小川郁先生と小森雅仁さん。

イヤフォンとヘッドフォン、どっちが耳に優しい?~難聴にならないために~

音のスペシャリストも目からウロコ!聴覚障害の新事実

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不調を感じたらすぐに病院へ行くべき?

小森 耳の不調を感じたら、やはりすぐに病院行ったほうがいいでしょうか?

小川 比較的短時間でまたもとに戻ってくれる一過性の難聴もあるので、初期の段階では静かな環境で少し休んで、それで症状が改善するのであればそのまま様子を見られて大丈夫だと思います。ただ、静かなところで休んでも耳鳴りがずっと続くような場合には、やはり早めに病院に行ったほうがいいでしょうね。有毛細胞は一旦壊れると再生しません。ステロイドやビタミンが必要とされるかどうかのような二股に分かれるときにいかに早く治療をするか。それによって壊れないで回復するのか、あるいはそのまま壊れて耳鳴りが後遺症として残ってしまうかの分かれ道になるので、もし症状がなかなか改善しない場合には、なるべく早く治療を開始したほうがいいと思いますね。

小森 耳に違和感を覚える患者さんが来たときに、壊れるか壊れないかの境目にある有毛細胞に対してどのような治療を行うんでしょうか?

小川 有毛細胞が壊れるのを完全に防ぐ薬は残念ながら今のところありません。今最も使われている薬は、副腎皮質ホルモン、いわゆるステロイドという薬です。このステロイドは、壊れかけた細胞を保護して、その間に細胞が自分の力で回復していくのを助けてあげる薬ですので、炎症を抑える役目と細胞を保護する役目から、突発性難聴をはじめとする急性の難聴の治療に最もよく使われています。しかしながら早く治療したら完全に治るかと言うとそうも言えません。例えば突発性難聴の場合には早期治療を始めたとしても完治率はだいたい40%くらいです。10~20%は治療をしても症状はまったく改善しない。残りの半分くらいは、改善するけれども元通りまではいかない。そういう意味では非常に直しにくい病気の1つですので、やはりなるべく早く対処することが重要だと思いますね。

小川郁先生

小川郁先生

小森 アーティストの方で突発性難聴になってしまうケースも多いですしね。なるべく早くというのは、どのくらいが目安になりますか?

小川 障害の程度にもよりますが、一般的に言われているのは1週間以内です。遅くても2週間、それより遅くなったら完治するのは難しいだろうと言われています。

小森 一度難聴になったらなかなか完治しないことを知っている方も多いと思うので、耳の不調を感じるとすごく怖いと思うんです。ちょっとパニックになってしまうというか。例えば発症したのが土日だったら救急病院に行ったほうがいいんでしょうか?

小川 症状を説明して、受け入れてくれるようなところがあれば早く行って治療を受けたほうがいいと思いますね。

耳鳴りの種類である程度原因がわかる

小森 実際に病院にかかった際、耳の聞こえづらさってすごく主観的な感覚なので、診察してくれる医師への伝え方が難しいと思うのですが、コツみたいなものはありますか? 僕はエンジニアなので、自分でオシレーターを使って「もしかしたら今日は右耳の10kHzがちょっと聞こえにくいかも」といった判断をできますが、一般の方はそういうわけにもいかないでしょうし。

小川 最近はスマホでもある程度ラフな聴力検査ができますけれども、聞こえの状態を自分で判断するのは、おっしゃるようになかなか難しいんですよ。例えば高い周波数が聞こえにくくなったとしても、4kHzよりも低い周波数が正常に働いていると、一般的な会話の聞こえ方にはあまり影響がありません。そういうときには、聞こえない症状よりも耳鳴りのほうが指標になりやすい。一般的に耳鳴りというのは難聴になった周波数と裏腹の現象なんですね。

小森 聞こえにくくなっている帯域が耳鳴りとして鳴っていると。

小川 そうです。高い音が聞こえなくなると「キーン」という高い周波数の耳鳴りを感じ、逆に低い音が聞こえなくなると「ゴー」とか「ザー」といった低い耳鳴りを感じます。それが診断にあたったドクターにとっては、その方が今どういう耳の状態なのかを考える大きなポイントになります。リンパ液の代謝が悪くなって起こる難聴は、どちらかと言うと低い音が悪くなります。それに対して大きな音を聴いて物理的に有毛細胞に負担がかかった場合には高い周波数が悪くなる。それで難聴の原因がどちらにあるのかある程度の判断はできるかなと思いますね。

小森 もちろんケースバイケースだと思いますけど、大きい音を聴きすぎたことが原因による場合は高域が聞こえなくなることが多くて、不摂生やストレスが原因の場合は低域が聞こえなくなることが多いと。もし耳鳴りを感じていたら、「キーン」なのか「ゴー」なのか、できる限り伝えたほうがいいですね。

小森雅仁さん。

小森雅仁さん。

小川 あとは耳が詰まったり塞がったりする感じ、あるいは耳に圧力がかかるような感じも、どちらかと言うと低い周波数が障害されると起きやすいので、そのあたりも正確に伝えていただくとわかりやすいと思いますね。

小森 僕が初めてオトクリニックさんにかかったときに、聴力検査がすごく精密で、ほかの病院で診てもらえなかった帯域まで計測してもらえてすごくびっくりしたんです。例えば「今日は左耳の12kHzがちょっと聞こえづらいかも」くらいの違和感で病院に行っても4kHzまでしかチェックしてもらえなくて、「いやむしろ普通の人より聞こえていますよ」と言われて帰されてしまったことがありまして。特に音楽制作者の場合、繊細な判断を求められるので、やはり聞こえ方にシビアな人が多いんです。そういう読者の方が自分の生活圏内の耳鼻科でオトクリニック東京さんのように繊細な部分まで診てくれる病院を探すコツはあるんでしょうか?

小川 一般的に行われている聴力検査は、高い周波数でも8kHzまでなんです。8kHzまでが聴力レベルとして正確に測定できる範囲で、それ以上測ろうと思ったら、それなりの施設が必要になるので。うちは難聴に特化しているクリニックなので防音室なども標準的な耳鼻科よりはしっかりしたものがありますけれども、一般的なクリニックではどうしても難しいので、しっかりと診てもらいたい場合は大学病院みたいなところに行かれるのがよろしいかなと思いますね。

うつ病やアルツハイマーのリスク

小森 僕はオトクリニック東京さんの待合室に置いてあったハンドブックを読んで知ったんですが、難聴になると、うつやアルツハイマーのリスクが高まるというのは本当なんでしょうか?

小川 本当といえば本当なんですが、ただ医学的、科学的なエビデンスがあるかと言うと、まだちょっとクエスチョンマークが付くかなというところでして。例えば認知症の危険因子にはいろいろなものがありますけれども、世界アルツハイマー協会が4年に一度発表している研究結果によると、難聴が一番認知症のリスクとして影響が大きいと言われています。なぜ難聴の影響が一番大きいかと言うと、まず1つは大脳辺縁系という認知症に関わる脳の部分と、耳の非常に細かい神経や血管の組織が似ている。つまり同じような原因でダメージを受けやすいという共通原因仮説があります。

小森 まだ仮説だけど、そういうことが言われていると。

小川 あとは難聴になると単純にコミュニケーションがなくなりますね。我々は会話をすることによって頭の中でいろいろなことを考えます。なおかつ会話というのは常に“楽しい”とか“悲しい”といった情動の反応があり、脳の機能の活性化につながっているわけです。ただ難聴の人が本当に認知症になりやすいかと言うと、そこはまた少し複雑で。結局会話が少なくなるかどうかは、その方の住んでいるコミュニティや人間関係がどうなっているか。1人暮らしのご高齢者なのか、ご家族と一緒に住んでいるのかなど、いろんな要素が関わってくるので、一概に難聴になったから認知症になりやすいと断言はできません。そこがクエスチョンマークが付くところ。

小森 確かにそうですね。

小川 じゃあ難聴になったら補聴器を付けて会話をしやすくするのがいいだろうとなるけれども、補聴器を付けるだけで認知症が予防できるかと言うと、当然そうとも言えない。やはり付けることによってしっかりと脳の活性化が起きるような会話の機会が生まれないと意味がありませんので。そういうことも含めて考える必要がありますから、「これだけをやれば認知症が予防できる」と断言するのは難しいということですね。

なぜ聴覚障害に対する特効薬が生まれないのか

小森 いろいろお話を伺っていて、とにかく難聴にならないように気を付けるのが一番だと思いました。

小川 残念ながら、難聴は本当にならないように気を付けていただくしかないので。私は医者になってもう40数年になりますけど、難聴、耳鳴りといった聴覚障害に対する画期的な薬は1つも出ていないんですよ。

小森 えっ、1つも? 世界中の医学界全体でですか?

小川 医学界全体で1つも出てない。なぜかと言うと、内耳が非常に微細な器官で、体の中で一番硬い骨に守られている。防御が硬いので、そこを攻めるのも難しい。治療するときに中の細胞がどうなっているかを知りたくても、そう簡単には見えないんですね。例えば目の場合には眼底鏡を使えば眼底の網膜は見えますが、耳の場合はまず鼓膜があって、鼓膜の奥に中耳があって、その奥に内耳という一番硬い骨で守られている器官がある。外からいくらがんばっても見えないわけですね。

小森 観察が難しいので、研究も難しいと。

小川 突発性難聴になったときに何が起きているかを検査するために、例えばがんのように細胞を取って検査をすることが耳ではできません。

小森 もしそれを無理やりやろうとすると?

小川 細胞を取って検査をすると聴覚を失うことになってしまいます。現実的にはそういう検査ができないので、耳の中でいったい何が起きているかは今まで動物実験での知見でしかわかりませんでした。ただ最近、山中伸弥先生のiPS細胞を使った研究が進んでいます。iPS細胞というのは患者さんの血液を取って、その血液の細胞からiPS細胞というものを作ると、このiPS細胞はどんな組織にも分化できる万能な細胞なんですね。ですから、患者さんの血液からiPS細胞を作って、そのiPS細胞から内耳の有毛細胞を試験管の中に作ることができます。

小森 それはもうすでにできるんですか?

小川 それはできます。そうすると有毛細胞の中でいったい何が起きているかを、顕微鏡で見ることができる。患者さんから内耳の組織を取ることはできないけれども、バーチャル生研と言って、あたかも細胞を取って検査したのと同じようなことを、iPS細胞を使うことによって再現することができると。

小森 それで有毛細胞を再現できるようになったら、新しい治療法が見つかる兆しが見えてきそうですね。

小川 1つのハードルを越えることになって、新薬ができるかもしれない。例えば突発性難聴になった方の血液をいただいて、それから内耳の細胞を作ってその中で何が起こっているか。こういう異常が起こっているんだったら、こういう薬を使ったら正常化するんじゃないかということで、新しい薬を創薬できる可能性があります。もしそれができたら、ノーベル賞間違いなしと言われていますね。

小森 それはすごい。確かに難しいと思いますが、希望の光が見えていることがわかってうれしいです。本日は本当にありがとうございました。

小川郁先生と小森雅仁さん。

小川郁先生と小森雅仁さん。

プロフィール

小川郁

耳の症状に特化したオトクリニック東京の院長。慶應義塾大学名誉教授、公益法人国際耳鼻咽喉科学振興会副理事長も務める。

オトクリニック東京 - 渋谷区千駄ヶ谷の耳鼻咽喉科

小森雅仁

1985年2月生まれ。バーディハウスを経てフリーランスのエンジニアに。米津玄師、Official髭男dism、藤井風、Yaffle、cero、小袋成彬、AAAMYYY、Creepy Nuts、浦上想起といったアーティストのレコーディングやミックスを手がける。

Masahito Komori/小森雅仁
小森雅仁 Masahito Komori (@mkmix4) / X

※記事初出時、本文に表記ミスがありました。お詫びして訂正いたします。

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