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佐々木敦&南波一海の「聴くなら聞かねば!」 7回目 前編 [バックナンバー]

松隈ケンタとアイドルソングのメロディを考える

年間200曲手がける売れっ子プロデューサーの今

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スランプはもうなくなった

佐々木 近田春夫さんが筒美京平さんについて書かれた「筒美京平 大ヒットメーカーの秘密」(2021年8月発売)という本の中で、日本の歌謡曲 / J-POPの歴史の中でもっとも作曲した楽曲数が多いのが筒美京平さん、2位が小室哲哉さんと紹介されていまして。現在それ以降の順位がどうなっているかはわからないんですが、松隈さんはこのペースで行ったらそのランキングの上位に食い込むんじゃないかという(笑)。それくらいハイペースで曲を作られていますよね。WACKの人気に火が付いたあとも、いろいろなアーティストにコンスタントに楽曲を書き下ろしていったのがすごいですよね。WACK専属になるわけでもなく、かといってWACK以外のところの比重を大きくするわけでもなく。それって独自のバランス感覚と相当な体力がないと実現できないことなんじゃないかなと思うんです。

松隈 そういうところに気付いていただけるなんて。泣きそうです(笑)。

南波 松隈さんは、僕らの世代のつんく♂さんというか。今はWACK自体がハロー!プロジェクトみたいな作りになっているから、そんなふうに見えています。

左から佐々木敦、南波一海。

左から佐々木敦、南波一海。

松隈 その点に関しては渡辺くんと出会ったのが一番大きくて。渡辺くんはとてつもない根性論で生きてきたタイプで、僕も同じような感じだった。そんな2人がくっついたから、お互いワケがわからなくなりながらも必死でやり続けているというのはありますね。渡辺くんって、やっと1枚のアルバムを作り終えたと思ったら、いきなり新グループを作ったり、GO TO THE BEDSPARADISESのメンバーを全部入れ替えたり(参照:WACK所属のGO TO THE BEDSとPARADISES、メンバーまるごとチェンジ )、ホントに意味わかんないことを突然言い出すんですよ(笑)。そうやって渡辺くんのアイデアでグループが増えたり体制変更があったりすると、僕もその分やることが増える。音楽プロデューサーは作曲以外にも編曲をチェックしたり修正の指示を出したり、楽曲の方向性を決めたり、プレイヤーたちのモチベーションをあげるのも仕事のうちなので、単純にすごく忙しいんですよね。

佐々木 ある意味、監督みたいなものですよね?

松隈 まさにです。で、そういう監督みたいなことをしながら、一昨年は年間で200曲くらいプロデュースをしていました。去年分の曲数は数えていないんですけど、多分もっと増えていると思います。

佐々木 とんでもない数ですね。

南波 しかも発表された曲が200曲ってことですよね? ということは200曲以上は作っている。

松隈 リリースされずにボツになった曲もあるし、250~300曲くらいは作っていたかもしれません。でも僕以外の作曲家もみんなそれくらいやっているかもしれないし、自分の場合はありがたいことに曲を採用してもらえる機会が多いので、モチベーションが途切れずにどんどん作っていけているという。でも若手の頃は300曲作っても数曲しか決まらないみたいなこともあったりして。今は仕事をもらえてありがたいという一心でやっています。曲や僕自身が売れることよりも、いっぱい仕事を頼まれることのほうがうれしい。でも体力的な限界もあるし、1年は365日しかないわけだから、1年で365曲以上は作りたくないですね(笑)。

南波 松隈さんのYouTubeを拝見していて印象に残っているのが、「曲作りにおけるスランプはもうなくなった」という発言で。そんなことって本当にありうるのかという。

松隈 僕自身ビビりましたけど、今はまったくないですね。

佐々木 曲ごとに要望や締め切りがある中で、1つひとつをどんなふうに打ち返しているんですか? 作業を止めるわけにいかないから、スランプになんかなっていられないというのもあるかもしれないですが。

松隈 比較的少ないほうだと思いますが、スランプになったことは過去何回かありました。メロディが出てこなかったり、自分で「いい曲作れないな」と思ったり。でもあるとき渡辺くんから「最近スランプですか?」と聞かれたことがあって。きっとあんまり曲がよくなかったんでしょうね。でもそのとき僕は絶好調の気分だった。こっちはいい調子で3曲も出しているのに、何がイマイチだったのかまったくわからず、そのとき僕にはスランプはないんだなと実感したんです。実際はその逆もあるような気がしていて、自分がスランプだと思っていても作った曲がバカ売れするということもある。だからスランプという概念自体、考えなくていいかもなと。

佐々木 出来 / 不出来とか当たり外れみたいなものがあるのは当たり前で、むしろ作り続けることが一番重要だという。

松隈 そうですね。だから渡辺くんにも「こんだけ作っていればそりゃ曲がよくないときもあるよ。ごめん」と言った記憶があります(笑)。でも結局曲のいい悪いはそれぞれの感性によるものだから、それをすべてスランプだと決めつけてしまうのはどうかなと。それを理由に曲作りを休むことだってできてしまうし、僕の中ではスランプってカッコつけでしかないのかなって。逆に自分にスランプはないと決めたら、いつまででも曲を作れますからね。

南波 すごいことを簡単に言いますね。スランプという考え方自体をなくせばスランプがなくなる……。

松隈 はははは。結局、渡辺くんがすごいんですよね。僕に全部任せるというか、僕をどんどん使ってくれるから。でも売れているチームってだいたいそうで、やっぱりつんく♂さんも小室さんも全部自分でやっていたから売れていったところも大きいと思うんですよね。作曲家からすると、1曲だけ頼まれてそれでヒット曲を出せというのはかなり過酷で。WACK以外の事務所からも依頼をいただきますけど、単発で大きな結果を出すというのは誰がやっても無理じゃね?と思っているところもあります(笑)。

南波 確かにそうですよね! 今回ああやったから次回はこうやって、と積み上げてきたからこそ結果につながる面も大きいはずなのに、単発のオファーは「1回切りでホームランを打ってくれ」という話ですもんね。

<次回に続く>

左から佐々木敦、松隈ケンタ(Buzz72+)、南波一海。

左から佐々木敦、松隈ケンタ(Buzz72+)、南波一海。

松隈ケンタ(Buzz72+)

1979年生まれの音楽プロデューサー / 音楽制作集団・スクランブルズの代表。地元福岡から自身がギターを担当するロックバンド・Buzz72+を率いて上京し、2005年にavex traxよりメジャーデビューを果たす。2007年にバンドが事実上解散状態に突入して以降、楽曲提供やサウンドプロデュースの活動を開始。これまでにBiSBiSH、EMPiRE、豆柴の大群らWACK所属グループや、中川翔子、柴咲コウ、Kis-My-Ft2らのサウンドプロデュースを担当しており、現在は2020年に再結成したBuzz72+のメンバーとしても活動しながら、日本経済大学の特命教授として同大学の福岡キャンパスで教鞭を執る。

佐々木敦

1964年生まれの作家 / 音楽レーベル・HEADZ主宰。文学、音楽、演劇、映画ほか、さまざまなジャンルについて批評活動を行う。「ニッポンの音楽」「未知との遭遇」「アートートロジー」「私は小説である」「この映画を視ているのは誰か?」など著書多数。2020年4月に創刊された文学ムック「ことばと」の編集長を務める。2020年3月に「新潮 2020年4月号」にて初の小説「半睡」を発表。同年8月に78編の批評文を収録した「批評王 終わりなき思考のレッスン」(工作舎)、11月に文芸誌「群像」での連載を書籍化した「それを小説と呼ぶ」(講談社)が刊行された。

南波一海

1978年生まれの音楽ライター。アイドル専門音楽レーベル・PENGUIN DISC主宰。近年はアイドルをはじめとするアーティストへのインタビューを多く行い、その数は年間100本を越える。タワーレコードのストリーミングメディア「タワレコTV」のアイドル紹介番組「南波一海のアイドル三十六房」でナビゲーターを務めるほか、さまざまなメディアで活躍している。「ハロー!プロジェクトの全曲から集めちゃいました! Vol.1 アイドル三十六房編」や「JAPAN IDOL FILE」シリーズなど、コンピレーションCDも監修。

バックナンバー

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読者の反応

佐々木敦 @sasakiatsushi

好評で嬉しい!
南波君とのこのナタリー連載、次回も収録済みです。あと何回続くのかわかりませんが、いつか一冊の本になるといいな。
類例のないアイドル論になると思います。
https://t.co/aFNFQ7vqbk

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