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佐々木敦&南波一海の「聴くなら聞かねば!」 6回目 中編 [バックナンバー]

作家・朝井リョウとアイドルシーンの多様性を考える

恋愛禁止もアイドルを続けるのも、自分で選んだことだから

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タブーが問題視されない未来

佐々木 あとは女性アイドルのスキャンダルが発覚して、相手が芸能界にいる人物だった場合、それぞれが負うダメージが均等じゃないなんてこともありますよね。一方は活動する場所を失ってしまうけれど、もう一方はノーダメージで活動を続けているケースもある。そういう状況が、「アイドルは恋愛禁止」というルールが存在するがゆえの結果だとしたら、そのルール自体をそろそろなんとかしなくちゃいけないんじゃないかと。「武道館」ではそういう問題が現実に先んじて描かれていたと思うんです。現実世界ではタブーとされているものが、問題にならなくなった未来が描かれていますよね。

朝井 私個人の感覚としては、「武道館」で描いたようにアイドルの恋愛がタブーでもなんでもなくなるといいなという思いがありますが、だからといって自ら恋愛禁止を選択するアイドルにどうこう言う権利はないんだよな、とも思っています。どんな種類のアイドルもいる、というのがもっとも風通しのいい状態なのかな、と……。

佐々木 かつてアイドルサイボーグとも言われた宮本佳林さんみたいに、自分で「恋愛はしない」と決めて活動する人がたくさんいてもいいということですよね。

朝井 それが本人の選択であれば、ですね。ただそれはつまり、自分がもっとも認めがたいものにも向き合うということ。私の場合は、歌もダンスも苦手だけど努力もしませんという人にスーパーアイドルとしてステージに立たれたときですね。「どんな種類のアイドルもいる状態を~」とか言っている自分が一番試される瞬間です。

佐々木 はははは。それを受容できるのかどうかと。

朝井 笑顔でいられるかどうか……無理そう……。

佐々木 みんな違ってみんないい的なことを思えば、そういうスタンスの人も存在して然るべきですもんね。でも本当の意味で全員が自由になることを許し合うなんて永遠に理想でしかないから、どこかで「これは僕の多様性で、それは君の多様性」と線引きするしかないんですよね。

朝井 自分の価値観を脅かす存在が立ち現れたときに、否定せずにいられるか。アイドルを観ているとつくづく考えさせられます。

人の幸せを見たいと思わせてくれる場所

佐々木 そもそも「武道館」は「アイドル界がこういう感じになっていくといいよね」という希望を込めて書かれた作品だったんでしょうか?

朝井 読み方を制限するようなことを話すので今後本を手に取りたいと思った方は飛ばしていただいたほうがいいかもですが、本文中に、武道館という場所について「人は、人の幸せを見たいんだって、そう思わせてくれる場所だよ」と表すセリフがあるんです。今となっては、ここを書きたかったのかな、と感じています。事件現場に人が集まって来て写真を撮るみたいなこともそうですけど、人って他人の幸せよりも不幸を見たい生き物なんじゃないか、と思うことは多いです。昔、峯岸みなみ(ex. AKB48)さんが丸坊主にしたときも、ショックを受けつつどこかで「なんかすごいことが起きた」とワクワクしている自分がいた。そういう、自分の中に眠る不幸中毒みたいなものが怖いんです。でも、武道館のような広い場所でライブを観ているときは、そういう気持ちが消える。何千人、何万人という人間が皆、ステージに立つ人の輝きを期待している。スポーツも同じ感覚で、観ているときは「相手チーム負けろ」より、「自分のチーム勝て」という味方への幸福を祈っているから、空間として好きなんです。人の不幸を願う気持ちに覆われそうになるときもあるけれど、人は人の幸福を願う気持ちだって持ち合わせているはず。そういう思いが反映されている作品だと思います。

佐々木 武道館という場所に限らず、スポーツもアイドルも、視線を向けているファンとそれを一身に受けている本人がいるから、そこにつながりや輝きが生まれるんでしょうね。でも一方で、観る人と観られる人という関係性があるからこそ、互いの思いが分断したり乖離してしまうこともある。

朝井 そうですね。

佐々木 朝井さんの小説には、「みんなはこの人のことをこう思っているけど、この人が思っていることはまた違うんです」ということをすごく繊細に描いているという特徴があると思うんです。そういう意味で、僕、「武道館」ですごく感動したフレーズがあるんです。物語のラストで主人公・愛子の恋愛がバレてしまい、自分を泣きながら責める同じグループのメンバー・るりかに対して愛子が発言するシーン。「私、夢って、叶ったら、叶えた人が幸せになるものだと思うの」「るりか、応え過ぎたらダメだよ」「私たちに、こうすべきだ、こうすべきだって言ってくる人の頭の中にばっかりいたら、ダメだよ」というセリフがあって。これは本当にその通りだなと思ったんです。

朝井 ありがとうございます。

佐々木 この連載でアイドル本人たちの話を聞いていると、皆さんやっぱり「ファンがもちろん大切だし、自分のことを応援してくれるから大好き」なのだけど、同時に「でもどこまでその気持ちに応え続けられるか、応え続けるべきなのか?」という葛藤が内在化しているように感じるんですよね。そういうとき、「ファンの人の理想に合わせてばかりじゃダメだ」と考えるのが、さっき朝井さんもおっしゃっていた「自分がどう思うか、どのようにあるべきかを自分の頭で考えて決める」ということで。そこがたぶん、現実のアイドル界でも本当に重要なことだし、最大の問題なんじゃないかと思うんですよね。

佐々木敦

佐々木敦

朝井 一般人として暮らしていても、このぐらいの年齢で一人暮らししていないと未熟だとか、この年齢で独身はダメなんじゃないかとか、そういう圧のようなものを感じる瞬間って多いですよね。そういう環境の中にずっといたら、自分が考えていることに気付かずに、いつのまにか流されてしまうことってあると思うんです。

南波 そうですよね。

朝井 私自身もその思考で、いつも「正解がある社会のほうに自分をチューニングしなければ」と思っていました。でも30歳を超えたあたりから、やっと考え方が変わってきたんです。

佐々木 きっかけはなんだったんですか?

朝井 例を1つ挙げると、私はかつて会社員をやりながら小説を書いていたんですね。当時は“副業”って、勤務先への忠誠心を欠く行為というか、どこか後ろめたい印象があったんです。でも10年も経たないうちに「副業、むしろやりましょう」という風潮がぐんと広まった。当時の私は「副業があるなんて思わせないようにしないと」と社内での振る舞いにものすごく気をつけていたのですが、今となってはあれってなんだったんだろうと。そういうことから、社会のほうが流動的に変わっていくんだなと実感し始めました。社会は揺るがないし、社会側に正解があると思いこんでいたけど、めちゃめちゃ動くじゃん、という。自分の外側にある何かに合わせようとしても、外側にある何かがものすごい速さで変わっていくから、そのチューニングに意味はない。これまで「これは社会が許さないだろうからやめておこう」っていろんなことに蓋をしてきた人生だったんですけど、その蓋がやっと取れ始めた感覚なんです。アイドルの話につなげると、「その年齢でアイドルって……」という風潮に変化が起きてきたこと、素敵だなと思います。

佐々木 25歳になったメンバーは卒業というジンクスがあったハロプロでもついに変化がありましたよね。Juice=Juiceの金澤朋子さんが今年の7月に26歳になって。

朝井 さっき「12、3歳では事務所の大人からルールを説明されても理解できないのでは」という話がありましたけど、そもそも何歳でもアイドルであれるという認識がもっと広まれば、自分の頭でいろいろと判断できる年齢からアイドル人生を始められますもんね。

南波 金澤さんは、そもそも辞めようと思ってないだろうけど、“25歳定年説”についてあれこれ言われる空気も感じ取っていたはずなので、「25歳を超えちゃってもいいのかな?」とも思ったんじゃないかなと。「もしかして辞めると思われてる? 私は続けるつもりなんですが……」みたいな(笑)。それをあっさりと超えていったのは本当によかったと思います。

左から佐々木敦、朝井リョウ、南波一海。

左から佐々木敦、朝井リョウ、南波一海。

<次回に続く>

朝井リョウ

1989年生まれの小説家。2009年に「桐島、部活やめるってよ」で第22回小説すばる新人賞を受賞し作家デビュー。2013年に「何者」で第148回直木賞、2014年に「世界地図の下書き」で第29回坪田譲治文学賞を受賞。2019年、「どうしても生きてる」がApple「Best of Books 2019」ベストフィクションに選出。2020年10月に作家生活10周年記念作の第1弾作品「スター」、2021年3月に第2弾作品「正欲」を発表した。現在雑誌「CD Journal」にて小説家・柚木麻子、ぱいぱいでか美とともにハロプロ愛を語る企画「柚木麻子と朝井リョウとぱいぱいでか美の流れる雲に飛び乗ってハロプロを見てみたい」を連載中。

佐々木敦

1964年生まれの作家 / 音楽レーベル・HEADZ主宰。文学、音楽、演劇、映画ほか、さまざまなジャンルについて批評活動を行う。「ニッポンの音楽」「未知との遭遇」「アートートロジー」「私は小説である」「この映画を視ているのは誰か?」など著書多数。2020年4月に創刊された文学ムック「ことばと」の編集長を務める。2020年3月に「新潮 2020年4月号」にて初の小説「半睡」を発表。8月に78編の批評文を収録した「批評王 終わりなき思考のレッスン」(工作舎)、11月に文芸誌「群像」での連載を書籍化した「それを小説と呼ぶ」(講談社)が刊行された。2021年7月よりnoteにて連載「アイドルは沼じゃない」と、“ひとり雑誌”「佐々木敦ノオト」を更新中。

南波一海

1978年生まれの音楽ライター。アイドル専門音楽レーベル・PENGUIN DISC主宰。近年はアイドルをはじめとするアーティストへのインタビューを多く行い、その数は年間100本を越える。タワーレコードのストリーミングメディア「タワレコTV」のアイドル紹介番組「南波一海のアイドル三十六房」でナビゲーターを務めるほか、さまざまなメディアで活躍している。「ハロー!プロジェクトの全曲から集めちゃいました! Vol.1 アイドル三十六房編」や「JAPAN IDOL FILE」シリーズなど、コンピレーションCDも監修。

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りりちゃん @eureka__com_

この話好きだわあ

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