東洋化成 西谷俊介氏インタビュー
──さっそくですが、EPの定義について教えていただけますでしょうか?
インターネットで調べると「シングル以上アルバム未満」という定義になっていることが多いですけれども、そもそもEPという言葉は「Extended Playing」の略になります。「Extended」は「拡張する」という意味ですね。レコードにはおおまかにSP盤(Standard Playing)、LP盤(Long Playing)、そしてEP盤(Extended Playing)という3種類があります。まず最初、1920年前後に登場したのがSP盤で、大きさがだいたい25cm(10inch)から、大きいもので35cm(14inch)。回転数が78回転と速いので、片面で4、5分くらいしか収録できません。それから1950年代初頭に塩化ビニールでできたLP盤が登場します。SP盤は素材や回転数、針の問題などがあり、針も盤も消耗するのが早かったのですが、それが塩化ビニールに変わったことで、長時間再生しても溝が摩耗するのを軽減することができるようになりました。そしてLPの回転数は1分間に33 1/3回転。SP盤の78回転と比べると半分以下のスピードになりました。回転数を落とすことで限られたスペースに溝を多く刻むことができ、収録時間を長くしたのがLPなんですね。
──なるほど。
ただLPにはネックがありまして。レコードは回転数が一定なので外側と内側で音を保存できるスペースが変わってくるんです。収録できるスペースが、外側は広く、内側は狭くなります。33回転だと外側と内側の音質が顕著に変わってしまうんですね。内周に行けば行くほど高域の周波数帯がどんどん減り、LPの内側の高域は10kHzでだいたい-2、3dBほど外側に比べて減衰します。この性質を改善するために生まれたのが17cm(7inch)のEP盤になります。33回転でEP盤と呼ばれるものもありますが、基本的には回転数を45回転にすることで、線速度(※1)を上げて保存スペースを拡張する。Extended Playingを直訳すると「拡張されたプレイ」になりますが、どこを拡張するかと言うと33回転のLPの弱点である内周の部分になります。その拡張した部分に、より詳細な情報を刻み込むことができるのです。
※1. うずまき状のレコードの溝を直線に見立てたときに針が進む速度
──Extendedは「SP盤の収録時間を“拡張する”」ことだと思っていたんですが、そうではなくてLPの弱点である内周部の保存スペースを拡張するという意味だったんですね。
そうです。具体的に言いますと、LPの内周部の場合、1秒間に針は約15cm分進みます。一方EPは24cmほどなので、約10cm分拡張できていることになります。17cm 45回転のEP盤ですと収録時間はだいたい4分半から5分くらいで、短い曲であれば2曲入れることも可能です。ただ1曲収録のものがメインだったと思いますので、そういうドーナツ盤のことをシングル盤と呼ぶことが多かったと思います。
──17cm 45回転のレコードのことをEP盤と言い、その中でも1曲しか収録されていないものをシングル盤と呼んだということですね。ドーナツ盤というのは?
センターホールが通常よりも大きい17cm EP盤のことです。チェンジャー方式のジュークボックスにEPを入れるときに、センターホールが小さいとスピンドルにうまくハマらないんですね。そこでセンターホールを大きくしてチェンジャーで交換しやすいものが登場しまして、そういったレコードをドーナツ盤と呼ぶようになりました。ちなみにEP盤に関してはLPサイズの30cm(12inch)のモノもありますが、これは収録時間を伸ばすためではなく、限りある溝にできるだけ音を入れて大きく再生させるための目的で生まれた盤でして、特にクラブのような1曲単位で大音量で音楽をかけることに対しての盤として1960年代に入ってから出てきました。それまでは基本的にはシングルと言いますと17cmのEP盤になりますね。それが1980年代に入ってCDに変わっていきまして、昔は8cmのシングルCDがありましたよね。
──短冊型のCDですね。
あれは12cm CDに比べて収録時間が短くなりますので、17cmのシングル盤のA面とB面のような感じでだいたいメインの曲とカップリング曲、そしてカラオケが入った形だったと思います。12cm CDですと約74分は収録できますので、1曲しか入れないということは少なかったですよね。収録時間が長くなるので、だいたいはLPをそのまま12cm CDに移行する流れだったと思うんですけど、中には12cm CDで収録曲が4、5曲のものもあり、そういうときにEPと使われたのだと思います。CDでは回転数を速めて溝幅を拡張する“Extended”の意味がなくなってしまったので、そのタイミングで定義があいまいになったのではないかと思いますね。
──12cm CDで複数曲入っている作品はミニアルバム、もしくはマキシシングルとも呼ばれていますよね。
そうですね。シングル以上アルバム未満ということで、そういう言い方にもなっているのかなと思います。
──昔からEPという言葉はあったと思うんですが、ここ最近よりいっそう使われるようになった印象があります。Apple Musicが「シングルは1~3曲で各曲が10分未満。EPは1~3曲で少なくとも1曲が10分以上かつ合計30分以下、もしくは4~6曲で合計30分以下」と定義していて、そのあたりの影響もあるのかなと思いました。
デジタル作品でのEPの使われ方はちょっとわからないのですが、そうやってカテゴライズされることで今の方たちはそれが通常だと認識されるのでしょうね。
──西谷さんの個人的な感覚として、レコード以外のものに対してEPという言葉が使われることに対して違和感はありませんか?
いえ、私自身もCDを通してEPという言葉を知って、あとから「もともとはこういう意味だったんだ」とわかったので、納得感のほうが大きかったですね。本来の意味とは違う使われ方ってほかにもあって、ダンスミュージックなどで「グルーヴ感がある」と言いますけれど、グルーヴというのはもともとはレコードの溝のことを言うんですよ。
──へえ。それがどうしてサウンドのノリを表すニュアンスになったんでしょう?
レコードの溝は波模様にカットされていて、その溝をレコード針でトレースすることで再生されます。おそらくですけど、そのうねっている溝に針がきちんとハマって再生されたときに、「このレコードの溝いいね」と言っているところから「グルーヴ感のある音楽」という使われ方をするようになっていったのかなと思いますね。
──本来の言葉と違う使い方として、僕もインタビュー取材をするときについ「テレコを“回します”」と言ってしまうことがあります。ICレコーダーやスマートフォンのボイスメモで録音しますが、カセットテープ時代の名残で。
確かに録音系もそういった言葉は多く残っている気がしますね。「カッティングエッジ」という言葉も私はそうだと思っていまして。
──「最先端」の意味で使われる言葉ですよね。
カッティングしたレコードの最先端は溝の部分になります。一番新しく掘られた溝に入っている音楽が「カッティングエッジな音楽」というふうに新しい音楽として売り出されたのだと思いますね。そうやって言葉の使われ方は時代とともに変化していくのかなと思います。
最後に
冒頭のアンケート結果でも示されたように、現在CDや配信で使われている「EP」は曖昧なニュアンスが含まれます。しかしEPという言葉の本来の意味を踏まえても、「シングル以上アルバム未満」という認識で間違いはありません。それはつまり、8cm CDよりも収録曲数が増えた「マキシシングル」と同義と捉えていいでしょう。1990年代後半に登場し、2000年代に盛況を呈した「マキシシングル」ですが、2010年代に入って8cm CDで新曲が発売されることが激減し、さらにはCDを必要としないストリーミング時代に突入したことで今ではほとんど耳にすることがなくなりました。
一方「EP」と「ミニアルバム」の違いですが、あるレーベルスタッフの方が「EPのほうがカッコよくて、ミニアルバムだと古臭い感じがする」と言っていたのが印象的でした。若い世代にとっては、自分が生まれる前に使われていた「EP」という言葉のほうが一周回って新鮮に映るようです。CD全盛時代には「マキシシングル」と「ミニアルバム」は曲数やコンセプトの有無、パッケージデザインなどの点である程度棲み分けができていたと思いますが、現在では「ミニアルバム」も「EP」に置き換えられるケースが増えてきました。もちろん「ミニアルバム」が使われることも依然としてあり、業界関係者の間でもそれぞれ認識が異なるというのが実情のようです。
ちなみに本日は「RECORD STORE DAY JAPAN 2022」の開催日。その名の通り、レコードストアの発する文化を祝い、フィジカルメディアを手にする喜びや音楽を手にする楽しさを共有する祭典です(参照:レコードの祭典「RSD JAPAN」第1弾にDJ OZMA、KAN、ニューエスト、勝新太郎、パ音など82タイトル)。西谷さんはレコードの魅力について「針と溝の摩擦によって生み出される音を体感するのがレコードの楽しみです。その喜びは年齢に関係なく皆さん感じ取れるものだと思います」と語っています。ぜひこの機会にレコードも手に取ってみてはいかがでしょうか。
彩雨|摩天楼オペラ @opera_ayame
グルーヴの話は知らなかった!
CDや配信作品で使われる「EP」ってなに? https://t.co/unUlFh6lI0