世界保健機構(WHO)によると、現在世界でおよそ5億人が聴覚障害を抱えており、2050年までに9億人に急増すると推測されている。WHOはさらに、スマホで音楽や動画、ゲームを大音量で楽しむことが、イヤフォン難聴・ヘッドフォン難聴につながると警鐘を鳴らしている。
難聴は誰にとっても起こりうる身近な問題と言える。音楽ナタリーでは、耳の症状に特化した耳鼻咽喉科「オトクリニック東京」の院長で、慶應義塾大学の名誉教授や国際耳鼻咽喉科学振興会の副理事長なども務める小川郁先生へのインタビューを打診。米津玄師やOfficial髭男dism、藤井風といったアーティストの作品に携わり、普段から「オトクリニック東京」で受診しているというサウンドエンジニアの小森雅仁氏にインタビュアーをお願いする形で、小川先生に難聴にならないために気を付けることや、耳の不調を感じた際に取るべき行動などを教えていただいた。
取材
イヤフォンとヘッドフォン、どっちが耳に優しい?
小森雅仁 本日は貴重なお時間をいただきありがとうございます。僕が最初に小川先生に診ていただいたのは、仕事中の事故で一瞬ものすごく大きな音を浴びて耳鳴りがするようになってしまい、オトクリニック東京に駆け込んだのがきっかけでした。幸い今はその症状は収まっているんですが、エンジニアの仕事をしているとやはり不安に思うことも多いです。そのとき小川先生にいろいろ教えていただいたり、その後自分で調べたりもしたんですが、改めて音響外傷や難聴について教えていただけますか?
小川郁 けがをするのと同じように、大きな音が刺激になって耳が壊れてしまうのが音響外傷です。これに対して音響性難聴は大きな音が原因で起こる難聴で、場合によっては耳が壊れるまでは行っていません。小森さんのように一時的に悪くはなるけれども、その後回復してくる場合も含めたものも音響性難聴。ほかにも長時間うるさい音響空間の中で仕事したり生活したりすることが原因で耳が傷付いて起こる騒音性難聴、原因がよくわかっていない突発性難聴もあります。同じ大きな音による難聴でも呼び名が違っているんですね。
小森 音楽リスナーやアーティストの間でも問題になっているイヤフォン難聴やヘッドフォン難聴は、騒音性難聴の一種という認識で合っていますか?
小川 騒音性難聴のように、何年にもわたってずっと音にさらされて起こるような難聴とは若干違って、どちらかと言うと音響性難聴の1つと考えていただければいいと思います。
小森 昔からイヤフォンはヘッドフォンより鼓膜に近い位置で音が鳴るから耳に負担がかかると言われていますが、それは実際間違いないのでしょうか?
小川 イヤフォンとヘッドフォン、どちらが原因で難聴になるかはあまり本質的な問題ではなくて、結局どれだけの音圧が耳に負荷されるかなので、イヤフォンがヘッドフォンよりも鼓膜に近いからというような理由ではないですね。
小森 そうなんですね。仮に鼓膜に届く音量が同じ場合でもイヤフォンとスピーカーで耳に対する負担が違うのかどうかずっと気になっていたんですが、それは同じということでしょうか?
小川 同じです。例えばイヤフォンの場合、地下鉄に乗りながら皆さん音楽を聴いたりしますね。そうすると地下鉄の騒音も一緒に聞こえるので、どうしても音量を上げてしまう。それに対してヘッドフォンはイヤフォンと比べると遮音効果が高いですから、そこまでボリュームを上げなくて済む。そういう意味で言うと、イヤフォンの方が音圧を上げやすくなってしまうリスクはあると思います。
ノイズキャンセリング機能は難聴予防になる?
小森 最近のイヤフォンはノイズキャンセリングの性能が向上しているので、地下鉄で音楽を聴く場合でもそこまで音量を上げないで済みますよね。
小川 ノイズキャンセリング機能はヘッドフォンの密閉した空間と類似しているので、同じイヤフォンでもノイズキャンセリング機能が付いているほうが難聴に対する安全性は高いと言えますね。
小森 イヤフォンやヘッドフォンで音楽を楽しむ場合──もしかしたらそれに限らないかもしれませんが、大きい音量で長時間聴きすぎないこと以外に注意したほうがいいことはありますか?
小川 基本的に難聴は物理的な刺激によって起こる障害なので、「音圧」×「聴いている時間の長さ」。ある一定の音圧までであれば長時間聴いても耳に対する負担は少なく、具体的には85dBが1つの指標と言われています。デシベルと言ってもなかなかわかりにくいと思いますが、「比較的大きな音を長時間聴けばそれだけ耳に負担がかかる」と単純に考えていただいてかまいません。
小森 今はスマホで音楽を聴いているときに、一定の音量を超えた場合にアラートが出る設定にできるので、そういうのも使いながら対処するのがよさそうですね。
小川 フランスなどのように、国によってはもともとデバイスに音圧のリミットをかけているところもあります。販売される時点で、ある一定以上の音圧は出ない設定になっているんですね。
小森 イヤフォンや再生機器がそういう仕様なんですね。
難聴にならないために
小森 僕が小川先生に診ていただいたときに、エンジニアの仕事を続けるうえで注意すべきことをいろいろアドバイスしていただきましたが、それについて改めて伺いたくて。そのとき教えていただいたのが運動すること、汗をかくこと、水をたくさん飲むこと、ちゃんと寝ることだったんですが、やはり代謝を上げたり血行をよくしたりするために運動が重要ということでしょうか?
小川 そこについては2つ原因と結果を考えないといけません。まず1つは、一般的に音響性難聴とか騒音性難聴で痛むのは、内耳(※耳の一番奥にある器官)にある有毛細胞という部分になります。この有毛細胞の頭に感覚毛と呼ばれる毛が生えていて、この毛が音の振動によって揺れることで音を感じる、言わばセンサーの役割を果たしているわけですね。あくまで物理的に動いているので、ある一定以上の音圧が入ると、この毛が抜けたり折れたりして、壊れてしまいます。これが強大音によって起こる音響外傷や音響性難聴です。
小森 はい。
小川 もう1つは、有毛細胞の周りに有毛細胞を守っているリンパ液という液があるんですね。リンパ液の中で有毛細胞が音の振動で揺れて音を感じるんですが、このリンパ液の代謝が悪くなると、やはり難聴になってしまうと。
小森 有毛細胞は空気に触れているのではなくて、リンパ液に触れているんですか?
小川 そうです。音の刺激によってリンパ液に波動が伝わり、それによって毛が揺れることで音を感じます。有毛細胞を守っているこのリンパ液は、有毛細胞が音のエネルギーを感じるときのバッテリーのような役目もあります。(置いてあるICレコーダーを指さして)例えばこういう音を拾う電子機器にしても、バッテリーがあって動いていますよね。それと同じように有毛細胞もリンパ液がないと音を感じることができません。
小森 リンパ液は非常に大切な役割を果たしているんですね。
小川 非常にストレスフルな生活をしていたり、運動不足で不摂生な生活を送っていたりすると、このリンパ液の代謝が悪くなり、有毛細胞の働きも悪くなってしまう。つまりバッテリーが落ちて働かなくなってしまう。このリンパ液の代謝をよくするために運動をして汗をかいたり水分補給をしたり、あるいは睡眠が大事というお話をさせていただいたわけです。
小森 そういうことだったんですね。
小川 ですので非常に大きな音を聴いたときの難聴には、2種類の異なる機序があると考えていただければと思います。小森さんのように微細な音のお仕事をしている方はやはり音に対して非常に敏感に反応すると思いますが、それがストレスになっていたり、あるいはデスクワークが多いお仕事内容だったりするとリンパ液の代謝が悪くなり聞こえ方も悪くなりますよ、ということですね。
入浴、睡眠が大切な理由
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