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シーナ“ロック葬”に2000人参列、鮎川誠「44年間本当に幸せでした」

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供花が鮮やかに飾られた祭壇。

供花が鮮やかに飾られた祭壇。

子宮頸がんのため2月14日4:47に逝去したSHEENA & THE ROKKETSのシーナ(Vo)の通夜が、本日2月18日に東京・下北沢の森巖寺開山堂で行われた。当初は家族葬を予定していたが、別れの言葉を贈りたいというファンの声が多く寄せられたことから、急遽ファンの参列も受け付けることに。シーナとの別れを惜しむかのような小雨がぱらつく中、約2000人ものファンが式場に集まった。

祭壇はファンから贈られた供花でかわいらしく彩られ、真ん中には昨年撮影された写真が遺影として飾られた。棺の周りにはマイクスタンド、タンバリン、ライダースジャケット、そしてシナロケがこれまで作ってきたレコードがいくつも並べられ、式場内のBGMはシナロケの名曲の数々がチョイスされる。まさに“ロック葬”と呼ぶのにふさわしいものとなった。

夫である鮎川誠(G, Vo)は最初に「新しいアルバム(「ROKKET RIDE」)を作って、またぶっ飛ばそうと思っていた矢先に病気がわかりました。治療とロックとどっちを選ぶかというときに、シーナは迷わず最後までロックする道を選んで、35周年の日比谷野音でも精一杯歌うことができました。『私は逃げも隠れもせん』って、最後までずっとライブをやりました。死期が近いと知ったとき、みんなにありがとうを言いたいって言っていました。僕たちは一緒に『ROKKET RIDE』を聴きながらシーナの最期の日を迎えました」と、参列者に説明。焼香の合図として鮎川は、シーナをステージに呼びこむ際にいつも言う決めゼリフ「OK! Here come on queen of rock'n'roll hearts!」と言い、「シーナ! ありがとう! バーイ!」と叫んだ。

続いて内田裕也がカイキゲッショクのHIRO、Zeebraとともに祭壇の前に歩み寄り、内田はマイクを手にして「シーナはティナ・ターナーや(レディ・)ガガにも負けない存在だったと思います」とコメント。さらに内田は「次々とロックの盟友が亡くなっていくことに、非常に考えさせられました。僕はその分、80歳を過ぎるまで絶対にロックをやってやろうと思います。鮎川くん、メンバー、関係者の皆さん、シーナのためにももっとすごいロックンロールを書いて、ここにSHEENA & THE ROKKETSあり!っていうところを見せてほしい」とエールを贈った。

参列者の中には浅井健一やダイアモンド☆ユカイなどロックアーティストの姿も。九州に住んでいた頃からの長い付き合いだったという海援隊は3人揃って参列し、武田鉄矢は「マコちゃん(鮎川誠)は非常にモラルの高いジェントルマン。アマチュアの頃から、あんなに優しいロックンローラーはほかにいなかった。そんなふうになったのは、シーナっていう素敵な相棒がいたからだと思います」と語っていた。

ウルフルズのウルフルケイスケ(G)は「高校時代に憧れていたシーナさんの隣で、ステージでギターを弾いたときのことが忘れられないです。一時期喉の調子が悪かったのを乗り越えたばかりだったので、もう少し歌ってほしかったです」とコメント。シーナと同じく福岡出身の石橋凌は「女性ロックボーカリストとして一時代を作られた方だと、特に九州出身の人はみんな思ってると思います。(鮎川誠とシーナは)ジョン・レノンとオノ・ヨーコみたいな夫婦でした」と評し、「バンドマンとして80年代から一緒に闘ってきたという思いがあります。ごゆっくりお休みください、お疲れさまでした」とシーナにメッセージを贈った。

バブルガムブラザーズのBro.KORNは「シーナさんは(内田)裕也さんのパーティに必ず出席していたのに、去年の暮れはいらっしゃらなかったのでどうしたのかと思ってました。具合が悪いとは聞いていたけど、まさかそこまでとは思ってなかったし、まったくそんなふうには見えなかったから」と語り、「僕も死にかけたりしたんで、戦友がいなくなったみたいな気持ちです。今日はみんなでレモンティーを飲みます」と淋しげに話した。映画監督の崔洋一は時折涙で声を詰まらせながら、「シーナの前にシーナはいない。シーナの後にもシーナはいない」とコメント。手術をせずに最後までライブをしたことについて「いかにも彼女らしいと思う。こんなことを言うとご家族の心に触れてしまうかもしれないけど、『よくやった』って思った」と語った。

通夜が始まって3時間半ほど経った頃、鮎川誠が祭壇の前に立ち、「シーナがいなくなるのは本当に悲しいことですけど、『しっかりせんね!』っち、後ろで言いよるみたいです。今皆さんのご厚情を次のエネルギーにして、僕たちも家族仲よくやっていきます。今日は本当にありがとう」と参列者たちに感謝の言葉を述べた。彼は「『なんでこんなに早くシーナ逝ってしもうた』っていう気持ちは正直ある。でもクヨクヨしてられん。世界中探してもいない最高のロックボーカリスト・シーナから学んだロックを伝えていくために、これからもシーナの歌を歌っていきます」と意気込みをあらわにした。

さらに鮎川は「『ROKKET RIDE』というアルバムの中で、僕らは永遠の愛を誓う歌を一緒に歌いました。44年一緒にいましたけど、毎日音楽の話をして、本当に幸せでした」と心境を吐露。「本当にシーナありがとう。シーナ、フォーエバー!」と叫ぶと、葬儀場には拍手が沸き起こった。

また取材陣から鮎川家の3姉妹に向けて「今後3人がシーナさんの代わりにボーカルになる可能性は?」という質問が飛ぶと、長女の鮎川陽子が「シーナは世界に1人しかいないし、これからもシーナみたいな人はいないと思う」と返答。三女の鮎川知慧子は「ごはんを作るのもロック、掃除するのもロック。なんでも楽しむ人なんです。病気がわかって入院してるときも『今を楽しまなくちゃ』って、お母さん最後まで完全燃焼で楽しんでたんです」、次女の鮎川純子は「最高の母であり、最高の女性であり、私の完璧な理想でした。誇りです」と、それぞれ母についてコメントした。

※記事初出時、本文中の人名および内容に誤りがありました。訂正してお詫びいたします。

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