藤井良一

2.5次元、その先へ Vol.6 [バックナンバー]

2.5次元ミュージカルと小劇場の交点──ゴーチ・ブラザーズの若きプロデューサー・藤井良一が見据える未来

伊藤達哉社長のまな弟子、モットーは「一番の通訳であること」

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日本のマンガ、アニメ、ゲームを原作とした2.5次元ミュージカルが大きなムーブメントとなって早数年。今、2.5次元ミュージカルというジャンルは急速に進化し、洗練され、新たなステージを迎えている。

その舞台裏には、道なき道を切り拓くプロデューサー、原作の魅力を抽出し戯曲に落とし込む脚本家、さまざまな方法を駆使して原作の世界観を舞台上に立ち上げる演出家など、数多くのクリエイターの存在がある。この連載では、一般社団法人 日本2.5次元ミュージカル協会発足以降の2.5次元ミュージカルにスポットを当て、仕掛け人たちのこだわりや普段は知ることのできない素顔を紹介する。

今回は、小劇場から2.5次元ミュージカルまで、幅広いジャンルの演劇制作を担うゴーチ・ブラザーズの藤井良一が登場。33歳という若さにして、舞台「黒子のバスケ」、舞台「文豪ストレイドッグス」、「ワールドトリガー the Stage」などをプロデュースする藤井は、どのような思いを持って演劇に携わっているのか? 藤井がこれまで出会ってきたプロデューサーたちとのエピソードを交えながら、次代を担う若きその素顔に迫る。

取材・/ 興野汐里

ゴーチ・ブラザーズは2.5次元ミュージカルと小劇場の交点

日本2.5次元ミュージカル協会が2014年3月に設立されてから約7年。小劇場で研鑽を積んできたクリエイターが、自身の持ち味を生かして2.5次元ミュージカルを演出することや、2.5次元ミュージカルでキャリアをスタートさせた俳優が小劇場の作品に出演することも珍しいことではなくなった。脚本・演出家をはじめとするスタッフや俳優が、それぞれの活動で得た経験を取り入れながら、ジャンルレスに交流し、今では多くの舞台を世に送り出している。2.5次元ミュージカルと小劇場を結ぶ交点──その1つがゴーチ・ブラザーズであると言っても過言ではない。

伊藤達哉が代表取締役を務めるゴーチ・ブラザーズは、演劇プロデュースユニット時代の阿佐ヶ谷スパイダースの制作部としてスタートし、2004年6月に法人化された。演劇公演のプロデュースや制作と並行して、俳優やクリエイターのマネジメントも行っており、阿佐ヶ谷スパイダースの中山祐一朗、伊達暁をはじめとする俳優陣や、ゴジゲンの松居大悟、柿喰う客の中屋敷法仁、DULL-COLORED POPの谷賢一、Baobabの北尾亘、東京夜光の川名幸宏といったクリエイターが所属している。

柿喰う客 新作本公演「滅多滅多」より。(撮影:神ノ川智早)

柿喰う客 新作本公演「滅多滅多」より。(撮影:神ノ川智早)

伊藤から、多くの公演のプロデュースを任されている藤井は現在33歳。ゴーチ・ブラザーズが主催する公演から、舞台「黒子のバスケ」舞台「文豪ストレイドッグス」「ワールドトリガー the Stage」などの2.5次元ミュージカルまで、幅広い作品を手がける若き演劇プロデューサーだ。制作やプロデューサーには俳優経験者が多いが、藤井はなんとお笑い芸人を目指していたという異色の経歴を持っており、飾らない明るいキャラクターと、どんな状況にもフレキシブルに対応するスマートさで、キャスト・スタッフから信望を集めている。

中学校で生徒会長を務めていた藤井は、学内行事の寸劇をきっかけに芝居に面白さを感じ、高校で演劇部に入部。大学時代に所属していたサークルの先輩に誘われてお笑いの養成所へ入所し、大学を3年で中退した。大学では演劇から一旦離れていたが、その後演劇部の同級生に誘われたことで再び演劇の道に戻り、下北沢を中心に活動する劇団の座付き制作となる。2012年、演劇制作やプロデュース、アートマネージメントに興味を持つ二十代を対象としたワークショップ「Next Producers Camp 2012 in 松本」に参加し、伊藤と出会う。「制作をやっていくことに先の見えなさを感じていたとき、『Next Producers Camp』で伊藤やナッポスユナイテッドの仲村和生さん、制作者・ドラマトゥルクの野村政之さん、三重県文化会館の松浦茂之さんと知り合って、『広い視野を持って、さまざまな角度から業界全体のことを考えている人たちがいるんだ』と衝撃を受けたんです。ワークショップが終わったあとに伊藤のもとを訪ねて、『一緒に仕事をさせてください』とお願いしました」。その後藤井は、伊藤の紹介で岡村俊一の作品に参加することに。「当時、右も左もわからないどころか、人としても未熟だった自分を、岡村さんは叱咤激励してくださいました。今でも『熱海殺人事件』などでご一緒する機会がありますが、そのたびに演劇プロデューサーとして、人として大切なことを教えていただいています」と、師と仰ぐうちの1人である岡村への思いを明かした。

藤井が制作を務める「『改竄・熱海殺人事件』モンテカルロ・イリュージョン~復讐のアバンチュール~」では、中屋敷が演出を担当し、岡村が総合プロデューサーを務めている。

藤井が制作を務める「『改竄・熱海殺人事件』モンテカルロ・イリュージョン~復讐のアバンチュール~」では、中屋敷が演出を担当し、岡村が総合プロデューサーを務めている。

制作・プロデューサー=1番の通訳でありたい

藤井がゴーチ・ブラザーズに所属する契機となったのは、今はなき青山円形劇場で2014年に上演された、青山円劇カウンシル ファイナル「赤鬼」だった。野田秀樹の「赤鬼」を中屋敷が演出したこの作品には、黒木華、柄本時生、玉置玲央、小野寺修二らが出演しており、ネルケプランニングが主催として公演に携わっていた。「『赤鬼』の公演でネルケプランニングの松田誠さんと初めてお会いしたのですが、とにかくパワフルで、一緒にいるだけでワクワクする気持ちになって。こういう方が、演劇界とさまざまな業界をつなげて、新たなシーンを作っていくんだなと感じました」と松田の第一印象について語る。

青山円劇カウンシル ファイナル「赤鬼」ビジュアル

青山円劇カウンシル ファイナル「赤鬼」ビジュアル

藤井と2.5次元ミュージカルとの出会いは、2016年に上演された「舞台『黒子のバスケ』THE ENCOUNTER」。中屋敷の担当として柿喰う客の公演に携わっていたことがきっかけで、中屋敷が演出する舞台「黒子のバスケ」(以下くろステ)の制作を務めることになったが、くろステは伊藤や藤井だけでなく、ゴーチ・ブラザーズにとっても2.5次元ミュージカル初参加となる作品だった。またその頃ゴーチ・ブラザーズは、のちに舞台「文豪ストレイドッグス」(以下文ステ)でもタッグを組むバンダイナムコライブクリエイティブのプロデューサー・木村学と邂逅。ゴーチ・ブラザーズとバンダイナムコライブクリエイティブの2社は、くろステと文ステのプロジェクトを共同で進めていくことになる。くろステでは、主にバンダイナムコライブクリエイティブがビジネス的な側面を担い、藤井をはじめとするゴーチ・ブラザーズのスタッフが、現場制作やクリエーションに関する部分を担当した。

「舞台『黒子のバスケ』ULTIMATE-BLAZE」ビジュアル(c)藤巻忠俊/集英社・舞台「黒子のバスケ」ULTIMATE-BLAZE製作委員会

「舞台『黒子のバスケ』ULTIMATE-BLAZE」ビジュアル(c)藤巻忠俊/集英社・舞台「黒子のバスケ」ULTIMATE-BLAZE製作委員会

「2.5次元ミュージカルに限ったことではないのですが、制作やプロデューサーは通訳のような存在でありたいと思っていて。それまでの経験から、演劇になじみがある人たちとの共通言語は持っていたんですけど、くろステに関わるまでは、普段違うジャンルの仕事をしている製作委員会の方々に“演劇”を説明する言葉を持っていなかったんです。なので、製作委員会や原作からのオーダーをどのように現場に伝えたらいいのか、逆に現場で表現しようとしていることを製作委員会や原作に伝えるにはどう説明したら良いのかわからなくて。でも2.5次元ミュージカルの現場を経験したことによって、相手に理解してもらうために、言葉の選び方や伝え方を工夫するようになりました」と、藤井はくろステでの得難い経験を振り返る。

藤井と少々表現が異なるものの、「2.5次元、その先へ」第4回でインタビューしたバンダイナムコライブクリエイティブの木村も、「演劇プロデューサーとIP(知的財産)ホルダーをつなぐのがプロデューサーの役目だと思っています」と自身のポリシーについて語っていた。藤井も同じような目線で、人と人をつなぐことを大切に感じているようだ。

しかし、「黒子のバスケ」を演劇作品として立ち上げることは、スタッフだけでなく、俳優たちにとっても雲をつかむような作業の連続だった。「開幕してお客さんの反応を見るまでは、どのように受け入れられるか、期待と不安が入り混じっていました。スタッフは正面から稽古を観ているので舞台の全体像を把握できていますが、演じている俳優からすると、『本当に黒子が消えているように見えるのか』『ボールを使わずにバスケの動きを表現すると、どのように見えるのか』という不安があったかもしれません。そんな中、マンガやアニメならではの表現を見事に演劇へ昇華し、あれだけの大人数が動き回る舞台を作り上げた中屋敷の演出力に圧倒されましたね。また、小野賢章さんや安里勇哉さんをはじめとする、作品愛にあふれた俳優たちと一緒に仕事ができたことは、自分にとって一生の誇りであり思い出です。くろステで初めてシリーズものを体験して、経験を積み重ねていくことの面白さや信頼を深めていくことの大切さを、カンパニーはもちろん、お客さんとも共有できた気がしました」と、藤井はくろステシリーズを回想した。

“演劇の父”、“演劇の母”から学んだプロデュース術

大小問わず数々の現場を経験してきた藤井だが、2017年に夭逝した佐貫こしのプロデューサーのもとでBunkamura シアターコクーンの制作助手を務めていたことがある。「僕にとって“演劇の父”が伊藤なら、“演劇の母”は佐貫さんと言えるかもしれません。考え方のスケール感や人間力は伊藤から教わったもので、プロデューサーとしての立ち居振る舞いは佐貫さんの背中から学びました。シアターコクーンクラスのカンパニーをまとめ上げていく佐貫さんの姿を近くで見られたこと、たくさんご飯に連れて行ってもらったこと、そのときに聞かせてもらった話は、どれも大切な財産です」と、在りし日の佐貫プロデューサーに思いをはせた。

一方、「赤鬼」で出会った松田とは、その後もけやき坂46(現在は日向坂46)のメンバーが出演した舞台「マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝」などで現場を共にしている。「いろいろなプロデューサーの方から影響を受けていますが、2.5次元ミュージカルにおいては、やはり松田さんの存在は大きいですね。気になることを率先して細やかにチェックし、原作に寄り添って物事を考える、そういう姿勢が信頼関係につながるのだなと感じました。何より、舞台化のビジョンをあんなに楽しそうに語られたら『任せたい!』って気持ちになるなと思います」と、多くのキャスト・スタッフを魅了する松田のプロデュース術に言及した。

舞台「マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝」ビジュアル(c)マギアレコード/舞台「マギアレコード」製作委員会

舞台「マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝」ビジュアル(c)マギアレコード/舞台「マギアレコード」製作委員会

先達のプロデューサーからの教えを吸収しながら、藤井自身もまた、新たな道を切り拓いていこうとしている。「2.5次元ミュージカルに携わることができて良かったと思うのは、大きな経済を預けてもらえること。これはプロデューサーとして本当に貴重な経験で、大規模な興行の予算や人の動きを学べる機会ってなかなかないんですよね。最初は大変でしたが、だんだん視野が広がって、大きなスケールで物事を考えられるようになりました。またこの視点は、小さい規模で公演を打つときにもすごく役に立っています。自分のように2.5次元ミュージカルを担当しながら、70席から80席規模の小劇場で公演をやる人ってあまりいないと思うんですが……(笑)。あらゆる現場を経験させてもらったり、新しいことに挑戦させてもらえるのは、ゴーチ・ブラザーズという土台があるおかげです」と謝辞を述べた。

「人間って面白い!」とダイレクトに感じられる仕事

藤井が制作を務める「ワールドトリガー the Stage」のビジュアル。(c)葦原大介/集英社 (c)『ワールドトリガー the Stage』製作委員会

藤井が制作を務める「ワールドトリガー the Stage」のビジュアル。(c)葦原大介/集英社 (c)『ワールドトリガー the Stage』製作委員会

第一線で活躍するプロデューサーから学ぶことが多い一方で、同世代との出会いも、藤井にとって良い刺激になっている。「同年代の制作やプロデューサーはもちろん、それ以外のスタッフや俳優にも同年代の方が多くて。僕たちは今、先輩たちが何十年も時間をかけて試行錯誤してきたことを教えてもらっている立場にいるので、そのぶん早く成長して、新しいことに挑戦して進化していかなきゃと思うんですよね。例えば、先輩の経験があったおかげで、通常は10年かかることを僕たちの世代が5年で成し遂げたとします。じゃあ、その余った5年を使って、自分たちは下の世代に何を残せるか。どうやってバトンをつないでいけるか。そういうことを考えるのが大切だと思っていて。演劇内外を問わず、さまざまなことをクロスオーバーさせながら、同年代のスタッフ・キャストたちと一緒に次のシーンを担っていきたいなと思っています。制作やプロデューサーって大変そうなイメージがあるかもしれませんが、この業界には面白くて魅力的な人がたくさんいて、そんな方々と誰よりも多く出会えるのが、制作やプロデューサーという仕事かもしれません。僕も『人間って面白い!』とダイレクトに感じられる喜びを、いつもかみ締めています。これからも自分自身の仕事を通して、『演劇って楽しいよ!』っていうことを伝えていきたいです」と、少年のようなはつらつとした笑顔で答えた。

2021年4月、3度目の緊急事態宣言が発出され、東京都内の劇場が再び扉を閉じた。藤井が携わる舞台「文豪ストレイドッグス DEAD APPLE」も東京公演の自粛を余儀なくされたが、スタッフ・キャストの努力の甲斐あって、千秋楽となる5月5日公演の模様が無観客ライブ配信された。演劇をはじめ、エンタテインメント業界が歩む道は険しいものかもしれない。しかし、藤井ら若きプロデューサーの瞳の奥で燃える炎が、この先の未来を照らすと信じている。

プロフィール

ゴーチ・ブラザーズ所属の演劇プロデューサー。柿喰う客をはじめとするゴーチ・ブラザーズの主催公演から、舞台「黒子のバスケ」、舞台「文豪ストレイドッグス」「ワールドトリガー the Stage」などの2.5次元ミュージカルまで、幅広い作品のプロデューサーを務める。

関連公演・イベント(日程順)

新装紀伊國屋ホールこけら落とし公演 第2弾「『改竄・熱海殺人事件』モンテカルロ・イリュージョン~復讐のアバンチュール~」

2021年6月24日(木)~27日(日)
東京都 紀伊國屋ホール

「ワールドトリガー the Stage」

2021年11~12月
東京都
大阪府

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🐴🌾🍓下山浩一🌗コミュニティアート @kshimoyama

まさに演劇の楽しさ・魅力を伝えるステキなインタビュー。

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