さまざまなアーティストに創作の喜びや苦悩、秘訣などを語ってもらいつつ、音楽活動を支える経済面に対する意識についても聞く日本音楽著作権協会(JASRAC)との共同企画「音楽と生きる、音楽で生きる」。番外編となる今回は、2016年に「PPAP(ペンパイナッポーアッポーペン)」が世界中で大ヒットしたピコ太郎と、そのプロデューサーである古坂大魔王のまさかの“共演”が実現した。木更津の公園での出会いから「PPAP」の制作秘話、その後の海外セレブたちとの仰天エピソード、そして現在展開中のプロジェクト「Tottemo Release 80.8」まで、多岐にわたる濃密なトークを楽しんでほしい。
取材・文 / 張江浩司撮影 / 大槻志穂
プロフィール
ピコ太郎(ピコタロウ)

千葉県出身のシンガーソングライター。2016年にYouTubeにアップした「PPAP(ペンパイナッポーアッポーペン)」の動画がジャスティン・ビーバーのX(当時はTwitter)をはじめ、CNNやBBCなどのメディアに取り上げられ、世界中で大ブレイクを起こす。2025年8月、「PPAP」誕生10周年に向けたプロジェクト「Tottemo Release 80.8」(トッテモ・リリース・ハチジュッテンハチ)を始動。2026年7月まで毎月楽曲を配信しており、その総リリース曲は80.8曲となる予定。
古坂大魔王(コサカダイマオウ)

1973年7月17日生まれ、青森県出身。1992年お笑い芸人「底ぬけAIR-LINE」としてデビュー。ピコ太郎プロデューサー。現在は、バラエティ番組をはじめ、コメンテーターとして情報番組への出演、世界のトップランナーと音楽、エンタテインメント等についてトークセッションを行うなど、幅広い分野で活躍中。
出会いは木更津で
──まずは、お二人が音楽を始めたきっかけを教えてください。
ピコ太郎 音楽をやったらモテるかなって。佐野元春さん、玉置浩二さん、永ちゃん(矢沢永吉)、皆さんモテますよね。でも、私は歌えば歌うほどモテなくなるんですピ。どうやらモテるような音楽じゃなかったみたいですピコ。
古坂大魔王 僕は自分の出囃子を自分で作りたかったんですよね。プロレスファンなので、アントニオ猪木や藤波辰爾の入場曲みたいなものが自分にも欲しくて。高校生のときにはラジカセを2台使って、猪木のテーマに合わせてバスドラをダビングしたりしてました。東京に出てきた頃に、The Prodigyの「Music for the Jilted Generation」を聴いて「なんだこれは!?」と衝撃を受けて。「どうやったらこういう音楽を作れるんだろう」と調べてるうちに、のちにNO BOTTOM!というテクノユニットを一緒にやる高見(眞介)くんと知り合って、機材をそろえてもらったんです。彼は今やRolandの偉い人になってますけど。「ボキャブラ」ブームでポンとお金が入ってきた時期だったから、700万円でパソコンからオーディオインターフェース、マイク、スピーカーと一式用意して。Wavesというプラグインソフトだけで当時200万円くらいしました。今はスマホが1台あれば全部できちゃう(笑)。
ピコ太郎 私はお金もなかったので、YAMAHAのQYという打ち込みの機械だけでやってましたピ。楽器はできないけど、これなら演奏できるなと思ってピコピコと。ちょうど私の本名もピコ太郎ですからね。5人兄弟で上からパコ太郎、ピコ太郎、プコ太郎、ペコ太郎、末っ子が芳雄ですピ。
古坂 ピコ太郎さんは木更津近辺の公園で1人きりで壁に向かってライブしてましたよね。QYの打ち込み音が壁に反射して、ナチュラルなディレイになってた(笑)。思わず「こっち向いたほうがいいよ」と声かけちゃいました。
ピコ太郎 「私と身長がイーブンの人だな」というのが古坂さんの第一印象でしたピコ。
ピコ太郎の初ライブは
ピコ太郎 その後、古坂さんのライブに呼んでもらいましたけど、なんでだったんですか?
古坂 当時、NO BOTTOM!で全国を回っていたんだけど、だいたいどの街のライブハウスにも古くからやってる“ロックおじさん”がいるんですよ。リハで若いバンドマンに「もっとこうしろ」とか言ってるおじさんが(笑)。千葉で対バンしたロックおじさんはギター1本で出てきて、弾き語りかなと思ったら打ち込みのトラックをバックに歌い出したんです。ジャカジャーンとギターをかき鳴らして「ファッ●ユー!」とか歌ってるのに、バックはピコピコ。それがおかしくて、どこかにこういうミュージシャンいないかなと思っていたら、木更津の公園にいたという(笑)。そこで、ピコ太郎さんに僕の単独ライブのオープニングアクトとして出演のオファーをしました。
ピコ太郎 5000円くれるというので。ちゃんと人前でライブをやったのはあれが初めてでしたピ。ただ、お笑いのお客さんばかりだったのでノリが合いませんでしたピ。皆さん笑いに来てるので。私はリズムにノってほしいんですけど。
古坂 だったらもっと長い曲をやれっていう話だよね。
ピコ太郎 「これ以上続けるとお客が踊っちゃう」と言って曲を短くするのは古坂さんですピ。普段はキックやベースの音にこだわって、2小節のループを作るのに1カ月かけることもあるのに、ライブでは全然ループさせない。
古坂 やっぱり、まず「ウケたい」から。踊ってる人間は酔っ払ってるようなもので、言葉に散漫になるからウケなくなっちゃう。
ピコ太郎 でも、踊れるような音像にはしたいんですよね? 天邪鬼ですぴ。私は素直にダンスミュージックをやればいいのにと思ってますピコ。DJスネークみたいになりたいので。
古坂 笑いを取るといっても、いろんな方法があるのよ。ギャグもあればストーリーで笑わせるのもある中で、「驚愕の笑い」もあると思う。僕はカッコよすぎる音楽を聴くと笑っちゃうんだよね。The Prodigyも笑っちゃうし、Limp Bizkitも「なんだこれ!?」と思って笑わざるを得ない。この感覚と日本のお笑いを混ぜることはできないかなと。ザ・ドリフターズやビジーフォーみたいな、音楽を使って笑わせるコミックバンドはいたけど、音楽自体の中にお笑いを取り込むような感じを目指したくて。
「PPAP」誕生から公開まで
──お笑いと音楽の試行錯誤を繰り返してきたんですね。
古坂 目の前のお客さんを笑わせたいし、今ならミュージックビデオでも笑わせたい。僕もミシェル・ゴンドリーが撮ったThe Chemical BrothersのMVで大爆笑したので。芸術でもあり面白いということをやるには、世界的にも最先端をやらないといけないですよね。底ぬけAIR-LINEのときに「テクノ体操」というネタをやってたんですけど、舞台には必ずサウンドシステムを持ち込んで爆音でやってました。そうすれば驚いてくれるし、笑ってくれる。小さいスピーカーだと伝わらないんです。音楽ネタは音質とか音圧がちゃんとしてないと笑えない。日本のお笑いは音楽ネタを軽視する風潮がありますけど、音そのものをちゃんと再生できてないことが多いと思うんですよ。それじゃあ、ツッコミが下手な漫才みたいなもんです。
ピコ太郎 「PPAP」は「テクノ体操」のトラックを元に作ったんですピ。当時の古坂さんの家で。
古坂 そうだったね。
ピコ太郎 歌詞を書こうと思って、ペンを持ってたから「I have a pen」と言ったら古坂さんと構成作家さんにウケましたピ。古坂さんは青森出身だから家にリンゴがあって、そのまま「I have an apple」。それにペンを刺して「アッポーペン」。45秒の曲が45秒でできましたピ。それが10年も聴いてもらえるなんて、こういうのを「コスパがいい」って言うんでしょうね。
古坂 「PPAP」はライブですごくウケたけど、消費されちゃうのが嫌でネットには上げなかった。でも、ライブを観に来たテレビ朝日のプロデューサーに「小学2年生の子供が家でずっと『PPAP』の真似してるんだよ。音源ないの?」と言われて。最初は渋ってたけど、「あれは名曲だから何回聴いてもいいんだよ」と。そこまで言うならやってみよう、せっかくだしMVも撮ろうと思って、自分でスタジオもカメラマンも押さえて、奥さんと弟にも手伝ってもらいながらMVを撮ったのが2015年だったね。
ピコ太郎 ほかの曲と合わせて1日で24曲撮りましたぴ。
古坂 編集も自分でやって、いつ公開しようかなと。2015年末にRADIO FISHの「PERFECT HUMAN」が流行って、2016年にはハリウッドザコシショウが「R-1グランプリ」で優勝して「ハンマーカンマー」がネットをにぎわせ、その後の11月にはトランプさんがアメリカ大統領選で勝って大騒ぎになるけど、その間の8~10月はネットミーム的にポカっと空いてたんです。僕は売れてなくてテレビに出られない時期が長くて、ネットの仕事を多くさせてもらっていた。ニコ動の初期から番組の司会をしてましたし、Ustreamの生中継番組もやりました。マネージャーには「ネットのたけしさんになるわ」なんて話してましたね。でも、本当に発信したいことをやるにはインフラが整ってなかった。機が熟したのが2016年だったんです。ウケるためにいろいろ考えて、みんなスマホで観るはずだから、それに特化したほうがいいだろうと。スマホで観る場合、作り込んだ背景は邪魔なんですよね。なので白バックにしました。
ピコ太郎 当時、テイラー・スウィフトも白バックでMVを撮ってたんですピ。そんな中、ミクチャ(MIXCHANNEL)の「双子ダンス」という流行もあってか「PPAP」をみんなが踊ってくれたんです。そこが発火点になったというか。古坂さんは戦略があったように言いますけど、全部嘘ですピ。偶然ですピコ。
古坂 「PPAP」のMVを公開したときにはLiSAやSilent Sirenのみんなに連絡して協力してもらったりもしたから、僕のそれまでの知識やコネクションを全部使ったのは間違いないけど、こんなことになるとは思ってなかった(笑)。
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「PPAP」バズ後の嘘みたいな世界











