東京・江古田発のロックバンド・時速36kmが新作EP「Around us」をリリースした。
2016年に結成された時速36kmは、疾走感と爆発力を兼ね備えたサウンドと、仲川慎之介(Vo, G)の胸に刺さる感傷的なボーカルで注目を浴び、ライブハウスシーンを中心にリスナーを獲得してきた。
そんな彼らは、昨年2月にZepp Shinjuku(TOKYO)で行ったワンマン公演が成功したことを受け、約7年間所属していた2DK recordsを今年5月に退所。新体制での活動をスタートさせた。音楽ナタリーでは4人にインタビューを行い、活動10年目を迎えたバンドの現在地と、“全曲シングル級”と語るニューEP「Around us」に込めた思いを聞いた。
取材・文 / 蜂須賀ちなみ撮影 / 坂本陽
My Hair is BadとゆれるとDr.DOWNERを足して3で割ったバンド
──時速36kmは、2016年12月に大学のサークル内で結成されたんですよね。オギノさんが仲川さんと松本さんに声をかけたとか。
オギノテツ(B, Throat) はい。僕が発起人みたいな感じで。当初は石井がいなかったので3ピースでした。最初に3人でスタジオに入ったとき、「My Hair is BadとゆれるとDr.DOWNERを足して3で割ったバンドやろう」という話をして。オルタナティブバンドの中でも歌心がある音楽性を目指したくて、その3バンドの名前を挙げたんだと思います。
──そして結成から約1年後に石井さんが加入されました。
オギノ 最初の自主企画を2017年12月にやったんですけど、ライブの録音を後日聴き直したら、ちょっとギターの音が薄く感じて。当時下北沢で活動していて、ライブがうまいバンドが周りにいっぱいいる中で、「音圧が足りない」「ライブ映えしない」と言われるのが嫌だったので、リードギターを入れることで全体を強化して、仲川慎之介を歌に専念させようという意図でした。
石井開(G, Cho) 僕は最初、時速36kmのスタッフをやらせてもらっていて。そのあとギタリストとしてオギノから改めて声をかけてもらい、サポートを経て、正式に加入しました。
松本ヒデアキ(Dr, Cho) 3人のときって、どういうふうに見えてたの?
石井 僕は時速36kmの活動が始まる前から慎之介の歌が好きで。バンドを始めたと聞いて、時速の曲を聴いてみたら「すごくカッコいい!」と。どんな形でもいいから携わりたいという気持ちから、スタッフをやらせてほしいと頼んだんです。僕が携わり始めたときにはすでに事務所に入る話が進んでいたし、やる気のあるしっかりとしたバンドだと思っていましたね。
──仲川さんとオギノさんという、確かな実力を持ったソングライターが2名いるのもこのバンドの特徴です。
松本 最初からこのスタイルでした。
仲川慎之介(Vo, G) ほかの人が書いた曲って、普通パッと覚えられないじゃないですか。でもオギノの書いた歌詞は不思議と自然に体に入ってくる。考え方が似ているんだろうなとずっと思っていますね。
松本 オギノは曲を書くときに、仲川に寄せたりするの?
オギノ 一切寄せない。歌詞だけじゃなくてキーとかも含め、なるべく彼のキャパシティを考えないようにしています。人間って、自分にできる範囲の中でやりくりしようとするものだと思っていて。だからこそ僕が外圧をかけるように、彼の音域をあまり考えずにメロディを書いて、彼が普段思っていなさそうなことや考えつかないようなことを歌詞にしています。bloodthirsty butchersの吉村(秀樹)さんが、どこかで「曲を作るときは、自分の声のキーのギリギリ上を狙う」みたいな話をしていたのを覚えていて。その影響もありますね。僕も仲川の音域のギリギリ上を狙いながらいつもキーを上げているし、そこで彼の一番カッコいい音が出ると思ってます。
──「この曲、キーが高くて実はつらい」みたいな曲もあるんですか?
仲川 基本的に全部そうです。つらくない曲のほうが少ない(笑)。
──(笑)。でも仲川さんが外圧を跳ねのけるように声を張っていて、全パートが高いテンションで張り合っているのがこのバンドの魅力だと思います。「外圧をかける」という言い方、演奏を聴いていてもしっくりきます。
石井 僕も外圧をかける側ですね。最初の頃はこのバンドになじむための方法を模索していたんですけど、僕のルーツは80~90年代の洋楽ハードロックなので、自分の畑ではないオルタナの領域を開拓するだけでは物足りなくなってきて。誰にも言わずにこっそり自分のルーツの色を混ぜていくようになりました。
仲川 僕が作るデモにはリードギターのフレーズも全部入れているけど、石井は全部変えてくるんですよ(笑)。でも、その感じが気持ちいい。そう思わされてしまう力が彼のギターにはあります。
石井 あざっす! こんなふうにメンバーが受け入れてくれるから、今度出るEPはもう、自分の畑の部分を思いっきり出したようなギターになりまして。
仲川 いやいや、それがいいんですよ。周りの同世代のバンドとかを見ていても、「彼ほどのギタリストはいないんじゃないの?」って僕は思ってます。
松本 ボーカルがイニシアチブを取るバンドが多いと思うけど、僕らの場合、作曲しかり演奏しかり、ボーカルが一番メンバーの圧力を受けている(笑)。3人が抑えなくても、彼なら対応してくれるだろうという信頼もあります。
──3人の音圧の中で歌いづらいと感じることはありませんか?
仲川 慣れました(笑)。ときどきほかのバンドの演奏で歌うこともありますけど、逆にやりづらいんですよね。もう完全にこのバンドに適応してしまいました。
Zepp新宿ワンマンの成功、そして大ゲンカ
──そんなこのバンドのアンサンブルに惹かれる人も多く、時速36kmはライブシーンで着実に評価を高めています。
仲川 ありがたいことです。初めは「俺らが楽しけりゃいい」「このカッコよさが別に誰にも伝わらなくてもいい」と思いながらライブをやっていたんですよ。だけどファンが増えて、自分たちの音楽がいろいろなところで聴かれていることを実感していく中で、意識も変わっていって。
──「自分たちがカッコいいと思っている音楽を確かに受け取ってもらえている」という実感を力に変えてきた皆さんにとって、2024年2月に開催したZepp Shinjukuでのワンマンライブも大きな出来事だったのではないでしょうか?
オギノ そうですね。今年5月に事務所を抜けたんですが、それはZeppがきっかけなんです。ライブが終わったあと、「これより上に行くなら、今の体制では無理だ」と思って。今までで一番大きなキャパのワンマンでしたし、「このくらいまで来れば満足できるかな」と最初は思ってた。結成2、3年目の頃にメンバーと、この先どこまで行きたいかという話をしたときに「1000人キャパくらいが限界なんじゃない?」と言っていたけど、もっと上に行きたいという気持ちが出てきちゃったので。Zeppをきっかけに、体制含めいろいろな変化がありました。
松本 あとは、今年の頭にケンカをしましたね。
オギノ かなり大きなケンカで、メンバー同士の仲も今までで一番ひどい状態になりました。それはきっと「ここから跳ね上がっていこう」というタイミングでどうしても生じる成長痛みたいなもので。Zeppを経て、8、9年続けてきたというタイミングだったのもあり、認識の相違がほころびとなって出てきたんですよね。だけど、雨降って地固まるというか。年始にちゃんと腹割って話して。今は「じゃあ今後はこういうふうにやっていきましょう」と同じ方向を向いているので。ここまできれいに足並みがそろっているのは、結成当初か、石井が入ったとき以来という感じがします。
最大火力を出さなきゃ
──EP「Around us」は新体制での第一歩目にあたる作品なんですね。
オギノ そうなんです。事務所を抜けただけではなく、制作の体制も変えました。僕と石井は社会人としてフルタイムで働いているので、制作のスピードや効率を考えると、仲川がイニシアチブを取っていったほうがよくて。
仲川 より強い作品を作ろうと考えたら、ボーカルがイニシアチブを取るのってめっちゃ大事なんだと最近気付きました。
石井 10年目にして?
仲川 そう(笑)。もちろんメンバーに投げることもあるけど、自分がデモを作り込んで、「こういう感じでお願いします」と渡したほうが早いので。そういう進め方をするようになりましたね。
──Zeppを経て、新体制として次の一手はやはり“より強い作品”でしたか。
仲川 そうですね。「もっと上に行くためには」という思いで環境を変えたので。売れなきゃしょうがないという気持ちで、全曲シングルのつもりで書きました。「アルバムを通してひとつの世界観を」というよりかは、「最大火力を出さなきゃ」と半ば強迫観念に駆られながら……。制作もけっこうつらかったですね。今までにはないくらいのストレスを自分たち自身にかけていた気がします。
──具体的にどの工程が一番つらかったですか?
仲川 そうですね……早起きとかですかね?
オギノ・松本・石井 (笑)。
仲川 今までOKとしてきたものを疑って、ぶち壊して、また疑って。メンバーに共有してからも全員同じ意識なので、「ここはこうしたほうがいいんじゃないか」という意見が入って、それを受け入れて、ぶち壊して、また作って……みたいな感じだったんですよ。だから時間がいくらあっても足りなくて、「早く起きて曲作んなきゃ」みたいなのがしんどかったけど、その行為自体は「バンドやってるな」「音楽やってるな」という感じでめっちゃ楽しかったです。もともとメンバー同士で口を出し合うバンドでしたけど、今回は人に意見を聞いて「この歌詞はわかりにくいのか。だったら変えてみようかな」「日本語で歌ってるし、伝わってナンボだから」と見直すことが今までよりも多かった。ほとんどそれに向き合いながらの制作でしたね。
──「全曲シングル級に」というモチベーションがある中で、皆さんが目指したのは歌と言葉がしっかり伝わる楽曲だったんですね。
仲川 そうですね。ちゃんとカッコよくて、歌詞が耳に飛び込んでくる感じにしたいなと。今回はレコーディングエンジニアの兼重哲哉さん、高山徹さんと初めて一緒に制作したけど、兼重さんに関しては、僕が一緒にやりたいと言いまして。兼重さんはSUPER BEAVERも手がけていらっしゃるし、知り合いの先輩バンドからオススメしてもらって。兼重さんとだったら、歌にフォーカスしたサウンド作りを実現できると思ったんです。
オギノ 高山さんには、楽曲の素材が多くなったり、逆に物足りなくなったりしたときに整理整頓をしていただきました。特に「tiny spark」ではグランドピアノのサウンドを入れるという初めての試みがあったので、かなりサポートしてもらっていますね。音数が多くなりがちなところをきれいにまとめていただいて。
──今年4月に配信リリースされたシングルバージョンと聴き比べると、より開けた表現になっていますね。再録によって「歌にフォーカスする」というコンセプトがまさに体現されています。
オギノ ありがとうございます。僕らは一度リリースした曲を再録することがあまりなかったけど、再録するからには明らかな違いを出さなきゃいけないと思って。このEPに入れるにあたって歌モノに挑戦というか、曲がしっかり伝わるように意識しました。
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それぞれの音作りのこだわりは





