撮影風景。生後1カ月の赤ちゃんと一緒に。

ゆうめいに聞く、ステージナタリー10周年メインビジュアル制作秘話

劇場に通った記憶がよみがえるようなビジュアルを

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ステージナタリーが2026年2月2日に10周年を迎える。今回、10周年を飾るメインビジュアルを担当したのは、“舞台・美術・映像を作る団体”ゆうめい。このコラムでは、ゆうめいの池田亮、りょこに、メインビジュアル制作の裏側や、2025年に10周年を迎えたゆうめいの活動を振り返っての思いを聞く。

取材・/ 大滝知里

ステージナタリーと同時代に舞台を続けてきた

メインビジュアル撮影時にGIF用の素材も撮影していた。

メインビジュアル撮影時にGIF用の素材も撮影していた。 [拡大]

──ステージナタリーでは現在、読者参加型の投票企画「もう一度観たいあの舞台」総選挙を実施中です。過去10年の観劇体験を読者の皆さんと振り返りたいという思いからスタートした企画ですが、過去と同時に“これから”についても考えていきたく、舞台界の未来を担うアーティストとご一緒したいという思いから、今回、ゆうめいさんにメインビジュアル制作を依頼しました。池田亮さん、りょこさんは依頼を受けて、どのようなことを思いましたか?

池田亮 自分たちも2025年が10周年で、ちょうど10周年全国ツアー「養生」の創作も始まっていた頃だったのですが、お話をいただいて、「ステージナタリーと同時代に舞台を続けてきたんだな」と思いました。その時に、なぜかパッと「劇場でビジュアルを撮影したい」と思ったんですよね。「もう一度観たいあの舞台」総選挙の告知ポスターにもなるビジュアルなので、読者の皆さんの劇場に通った記憶がよみがえるようなものを、と考えたときに、実際の場所や、劇場で実際に使われている備品を取り入れるのがいいんじゃないかなと思いました。

りょこ 自分たちはギャラリー公演出身の団体なので、何年か前に初めてステージナタリーに記事を掲載してもらったときに、アウトサイダー出身として、すごくうれしかったんです。今回、10周年のメインビジュアルの制作を依頼していただいて、これまでの活動が“実った”と感じました(笑)。というのも、ゆうめいは劇団という冠をつけていただくことが多いのですが、実はけっこう毎回、訂正していて、舞台作品を発表しているけれど、映像や美術などもやるので、「ゆうめいという団体です、劇団ではないんです」というスタンスを貫いていました。演劇1本の団体ではないと自認している部分がうまくつながって、すごくうれしかったですし、池田が言うように、“10年の重み”も感じました。最初にいただいた、「広がりのあるビジュアルで」というコンセプトもしっくり来ましたし。

ステージナタリーに提出したラフ。たくさんの書き込みによりイメージを共有した。

ステージナタリーに提出したラフ。たくさんの書き込みによりイメージを共有した。 [拡大]

撮影前に準備・想定をしっかりと行っていたゆうめいの2人だが……。

撮影前に準備・想定をしっかりと行っていたゆうめいの2人だが……。 [拡大]

──編集部が依頼したメインビジュアルのコンセプトには、ステージナタリー10周年をお知らせすると同時に、「もう一度観たいあの舞台」総選挙が、“誰もがコネクトできるものであること”をお伝えしたいという目的がありました。ステージナタリーは、ナタリーの媒体モットーである“全部やる”をコンセプトに、これまでさまざまな舞台芸術を記事にしてきましたし、メインビジュアル自体がたとえば“ミュージカルっぽい”とか“歌舞伎っぽい”というようにジャンルの偏りを感じさせるものになってしまうと、 “自分には関係ないもの”と感じてしまう人がいるかもしれないという懸念があったんです。なおかつ、総選挙では、観る人、舞台に出る人、裏で支えている人にも参加してもらいたかったので、“広がり”のあるビジュアルを、とお願いしました。

りょこ 先ほど、池田が「劇場でビジュアルを撮影したい」というアイデアが湧いたと話しましたが、私は数字の“10”をモチーフにしたいと最初から考えていました。デザインについて2人で話し合う前に、最初におのおのでモチーフやアイデアを持ち寄って、そのあとでラフに落とし込み、分業で作っていく、という感じで進めていきました。

「アンケートだ、鉛筆だ」池田亮の揺るぎない意志

完成ステージナタリー10周年メインビジュアル。

完成ステージナタリー10周年メインビジュアル。 [拡大]

──完成したメインビジュアルには、コードや劇場のクローク札、バミリ、ホール時計をイメージした腕時計など、いろいろなアイテムが盛り込まれていて、中央には大きく、数字の“10”が鉛筆で形作られています。

池田 楕円の鏡に、鉛筆で“10”を形どったものが張り付いています。鏡というモチーフは初めからアイデアとしてあったのですが、りょこから出たアイデアだったよね?

りょこ そうですね。鏡のモチーフを思い付いたのは、舞台作品を観たときに「これは私の話だ」と観客が自分のことのように感じる瞬間があるんじゃないかなと思ったからです。実体験としてもそうですし、ゆうめいの作品を観た方からご自身のお話を伺うことも多く、舞台上で演じる側からしても、お客さんはリアクションを返してくれる存在ですし、観ている側も自分を投影できる作品ほど心を豊かにしてくれるものはないと思う部分があったので、鏡がいいんじゃないかなと。

りょこによるスケッチメモ。鏡の周りに楽屋ライトを配置する案なども。ただしこれは、“10”の印象が薄れることを懸念して却下となった。

りょこによるスケッチメモ。鏡の周りに楽屋ライトを配置する案なども。ただしこれは、“10”の印象が薄れることを懸念して却下となった。 [拡大]

池田 鏡は、出演者の「観られている」という意識も表現できますし、ステージと客席でお互いを見合っているという感覚も出せる。今回、舞台を好きな誰もが参加できる総選挙の企画であることを聞いて、「じゃあ実際にお客さんが舞台で参加できることは何だろう」と考えたら、「アンケートだ!」とひらめいたんです。今はウェブでアンケートを回収する機会も多いですが、僕は、“書いて渡す”という行動は素敵だなと感じています。というのも、個人が抱いたものが他者へ伝えられるようになるのが、書くという行為だと思っているからです。さらに、昔から劇場で行われてきたであろう“文字を書く”ということがその感覚によりマッチすると考えていて、そこから、10年の観劇の足跡を“書いて残す”ことができる象徴だと感じた鉛筆に、イメージがリンクしていきました。

りょこ 私は最初に“10”をモチーフに何かできないかなと考えたときに、「“10”って線対称じゃん!」と気が付いて(笑)。そこから、鏡で“10”を描けないだろうかと、いろいろなスケッチをしていました。映像作家なので、自宅にコマ撮り用の撮影台があるんですが、最初は赤褐色のベロアを撮影台に広げて座席に見立てて、その上に鏡を置いてテープやコードで“10”を作るというアイデアを出していたんですが、池田が「絶対にアンケートだ、鉛筆だ」と、揺るぎない意志を持っていて(笑)。

池田 あははは(笑)。観劇後に抱いた感想やアンケートはお客さんにとっても、作り手にとっても大切なので、ゆうめいでもアンケートを通して感想をいただくことはずっと続けているんです。ちなみにビジュアルに使用した鉛筆では、10年という時間の経過も表現したくて、着色などを施して、質感を工夫しました。

りょこ あと、私としては裏方のことも盛り込みたいと思い、音声ピンやブタ鼻のコード、映像出しのコードなど、舞台を作る人間にとってなじみの深いアイテムを使いたいと考えました。舞台上に出ている全員でつなぐステージだという思いを込めて。

万華鏡を使用する案も。ゆうめいの「養生」フライヤーを使用して映り方のテストをした様子。

万華鏡を使用する案も。ゆうめいの「養生」フライヤーを使用して映り方のテストをした様子。 [拡大]

新生児をあやしながら、四苦八苦のビジュアル撮影

──撮影時のハプニングなども教えてください。「想定と違う感じになったがうまくいった!」という報告を受けたときには、どんな葛藤があったのだろうと思っていました。

池田 舞台上で撮影するときになって、いろいろとうまくいかないことがでてきて(笑)。最初は客席側から舞台を臨む位置で、鏡に写った客席が舞台のプロセニアムアーチの中にあるというような形がいいのではないかと思って、客席を鏡に写そうとしたのですが、やってみたら鏡の中に映る客席がすごく小さくなってしまって。客席であることがわからないんじゃないかなと思ったんです。

撮影テストの様子。座席の座面が鏡に映り込む。この写真を見るとわかりやすいが、楕円の鏡面に対して鉛筆の“10”が半分、垂直にくっついている。りょこが表現したかったという線対称の“10”だ。

撮影テストの様子。座席の座面が鏡に映り込む。この写真を見るとわかりやすいが、楕円の鏡面に対して鉛筆の“10”が半分、垂直にくっついている。りょこが表現したかったという線対称の“10”だ。 [拡大]

りょこ 背もたれが鏡の中に映り込んでくることを想定していたんですが、“10”が見える角度や、客席の赤色が映る角度を調整していくと座面のほうが映ってしまって。加工や色調を整えたらうまくいくかもしれないけど、「一度発想を転換してみよう!」と切り替え、客席から撮るのではなく、ステージ上から撮ってみることにしたんです。

池田 そうしたらそっちのほうが構図的にも良かったんですよね(笑)。背景にしっかりと客席が見えて。

りょこ 逆光の感じとかも、順光より場所としての“舞台感”が出ると感じました(編集注:完成したビジュアルをよく見ると、ツラが逆光で光っている)。試し撮りのときは、1人が鏡を持って、1人がカメラを構えて、床を映り込ませて……といろいろやってみたのですが、“10”のポジションはどうしてもセンターに持って来たかったし、劇場の人に照明を当ててもらっているので簡単には位置をずらせないしで、撮影してみると調整が必要なことも多く、いろいろ困難がありました。当日は2人で撮影に臨んだのですが、生まれて1カ月の赤ちゃんを舞台上に置いたバウンサーに寝かせ、あやしながら作業をして。この子の上にもう2人子供がいるのですが、彼らの保育園の迎えの時間が迫っていたので、正味1時間半くらいの限られた時間内で、「絶対に終わらせるぞ!」という気合いのもと、2人で奮闘していました(笑)。

撮影風景。生後1カ月の赤ちゃんと一緒に。

撮影風景。生後1カ月の赤ちゃんと一緒に。 [拡大]

生活と演劇がより密接になった10年

──ゆうめいさんは、10年の活動を振り返って、どのようなものだったと感じますか?

池田 りょこともよく話すのですが、時間と共に、演劇と生活が身近になった10年だったなというふうに思います。ゆうめいという団体で活動しているというよりも、自営業をしている感覚のほうが強く、仕事の話、演劇の話、生活の話、育児の話が常に同時進行している。10年前に旗揚げして、活動を始めた頃からやることは変わりないのですが、演劇の大変さも生活の大変さも共にあって、そういう演劇活動だからこそ、お客さんとも同時に進んでいるという実感が湧いた10年でしたね。言ってしまえば、僕にとっては自分がいる場所が“演劇界”ではなく“生活界”みたいな感じで、生活の一部に組み込まれ、より密接になった2つを分けることができなくなってきたなと感じます。

りょこ 私も同じ思いです。今回も赤ちゃんの面倒を見ながら撮影したり、ホームセンターにコードの買い出しに行ったりしたときも、家族のお出かけの道すがらでしたし、3歳の子供に「これ、どう思う?」と意見を聞きながら買い出しをしました。個人的には、ゆうめいに参加してからのほうが、社会との結びつきが強くなったな、という感覚があるんです。私は、映像作家として会社員を経てフリーランスになり、そのあとにゆうめいの活動をスタートさせましたが、会社員のときは時間に追われ、気が付かないうちに季節が変わっていたみたいなことがしょっちゅうあって、社会の一部ではあったけれど、そこに生活の実感が伴っていなかったと思うんです。でもこの10年は、子供が生まれたということが大きな要因かもしれないけれど、開業仲間と一緒にモノ作りをしているような感覚です。私にとっていい作品は、“社会をちょっとずつ良くしたり、観た人たちの過去の自分が救われたりするもの”であってほしいと思っています。社会に置いていかれる恐怖に対抗して、追いかけるように無理をするよりは、「よし、行くぞ」と前向きになれる作品を、これからも送り出していきたいなと思っています。

ゆうめい 10周年全国ツアー公演「養生」より。(撮影:佐々木啓太)

ゆうめい 10周年全国ツアー公演「養生」より。(撮影:佐々木啓太) [拡大]

──ちなみに現在、「もう一度観たいあの舞台」総選挙の事前投票が行われているのですが、お二人がもう一度観たい舞台は何ですか?

池田 僕は庭劇団ペニノの「地獄谷温泉 無明ノ宿」(2015年初演)ですね。りょこさんから庭劇団ペニノの話を聞いて、森下スタジオに観に行ったんですけど、まず美術から衝撃を受けて。芝居を観ているだけなんですけど、実際に旅をしたみたいな感覚になったんです。あれはすごい体験だったなと、今思い返しても思います。

りょこ 私は、梅田哲也さんの「wait this is my favorite part / 待ってここ好きなとこなんだ」(2023年)です。演劇とパフォーマンスの間にあるような作品なんですが、会場となったワタリウム美術館がどういう経緯で美術館として成り立っていったのかという歴史を展示するような内容で、美術館の周りやバックヤード、普段は入れないようなところをみんなで回遊していくんです。当時、1歳ぐらいの子供を育てているタイミングで、美術館や演劇に滅多に出かけられない時期だったんですが、この作品には鑑賞に年齢制限がなく、誰でも申し込んでいいという、すごく開かれたものだったんですね。「本当に行っていいの?」と思いながら行ってみたら、割と観る人に観点を委ねる展示の方法というか、回遊型で1歳児が歩いていても大丈夫だし、美術館の「こんな所を見てもいいんですか」と思うような高さの場所にも行けたりして、鑑賞者のモラルを信じるような展示形式だったんです。これは本当にうれしくて。その土地の思いが感じられる演出に涙ぐんでしまうような瞬間もあり、ワタリウム美術館の時間の流れを感じながら、自分の時間も振り返ることができました。子供が生まれてから芸術に触れる機会もぐっと減ってしまいましたが、それでも時間は進み、子供は大きくなっていく。自分と時間がすべてつながっていることを強く感じられたので、もう一度観たいなと思います。

──最後に、ゆうめい10周年全国ツアー公演「養生」が11月1日に開幕し、12月28日まで6都市を巡ります。周年公演に向けての思いを教えていただけますか?

池田 ありがたいことにゆうめいも10周年でして、今まで自分たちが舞台・美術・映像等さまざまなジャンルで作ってきたものの集大成的な代表作を上演いたします。生活と労働と芸術が軸となり、アートとエンタテインメントの間を行ったり来たりと揺れ動く作品になっていると思います。これまでの過去を描くだけではなく、皆様にとってのこれからにも続くような時間を届けたいです。劇場に向かって観劇して帰った後も、新しい日々へ続いていく何かを添えられたら幸いです。心よりお待ちしております。

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ゆうめい(ユウメイ)

舞台・美術・映像を作る団体として、2015年に設立。メンバーは池田亮、りょこ、俳優の丙次、俳優・ダンサーの小松大二郎。池田は、2024年に「養生」で第32回読売演劇大賞優秀演出家賞、「ハートランド」で第68回岸田國士戯曲賞を受賞。

池田亮(イケダリョウ)

1992年、埼玉県生まれ。脚本家、劇作家、演出家、美術家、造形作家、俳優。舞台作品・美術舞台作品・美術・映像を制作する団体ゆうめいで、作・演出・出演・美術・映像を担う。近年ではTOHO MUSICAL LAB.「DESK」で初のオリジナルミュージカルを発表したほか、団体外の作品に「テラヤマキャバレー」(脚本)、「球体の球体」(脚本・演出・美術)など。ゆうめい「ハートランド」で第68回岸田國士戯曲賞を受賞。舞台のほかにもNHK Eテレ「天才テレビくん」ドラマ脚本や、テレビアニメ「ウマ娘」脚本などを担当。またハンドメイドショップ・トイフクロを運営し、カプセルトイの造形作家としても活動している。

りょこ(リョコ)

映像作家・アートディレクター。TV番組制作会社、アニメーション制作会社を経たのち、2020年よりフリーランスとして活動する。実写撮影・コマ撮り・切り紙・ドローイング・デジタルペイントなどさまざまな技法で遊び心のある映像を制作。ゆうめいのほか、eddaとのクリエイターユニット・omoi_dasenaiとしても活動する。

ゆうめい 10周年全国ツアー公演「養生」公演情報

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