愛知県の穂の国とよはし芸術劇場PLATが2014年にスタートさせた「市民と創造する演劇」は、公募で集められた市民キャストが、プロの劇作家や演出家たちと作品を立ち上げる、同劇場の人気企画だ。今回は野田秀樹の人気作「赤鬼」を、舞台手話通訳付きで上演する。演出は、同劇場で「凛然グッドバイ」や、9月に再演が決定した「楽屋-流れ去るものはやがてなつかしき-」でも舞台手話通訳付き公演を手がけた、Plant Mの樋口ミユが担当する。
ステージナタリーでは1月中旬、穂の国とよはし芸術劇場PLATで稽古中の樋口と、演出補助を務め出演もする快快 / 静岡舞台芸術センター(SPAC)の山崎皓司、市民キャストの森川理文による座談会を実施。さらに稽古場レポートや本作に参加する舞台手話通訳者たちのメッセージを紹介する。
取材・文 / 熊井玲写真提供 / 穂の国とよはし芸術劇場PLAT撮影 / 伊藤華織
“ただの市民ではない”と感じたワークショップ&ショーイング
──本公演に先立ち、昨年2月に樋口さんの演出で、公募で集められたキャストによるワークショップ&ショーイング「赤鬼」が上演されました。まずはそのお話から伺わせてください。
樋口ミユ 舞台手話通訳付き公演をいずれやる、ということはその時点ですでに決まってはいたのですが、昨年2月の時点ではそのことは意識せず、できるだけ舞台装置も何もない状態でいかにクリエーションできるかに集中して取り組みました。10日間ぐらいのワークショップを経てショーイング(発表会)を行ったのですが、“皆さん、ただの市民ではないな”と(笑)。私は、相手に合わせてやり方を使い分けるほど技術がないので、市民の人たち相手だからといって特別な意識はなく、いつも通り一生懸命やりました。
──「赤鬼」は樋口さんから出てきたアイデアですか?
樋口 いえ、PLAT職員で公演担当の吉川さんの案です。「赤鬼」って私が二十代のころ人気があり、よくやられていましたが大変そうな印象で、私は自分で戯曲も書くので、これまでやろうと思ったことはありませんでした。なので、吉川さんの提案をフラットに受け止めましたね。そもそも私は、自分以外の人に言われて初めて考えることが多いので、今回も企画の始まりからすごく演劇的だなと思っています。
──森川さんは「市民と創造する演劇」シリーズにたびたび出演されています。
森川理文 はい。僕は失語症のリハビリの一環として参加していて(編集注:森川は俳優として活動していた二十代に脳梗塞を発症した)、最初は全然しゃべれなかったんですけど、舞台をやった分だけ年々しゃべれるようになれるのが面白いなと。今回はナレーションも兼ねるような役なのですが、台本を持ちながら稽古していても、パッと言葉が出てこないときがあります。でもこれまでやったらやっただけできるようになりましたし、今回も大変ではありますが、楽しみができてうれしいです。
──ワークショップ&ショーイング「赤鬼」には森川さんも出演されました。お二人はどんな手応えを感じましたか?
樋口 手応えというより、驚きですね。“10日間でも作れるんだ”っていう(笑)。なので、参加者の方たちのすごさを感じました。
森川 (笑)。「これをやったらこれ、これをやったらこれ」と毎日どんどん稽古が進んで、でも次の日になると「変える!」とおっしゃって(笑)。
樋口 そうでした(笑)。だって、1個できると次の可能性が見えるから、チャレンジしたくなっちゃうんです。でも、皆さん恐ろしいことにすぐ吸収するんです!
一同 あははは!
──「市民と創造する演劇」には、毎回演出補助という形でプロの俳優が1・2名参加します。今回、快快 / SPACの山崎皓司さんが出演されることになったのは?
樋口 PLATの吉川さんはマッチングの天才で、「こういう人とこういう人を引き合わせたら面白い化学反応が起きるんじゃないか」というセンスがあり、全面的に信頼していて、山崎さんのことも吉川さんが提案してくださいました。山崎さん、すごく誠実な方で。
山崎皓司 はい。
樋口 (笑)。打ち合わせの際に「演出補助ってどんな役割でしょうか」と尋ねられたので、吉川さんが「市民キャストの方とスムーズなやり取りをする円滑油となって、市民キャストの方が困っていないかなど、気にしてもらえたら」と返答されました。そうしたら山崎さん、本当に誰よりも市民キャストに目を向けてくださって、細かなところに気づいてくださったり、年配の出演者に積極的に声をかけてくださったり、稽古場の居方がとても丁寧なんです。
山崎 (恐縮しながら)いえ、稽古場で一番自分がたどたどしくてお恥ずかしいなと思っています。僕は市民劇に関わるのが今回初めてだし、「赤鬼」自体もよく知らなかったので、何もわからないまま参加しました。でも初日から皆さんちゃんとセリフが入っていて、やる気ってすごいなあと思いました。
作品や役の奥にあるものを探っていく
──森川さんは周囲から“足りない”と言われているとんび役、山崎さんは浜に打ち上げられた異邦人の赤鬼役を演じます。作品やご自身の役について今、どのように捉えていらっしゃいますか?
森川 作品の内容は難しいなと思うところがあり、「皆さん、どういう視点から『この作品が良い』と言っているのかな」と考えていて……。もちろん、“差別はいけない、戦争はいけない”といった表層的なことはすぐわかるんだけれども、「赤鬼」にはほかにも“人間を食べる”という問題もあり、それらのテーマが頭の中でどうしても一緒にならないんですよね。ただ、絵本や童話にも実は残酷なものがありますが、子供に話すときは話し方や考え方を変えたりするように、「赤鬼」という作品に向き合いながら新しい発見をしていけたらなと思っています。
山崎 僕はこれまでの舞台、ずっと“自分”で立ってきたので、演技というものに苦手意識があり、役名が付くとそれだけでキュッとしてしまう。かつ、赤鬼は台本上「この世にない国の言葉を喋る」と書かれていて、日本語で話している俳優さんたちの中で、自分だけ違う言葉を話す点もハードルが高い。稽古では今、言いたい内容をとりあえず英訳し、それを崩す感じでしゃべっていますが、後半はしっかり英語でセリフが書かれている箇所もあり、どう整合性を取っていくかはまだわからないなと思っています。
──市民キャストの中で唯一のプロ俳優である山崎さんは、立場的にもほかのキャストと異なりますね。
山崎 そうですね、プロって何かと考えてしまいますが……。ただ赤鬼のセリフの中に「I have a dream.」ってセリフがあり、そのセリフを見たときに、僕が東京を離れて掛川に帰ってきたときのことを思い出しました。当時僕は「このままじゃ世界はダメだ。環境的にも自分の子供世代は楽しく生きていけないんじゃないか」という思いがあり、「そのためには世界が平和にならないといけない」と、すごく大きなことを考えていたんです。そして2019年に掛川に拠点を移して、世界平和を目指して農業や狩猟を始めました。でもこれまで活動してきて実際は自分の足元がぐらついていて、自分の生活も身の周りの人との関係も成り立たなくなっていることに気づき、「自分がやっていることで本当に世界は変わるんだろうか」と疑うようになりました。帰ってきた当初は「あの人、金髪で平日は家にいて無職だよ」「子供を畑に呼び込んでるよ」って、けっこう不審者扱いされたりもしたんですけど……。
樋口 わ、赤鬼だね(笑)。
山崎 はい。で、こちらも逆にサービスとして、顔を赤く塗って「赤鬼ですよ、畑においでよ」とやってみたら、逆に「ああ、俳優だったのね」って安心してもらえるようになりました。でも最近、「たとえば自分が舞台上で夢物語のようなことを語ることで救われる人がいるなら、それも1つの世界の変え方なんじゃないか」と思うようになって。「演劇をやる意味がある」と自分も感じられるような何かを、「赤鬼」でも考えたいと思っています。
──稽古は1月と2月の2段階で行われます。1月の第1次稽古で、樋口さんはどんな手応えを感じましたか?
樋口 第1次稽古は、音楽協力の棚川さんがいてくれはる間に全体を作らねばという思いがあって、頭から終わりまで動線と動きのダイナミズムがどうなるかを中心に作っていきました。なので、各登場人物の中身や作品の核心に関しては第2次稽古で詰めていく予定です。
「赤鬼」は赤鬼とあの女、その兄とんび、水銀の4人を中心としたお話で、その後、さまざまなバージョンが生まれる中で、浜の人たちが出てくるバージョンが誕生したのですが、実は私、“浜の人”がすごく重要だなと思っていて。必死に生きている彼らは「安心して暮らしたい」という思いを持っているんだけれども、そこに赤鬼という不安要素がぽっと放り込まれて、善良な人たちが狂気じみていく。「赤鬼」のもう1つの側面は、この集団性だと思っています。1人ひとりは何も悪くないんだけれど、何か起きたときに「あの女が悪い」という風に考えてしまって、人は鬼と化していく。集団にはその怖さがあると思うので、軸となる4人はもちろんすごく重要ですが、4人をさらに重要な存在と位置付けるには、浜の人たちをただの群衆としてではなく、1人ひとり大切に考えたいなと思っています。
──稽古を見学し、市民キャストの方々が演じる“浜の人たち”は、年齢も体格もバラバラで、非常に説得力があるなと思いました。
樋口 本当にそうですね。市民キャストの方たちは17歳から73歳まで年齢の幅があり、演劇ばかりしている鍛えられた俳優の身体では掴めない、ある意味社会の中で形成された“生活する人たち”の身体を持っています。クリエーションする側としては「あなたたちはもう役作りが終わっています。そのままいてくれれば、その役は大丈夫です!」と感じますし、浜の人たちの間から山崎さんがすっと立ち上がったときに、「あ、赤鬼!」と伝わってくるものがあります。
「市民と創造する演劇」シリーズは新たなステップに
──市民キャストの方には、「市民と創造する演劇」や「高校生と創る演劇」(編集注:2014年から東三河地域を中心とする高校生とプロの演出家・スタッフが一緒に舞台芸術を創造し上演する企画)など、PLATの事業を通して舞台を経験した方が多数いらっしゃいます。山崎さんは一緒に稽古する中で、どんなことを感じていますか?
山崎 とにかく吸収力がすごいなと思います。あの女役の伴(美月)ちゃんが一生懸命セリフを言ってる姿を見ると「なんて素直なんだろう」とグッときますし、ほかの方たちも「やりたい」気持ちで全力で演じている姿が本当に素敵だなと感じます。また水銀役の(北野)黎くんは、ズバッとセリフを言うので「演劇部出身なのかな?」と思ったら、実はPLATで2回舞台を経験しただけだと聞いて驚きました。
樋口 昨年2月のワークショップ&ショーイングのとき、黎くんは「いきなりこんな大きな役をもらってしまって大丈夫だろうか」と戸惑っていたけれど、この1年で、いい意味で自分に自信がついてきましたね。
山崎 皆さん、年齢に関係なくこの作品に対して一生懸命取り組んでいるのはすごいし、僕としてはいいタイミングでこの作品に関われて良かったです。
──森川さんはこれまで「市民と創造する演劇」シリーズにたびたび出演されていますが、市民キャストのお一人として、このシリーズの魅力をどう感じていらっしゃいますか?
森川 最初はわからなかったんですけど、「市民と創造する演劇」シリーズにはプロの作家や演出家が関わっているので、市民劇と言いつつ、ここまでハードルが高いものはなかなかないんじゃないかなと。新しいことをやっていると感じますし、長く続くと劇団のような感じもあって、ますます気持ちが良い場所になっています。
話は少し変わりますが、僕は鍼灸師で、職場にはさまざまな障がいのある人が働いています。特に多いのは目が見えない人で、スタッフ間で患者さんの症状を共有するときに、僕はパッと言われるとわからないので文字で書いてもらって理解するんだけれども、目が見えない人はそれではわかりません。また心の障がいがあるスタッフもいるので、「今日はちょっと出勤が難しいから仕事を休みたい」ということがあり、スタッフ間でそれに対応しています。
ただそういうことは普段の生活でも起こり得るわけで、本当はそれぞれに対応できるのが一番ですよね。その点でも、PLATが今、鑑賞サポートに力を入れているのは、すごくいい流れだなと思っています(編集注:PLATでは聴覚に障がいがある人のためのポータブル字幕機の貸し出しサービスや、視覚に障がいのある人のためのリアルタイム音声ガイド付き舞台説明会、託児サービスなどを積極的に行っている)。劇場の鑑賞サポートを通じて、お客さんも「あ、これが普通なんだな」という意識になっていくかもしれないし、今回舞台手話通訳付き公演に取り組むことで「市民と創造する演劇」シリーズも新しいステップに進むのではないかと思います。
──「市民と創造する演劇」シリーズについて、“劇団のような感じ”があるとおっしゃいましたが、参加者同士のネットワークのようなものはあるのでしょうか?
森川 うーん……あるような、ないような。特別「飲みに行こう!」というようなことはなく、年に1回の公演で顔を合わせて「お互い受かってよかったね、今年もお願いします」というくらいのベタベタしない関係です。でもそれはそれで楽しいなと思っています。
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複雑で難解な第3フェーズに入った、舞台手話通訳


