大林宣彦が82歳で死去、長年にわたり平和への願い伝える

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大林宣彦が肺がんのため、4月10日19時23分に東京・世田谷区の自宅で死去した。82歳だった。

大林宣彦

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葬儀と告別式は家族葬を執り行い、後日、お別れの会を予定。喪主は妻で映画プロデューサーの大林恭子が務める。2016年8月に肺がんと診断され、余命の宣告を受けていた大林。転移を繰り返すがんと闘いながら、自らの命を削って完成させた最新作「海辺の映画館―キネマの玉手箱」は当初、命日となった4月10日の封切りを予定していたが、新型コロナウイルスの影響により公開延期が発表されていた。

1938年、広島・尾道市で生まれた大林は、3歳のときに自宅の納戸で見つけた活動写真機と戯れるうちに映画作りをスタート。テレビCM草創期にはチャールズ・ブロンソンの「マンダム」をはじめ、カトリーヌ・ドヌーヴなど多くの外国人スターを起用し、3000本を超えるCMを制作した。

1977年に「HOUSE ハウス」で商業映画デビュー。「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」は“尾道三部作”と称され、世代を超えて親しまれている。なお、この3作品は今年3月1日に第4回尾道映画祭で上映される予定だったが、新型コロナウイルスの影響で開催が中止となった。

2010年代には“大林的戦争三部作”となる「この空の花 長岡花火物語」「野のなななのか」「花筐/HANAGATAMI」を発表。「花筐/HANAGATAMI」は第72回毎日映画コンクール日本映画大賞、第33回高崎映画祭特別大賞など数多くの賞を受賞し、第91回キネマ旬報ベスト・テンでは監督賞に輝いた。また大林個人では2004年春に紫綬褒章、2009年秋に旭日小綬章を受章。2019年には文化功労者に選ばれた。

自身の戦争体験から、常に平和へのメッセージを伝えてきた大林。2018年3月17日に東京・ポレポレ東中野で行われた特集上映「大林的戦争三部作」の舞台挨拶に登壇した際には、「あなたたちの時代はあなたたちが守り、作らなければならない。戦争という馬鹿なことを起こさないようにする、それが生きてる人間の責任です。そのことを映画は楽しくエンタテインメントとして味わわせてくれる。そこに映画というものの偉大なる力があると思います」と次世代の観客に向けて語りかけた。そして、2019年11月1日に東京・TOHOシネマズ 六本木ヒルズで開催された第32回東京国際映画祭での「海辺の映画館―キネマの玉手箱」舞台挨拶では、「あと2000年、3000年は生きて作ろうと思っています」と力強くコメントしていた。

なお「海辺の映画館―キネマの玉手箱」は近日公開を予定している。

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