ネット発の新ムーブメント・Vtuberの音楽シーンを探る 第4回 [バックナンバー]
アンジョー/un:cはバーチャルとリアルを行き来する
タブー視される“中の人”を公表し、さらにどちらの活動も同時並行で続ける理由とは?
2022年12月9日 21:00 96
2018年5月、“狼男”のアンジョーと“吸血鬼”のコーサカによる2人組Vtuberユニット・
“中の人”であることをカミングアウトするVtuberの中でもアンジョー/un:cがさらに希少な理由は、un:cとしての活動を止めなかったこと。MonsterZ MATEの一員としてコンスタントに動画投稿を続けながら、un:cは「XYZ TOUR」というオムニバスライブへの出演はもちろん、2022年にはワンマンライブと東名阪ツアーを開催しながら新曲もリリースした。Vtuberとしての活動を“新たな人生”として歩む活動者が多い中で、アンジョー/un:cはなぜ2つの道で活動し続けるのか。バーチャルとリアルを行き来する“彼”だからこそ語ることができる経験談をもとに、“Vtuberとして活動する”とはどういうことなのかを浮き彫りにする。
取材・
バーチャルの世界には可能性しかない
2008年1月から動画共有サイトに“歌ってみた”動画を投稿し、歌い手としての活動をスタートさせたun:c。そんな彼は2018年3月に同じくネットシーンを中心に活動していた高坂はしやんとともにVtuber・MonsterZ MATE(以下、MZM)としての活動を開始した。多数の歌い手が登場する「XYZ TOUR」の常連でもあり、自身のソロツアーなどを開催するなど、歌い手としての活動を充実させていたun:cはなぜVtuberとしての道を歩み始めたのか。
「きっかけは相方のはしやん(コーサカ)に誘ってもらったから。はしやんとはずっと前からの友達で、作品を一緒に作ったり、ライブでコラボしたりしていたし、一緒にコラボするときに“はしんく”と呼ばれるくらい、ファンにも定着しているような組み合わせでした。はしやんはいろんなことにアンテナを張っている人だし、Vtuberという文化が芽生え始めてすぐに興味を持ったみたいで、バーチャルのことを全然知らない僕にいろいろと教えてくれたんです。話を聞けば聞くほど『バーチャルの世界には可能性しかないな。面白そう』と思い、Vtuberとしての活動を始めることにしました」
MZMが誕生した2018年は、キズナアイやミライアカリなどいわゆる「Vtuber四天王」がカルチャーの顔としてシーン全体を盛り上げていた。にじさんじ1期生もこのタイミングでデビューしており、カルチャーが過渡期を迎えていた。めまぐるしく新星が生まれる一方、男性Vtuberは圧倒的に少なく、ましてや音楽を主体に活動するVtuberはほとんど存在しなかった。もともとネットシーンで活動していたとはいえ、右も左もわからず、前例となるものもいない中でMZMはどう立ち回っていったのか。
「正直言って、当時僕は何もわかってなかったんですよ(笑)。自分でディグろうにもVtuberに関する情報はあまりまとまっていなかったし、動画を単発で観ていっても温度感がよくわからなかった。なので、僕にとってはコーサカを通して入ってくる情報がすべてでした。何も知らない分野に飛び込むわけですから、もちろん不安はあったんですが、それよりも楽しみのほうが断然大きかった。僕らはやりたいことがハッキリしていたのと、無理はしないようにしようというのを2人で最初から決めていて。『無理をしない』というのは、自分たちらしくないことはやめようという意味です。Vtuberという姿を手にしながら、とにかく自然体でいられる自分たちでいよう、というのは最初から決めていました」
MZMのオフィシャルサイトには「狼男のアンジョーと吸血鬼のコーサカによる音楽ユニット」と掲載されている。しかし、彼らが投稿する動画に狼男や吸血鬼らしいエピソードはほとんど登場しない。un:cが話す「自然体でいられるVtuber」というのは、これまでのMZMの活動を振り返れば一目瞭然だ。彼らが動画にしているのは日常のたわいもない話から展開される雑談や、まるで友達同士で集まったときにやりそうな企画、そのどれしもが動画として成立するほどのエンタメ性を持っている。音楽だけに止まらず、このような日常感あふれる動画からファンになる者も少なくない。
「僕らは狼男と吸血鬼として存在しているけど、必要以上にそれに引っ張られないようにしています。意識するんだけど意識しすぎない、演じてるけど演じてない、みたいな。でもこうやって話をしてみると、un:cである瞬間とアンジョーである瞬間を切り替えるスイッチのようなものは自分の中にあるような気がしますね。これは僕のちょっとした癖でもあって、もともとお芝居をやっていた経験から来ているのかもしれません。役割を与えられたら、それを演じるように体ができているんです」
un:cとしての活動を始める前の彼は、声優を志して専門学校に入学。その後、オーディションを通過して劇団に入団し、歌い手としての活動が本格化するまでは、舞台役者として活動していたという。
「『演じる』というと大袈裟に聞こえるかもしれませんが、それはアンジョーだからじゃなくて、un:cでも同じことなのかな、と。MZMのアンジョーでいるときも、un:cとしているときも。ライブのステージに立つときに入るスイッチがあれば、MZMの現場に行って収録を始める瞬間に入るスイッチもある。僕はイラストを描くのが好きなので、イラストを描くときに入るスイッチもあるんじゃないかな。僕の中で種類の違うスイッチがたくさん存在していて、勝手に切り替わっていて活動している感覚に近いですね」
アンジョーに“前世”はない
2022年1月、Vtuber・琴吹ゆめの“中の人”が声優の飯塚麻結であることが公表され、大きな反響を呼んだ。これが話題となったのは、今でもVtuberの“中の人”がタブー視されているからにほかならない。しかし琴吹ゆめの公表から約4年前の黎明期において、MZMはun:cとはしやんのTwitterアカウントから情報を発信し、そのスタートからあらかじめ“中の人”を公表していた。なぜMZMは自身の正体を公表し、Vtuberを始めたのか。
「会社のプロジェクトとして『Vtuberをやりましょう』となったとき、Vtuberの業界自体が更地のような状態だったことを覚えています。『何をやってもいいよ』という状態。だから中の人のことを自分で公表することはそこまで特殊なことでもないと思っていて。なんでもやっていいのであれば、自分たちが自由にやるための手段の1つとして、“隠さない”という方法もあるんじゃないかと思ったんです。さっきも言ったように不自由にやりたくなかったし、僕はどちらの活動も本気でやるつもりでしたから。アンジョーでの経験はun:cで生きるし、un:cでやってきた経験は全部アンジョーで生きる。双方それがクリアに見えて、ちゃんとステップアップしているところをお客さんに見てもらえたほうがいいのかな、と」
彼らは“中の人”を公表すべきかどうかを「一瞬で決めた」という。プロジェクト立ち上げのタイミングとはいえ、この重大な決断が一瞬でできたというのは、2人の相性や活動方針の一致があったのだろう。
un:cやはしやんのファンはこの発表をどう受け止めたのか。好きなアーティストがVtuberになるという珍しい境遇に立ち会ったファンの心境について、彼はこう語ってくれた。
「歓迎してくれる書き込みが多くありましたが、おそらく歓迎してなかった人もいたと思います。新たな形での活動を『あまり見たくない』と思ってしまった人も絶対いただろうし。『申し訳ないな』と思う反面、新しいことに挑戦したいという気持ちも大きかったです。時が経ってみれば『アンジョーから来ました』とun:cの動画を見てくれる人が出てきて、『un:cから来ました』と言ってアンジョー(MZM)の動画を観てくれる人もいる。去っていく人がいるのは寂しいけど、合わなかったという事実は普通に活動していても起こりえること。また気が向いたら戻ってきてね、みたいなスタンスで長く活動をがんばろうと思います」
界隈ではVtuberとしてデビューする前の活動のことを「前世」と表現する。バーチャルでもリアルでも活動しているアンジョー/un:cにはこの「前世」という表現が当てはまらず、彼自身も「僕には前世という考え方がない」と話してくれた。
「僕が“前世”という考え方をせず、アンジョーもun:cも同時並行でやれているのは、環境が恵まれているからにほかなりません。相方のコーサカは企画力があって、友達も多く、いろんなことを自発的に起こして巻き込んでくれて、MZMとして何か活動した際の動画の投稿や編集を任せられるスタッフさんにも恵まれている。それに比べて、un:cの活動はちょっと特殊ですね。職人的というか(笑)。部屋にこもって0からすべてを作るというのが小さい頃から好きで、un:cとしての活動はその延長線上にある。だからアンジョーとしての活動で満たされることと、un:cとしての活動で満たされることは違う。だからどちらも辞めたくないんですよね。これは意地とかではなく、辞める理由がないんですよ」
アンジョーとun:cは“大人と子供”
un:c(あんく) @ANKUosu
表現家として、ひとりの人間として答えさせて頂きました。ありがとうございます! https://t.co/t4j0u37lV4