ジャパニーズMCバトル:PAST<FUTURE hosted by KEN THE 390 EPISODE.2(後編) [バックナンバー]
「ルール」や「システム」を模索してきた漢 a.k.a. GAMI
ブラッシュアップを重ね、変化し続けるMCバトル
2023年10月20日 20:00 16
「フリースタイルダンジョン」初代モンスターが感じたシーンの変化
──漢さんは2000年代後半からほぼバトルには出ていませんでしたが、2015年の放送開始から「フリースタイルダンジョン」に初代モンスターとして登場しました。
KEN モンスターとして参加されたときはどう感じましたか?
漢 「あれ、逆上がりってできなくなるの?」という感じだった。プレイヤーとしてバトルに出るのはひさびさだったけど、頭の中では「全然いけるでしょ」と思ってたのに、実際はできねえんだなって、最初はちょっと苦戦したよね。対戦相手に関しても、俺がプレイヤーとしてステージに立ってたUMBの初期みたいに、出てくるラッパーのほとんどを知ってる時代とは違って、対戦相手のことをほとんど知らなくなってる。しかもそんな無名の小僧に、「このデブ! くそじじい!」みたいに言われたときは、本当にびっくりしたし、もうルールが全然違うんだな、スポーツなんだなと感じたよね、それはよくも悪くも。
KEN バトルに対する意識が以前と変わったことで、ラップの内容も変わっていってるのは、すごく感じますね。だから、漢さんの試合で全コンプラになって結局放送されなかった試合とかありましたもんね。あれは相手方が踏み越えちゃってたんだけど。
漢 相手が無茶苦茶言うから、こっちもそれに乗って言い返したら全カット(笑)。
KEN コンプラが多すぎて文脈がまったく把握できないという(笑)。
漢 そういう部分も含めて「すごいこと言うね、君」と感じることが多いけど、だからってそこに怒りや反発するような感情は、なかなか湧かないんだよね。だからこそ「何をラップするべきか、返すべきか」ということに本当に困った。「リアルに特化して、それを厳しく考えてたはずの自分は、この状況でどういう言葉を出すべきなのか」ということに答えが出なかったし、踏ん切りがなかなかつかなくて。それはラップやライフスタイルにストイックに向き合ってる、ラスボスの般若でもそうだと思う。
──「何を言うか」「どう返すか」は、キャリアを重ねたラッパーほど難しくなるかもしれないですね。
漢 輪入道や晋平太のような対戦相手とのバトルだと言うことは生まれるんだけど、基本的にはパワープレイが増えていくし、あんまり勝っても気持ちよくはなかった。「よっしゃ! 勝った!」じゃなくて「うん、負けなかったな」くらいなんだよね。だから映像も最近は全然観直してないし、映像を観直すのはホントに罰ゲームみたいな気持ちだよ(笑)。特に「ダンジョン」以降は「今日はちゃんと着陸できたから、ちょっと観てみようかな」ぐらいで、積極的には観ないね。
KEN 漢さんがモンスターにいるかどうかで、「ダンジョン」自体の説得力、シーンからの視線が変わったと思うんですよね。漢さんの参加が「これはガチなんだな」という担保につながったというか。
漢 それによってチャレンジャーとして出てくれた人も少なくなかったと聞いてる。俺がモンスターにいることが、なにがしかの理由になればなと思っていたし、BBPに対するUMBがそうだったように、少しでも「本物」──という言い方は難しいけど──のやつが出られればなという目論見が叶ったならうれしいよね。
「高校生RAP選手権」がシーンに与えた影響
KEN テレビでバトルが放送されるということで、状況は大きく変わったと思うんですけど、それは漢さんにはどう見えてましたか?
漢 メディアが与えた影響力は、「ダンジョン」よりも「BAZOOKA!!! 高校生RAP選手権」のほうが大きかったんじゃないかな。「高校生RAP選手権」は「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」の「ダンス甲子園」と同じ現象だったと思うんだ。
KEN そこで裾野が広がったし、リスナーやプレイヤーの年齢も下がりましたよね。言うても「高校生RAP選手権」までは、全体的な年齢が上がってたと思うんですけど、あそこでグッと下がった。
漢 そうだね。今や俺らと同世代の父親がもともとラップをしてて、その息子もラップやってるなんて珍しくないし、その意味でも“文化”になったんだと思う。しかも音楽は「売り物にする」というマネタイズの意味でも、ダンスよりもビジネスになりやすいから、USとは桁が違うとはいえ、俺らがガキの頃に思ってた「ラップで若いラッパーが食えるようになる」という状況が、「高校生RAP選手権」が流行った以降で生まれたと思うんだ。
KEN 確かに、若い子がラップで金を稼ぐのは普通になりましたね。
漢 それによって把握できないくらいラッパーも増えたし、技術の向上スピードもとにかく上がっている。一方そこで個性をどう出すかということが難しくなってる気がするね。「始めて半年でこんなラップができるのか」というやつもザラにいるし、オートチューンやDTMの発達も含めて、技術や音楽性の平均値が上がったぶん、人間力とかその人の個性で勝負する必要が以前よりも強くなって、なかなか目立てなくなってる気がするんだよね。
──リスナーとしても個性を聞き分けることが難しくなっていると思います。その中で個性はどのように出せると思いますか?
漢 その部分が目立ちやすかったのがストリートだったと思うんだよね。学力とかじゃなくて、ストリートでどんな体験をして、そこで悟ったものや見えたもの、人間力がラップに染み出て、それが個性や表現につながっていったと思う。それは世界的な傾向として。ただ一方で、日本の場合はストリート一色ではないし、むしろストリートに関係ない人でもヒップホップを好きになったり、表現してるわけで。
KEN そうですね。
漢 KEN THEはそういうタイプだと思うし、そういう人だって生きてきた中でさまざまな経験をしたり、そこで悟ることがあるはずで。だから「表現の角度が違うだけだな」と、俺は10年ぐらい前から思うようになって。例えばPUNPEEも、俺の世代だと東京中に名前が聞こえるぐらい有名な板橋の不良中学出身だけど、その中でPUNPEEはあのキャラだったわけで、そういうやつだからこそ生まれた個性はあると思うんだよね。
KEN それぞれの個性はちゃんと掘れば出てきますからね。
漢 その意味でKOKはバトルにおいて、もっと個性や個人が見える、オリジナリティが出せる場にしたいと思ってるね。俺はKOKを通してバトルを正しい方向に導きたいという気持ちがある。実際、チャンプたちも結果を残してくれているのも大きいし、これからKOK自体もいろいろ変化していくだろうから、それがいい結果につながればなって。
完全な正解がないからこそ模索する
KEN 今の話のように、漢さんは「ルール」や「システム」を作っていく人だと思うし、そういうチャレンジをしてると思うんですね。そういう人が今のバトルシーンをどう見ているのか、興味があります。
漢 自分の会社(9SARI GROUP)も新体制になって、人を増やしたりアイデア出しの機会も増えてるんだけど、そういった中で変わっていくものだと思っている。やっぱり時代は流れていく以上、同じことをやり続けていったら人を惹きつけるのは絶対無理だと思うから。とはいえ、何かを急激に変えるというよりは、時代に合わせて細かい部分を変えていくことになると思うね。
KEN ブラッシュアップは続くということですね。
漢 後攻が有利という部分があるなら、それをどう平等にするかみたいなルールのところはもちろんある。アプローチとしても、YouTubeのショート動画とかTikTokみたいに、どんどん映像が短くなってるなら、例えばすごく短いバトルをするとか、そういう構成も考えてたり。
KEN 余談ですけど、METEORが20年くらい前に「ひと言MCバトル」というのをやっていましたよね。お互いにひと言しか発しちゃいけないというルールで戦うという。
──ラップである必要がない(笑)。
漢 いや、30年くらい前、俺たちが高校生だった頃にPrimalもそのシステムを考えてた。「とりあえずひと言で面白いことを言うフリースタイルをやろうぜ」って(笑)。
──先見の明がありすぎましたね(笑)。
漢 それは置いといても、UMBが基礎になった小節×ターン制のバトルが定番化したことで、例えば「Red Bull 韻 Da House」のような持ち時間制のバトルは逆に新鮮に感じるし、構成次第では見応えのあるものになるんだなと思った。究極「ラップの技術」という観点だけでジャッジするなら、「5分ずつラップしてください! どうぞ!」でやったほうが、フリースタイルや即興のヤバさが出ると思うんだよね。アメリカとかだとそうでしょ。
KEN むしろアメリカではそっちがスタンダードですよね。
漢 その意味でも本当にいろんな方法論があって、完全な正解がないからこそ、みんなで「どれが正解だろう」と模索してるのがMCバトルだよね。いろんな正解があったほうが健康的だし、同時に「これがカッコいいだろ」というアティチュードの部分は、しっかりそれぞれが形にすればいいんだと思うね。
漢 a.k.a. GAMI(カンエーケーエーガミ)
2000年、新宿発のヒップホップクルー・MS CRU(現MSC)のリーダーとして活動を開始する。2002年に1st EP「帝都崩壊」でデビュー後、多数のアルバムをリリース。ソロラッパーとしても多岐にわたる活動を展開している。2002年、「B-BOY PARK」のフリースタイルバトルで優勝を飾り、2005年にMCバトル大会「ULTIMATE MC BATTLE」を設立。2015年には、自伝にして日本のヒップホップシーンのリアルを描いた著書「ヒップホップ・ドリーム」を刊行したほか、同年、真の日本一を決めるMCバトル大会「KING OF KINGS」を立ち上げた。テレビ朝日で放送されたMCバトル番組「フリースタイルダンジョン」には初代モンスターとしてレギュラー出演。現在YouTubeで配信中の料理番組「漢 Kitchen」ではMCを務めている。
KEN THE 390(ケンザサンキューマル)
ラッパー、音楽レーベル・DREAM BOY主宰。フリースタイルバトルで実績を重ねたのち、2006年、アルバム「プロローグ」にてデビュー。これまでに11枚のオリジナルアルバムを発表している。全国でのライブツアーから、タイ、ベトナム、ペルーなど、海外でのライブも精力的に行う。テレビ朝日で放送されたMCバトル番組「フリースタイルダンジョン」に審査員として出演。その的確な審査コメントが話題を呼んだ。近年は、テレビ番組やCMなどのへ出演、さまざまなアーティストへの楽曲提供、舞台の音楽監督、映像作品でのラップ監修、ボーイズグループのプロデュースなど、活動の幅を広げている。10月28日にはヒップホップフェスティバル「CITY GARDEN 2023」を東京・豊洲PITで開催。
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