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佐々木敦&南波一海の「聴くなら聞かねば!」 6回目 中編 [バックナンバー]

作家・朝井リョウとアイドルシーンの多様性を考える

恋愛禁止もアイドルを続けるのも、自分で選んだことだから

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佐々木敦南波一海によるアイドルをテーマにしたインタビュー連載「聴くなら聞かねば!」。前回に引き続き、ハロー!プロジェクトやK-POPアイドル好きな小説家・朝井リョウをゲストに迎えたトークの中編では、朝井が自身のアイドル観を深く考えさせられたというオーディション番組のエピソードや、小説「武道館」で描いたアイドル界のタブーと未来などについて話を聞いた。

構成 / 瀬下裕理 撮影 / 臼杵成晃 イラスト / ナカG

究極の3択、自分が求めるアイドル像は?

佐々木敦 僕はここ1、2年でアイドルに興味を持ったんですけど、それまではアイドルに対して、とにかく歌が歌えてないというイメージがあって。それが自分の中でハードルになっていたんですけど、YouTubeでアイドルのライブ映像を観ているうちに、生歌でもちゃんと歌えている人や、最初は歌えなかったけどだんだん上手に歌えるようになったという人がいることを知ったのが大きかったんですよね。ようやく最近になって、歌えないことってそんなにマイナスではないと思うようになった。人によってはどれだけ努力しても絶対に解消できない課題があるかもしれないけど、アイドルって、そういうことも含めて総合的な魅力があるんだとわかってきたんです。

南波一海 単にスキルがあればいいというだけの話じゃないですよね。

朝井リョウ それで言うと私はめっちゃスキル重視な人間で、パフォよくないとダメ派だったのですが、以前その視野の狭さと向き合う出来事がありました。あるオーディション番組で、こういう3人の候補者が残ったんです。1人目はキャラクターもスキルも魅力的なんだけど正しくない行動をした過去が発覚した人、2人目は歌もダンスも劣っているけれどビジュアルがすごく素敵で、「あの子が笑うだけで今日はがんばれる」というファンが大勢いる人、3人目はビジュアル的には一歩及ばずだけど明らかにスキルが抜きん出ている人。この3人に対する視聴者の見解が本当にバラバラだったんです。そのとき「この3択は人のアイドル観を映し出すものなんだ」と思いました。アイドルに期待しているものって、人によって本当に違うんだなと。

左から南波一海、朝井リョウ、佐々木敦。

左から南波一海、朝井リョウ、佐々木敦。

佐々木 それはすごいですね。究極の3択。

朝井 印象的だったのは、「過去であっても、正しくない行動をした人はアイドルになるべきではない」という意見が想像以上に多かったこと。最近はその件に限らず、特に私よりも若い世代にはそのような考え方が浸透している気がします。

南波 ちなみに朝井さんは誰に投票したんですか?

朝井 発覚した“正しくない行動”が私にとっては気にならないものだったので、1人目の方を選びました。でもそれによって、「この子がいるグループだから推せません」という人もいるわけで……私自身も仲間10人くらいと一緒に観ていたんですが、「なんでこの人を推してんの!? “アイドル”が何かわかってる!?」みたいな口論がボンボン勃発していました。アイドルという言葉の意味が、人によって全然違う。頭ではわかっていたことを体で感じたというか、そういう体験でした。

佐々木 面白い現象ですね。でも、まったく異なるタイプの3人の中から合格者を選ばなきゃいけないという状況そのものが間違っていて、それぞれがグループの中で共存するというのが、いわゆる多様性の実現という意味では正しいことなんでしょうけど。

南波 そうならないことも含めてアイドルなんですよね。

朝井 結果的に個性がバラバラな素敵なグループが誕生したのですが、アイドルとファンの間にある暗黙の了解みたいなものって、人によって本当にいろいろなんだなと。

南波 最近はそういうオーディション企画がすごく増えましたけど、オーディション参加者を育成している様子を見せること自体が目的になっていますよね。かつての「ASAYAN」みたいに、デビュー前にファンがいる状況を作るって完全に発明だなと思いつつ、マネタイズできるからという理由でその過程を見せることそのものが主になっている気もします。

朝井 ですね。デビューしたときが最高地点という現象は増えていると思います。

佐々木 もはやそういうことを繰り返していくしかない流れになってきていますよね。

朝井 ちなみに韓国では昨年、歌手志望者が両親と出演するオーディション番組が放送されたり、事務所で働くマネージャーを選ぶサバイバル番組もあったと聞いたことがあります。とにかくやってみるってすごいなと思う反面、視聴者としてこれらを楽しんでいいのかどうか、やや倫理観が問われるなと思ったんですよね。「いったいこの流れはどこまで行くんだろう? 全部エンタメにできちゃうけどそれでいいの?」と。

南波 うんうん。

朝井 私はすぐ自分の頭の尺度で「これでええんか!?」と断罪しがちなんです。アイドルの恋愛問題に関しても、「恋愛禁止って何!?」「恋愛スキャンダルで怒る人って何!?」って感じだったんですけど、じゃあ自分にとってもっとも許しがたいことってなんだろうって考えたら、ステージ上でサボることなんですよ。SNSに書き込んだりはしないですが、私は口パクとかにすごく「ダメでしょ!」となってしまうんですよね。私にとっての口パクが誰かにとっての恋愛禁止なんだと思ったとき、「だからあんなに怒っていたのか」と思いました。

宮本佳林と夢眠ねむに共通するアイドル観

佐々木 この流れで朝井さんが書かれた「武道館」(2015年発表の長編小説)のことも伺いたいんですが、あの作品ではアイドルという存在やそれを取り巻く現象が描かれていますよね。僕は去年、アイドルに興味を持つようになってから読ませてもらって、なんという予言的な小説であったかと衝撃を受けたんです。今から6年前に発表されたあの小説は、当然フィクションだけど、その背景には実際のアイドルシーンで起こっていることが描かれている。そして小説の中で提起されている問題意識は、朝井さんが長年アイドルを好きで居続けて、その間ずっと考えてきたことそのものなんじゃないかなと。今話に出たアイドルの恋愛問題についても、「武道館」の結末で1つの理想の答えが示されていると思うんですよね。

朝井 読んでいただいてありがとうございます。

南波 「武道館」は2016年にドラマ化されていますが、主人公の日高愛子は宮本佳林(ex. Juice=Juice)さんが演じていましたよね。

左から佐々木敦、南波一海。

左から佐々木敦、南波一海。

朝井 はい。小説に登場するアイドルユニット「NEXT YOU」をJuice=Juiceのメンバーが演じると聞いたときは本当に驚きました。ドラマ化の際には宮本佳林さんと対談する機会をいただいたり、夢眠ねむ(ex. でんぱ組.inc)さんに書評を書いていただいたんですが、その中で感じたのが、アイドル自身が自分の頭で考えて、自分で道を決めるというのが重要なんだということです。宮本さんは対談した当時、アイドル活動をしている中でも、自分でいろいろなことを選んでいるとおっしゃっていました。「私がどこに行っても駆けつけてくれるファンがたくさんいるから、その人たちのことは裏切れないし、裏切ろうとも思わないし、そもそも恋愛をする時間もない。そういうことを私は自分で選択しているんです」という旨のことを、当時話してくださいました。

佐々木 なるほど。

朝井 夢眠さんの書評の内容も「私は自分で選んでいる。苺があったら自撮りをする、恋人もいちゃいけないし、前髪も崩れない」「そういう世界を自分で選んでいる」という内容でした。宮本さん、夢眠さんと、アイドルが自分の頭で「恋愛禁止」を選んで活動しているケースに立て続けに触れたとき、「アイドルの恋愛禁止はおかしい」じゃなくて、「アイドルに自分の頭で選ばせないのはおかしい」という表現のほうがしっくりくることに気が付きました。多様性という言葉を使うならば、多様性ってつまり種類が多い状態のことですよね。だから、「恋愛禁止はおかしい、なくそう」というのは、アイドルの種類を減らす運動であり、私の尺度でしかない多様性なんだな、と。本人の意思と関係なく恋愛禁止を強いられるのはおかしいことだと思いますけど。

佐々木 本人が選んで納得していることであれば、恋愛が発覚したときにルール違反となっても仕方ない?

朝井 私は高校バレーが好きでよく観るんですけど、強豪校にはなかなか強烈な規則があったりして、生徒たちはそれをわかったうえで「それでも名門○○校でバレーをしたい」と入学しているんですよね。つまり、その場所に足を踏み入れる前に「ここにはこういうルールがある、違反したらこういう罰則がある」ということを承知しているか、ということが大事だと思うんです。グループとして恋愛禁止を掲げるならば、メンバーに「ここでデビューをするならばこういうルールがあります」と事前に説明をすべきで、それを承知のうえでアイドル自身が自分で選択して行動をしているならば、私たちが外から言えることは何もないのかな、と思います。

佐々木 確かにそうですね。でもそのルールを説明されたのが12、13歳くらいのときだったら、「恋愛禁止だよ」「あっ、はい」と簡単に承諾しても本当の意味ではまだ理解しきれないかもしれない。

朝井 そうですね、いくら自分の頭で選択するといっても若すぎると難しいだろうし、そういう場合は1年ごととかに説明し直してほしいですよね。「恋愛禁止です」と言い切ると人権侵害になるからと、なんとなく暗黙のルールにしている、みたいなのは本当に嫌です。なんというか、年齢もキャリアもバラバラな若い集団をまとめるとなったら、恋愛に限らず何かを禁止しなければならない可能性は高いと思うんですよ。そうなったときに、「こういう理由でこれを禁止するんですよ」と、アイドル本人たちにちゃんと言葉で説明するというプロセスがあるかないかで、大きく違うと思うんです。

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タブーが問題視されない未来

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ひかる @eureka__com_

この話好きだわあ

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