蓬莱竜太が自身と自身の家族をモチーフに描いた作品「消えていくなら朝」が7年ぶりに上演される。「消えていくなら朝」は、2018年に蓬莱が新国立劇場のために書き下ろし、当時、同劇場の演劇芸術監督だった宮田慶子の演出で初演された作品。彼女を連れて帰省した劇作家の定男は、18年ぶりにそろう家族を前に「今度の新作は、この家族をありのままに書いてみようと思うんだよね」と告げ……。今回はフルオーディション企画の第7弾として、蓬莱自身の演出により上演される。
本格的な稽古が開始して2週間経った6月上旬、ステージナタリーでは蓬莱と出演者の大谷亮介、大沼百合子、関口アナン、田実陽子、坂東希、松本哲也にインタビュー。ヒリヒリとした内容とは裏腹に、作品への強い信頼感で結ばれたカンパニーの様子は実に朗らかで、2025年版「消えていくなら朝」誕生を前に、大きく息づき始めていた。
取材・文 / 熊井玲撮影 / 藤田亜弓
悩みに悩んだ末…2090人から選ばれた6人
──2018年の初演時、蓬莱さんは「自分が演出をするわけではないから書けた内容だ」とおっしゃっていました。ご執筆時、どのようなご心境だったのでしょうか?
蓬莱竜太 家族のことを書くとまず決めて、一晩の話にしようと考えました。虚と実が入り混じってはいますが、モデルがいるので、こう投げかけたら彼らがどういう反応をするのかはよくわかる。それを記録していくような感覚でした。なので、作家に“物語に導く”という力があるとしたら、この作品はあまりそういう力を使わずに、流れで書いていくような感じでしたね。自分としては、(自分をモデルにした)定男以外のセリフを書いているときが一番しんどいというか、「そんな気持ちだったんだな」と、書くことで家族の気持ちを食らっていく感じで、決して楽しい執筆ではなかったです。ただ、第6回ハヤカワ「悲劇喜劇」賞を受賞したりと、おかげさまでいろいろ方に喜んでいただいて、良かったなと思っています。
──7年ぶりに作品と向き合って、どんなことを思い返されましたか?
蓬莱 本稽古が始まった日に改めて読み合わせをしたら、セリフがダイレクトに刺さって……。ちょっと客観性を失ってしまうような瞬間があったので、これはとても難しい稽古になるんじゃないかなと思ったのですが、そこからは努めて距離を保つようにして、今は楽しく稽古ができています。
──本公演は、新国立劇場のフルオーディション企画の第7弾となります。2090人の応募者の中から選出されたキャストの皆さんに、まずはオーディションに参加された思いと、オーディションで印象的だったことを教えていただきたいです。
大谷亮介 正直にお話しすると、事務所の人に言われて参加しました(笑)。ただ、これまでお仕事をご一緒したことがない俳優さんとオーディションの合間にお話ししたり、一緒のシーンを演じることができて、「こんなにいろいろな俳優さんがいるんだな。またどこかで会えたらいいな」とワクワクしましたし、面白かったですね。
大沼百合子 脚本を読んで絶対にやりたいと思ったのですが、一次選考でほかの方の演技をたくさん見て、「こんなに素敵な面白い人たちがいっぱいいるのに、ここから1人しか決まらないのだったら、落ちても気にしないようにしよう!」と思いました(笑)。二次では候補者全員で家族のシーンをやったのですが、そのときは自分の心臓の音が隣の人に聞こえてしまうんじゃないかと思うくらい緊張して、わけがわからないままオーディションが終わった……というのが実感です。
関口アナン 僕はこの企画に応募したのが3回目で、中でも今回は蓬莱さんの作品、蓬莱さんご自身の演出ということで、「これはもう、絶対にやりたい!」と思っていました。選考では定男役の候補は早い段階から人数が絞られたので、ほかの役の候補の方との組み合わせで何度もシーンを繰り返すことになったのですが、1日が終わると本当にヘトヘトで、体力的にも精神的にも一番しんどかったオーディションかもしれないです。だから、決まったときは本当にうれしかったですね。今も、すごく充実感のある日々を送っています。
田実陽子 この企画は、役者にとって夢のような機会だと思い、第1弾からすごく気になっていました。特に私は今フリーランスなので、こんなに大きな劇場で素敵な作品に関われるということは憧れです。作品的にも絶対に出たい!と思って応募したのですが、オーディションには可奈役の候補の方が本当にたくさんいらっしゃったので、当たって砕けろという気持ちで臨みました。
坂東希 オーディション自体は、私も事務所の方に教えていただいて知ったのですが、2年前に一度蓬莱さんとお仕事させていただいていて、その公演がすごく楽しくて充実した日々だったので、「蓬莱さんの作品だったら絶対に出たい!」という思いがありました。その後台本を読んだら、私には刺さりすぎるほど刺さり過ぎてしまう内容で、「これに毎日向き合わなきゃいけないのはキツいな……」と感じたのも本当で。なので、「蓬莱さんと絶対にまたお仕事したい!」という気持ちと「この作品に向き合わなきゃいけないのはキツい」という気持ちの両方を持ってオーディションに臨みました。オーディションでは、先ほど大谷さんもおっしゃっていた通り、さまざまな俳優さんのお芝居を観たり、一緒に演じる機会もあって楽しかったです。ただ、二次はオーディションみたいな感じじゃなくて、もはや稽古のような感じでしたね。
松本哲也 この数年、役者の作業をもっとがんばらなきゃいけないなという思いがあって、初めてこのフルオーディション企画に応募しました。蓬莱さんの作品はずっと観てきましたし、いろいろな出会いがあるんじゃないかと思い、まずは動いてみることが大事だと考えて参加したのですが、最終選考で、会場の入り口にアナンや大谷さんなど面識のある方たちが立っている姿を見かけたときは、「あ、ここで会えた!」と思ってうれしかったです。
──蓬莱さんはアンカルシリーズ(編集注:演劇に興味を持つ者、演劇を志す者たちと劇場で出会い、才能を引き出し合うことを目指した蓬莱竜太のプロデュースユニット。出演者はオーディションで選出され、2021年に第1弾、2023年に第2弾が上演された)でもオーディションを経験されています。今回は、どんな手応えがありましたか?
蓬莱 すごく難しかったですね。2090人から6人を選ぶということは、2084人落とすということですし、素晴らしい演技、素敵な役者さんがいっぱいいらっしゃる中で、落とすにも決めるにも理由が難しいというところがある。また同じシーンを何度も何度も見ていると集中力が落ちてくるから、ある瞬間で役者が透けて見えてしまって「ダメだダメだ!」って思ったり、でもスッとピントが合う役者さんがいてハッとしたり……。しかも1役キャスティングを決めて、その人を軸に全体のバランスを見ていくと、そこに誰をかけ合わせるかによって、家族全体の雰囲気も変わってくる。それぞれ甲乙つけ難い中、最終的には組み合わせを意識して決めていきました。
登場人物6人のうち、特に悩んだのは妹の可奈役で、僕としては「(候補者を)いっぱい見たい」と思ってできるだけ多くの方にお会いしたんですが、皆さん違うような気がして……そんな中で田実さんが印象的だったのは、キツいシーンであっても、明るく妹役を演じていたところ。明るさが匂ってくる感じがすごくいいなと思って、そこを頼りに決めました。
定男もやっぱり難しくて……というのも、作家の匂いって、役者さんに持っている人はあまりいないという感じがするんです。候補者の中には、ミュージカルをやられている方もいましたが、ミュージカルの方は背がスッと伸びていてキラキラしていて、“文字を書く”ことじゃなくても全然表現ができそうな感じがする。また自分がモデルの役なので、イケメンすぎる俳優さんを選んだら「この人は自分のことをこう思ってるんだな」と思われるんじゃないか、みたいな……。
一同 あははは!
蓬莱 その中でアナンは、卑屈さと明るさが共存している感じがして「あ、いた!」と感じました。聞いたらアナンは身長が177cmあるそうなんですけど、全然そういう感じがしなくて、背中を丸くして生きてるんだなって思って(笑)。生き方が姿勢に表れているような感じも含め、いいなと思いました。
チャーミングさのある、一家像
──お稽古が始まって2週間経ちましたが、どんなチームになってきていますか?
坂東 全員オーディションで選ばれたせいなのか、みんな空気が似ているんですよね(笑)。役が決まってから本稽古が始まるまで、みんなで何回か読み合わせをしたのですが、毎回すごく居心地が良いなあと思って稽古場に来ていました。
関口 稽古の合間にみんなでそれぞれお弁当とかを食べているとき、「ピクニックに来たのかな?」と思うくらい和やかな時間になっているときがありますよね?(笑) 作品にギスギスしたシーンが多い反動なのか、稽古の時間以外はみんなとても和やかだと思います。
松本 やっぱり、“お父さん(大谷)とお母さん(大沼)”のお人柄がとても和やかで優しいので、そのおかげでみんなが和んでいる感じもします。
──お二人は、意識的にそのような場作りをしていらっしゃるのですか?
大谷・大沼 (顔を見合わせて)してないですよね?
大谷 ただ、偶然ご近所なんです。
大沼 (笑)。
──それぞれのお役に対する印象も深まってきているかなと思います。まずは登場人物の中で唯一家族ではない存在である、定男の彼女・才谷レイ役の印象について、坂東さんにお伺いしたいです。
坂東 家族の話を聞いている時間がとても長いので、自分が何かを発するときに、ほかの人たちのどこを拾って発するか、を意識しています。例えば誰を見て、どこに立って話を聞くかによっても生まれる気持ちが違うから、その点を考えながら稽古しています。あとは……役柄的に笑顔を絶やさないようにしようと意識しているせいで、顔がすごく筋肉痛になっていて!(と両頬に手をやる)
一同 あははは!
坂東 笑顔もがんばります(笑)。
──関口さんは羽田家の次男で、劇作家の定男を演じます。
関口 ご覧になるお客さんの感じ方は違うかもしれませんが、基本的に楽しいシーンは一切なく、楽しげな雰囲気のシーンはあっても、その下には家族の危うげな関係性が流れています。特に定男は、一見するとバランスを取っている人にも見えるんだけれども、表に見えているものとは違うものをずっと抱えていて……つまり負荷がずっとかかっている状態なので、1日の稽古が終わると本当にヘトヘトになります。
また、セリフにも出てきますが「この家をありのまま書いてさ、誰が面白いって観るの?」と、定男は家族にずっと否定され続けるけれど、実際にこの戯曲ができていることの不思議さを感じるというか。最近そこに虚実入り混じる瞬間があって、「何が面白いの?」と言われたものが実際にここに作品としてあり、それを蓬莱さんが演出していることに蓬莱さんの狂気を感じるというか。
蓬莱 狂気!(笑)
一同 あははは!
関口 パラレルワールドではないですけど、得体の知れない不思議さを楽しみながら稽古しています。
──松本さんは、羽田家の長男で会社員の庄吾を演じます。
松本 庄吾は、演劇をやっている定男にいろいろと言う人で、演劇をやっている人としては胸が痛いことをバーっと言うんですよね(笑)。ただ、僕自身は今、自分がやりたいことがやれる、やらせてもらえるけれど、庄吾はやりたいことがあったのかなかったのか、あるいはやりたいことが見つけられなかったのか、“今やりたいことをやれているわけではない人”。でも、やりたいことを諦めている人は実際世の中に多いと思いますし、客席でご覧になる方の中にもそういう方がいらっしゃると思うので、やりたいことができなかった人たちの気持ちをしっかり背負うというか、そういう人たちの味方になれるような庄吾にならなきゃいけないなと思っています。と同時に、誰でもあることでしょうが、父や母を思う気持ちなど庄吾の優しい部分もちゃんと意識しながら舞台上で生きなければなと思っていますね。
──先日上演された小松台東「ソファー」は、松本さんのご実家にあったソファーに着想を得たお話でしたが、「ソファー」でも生き方が異なる兄弟たちが思いをぶつけるシーンが描かれました。
松本 僕は姉がいるんですけれど、母や甥っ子は観に来ても、姉は僕の舞台は観ないです。(定男が「俺の仕事はいつも自分を晒しながらやっている」と言ったことに対して)彼女のレイが「でも、羽田さんは自分でそれを調整できるでしょ……?」というセリフがありますが、僕はそれを背中で聞きながら「姉の気持ちがわかるな」と思う部分はありますね。
──田実さんは両親の近くに暮らしている、末っ子の可奈を演じます。明るく朗らかな可奈ですが、後半は彼女の抑えていた感情が溢れ出します。
田実 可奈は家族に対して、すごく気を遣っている人。もちろん誰にもそういう部分はあり、家族って気遣い合うことで成り立っているところがあるとは思うんですけど、可奈を通して、自分がいかに家族に気を遣っていないかを感じました。またこの家族は大きなところでは愛がある家族だと思うので、その愛を感じたり、残酷なところを感じたり、お父さんとお母さんの朗らかさに救われたりしながら(笑)、ここからさらに探っていきたいと思っています。
──大谷さん演じる父の庄次郎は、ある思いを抱えながら、家族それぞれの様子をじっと見つめている、羽田家の核となる人物。前半は父親然とした存在感を見せますが、後半は感情的な一面をあらわにします。
大谷 僕が俳優として一番欠けているものは高級感だ、と人から以前言われたことがあるのですが(笑)、この役は高級感がないとダメだと思うんです。稽古では、2人くらいでしゃべっているときには高級感が出せそうなときがあるのですが、大勢でしゃべり始めると司会者みたいになってしまうことがあり、すると蓬莱さんがいつも「そうじゃない、そうじゃない」とおっしゃるので、高級感を出せるように……原始人のように見えないように努力しています。
一同 あははは!
──大沼さん演じる母・君江は、3人の子供たちを思うごく普通の母親らしい柔らかな一面と、周囲の言葉にも揺らがない信奉者としての強い一面の、両方を併せ持っています。
大沼 母親ってパワフルだなって思いますね。稽古の最初の頃、蓬莱さんが、「母親は不思議な人でわからない」とおっしゃっていたのですが、君江にはその不思議さということが大切なのかなと思っています。そして君江は登場人物全員とやり合うんですけど、それがただの他人ではなく息子、娘、夫という自分の家族なんですよね。彼らに対してものすごい攻撃をするんだけど、一方で我が子に対する思いも持っていて……根底に愛情を持ちつつ、どうしたらそんなに攻撃できるのだろう、と考えながら稽古しています。
──蓬莱さんの目には今、どんな一家の様子が見えてきていますか?
蓬莱 観ていると、なんだかすごく可愛いらしいんですよね。皆さんの人柄なのか芝居なのか、自分が演出しているせいなのかフルオーディションで選んだからなのか……理由はわからないんですけれども、それぞれの役が僕は好きですし、この物語にとっても、どこかにチャーミングさがあることが、お芝居を違う何かに押し上げていく感じがします。このまま最後までいったらどういう感じになるんだろうなと、僕も興味を持って行方を見ています。先ほどアナンが言ったように、劇中で家族をモチーフにした作品を書くか書かないかという議論をしつつ、最終的に書いた芝居がこれっていう、抜け出せないループがずっと続いているような感じがある。悲劇でもあるし、喜劇でもあるし、ホラーでもある作品だからこそ、登場人物たちの可愛らしさ、人間として愛せるか否かというところが大きな救いになるのかなと思っています。
そしてこの作品って目的がなくて。“一致団結してここに向かおう、ここを最終目標地点にしよう”という話ではなく、そのままの家族を舞台上にポンと乗っけちゃうような芝居なので、今日どうだったか、次の回はどんな感じだったかが変わる舞台だと思っています。つまり正解もゴールもないところがこの作品の怖いところであり、面白いところで、そういう点で得体の知れない作品だと思います。台本上はすごく救いのない一夜を過ごすんだけど、おそらく次の日になったらきっと、この家族は普通に過ごす。家族が崩壊したわけではなく、朝にまた、復活するんです。でもきっとどの家族もそうであろう、という話でもあって。それがこの作品の救いといえば救いでもあるのかな、という気がします。
──執筆から7年、ご自身の作品でありながら初演時はご自身の演出ではなかったという点で、普段の創作と意識の違いはありますか?
蓬莱 いや、自分の作品を演出するときの感覚でやっています。
──また初演時は具象的な舞台美術でしたが、最近の蓬莱作品では抽象的な劇空間のことも多いです。今回はどうなるのでしょうか?
蓬莱 今回は徹底した会話劇なので、とことん具象です。抽象で描く演劇の可能性もとても面白いのですが、言葉で殴り合う芝居はシンプルに面白いし、こういう逃げ場のない会話劇もいいですね。