wonder×works「The Work」が7月18日より東京・シアター風姿花伝で上演される。wonder×worksは北海道出身の劇作・演出家、八鍬健之介が代表を務める舞台制作団体で、マイノリティに光を当てるなど、これまでさまざまな社会問題に切り込んできた。骨太な作風で知られる八鍬が最新作「The Work」で描くのは、とあるマンガのテレビドラマ化をめぐる原作者と二次創作者たち、“作り手”の葛藤だ。
ステージナタリーでは八鍬と、昨年に小説家デビューを果たした主演・星田英利にインタビューを実施。2人が作品についての思いや自身の仕事の矜持を語った。
取材・文 / 大滝知里撮影 / 宮川舞子
星田英利は、己を燃やして演じている
──wonder×worksの新作「The Work」では、2023年に日本で放送されたマンガ原作のテレビドラマと、その原作者との間で起きたミスコミュニケーションによる悲劇が八鍬さんの執筆の発端となっている、とお聞きしました。その問題をきっかけに、原作者と二次創作の制作者たちの関係性や創作の尊厳についてなどが改めて見直されるようになりましたが、八鍬さんはこのことから、今回の作品で何を描きたいと考えたのですか?
八鍬健之介 脚本を書く身として、当時、ネットで炎上していた頃からこの出来事に注目していました。ですが、原作者の方が遺書を残して自死されたことで、心にモヤがかかったまま、報道を目にする機会も減ってしまい……。僕の中で引っかかったのは、連載中という“書くものが残っている状態”で、なぜ死を選択せざるを得なかったのかということです。原作者をそこまで追い詰めたものは何だったのか。僕は、歴史を題材にした脚本もよく書きますが、出来事の裏側にある人々の感情をすくい上げて台本にしたいと常に考えています。今回もセンセーショナルだった事件の表層的な部分ではなく、関係者の内にうごめく感情や変化の過程を、形を変えて描きたいと思いました。
星田英利 僕たちが生きている世界では、そういう事例って大なり小なり、実はたくさんあるんですよね。テレビドラマや、映画やバラエティでも、まるまるカットされていることもあれば、その役の人物が話すイメージで台本のセリフを変えてしまうこともある。でもそれは、お互いプロとして仕事をするうえで良いものを作ろうと考えた結果であって、どちらが正解とも言えないんです。そういう意味では身近なテーマなので、お話をいただいたときに、僕はこれをやらなきゃいけないと思いました。
──wonder×worksでは演目ごとにキャスティングするプロデュース公演の形式が取られています。星田さんが演じるのは、ヒット作がテレビドラマ化されることになったマンガ家・石蕗寿一朗。脚本家との軋轢やプロデューサーたちの思惑に振り回され、さらには編集者やアシスタントという身近な人たちとのコミュニケーションにもズレが生じてきてしまう人物ですが、八鍬さんが星田さんにこの役をオファーした理由を教えていただけますか?
八鍬 NHK連続テレビ小説「おちょやん」(2020・2021年)を観まして。途中から観始めたのですが、初めて観たのが、成田凌さん演じる一平が二代目天海天海を襲名するシーンだったんです。そこで一平と共に一座を率いる須我廼家千之助役に目を奪われて、「誰がこの役をやっているんだ?」と確認したら星田さんでした。抽象的な言い方になってしまいますが、“己を燃やして演じている方”だなという印象があって。今回、星田さんに演じてもらう石蕗寿一朗という役は、自分の将来を見据えて、「龍子がゆく」というヒット作のテレビドラマ化を引き受けたマンガ家。自分を薪のように作品にくべて創作に向かう人物なので、ぜひ星田さんにやっていただきたいとお声をかけさせていただきました。
──“自分を燃料にする俳優”ということですが、ご自身でピンとくる部分はありますか?
星田 僕は、何においても矜持、プライドが大切だと思っています。プロとして、大人として、役者としての矜持。楽をしようと思えばいくらでも楽ができたり、簡単な方法を選ぶことができたりする中で、舞台は1日何時間も稽古をして作ったものを、お客さんのお金と時間をもらって、目の前で演じる。そのために積み上げたものがすべての結果になると思うので、“プロとしてこうでなければならない”という思いが舞台ではいっそうあります。で、何が僕の矜持なのかと言うと、これはジレンマでもあるのですが、有名になればなるほど不可能なんですが、星田って気付かれないように作品に紛れ込みたいんです。そして、“芝居をしている”と思ってほしくない、ドキュメンタリーに近づけていきたいんです。動物のようにね。
八鍬 ど、動物!?
星田 腹が減ったら誰かに見られていようといまいと食べることを成し遂げる、人が見ている前でも気にせず交尾する動物。人間だから絶対に外せないフィルターはあるけど、それが外れたところに持っていきたいなと思うんです。今回も、寿一朗を観たお客さんに「こいつ面倒くさいんやろな」「あれ芝居ちゃうで、きっと星田がほんまに面倒臭いねん」って思ってもらえるように演じたいです。
八鍬 寿一朗自身にこだわりが強い一面はありますが、自分の作品にこだわらない作家はいないわけで。星田さんにはピッタリの役だと思っています。寿一朗は、自分の作品に他人に手を加えられると、まるで内臓に手を突っ込まれるかのような感覚になるクリエイターなのかなと。
星田 僕の寿一朗の印象は、本当の味方を自分の中にしか作れない人。不器用で、何でも自分で決断してきた人だから、味方になってくれる人でさえ傷付けてしまうのではないかという恐怖に苛まれているというか。「もう任せたら?」というところまで自分でやっちゃうのは、「適当にやった仕事は、わかる人にはわかってしまう」というプライドがあるから。その気持ちは僕も同じなので、しんどい生き方をしているなって思いますね。
後輩に渡す、“どんどんやれ”のバトン
──星田さんは昨年、「口をなくした蝶」で小説家デビューされ、二次創作に対する原作者となる立場にもなられました。もしご自身の作品が二次創作されるとしたら、それはうれしいことなのか、恐怖を感じることなのか、どちらでしょうか?
星田 二次創作を経由して原作を読んでくれる人もいるだろうから、うれしい気持ちが勝つと思いますね。僕も好きな小説が映像化されたときに、「この役はこの人ちゃう」とか「政治働いとるやん!」とか、納得いかないことはあるけど、だからと言って、二次創作されるときに僕が原作者として先制して口を挟むことはないですし、もし若い人たちが作ってくれるなら、年配者として任せたいと思っています。出来が悪くてたたかれても、彼らにとっての勉強になるし、評価を得たらそれはそれで喜ばしいこと。僕の作品をきっかけに指針ができるのならばうれしいですね。僕より年上のベテランがとんでもない二次創作をしたら腹立ちますけどね(笑)。
八鍬 おお、懐が深いですね。
星田 もちろん、作品は自分の子供みたいなものだから、不安はあると思います。でも子供も、出会う人や付き合う人で変わっていくでしょう? 作品がズタボロにされる様を見ると心が引き裂かれるかもしれないけど、僕らも先輩方に「どんどんやれ、好きなことやったらええねん」と教わってきた。こういうのはバトンですから、後進のことも考えていかないといけないと思ってます。
原作者の熱量を取りこぼしてしまう恐怖
──八鍬さんは過去に、石原理さんのマンガ「怜々蒐集譚」(リブレ)の舞台化を手がけられました(参照:映画&舞台の連動興行、溝口琢矢ら出演「怜々蒐集譚」DVD化決定)。原作ものを舞台化する際に、どのようなことに気をつけましたか?
八鍬 「怜々蒐集譚」は設定が複雑な短編集で、ホラーとBLの要素があり、脚本化する際に難しさを感じていました。とは言え、舞台では生身の人間が出るので、ストーリーは原作マンガに添いながらも、人間として描かれる心理描写を探してつなげていこうと考えました。僕自身は原作ものを舞台化するときに、原作に描かれているもの(出来事や登場人物の心の動き)を全部拾おうという意識のほうが強くて、プレッシャーはあまり感じないんです。他人が書いたものに触れることに、恐怖を感じないと言えばうそになりますが、見落としが発生しないように、読み違えることがないようにと慎重になることのほうが重要で。また、原作者が書いた当時の温度感を自分にトレースする必要があると考えているのですが、僕自身が自分のオリジナル脚本を毎回必死になって書くタイプなので、どうやっても原作者の執筆の熱意には追いつかないのではないかなと感じる部分もあります。「怜々蒐集譚」しか原作ものを手がけてこなかったのは、こういう理由もあるのかなと思います。
引っ張り上げ、巻き込んで作る会話劇
──本日は稽古初日の読み合わせを終えたところで、八鍬さんからのノートの時間が設けられました(編集注:取材は6月中旬に行われた)。初日から、特に寿一朗の感情の発端を確認するような白熱した議論が展開されていましたね。
星田 誰でもそうでしょうけど、自分の言葉としてセリフを口にするときに、僕の中で感情に整理がついていないとダメなんです。理由もなく怒り出す人がいないように、僕はそのセリフに至った過程がないと、セリフは出さない。キャラクターに失礼がないように、役の感情の変遷を全部確認したいんです。セリフをしゃべったときに声がかすれていたら、それは役の感情によるものだと落とし込めるまでの作業を稽古場ではしたくて。本番でお客さんに伝わらないような些細なことにこだわることが生きがいなんです。僕が客席にいたとして、僕に僕の手抜きがわかってしまわないように、初日から突っ込んだ質問をさせてもらいました。
八鍬 いえ、ありがたかったです。星田さんからの指摘を受けて脚本の抜けを見付けることができ、まだまだ深めていけるなと思いました。星田さんのすごいところは、“縦読み”をしないことですね。縦読みというのは、文字をそのまま縦に読んでいくということなのですが、あいまいさを回避することでもある。細かく作っていく作業をご一緒できるのは、劇作・演出家としても面白いです。
星田 その細かさが、本番でバレちゃダメなんですけどね。軽さがある芝居ほど、適当にやっていると見せかけて、実は稽古で練習を重ねていたりする。稽古場でキャッキャして仲良く作った芝居は、観ていてわかるし、面白くないですもん。演出家と出演者がお互いを引っ張り上げて、巻き込み合って作っていった芝居のほうが面白い。特にこういう会話劇は、テンポだけでタタタッと進んでしまうと内容が入ってこなくなるので、皆で頭をひねりながら作っていけたらと。
──一次創作と二次創作の作り手の葛藤や焦燥を描いた本作で、観客に何を感じ取ってほしいですか?
八鍬 今回は実際に起きたことを題材にしていますが、ただ出来事をなぞるのではなく、ネットやニュースで手に入る情報では触れられない深い部分を描き切りたいと考えています。生身の人間が演じる舞台作品だからこそ、お客さんの目の前で広く深く、物語としてお見せできたらと思います。
星田 1人ひとりアンテナが違うので、観たものをどう感じ、どう受け取っていただいても良いんです。ただ、命のように大事なお金と時間をもらうわけですから、「あげて良かった」とお客さんに思ってもらえるようにもがきたいと思います。
プロフィール
星田英利(ホシダヒデトシ)
1971年、大阪府生まれ。NSC大阪校に9期生として入学し、2005年に「R-1ぐらんぷり」で優勝した。2014年に芸名をほっしゃん。から本名の星田英利に戻し、現在は俳優業を軸に活動する。2024年9月に自身初の小説「くちを失くした蝶」(KADOKAWA)を発表した。
八鍬健之介(ヤクワケンノスケ)
1980年、北海道生まれ。劇作家・演出家。2010年に旗揚げしたwonder×worksの代表を務め、全公演で作・演出を手がける。また、他団体への脚本提供・演出なども行う。社会のマイノリティに光を当て、登場人物の内情や葛藤に重きを置いた奥行きある作品づくりを特徴とする。2015年「龍とオイル」、2018年「アカメ」で劇作家協会新人戯曲賞最終候補に選出された。
※初出時、プロフィールに誤りがありました。訂正してお詫びいたします。