう。その際、各部門にある“様式”は大事にしたいポイントです。守らないといけない部分をしっかり意識しないと、伝統芸能として意味がなくなってしまいますから。継承する部分、そしてチャレンジを、みんなで一緒に考え抜いていきましょう!
プロフィール
尾上松也(オノエマツヤ)
1985年、東京都生まれ。音羽屋。六世尾上松助の長男。1990年に二代目尾上松也を名乗り初舞台。舞台作品・映像作品と幅広く活動。新作歌舞伎「刀剣乱舞 月刀剣縁桐」で初演出を手がけた。
尾上松也公式サイト|Onoe Matsuya Official Website
尾上菊之丞(オノエキクノジョウ)
1976年、東京都生まれ。日本舞踊尾上流四代家元、日本舞踊協会理事。日本舞踊尾上流三代家元・二代尾上菊之丞(現墨雪)の長男として生まれる、1981年に初舞台。2011年に三代目尾上菊之丞を襲名した。また多様な舞台の演出や振付を手がけている。