DOGADOGA|あっ!と驚くカオティックなパンクバンド、真夏を彩るロックンロールEPが完成

元plentyの江沼郁弥(Vo, G)、元andymoriの藤原寛(B)、真心ブラザーズのサポートなども務める古市健太(Dr)、オールドスタイルのスウィングジャズを得意とする渡邊恭一(Sax, Cl, Fl)という4人により2023年に結成されたDOGADOGA。「ドガドガ」とは読まず、ふた回しで「ドガ」と読むバンド名と同様に一筋縄ではいかない音楽性が彼らの持ち味だ。

昨年発表の1stアルバム「CHAOS Z.P.G.」ではTalking HeadsやThe Pop Groupを連想させるポストパンク / ノーウェイブ的な要素に加え、アフロやラテンの香りもちりばめたバラエティ豊かな音世界を展開したDOGADOGA。そしてこの夏リリースされた新EP「あっ!」は、ロックンロール的ともいえるテンション高い楽曲が並んでおり、バンドの新たな側面を感じさせる1枚となった。

注目のバンド・DOGADOGAはどこに向かおうとしているのだろうか。4人そろってのロングインタビューは初めてだという彼らに、結成の背景から今後のビジョンまでじっくりと聞いた。

取材・文 / 大石始撮影 / YURIE PEPE

“楽しいからやる”で始めたバンド

──DOGADOGAは、もともと江沼さんと岡山健二(ex. andymori)さんが「俺らのノリのパンクバンドを組もう」と意気投合したことから始まったそうですね。当初は継続的なバンドというより、遊びの感覚だった?

江沼郁弥(Vo, G) そうですね。その頃はまだコロナ禍だったのでライブもできないし、音源の制作ばかりで退屈だったんです。その鬱憤を晴らすというか、「お客さんがいなくてもいいから知り合いのライブハウスを借りてガーッと何かやりたいよね!」という話をする中で動き始めたんですよ。

──具体的な計画が最初にあったわけじゃなくて、「まずは音を出したい」という欲求があった?

江沼 最初はそうでしたね。

──SENSAに掲載されていた江沼さんのインタビュー(参照:20th Centuryのサポートから新バンド・DOGADOGAに向かうまで、この数年間の江沼郁弥に何があったのか?現在地を掘り下げる徹底インタビュー | SENSA インタビュー)を読んだのですが、その中で「音楽的なビジョンとかそういうのはなくて、もうむしゃくしゃするから、パンクバンドやろうぜ、叫ぼうぜ、みたいな感じでした。『ブランディングとかそういうつまらないことを考えずにやりたいことやろうよ』みたいな」とおっしゃっていましたよね。ブランディングなどを過剰に考えなくてはいけない現在の音楽のあり方に対してモヤモヤしたものもあったのでしょうか。

江沼 それはありましたね。ブランディングを意識した音楽が悪いというわけじゃないけど、そういうものを気にせず、“楽しいからやる”って大事なことだと思うし、そのときの自分にはそれが大切に思えたんです。勢いとかノリが大事で、「顔色をうかがって作らない」みたいな。

──そうした意識を言語化すると「パンクバンドやろうぜ」になったと?

江沼 そういうことだと思います(笑)。

江沼郁弥(Vo, G)

江沼郁弥(Vo, G)

──メンバーは20th Centuryのサポートバンドが母体になっているんですね。

江沼 はい。健二くんとバンドの話をしていたころ、トニセンのバックバンドとして招集がかかって。(藤原)寛くんとナベさん(渡邊恭一)、健二くんとそこで一緒になったんですよ。andymoriはplentyが所属していた事務所の先輩だったので、以前から寛くんとはつながりがありました。

──皆さんは江沼さんから声がかかったとき、どんなことを感じましたか?

藤原寛(B) トニセンのツアーが終わって、気分が盛り上がっていたときに郁弥から連絡が来たので「いいね!」と。郁弥のことは10代の頃から知っていたし。

──付き合いは古いけど、一緒にバンドをやるイメージはなかった?

藤原 そうですね。それぞれ別のバンドにいて、やることがあったし。ただ、近いところにいた認識だったので、突拍子もないところから声がかかったという感覚はなかったです。

若いドラマーとオールドスクールなジャズ奏者

──古市さんはいかがですか?

古市健太(Dr) 僕はちょうど年上の人とバンドをやりたいなと思っていたんですよ(笑)。だからラッキーと思って。

──古市さんは皆さんとけっこう年齢が離れてますよね。おいくつですか?

古市 今、22歳です。

古市健太(Dr)

古市健太(Dr)

江沼 トニセンのツアーで一緒だった(古市の父であり、THE COLLECTORSのメンバーである)古市コータローさんから「俺の息子、ドラムがうまいんだよ!」と、紹介してもらったんです。

──古市さんは江沼さんのソロのバンドセットでも演奏していますよね。

江沼 はい。コータローさんが言う通り、彼はドラムが上手なんですよ。ムラがなくて安定感のあるドラムを叩く。それって歌う人間からすると、すごくやりやすいんですよね。

藤原 若いと変にテクニカルなことをしたくなったりすると思うんですけど、全然無駄なことをしないんですよ。

古市 歌を意識しながら叩くようにしているからですかね。歌に寄り添うというか、曲ありきのドラムを叩く人が好きなので、そういう人たちを見て育ったらこういうスタイルになりました。一番好きなドラマーは、スピッツの﨑山龍男さんです。

──渡邊さんはオファーを受けてどう感じました?

渡邊恭一(Sax, Cl, Fl) トニセンの現場がすごく楽しかったんですよ。終わってしまって寂しいけど、次に行くか……みたいな時期に江沼さんから電話がかかってきて驚きましたね。

──渡邊さんにとっては意外なオファーだった?

渡邊 そもそもトニセンのサポートも意外なオファーでしたし、そこからさらにバンドを組もうというのも意外でした。僕はもともと古いタイプのジャズが好きなので、昔の自分からすると、こういう感じのバンドに加入するというのは想像できなかったことだと思います。

渡邊恭一(Sax, Cl, Fl)

渡邊恭一(Sax, Cl, Fl)

──もともとジャズ畑にいた渡邊さんがいることによって、DOGADOGAはいわゆる普通のロックバンドとは違うバンドになっていますよね。

江沼 最初はゴリゴリでギャーッてやつをやろうとしてたところで、トニセンのバンドでナベさんに会って、この人と絶対にやりたい!と思ったんですよ。ナベさんが入ったことで徐々にポストパンク寄りになっていきました。

渡邊 最初のデモがそういう感じだったもんね。

江沼 そうそう。曲作りを進めていくうえで、カオティックな部分はナベさんに任せるようになって、徐々に方向性が定まっていったんです。

プレイスタイルを見てメンバーを野放しに

──バンドとしての手応えを感じるようになったのはいつですか?

藤原 初めてスタジオに入った段階からわりとありましたね。

江沼 そう? まあ、俺がずっとふわっとしてたからね。登戸の中華料理屋で寛くんから「ちゃんとやるの? やらないの?」と問い詰められて、「じゃあ、ちゃんとやろうか」という話をした覚えはある(笑)。

藤原 そうだっけ(笑)。

──江沼さん的にはこのバンドの活動をふわっとさせておきたかったんでしょうか? ブランディングありき、テーマありきじゃない音楽活動をやりたくなったということも、その一因なのかなと思いますが。

江沼 ああ、そうですね。確かにそういうところはあるかもしれない。その感覚は今もあると思います。

藤原 郁弥はずっとplentyで人目に触れる活動を続けてきたわけでしょ。若い頃なんか特にふわっとした活動はできないからね。

藤原寛(B)

藤原寛(B)

江沼 そうそう。「楽しいからいいじゃん」というノリでバンドをやったことがなかったんですよ。plentyのころは1人でデモをカチッと作って、それをメンバーに渡す感じだったんですけど、DOGADOGAで同じやり方をしたほうがいいのかわからなくて……でもこうして集めたメンバーを見ると、それぞれのプレイスタイル的に「こう弾いてください」とお願いするよりも野放しにしたほうがいいんじゃないかと思ったんです。

渡邊 本当に野放しだよね(笑)。

──江沼さんが作ったものをアレンジしてもらうのではなく、このメンバーとゼロから音楽を作ってみたくなった?

江沼 そのほうが楽しいんじゃないかなと思っていました。