小川文平

2.5次元、その先へ Vol.2 [バックナンバー]

マーベラスを牽引、小川文平プロデューサーの人間力

自然体で好奇心旺盛、大切なのは人との縁

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日本のマンガ、アニメ、ゲームを原作とした2.5次元ミュージカルが大きなムーブメントとなって早数年。今、2.5次元ミュージカルというジャンルは急速に進化し、洗練され、新たなステージを迎えている。

その舞台裏には、道なき道を切り拓くプロデューサー、原作の魅力を抽出し戯曲に落とし込む脚本家、さまざまな方法を駆使して原作の世界観を舞台上に立ち上げる演出家など、数多くのクリエイターの存在がある。この連載では、一般社団法人 日本2.5次元ミュージカル協会発足以降の2.5次元ミュージカルにスポットを当て、仕掛け人たちのこだわりや普段は知ることのできない素顔を紹介する。

第2回には、舞台『弱虫ペダル』や舞台『刀剣乱舞』などで知られるマーベラスのライブエンターテイメント事業部長・小川文平プロデューサーが登場。「演劇を学ぶところから始めた」と言う小川は、どのような思いを大切にしながら作品を作ってきたのか? 彼の飾らず自然体な人物像に迫る。またインタビューでは、親交が深い劇作・演出家の西田大輔とのエピソードも飛び出した。

取材・/ 興野汐里

物販に立って手売りしていた「テニミュ」黎明期

マーベラスがマンガ・アニメ原作の舞台化に着手したのは、まだ“2.5次元ミュージカル”という言葉が生まれていなかった2000年代初頭。アニメ版の声優が参加した「ミュージカル HUNTER×HUNTER」を2000年から2001年にかけて上演し、2003年、ネルケプランニングと共にミュージカル『テニスの王子様』(通称テニミュ)を立ち上げた。当時、アニメ制作を行う部署に在籍していた小川は「僕はもともと演劇畑の人間ではなくて、演劇をまったく知らないところからのスタートだったんです。『テニミュ』が始まった頃のマーベラスにはまだ舞台専門の部署がなくて、当時代表取締役社長だった中山(晴喜)をはじめ、スタッフ総出で劇場に行き、物販に立ってCDやDVDを手売りしていました」と「テニミュ」黎明期の裏話を明かしてくれた。

「テニミュ」ブームが盛り上がりを見せる中、マーベラスは2007年にミュージカル『DEAR BOYS』、ミュージカル『エア・ギア』を上演。一方で、2005年の「スーパーお芝居スクールランブル ~お猿さんだよ、播磨くん!~」、2007年の舞台『ケンコー全裸系水泳部ウミショー』など、男性ファンをターゲットにした舞台も制作している。マーベラスが積極的に舞台事業に参入していった理由について、小川は「マーベラスはもともとアニメやゲームの制作を手がけている会社なので、マンガやアニメを舞台という新たな形で表現することに対して、抵抗がなかったんだと思います」と分析している。

舞台『弱虫ペダル』の幕が開くまで

舞台『弱虫ペダル』新インターハイ篇 FINAL~POWER OF BIKEの公演より。(c)渡辺航(秋田書店)2008(c)渡辺航(秋田書店)2008/舞台『弱虫ペダル』製作委員会

舞台『弱虫ペダル』新インターハイ篇 FINAL~POWER OF BIKEの公演より。(c)渡辺航(秋田書店)2008(c)渡辺航(秋田書店)2008/舞台『弱虫ペダル』製作委員会

2012年、マーベラス制作の人気シリーズ・舞台『弱虫ペダル』(通称ペダステ)とミュージカル『薄桜鬼』(通称薄ミュ)の2作品が産声を上げた。特に「ペダステ」は、自転車のハンドルと俳優のマイムのみでロードレースを表現するという、当時の商業演劇では非常にチャレンジングな手法を取ったことで大きな話題となる。関西の人気劇団・惑星ピスタチオの座付き作家・演出家として活動してきた西田シャトナーは、劇団時代から得意とするパワーマイムの概念を2.5次元ミュージカルに取り入れ、“パズルライドシステム”という新たな表現技法を生み出した。俳優たちが己の限界に挑みながら、身体のみで舞台上にロードレースを出現させるストイックな演出はもちろん、メインキャストがアンサンブルとして多数のキャラクターを演じ分ける場面や、メインキャストがパズルライダー(黒子)と共にスロープを動かし舞台を進行するシーンも「ペダステ」を構成する魅力の1つ。カンパニーのたゆまぬ努力により「ペダステ」は次第に人気を獲得していくが、当初はやはり手探り状態だったという。初演時の様子について小川は「ハンドルとマイムだけでロードレースを表現する演出が観客の皆様に受け入れられるかどうか、西田シャトナーさんも出演者の皆さんも『幕が開くまですごく心配だった』と言っていたと、当時を知るマーベラスのスタッフから聞いています。初日の幕が上がって、お客様から『おおー!』という歓声が上がったのを聞いて、『ああ、受け入れてもらえたんだ』と安心したそうです」と明かした。

ミュージカル『薄桜鬼 真改』相馬主計 篇ビジュアル(c)アイディアファクトリー・デザインファクトリー/ミュージカル『薄桜鬼』製作委員会

ミュージカル『薄桜鬼 真改』相馬主計 篇ビジュアル(c)アイディアファクトリー・デザインファクトリー/ミュージカル『薄桜鬼』製作委員会

その後マーベラスは、舞台『K』、超歌劇(ウルトラミュージカル)『幕末Rock』、舞台『東京喰種トーキョーグール』、『あんさんぶるスターズ!オン・ステージ』などの人気作を続々と世に送り出したほか、2016年に舞台『刀剣乱舞』(通称刀ステ)シリーズをスタートさせた。

西田大輔「大丈夫。安心して! 絶対カッコ良くするから!」

舞台『血界戦線』Beat Goes Onビジュアル(c)内藤泰弘/集英社 (c)舞台『血界戦線』製作委員会

舞台『血界戦線』Beat Goes Onビジュアル(c)内藤泰弘/集英社 (c)舞台『血界戦線』製作委員会

マーベラスの舞台企画制作を行うライブエンターテイメント事業部には、現在30名程のスタッフが所属しており、事業部長の小川は総括的な立場で各企画に携わっている。2018年に舞台制作の部署を担当することになって以来、小川は可能な限り稽古場に顔を出し、それぞれの作品に関わるスタッフやキャストと会話するよう心がけている。中でも、舞台『血界戦線』「薄ミュ」の演出を手がける西田大輔と親交が深く、「印象深かったのは、とある稽古場で言われた『大丈夫。安心して! 絶対カッコ良くするから!』という大輔さんの言葉。おそらく舞台業界歴の浅い私にわかりやすく言ってくれたんだと思いますが、『絶対カッコ良くするから!』っていうのは、どの業界でも通じる、相手を高揚させる“魔法の言葉”だと思っていて。それに実際、本番では本当にカッコ良い作品に仕上がっていましたよ!」と瞳を輝かせた。

また小川は、演出家だけではなく、俳優たちとも正面から向き合っている。「たまに役者さんから『今日の稽古、どうでしたか?』って聞かれることがあるんですけど、『僕は演劇の仕事に携わってからの期間がまだまだ短いから、ほかの人に聞いたほうが良いかもしれないよ』って正直に答えてるんです。そうしたら、とある俳優さんから『小川さん、その立場で(演劇を)知らないってよく言いますね!?(笑) 普通もっとカッコつけませんか!?』みたいなことを言われたことがあって(笑)。例えば僕が30歳くらいだったら、人の言葉を借りてカッコつけて話すかもしれません。でも50歳近くなった今、虚勢を張っても仕方ないし、わからないものはわからないってちゃんと言ったうえで人と関わっていくことのほうが正しいのかなと感じていて。大輔さんと仲良くさせていただいてるのもそういうところだと思うんです。プロデューサーと演出家というより、人と人との付き合いというのかな」と率直な思いを口にした。

公演再開…忘れられないキャスト・スタッフの表情

ミュージカル『憂国のモリアーティ』Op.2 -大英帝国の醜聞-の公演より。(c)竹内良輔・三好 輝/集英社 (c)ミュージカル『憂国のモリアーティ』プロジェクト

ミュージカル『憂国のモリアーティ』Op.2 -大英帝国の醜聞-の公演より。(c)竹内良輔・三好 輝/集英社 (c)ミュージカル『憂国のモリアーティ』プロジェクト

2020年に流行した新型コロナウイルスの影響を受けて、多くの公演が中止・延期を余儀なくされた。約4カ月の休止期間を経て、マーベラス制作による舞台がようやく再開されたのは、7月31日に開幕したミュージカル『憂国のモリアーティ』Op.2(オーパスツー) -大英帝国の醜聞-(通称モリミュ)だった。「『モリミュ』はかなりタイトなスケジュールで。本番前にカンパニー全員でPCR検査を受けたのですが、結果が出たのが初日前日だったんです。場当たり中に病院から『全員陰性でした』という電話がかかって来て、受験の合格発表という例えが正しいかはわからないけど、まさにそんな感じでしたね。ゲネプロが終わったときの『ああ、ようやく舞台に立てるんだ。再開できるんだ』という、キャスト・スタッフ一同のホッとした表情は今でも忘れません」。また、現場のみならず、舞台の再開を待ち侘びていた観客からもアンケートを通じて多くの声が届いた。「今年初観劇だったという方や、再開して初めて観た公演が『モリミュ』だったという方から、喜びの声を多くいただきました。一方で感染症対策を気にされているお客様も当然いらっしゃったので、今後も可能な限り不安を解消して公演に臨めたらと思っています」と、キャスト・スタッフや観客の思いを受けて、小川は改めて公演を実施していく決意を固めたという。

大切なのは人との縁

PAT company ミュージカル『グッド・イブニング・スクール』ビジュアル

PAT company ミュージカル『グッド・イブニング・スクール』ビジュアル

エンタテインメント業界にとって逆風が吹く状況で、小川はこれまで以上に人と人の縁を大切にし、スタッフやキャストたちと積極的にコミュニケーションを取ることを心がけている。そんなとき、ミュージカル『DEAR BOYS』以来交流のある鯨井康介と小川が、リモートで雑談する中で生まれたプロジェクトがPAT Companyだ。PAT Companyは、6月に小柳心のYouTubeチャンネルで行われた生配信をきっかけに、原田優一、オレノグラフィティ、小柳、鯨井の4人が結成した舞台制作ユニット。彼らの配信を偶然観ていた本多劇場の関係者から声がかかり、ミュージカル『グッド・イブニング・スクール』が同劇場で上演されることになった。鯨井から相談を受けたとき、小川は「このような厳しい状況の中で、4人の俳優たちが一生懸命に演劇と向き合っていることを知って、マーベラスで協力できることがあればぜひ、ということになりました」を快諾したという。

12月20日に閉幕したPAT Companyの公演は、これまで2.5次元ミュージカルを中心に制作してきたマーベラスにとって初めてづくしの公演となった。ミュージカル『グッド・イブニング・スクール』では、初の本多劇場進出に加え、自社の機材・スタッフによる生配信にも初挑戦。「これまで他社さんの技術をお借りして、2.5次元ミュージカルの配信・ライブビューイングを行ってきましたが、緊急事態宣言が出された頃に『せっかく映像を作っている会社なんだから、自社で配信もできるようにしよう』という話が持ち上がって、PAT Companyの公演では自社配信にチャンレンジしました」と前向きな姿勢で公演に取り組んでいる。新型コロナウイルスの影響でエンタメ業界は数々の苦難に直面したが、同様に得たものも大きい。小川をはじめとするマーベラスのプロデューサーは、発想を転換させ、苦しい状況に打ち勝つ術を模索中だ。

取材の最後に小川は「初めは演劇を知らないところからのスタートでしたが、知らないものを知っていくうちに、今まで自分になかったパーツが埋まっていく感じがして、すごくワクワクするんです。あくまで仕事なのでワクワクだけではダメなんですけどね(笑)。あとはやっぱり、人が一生懸命やっている姿ってすごくカッコ良いじゃないですか。それを間近で見られるというのは幸せだなって思います」と照れ臭そうにほほ笑んだ。

プロフィール

プロデューサー。マーベラスのライブエンターテイメント事業部長を務める。

関連公演・イベント(日程順)

ミュージカル『新テニスの王子様』The First Stage

2020年12月12日(土)~24日(木)※公演終了
東京都 日本青年館ホール

2020年12月29日(火)~2021年1月10日(日)
大阪府 メルパルク大阪 ホール

2021年2月5日(金)~14日(日)
東京都 日本青年館ホール

TBS開局70周年記念 舞台『刀剣乱舞』天伝 蒼空の兵 -大坂冬の陣- Supported by くら寿司

2021年1月10日(日)~3月28日(日)
東京都 IHIステージアラウンド東京

ミュージカル『青春-AOHARU-鉄道』4~九州遠征異常あり~

2021年2月14日(日)~28日(日)
東京都 天王洲 銀河劇場

ミュージカル『薄桜鬼 真改』相馬主計 篇

2021年4月1日(木)~4日(日)
東京都 日本青年館ホール

2021年4月8日(木)~11日(日)
兵庫県 AiiA 2.5 Theater Kobe

舞台『刀剣乱舞』大坂夏の陣 公演

2021年4月~6月
東京都 IHIステージアラウンド東京

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