振付家の橋本ロマンスと、アーティストのサエボーグが初タッグを組む。劇場の中と外、現実とフィクションなど多様なボーダーを超え、身体を空間ごとダイナミックに振り付ける橋本と、“家畜と人間の関係性”に注目し、ラテックス製のボディスーツでパフォーマンスを繰り広げるサエボーグは今回、“パワーチキン”をタイトルに掲げた新作に取り組む。パワーチキンが与えてくれるのは、愛か満腹感か、人類の明るい未来か……。
ステージナタリーは1月上旬、ブロックやフィギュアでいっぱいのサエボーグのアトリエを訪れ、橋本とサエボーグにコラボレーションへの思いや作品への意気込みを聞いた。
取材・文 / 熊井玲撮影 / 藤田亜弓
キャラクターを着ているほうが、中の人がむき出しになる
──今回のコラボレーションは、橋本さんからのラブコールで始まりました。橋本さんは、いつサエボーグさんのことを知ったのですか?
橋本ロマンス 美術の予備校に行っていたとき、いろいろなアーティストが授業で紹介されたのですが、そこで初めてサエさんの存在を知りました。ただそのときは「そういうアーティストがいるんだ」ぐらいの認識で、大学生活を経て自分自身もパフォーマンス制作をしていく中で、サエさんの活動にまた“出会い直した”というか。ラテックスが皮膚の拡張であるとか、境界線の捉え方、“役割”についてなど、サエさんの創作コンセプトが自分のパフォーマンス創作にも響き、そこからサエさんの活動に改めて興味を持ちました。
──サエボーグさんが橋本さんのことを認識されたのは?
サエボーグ 私はダンスの世界に関してだいぶ素人なので、ロマンスさんのことは全然知らなかったんです。だからある日、ロマンスさんが画用紙に絵を描いて、家までプレゼンをしに来てくれたので、“スカウトされて、モテちゃってうれしいな”と(笑)。
橋本 サエさんは手を動かす人だから「やっぱり私も誠意を見せないと」と思って、「芸劇とはこういう場所で、こういうイメージで……」という感じで、絵や写真で構成した紙芝居的なものをフルカラーで作りました(笑)。
サエボーグ 愛や熱量がこもった紙芝居でした(笑)。それで、オファーをいただいてすぐOKのお返事をしたんですけど、東京都現代美術館の個展(2024年に開催されたサエボーグ「I WAS MADE FOR LOVING YOU」)と重なっていたタイミングだったので、「私の作業スピード的に、今お引き受けすると中途半端になってしまうかもしれない」と冷静に思い直して、実は1回、お断りしたんです。そうしたらロマンスさんがまた別のタイミングで企画を練り直してくださって、実現に至りました。
それに、普段のパフォーマンスでは、私のようにダンススキルゼロ、身体能力ゼロのポンコツ身体の人間が、“できないことをそのまま見せていく”のですが、今回は王道のダンスの世界の人からのオファーだったので、私と同じキャラクターを使っても、きっと全然違う考え方、動き方になるだろう、それは私にとっても勉強になるのではないかと興味が湧きました。
──キャラクターの姿で踊るのはダンサーにとってハードルが高いと思いますが、橋本さんはその点をどのように考えたのでしょうか?
橋本 普段制作するときもそうなんですけど、私は“自由に動くことが出来すぎる身体”ってあんまり興味がないんです。やっぱり何かしら制限があったり、技術がそんなにないほうが、その人自身が見えてくると思っているので、今回はそれが見たいなって。
実はちょうど今日、すべてのキャラクターを試着してみたんです。そうしたら自分の身体だけど自分の身体じゃない感覚というか、見える世界も違うし、動きもちょっと慎重になるし、腕の可動域が違ったり、指で何もつかめなかったりして、キャラクターごとに見えている世界が違う面白さがありましたし、私はむしろその不自由さに可能性を感じました。
サエボーグ “動きに制限がかかる”と言いつつ、ロマンスさんは180度脚が開いたりするので(笑)、「こんなに脚が開いたらむしろカッコいいから、やっぱりデザインを変えなきゃ!」とか「このポーズを取るならこっちのデザインにしたほうがいいな」と思ったりしました(笑)。
橋本 それと、豚など四つん這いタイプのキャラクターで実際に動いてみると、ギュギュッというラテックスの音が想像以上にするんです。そうなると、多分会場で音楽が鳴っていても、そんなにクリアに聞こえないだろうし、視界も基本的には床しか見えていないので、どれだけ厳格な振りをつけたとしても、きっちり全員の動きが合うのは無理だなと。でも、完璧になりすぎないことでそれぞれの個性が出てくる可能性があるなと思いました。
サエボーグ 身体能力が高いダンサーの皆さんがあえて“完璧になりすぎない”ほうへ行くのと、私のように身体能力がない人が“できないことをそのまま見せる”のでは、やっぱ見えるものが違ってくると思うので楽しみですね。あと今日びっくりしたのは、ロマンスさんはスーツを着るのが上手いこと(笑)。初めて着るキャラクターもあったのに、スススって着ちゃうのがすごかったですね。
橋本 褒められた!(笑)
──今日着た中で、一番ご自分にフィットしたのはどれですか?
橋本 私の場合、残念ながらフィットはしないんですよ、物理的に。キャラクターは基本的にサエさんサイズで作られていて、サエさんと私では体格差がありますから。ただ、私が一番好きだったのはサエチキンですね。拡張具合がダントツで、自分じゃなくなる感じが一番大きかったです。
サエボーグ サエチキンは、隠れ人気が高いキャラクターなんです(笑)。ひたすら卵を産み続ける雌鶏で、雌鶏の肛門の上にパフォーマーの顔がくるデザインなのですが、そういうトリッキーな形や怪獣感、内臓感が人気の理由です。私が作ったキャラクターの中で一番大きいので、パーティーやイベント会場では邪魔がられてしまい(笑)、ステージにいるしかない子なんですが。
橋本 あと、ひと口に「サエさんのキャラクターたち」と言っても、サエチキンみたいに着ぐるみの部分が多いキャラと、意外と人型が残っているものでは感じ方にすごい差がありました。サエチキンのように自分のもともとの形が完全にわからなくなるようなものは安心感がありますが、自分の手脚の形が残る直立歩行タイプの牛(サエビーフ)や羊(サエシープ)はちょっと心もとないというか、隠しきれてない気持ちになりました。
サエボーグ それは難しいテーマなんですよね……。着ぐるみの面白さって人の形を変えられるところなんだけれども、人の影がまったくないほど変えてしまうと面白くないし、人の形が残っていると恥ずかしいし。ギリギリの境界を攻めるのが醍醐味だったりします。
橋本 それから、キャラクターを着ているほうが中の人がむき出しになる感じがします。ちょっとした挙動が隠せないっていうか……本当にちょっと動くだけで大きく見えるし、一挙手一投足が拡張する感じがして。
サエボーグ (うなずきつつ)前にサエドッグという犬のキャラクターを着たときは、お客さんに撫でられたりしたんですね。みんな直接的にパフォーマーの身体に触れているわけではないから伝わらないだろうと思っているかもしれないけど、実はインフルエンサブルなので、触られると3倍増しぐらいで感じるんです。だからすごく優しく触ってくれる人と、雑な人の差がものすごくわかる。着ぐるみを着ると自分の動きも増幅されるけど、外からの刺激もかなりの解像度で感じられます。
パワチキは世界を揺るがす存在
──本作のタイトルにもなっている「パワーチキン」は、公式サイトで“より多くの可食部を持つために人類によってミューテーションされたチキン”と説明されています。サエボーグさんがこれまで向き合ってきた“人間と家畜の関係性”というコンセプトの延長線上にありつつも、新たなフェーズに踏み込んだ作品となりそうです。作品コンセプトはすぐに決まったのでしょうか。
サエボーグ 基本的には今まで私が作ったキャラクターが登場するので、“家畜が指し示す生命の問題”は本作にも内包されるのですが、そのうえで今回、新作のパワーチキンが登場します。パワーチキンは以前からいつか作りたいなと思っていたもので、今回打ち合わせの際に提案したら皆さんが乗ってくれて、それでパワチキをいよいよ誕生させることになりました。
──サエボーグさんから出てきたアイデアなんですね!
サエボーグ はい。以前からぼわーんとしたデザインイメージはあったのですが、過去最高にガジェットが多く大きなものになるので、改めてデザインを練り直しました。
──人々に自分の身体を限界まで与えられるようにプログラムされた“パワーチキン”。橋本さんはすぐピンと来たのでしょうか?
橋本 来ました。実はパワーチキンという単語が出る以前から、打ち合わせの中でサエさんから「パワチキっていう子がいてね……」という感じで、ぬるっと“パワチキ”が出てきたんです(笑)。「まだ作ってはいないんだけど」と言いながらその場でバーっとスケッチを描いてくれて、そのスケッチにもピンとくるものがあったし、由来やコンセプトもいいなと思いました。また“パワチキ”という言葉もめちゃくちゃキャッチーで、「臆病者」という意味の「チキン」に真逆の「パワー」という言葉がついているのもすごくいいなと思ったので、ぜひ今回のプロジェクトを機にパワチキを世の中に出してほしいと思いました。
サエボーグ 私としては「パワチキはまだ新人だから、作品の1部門にちょっと出演させてもらえたら……」ぐらいのイメージだったんですけど、タイトルロールになってしまいました(笑)。
橋本 でも、単に新キャラだからメインに置いたわけじゃないですよ。たとえば同じ新キャラだとしても、“農場のアヒル”だったらこうはしていない。パワーチキンは、今までのサエさんの作品世界のルールからちょっと外れた存在で、今までのサエさんの世界観そのものにも多大な影響が出るはずだし、既存のキャラクターたちもパワチキの登場によって存在の意味がガラッと変わるだろうと思ったんです。つまりパワチキはけっこう世界を揺るがす存在だから、ちゃんとメインキャラに据えて、この子を軸にしたパフォーマンスにしようと。
サエボーグ パワチキは私にとっても今まで作ったことがないタイプのキャラクターで、自分自身、まだ完全につかみきれてないところがあります。なので、自分の中のパワチキの設定というか、イメージの解像度を今、上げているところです。ただ、さっきロマンスさんに着てもらって動きを見て、また新たな可能性に気づいてしまったので、ギリギリまで製作は続くんじゃないかな……。それも、人と一緒にやることの醍醐味だなと思っています。
橋本 面白いのは、秋口ぐらいまでパワーチキンって、私たち全員にとってまだ机上の空論で、世の中にまだ影も形もないものだったんです。でも「ここでパワチキがこうして、ああして……」と架空の生き物を主役に据えて作品の構想を練っていき、今それが形になり始めている。そこに感動がありますし、制作中のパワチキは皮膚の張り感、ボリューム感、肉感、すべてが本当によくて、想像をはるかに超える存在感を放っています!
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劇場という場を生かしつつ、劇場に収まらないものを




