U-zhaanが食べて聞く「カレーと音楽」 第1回 [バックナンバー]
カレーエリートの宇多丸が説く「音楽とカレーは似ている」
ローカライズで個性を放つ日本語ラップとライスカレー
2024年1月22日 12:00 73
ラーメンよりもカレーのほうが音楽っぽい?
宇多丸 うーん、カレー好きミュージシャンが多いかどうかは別にして、「カレーと音楽は似ている」って僕はよく言ってて。カレーの味を音楽で例えると、ニュアンスがすごく伝わりやすいんですよね。「このカレーは中音域しかないな」とか、「なんかこれ下ばっか鳴ってるけど、低音を利かすには上もバランスよく鳴らさないと」とか。あとは「これ、辛いだけで音が割れちゃってるんだよ」みたいな。
U-zhaan あはは! 超いいですね。
宇多丸 自分のラジオ番組に黒沢くんを呼んで、彼と一緒にカレーを音楽ジャンルに無理やり当てはめて楽しんだりもしてます。「これは中域が強めだからJ-POPだ」とか「これはブラックミュージック的だぞ」「いや、ブラックミュージックの中でもファンク寄りだ」とか。なぜかほかの食べ物よりカレーのほうが、音楽的な要素が強い気がするんですよね。音楽におけるミックス作業的なものはスパイスの使い方にも通じるというか。
U-zhaan あー、そうかもしれないですね。ちょっとエフェクターっぽいスパイスなんかもあるし。
宇多丸 そうそう、入れるだけで倍音が突然鳴り出すような。
U-zhaan 僕がレトルトカレーを監修したときも、味の感じを伝えるのに音楽で例えたりしましたね。一緒に作っている石濱匡雄さんもミュージシャンなんで、「なんか今回のサンプルはハイが足りなくない? カルダモンとチリ足してみる?」とか。
宇多丸 やっぱやってるんだ! でもこれが麺類、例えばラーメンの話になると麺の打ち方とか硬さとかそういう中域の、歌のうまい下手みたいな話が大きくなってくる。
U-zhaan ……すみません、ちょっと理解できなかったんでもう一度言ってもらってもいいですか?
宇多丸 あ、僕の中で炭水化物は中域にいるんです(笑)。なので、ラーメンだとどうしても中域の話が多くなってきちゃう。カレーの場合は合わせるものがごはんとは限らないし、そのほかの要素もたくさんあるんだけど。
U-zhaan 確かに麺がないラーメンはあり得ないかも。
宇多丸 麺が占める割合が大きいので「歌が上手か下手か」みたいな話に終始してしまう傾向がある。こっちは歌だけ聴いているわけじゃないからさ。なんなら歌がない曲だって聴くし。
U-zhaan なんだかすごい話になってきたな(笑)。まあラーメンの話はさておき、カレーを音楽に例えるとするなら、宇多丸さん監修カレーは
宇多丸 どちらも理詰め感があるのかもしれないですね。うれしいな。実は今回商品化したカレーって、数パターンあった試作品の中では比較的インパクトが弱めのものなんです。最後まで迷った候補には、もっと音量がデカくて1音1音がエッジィなミックスのやつもあった。そっちもよかったんだけど、もう1回食べたくなる、常備したいって思われるようなカレーにしたかったのでひと口目のインパクトはソフトにしました。
U-zhaan 音楽を作っているときも、そういう部分で迷うことはありますか? 自分でいいと思っている方向より、あえて少し抑えめのミックスを選んでみたりとか。
宇多丸 ありますよ。僕1人だとエッジィな方向に突っ走りがちなんですが、メンバーが引き戻してくれたりして。僕よりもMummy-Dのほうが、そういうバランス感覚を持っているかも。
U-zhaan 引き戻してくれる人がいるのはいいですね。
宇多丸 うん、グループで活動をするうえでの利点でもあるかもしれない。
U-zhaan 僕も鎮座DOPENESSと環ROYとグループを組んでいるんですが、彼らは全然引き戻してくれないですよ。
宇多丸 あー、それはあの人たち自身がスパイスとして強烈すぎるから(笑)。
U-zhaan×環ROY×鎮座DOPENESS / BUNKA
インド好きの父
宇多丸 ユザーンさんは、ご自身のやっている楽器や音楽がきっかけでカレーに詳しくなったんですか?
U-zhaan そうですね。タブラを習うために毎年インドに行って、本場のカレーを毎日食べて、否応なくカレーの波に飲まれました。
宇多丸 インドのどのへんにいたんでしょう?
U-zhaan 一番長くいたのはコルカタですね。コルカタ、ムンバイ、チェンナイという3都市に住んだことがあります。コルカタの食事は本当においしいですよ。あのへんの魚料理が本当に好きなんで、いつか魚カレーのレトルトを出したいんですけど、骨の問題とかもあってなかなか難しくて。
宇多丸 今インドの話をしていて思い出したんですが、僕が幼い頃からなぜこんなにカレー屋へ連れて行かれてたかというと、父がすごくインド好きだったからなんですよ。旅行が好きで世界中のいろんな国へ行っていて、インドにもめちゃくちゃ行ってました。
U-zhaan そうなんですね! それは宇多丸さんのカレー人生に影響が絶対ありますよね。宇多丸さんはお父さんのインド旅行について行かなかったんですか?
宇多丸 僕はまったく行かなかったです。冒険心ゼロだし、旅行は怖い(笑)。父と正反対のタイプなんですよ。まあ、父も一人旅がしたいから子供なんか連れて行きたくなかったんじゃないでしょうか。いろいろ責任もある立場だったと思うんですが、すべて放り投げて1人で行ってました。
U-zhaan そんなにインドへ行ってたら、やっぱり日本でもときどきインド料理を食べたくなったでしょうね。
宇多丸 そう、それがあってインド料理屋に通っていたんだと思うんですけど、同時に父は「本場のインド料理もいいけど、東京のカレー屋はすごくいいぞ」って言っていました。
U-zhaan 東京には東京のおいしさがあるってことなんですかね。じゃあ、そんな東京カレーの中で、宇多丸さんが一軒だけ僕にオススメするとしたらどこでしょうか。
宇多丸 そんな、私ごときがU-zhaanさんに?(笑)
U-zhaan はい、できたらデリー以外でお願いします。
宇多丸 本当にベタな古い有名店しか行ってないんですけど、うーん、エチオピア(※3)とか?
U-zhaan あ、エチオピアっておいしいらしいですよね!
宇多丸 エチオピアは独特なんですよ。そもそも、カレー屋の店名にエチオピアってなんやねんっていう。もともとはコーヒー屋さんでエチオピアコーヒーを出していたのが、カレーも提供してみたら好評だったので同じ店名のままインドカレーの店にしたらしいんですが。味もまた独特なんです。低音と高音がめっちゃ効いてるドンシャリなカレーで、僕らはマイアミベースって呼んでる。
U-zhaan マイアミベース(笑)。エチオピアには僕も1回だけ行ったことがあって、そのときはレキシの池ちゃんが一緒だったんですが。池ちゃんが「武田信玄に関してのリリックを俺が読み上げて、それにぴったり合わせてユザーンがタブラを叩くっていう曲をやりたいんだよね」とか言ってるのを聞きながら食べてたので、食事にまったく集中できなかった。宇多丸さんは、エチオピアでは何を注文するんですか?
宇多丸 エチオピアのカレーは基本的にサラッとしてるんですけど、その中でも特に豆カリーがサラサラでおいしいんですよ。チキンベースのルーが豆とぴったりで。まずそれを注文したうえで、サイドメニューのインド豆サラダも頼んじゃいます。玉ねぎのアチャールもオプションで追加して、豆サラダに混ぜて食べるとまたおいしくて。
U-zhaan なんか説明が上手ですね。すっごく食べたくなりました。
宇多丸 自分にとっての黄金メニュー、黄金コースみたいなのがいろんな店にあるんです。エチオピアではさっき言った豆カレーと、アチャールを混ぜた豆サラダ。デリーだったら絶対ラサム。僕の中でデリーは、ラサムスープを飲みに行くところなんです。
U-zhaan カシミールカレーじゃないんだ!
宇多丸 ラサムとサラダのセット、食後にマンゴージュース。このコースですよ。同じデリーでも上野店のほうなら、カシミールはほかでも食べられるのであえて上野店限定のチキンバリカレーを攻める、みたいな。
U-zhaan そういう店がいっぱいあると、もう他店やほかのメニューを探してる余裕がないですよね。
宇多丸 そうなんですよ。この街に行ったらこれ、っていうのが決まっちゃってて。
U-zhaan それって幸せなことだと思いますよ。大好きな味を見つけるためにさまざまな店を訪れていたはずなのに、せっかくおいしい店に出会ってもリピートするよりも新しい店を探し続けちゃう人もいるじゃないですか。どちらかというと、僕もそっちのタイプなんですが。
宇多丸 まあね。でも開拓好きの人がいるおかげで、僕もいろいろ教わることができてるんですけど。
U-zhaan それはそうかもしれないですね。
宇多丸 僕が同じ店ばかり通っているのには、東京生まれ東京育ちの人に特有の、すごく保守的な部分が影響してて。例えば僕が生まれ育った街を案内していたとして、「あ、このお店かわいい」とか言われても「いや、そんな店はなかった」とか。
U-zhaan あはは!
宇多丸 「ここ、評判になってて行ってみたかったとこ!」「その店もなかった。あ、こっちの店は昔からあった」とか、めちゃめちゃ排他的になっちゃって。
U-zhaan すごいわかります。僕は埼玉県の川越市出身なんですけど、僕も川越で全く同じことをやってる。「この店はなかった」って。
宇多丸 地元民につい出ちゃう排他性(笑)。そのノリで東京を見ちゃってるので。
U-zhaan 東京でそれをやったら、だいぶ心が狭い人に見えるでしょうね。ちょっと今度、どこか一緒に開拓しに行きましょうよ。新しい店も受け入れられる、広い心を持つために。
宇多丸 そうですね! 僕は本当に人付き合いが悪いって言われてるんですけど、いずれぜひ。
U-zhaan そういえば、先月までムンバイのレストランで修業してた人が僕の家にカレーを作りに来てくれて、ハナレグミと一緒にそれを食べるっていう謎の会合がありますが、宇多丸さんもどうですか?
宇多丸 え、日程はいつ?
U-zhaan 今日。
宇多丸 さすがに今日は無理です(笑)。
宇多丸(ウタマル)
Mummy-D、DJ JINと結成されたヒップホップグループ・RHYMESTERのメンバー。1993年にアルバム「俺に言わせりゃ」でデビューし、1998年発表のシングル「B-BOYイズム」、翌1999年発表の3rdアルバム「リスペクト」のヒットで日本のヒップホップシーンを代表する存在となる。2023年6月に6年ぶりのフルアルバム「Open The Window」をリリース。7月にRHYMESTERプロデュース、宇多丸監修によるオリジナルレトルトカレーを発売した。ラジオパーソナリティとしても活躍しており、毎週月曜から木曜はTBSラジオの人気帯番組「アフター6ジャンクション2」に出演している。現在開催中のRHYMESTERの全国ツアー「King of Stage Vol. 15 Open The Window Release Tour 2023-2024 Presented by NISHIHARA SHOKAI」ファイナルが2024年2月に東京・日本武道館にて開催され、3月には延期となった石川・Kanazawa AZの振替公演が行われる。
U-zhaan(ユザーン)
埼玉県川越市出身のタブラ奏者。世界的なタブラプレイヤーであるザキール・フセイン、オニンド・チャタルジーの両氏に師事する。タブラ修業のために毎年インドを訪れ、本場のスパイス料理に慣れ親しんだ経験を生かし、自身が監修したベンガル料理のレシピ集、レトルトカレー、仕切りが取れるカレー皿を発売した。2014年10月リリースの1stソロアルバム「Tabla Rock Mountain」の初回限定盤はスパイスで一部色付けされたことが大きな話題に。2024年2月に福島・郡山市で、シタール奏者の石濱匡雄と鯉カレーの料理教室を実施。3月には同じく石濱と埼玉・飯能市で行われるカレーのイベント「ナマステ飯能カレー祭り」に出演する。
登場したカレーショップ
※1)デリー上野店
※2)Curry House チリチリ(移転)
※3)エチオピア本店
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