2018年に頒布された最新版「空耳アワー辞典 for 27years」。

一風変わった形で音楽を楽しむ人たち 第2回 [バックナンバー]

「空耳アワー辞典」作者が常軌を逸するデータベース作りに29年間を捧げた些細なきっかけ

早世した常連投稿者・高橋力氏との思い出も

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「空耳アワー」は、テレビ朝日系バラエティ番組「タモリ倶楽部」内で29年にわたって放送されている名物コーナー。外国語で歌われている曲なのに日本語のように聞こえる“空耳”ネタを視聴者から募集し、採用された投稿者には司会のタモリから手ぬぐい、耳掻き、Tシャツ、ジャンパーといった賞品が贈呈される。そんな「空耳アワー」を徹底的に研究し、膨大なデータをまとめた同人誌「空耳アワー辞典」を制作している、空耳アワー研究所というサークルがある。

一般的な音楽ファンとは異ったアプローチで音楽を味わっている人々に話を聞き、これまであまり目を向けられていなかった多様な楽しみ方を探る本連載。第2回はこの空耳アワー研究所の所長・川原田剛氏に取材を行い、空耳とともに生きたその半生や、2019年に亡くなった有名な空耳投稿者・高橋力氏との思い出など、さまざまなことを語ってもらった。

取材・/ 橋本尚平 写真提供 / 川原田剛氏

「今度こそコンプできるぞ!」がすべての始まり

母親がたくさんのレコードを所有していたことから、物心付いたときから洋楽を聴く環境にあったという川原田氏。小学校の頃にマイケル・ジャクソンのアルバム「Thriller」を気に入って何度も聴き、その歌詞が「鼻の穴」や「あー、臭っさ!」などに聞こえるのを面白がっていたのが、氏にとって初めての空耳体験だった。「空耳アワー」の放送が始まる10年も前のことだ。

小学6年生のときに、たまたま耳にしたFMラジオの洋楽番組「ポピュラーリクエストアワー」で、リスナーから「この曲がこういうふうに聞こえる」というネタを募集するコーナーが放送されているのを川原田氏は知る。それまで自分の中だけで楽しんでいた遊びがラジオのコーナーになっていたことに川原田氏は興奮。以降、そのコーナーで紹介されたネタをメモするようになったのだが、偶然知って途中から聴き始めた番組だったためそれ以前のネタを知る手段がなく、コンプリートできないことに悔しさも感じていたという。

そして1992年、それ以前から観ていた「タモリ倶楽部」で新コーナーとして「空耳アワー」がスタートした。幸運にも第1回から番組を観ていた川原田氏は「今度こそコンプできるぞ!」と喜び、オンエアされたアーティスト名と曲名、空耳の内容をルーズリーフに記録し始める。まさかこの習慣が、その後30年近く続くことになるとは思わずに……。

CDを聴きながらルーズリーフをめくる日々が数年経ってから、川原田氏はバイト先の友人から「コミケには『評論・情報』というジャンルがある」という話を聞く。それまでコミケについて“コミックの祭典”というイメージから自分とは無縁のものだと思っていた川原田氏だったが、「自分が今まで書いてきたものはデータベースだし、評論といえば評論だな」と気付き、コミケにブースを出すことを決意。ルーズリーフに書き留めたものをすべてPCで打ち直して製本し、522作品を掲載した76ページの「空耳アワー辞典」初版(当時の名称は「空耳事典」)を完成させた。ちなみにそのバイト仲間も洋楽CDの熱心なコレクターであり、かつ以前からコミケに興味があったということで川原田氏のサークル・空耳アワー研究所に参加。現在も“伊藤研究員”としてデータ調査&校正役でサークルに所属し、川原田氏と2人で「空耳アワー辞典」を制作している。

「空耳アワー辞典」の初版である「空耳事典」。

「空耳アワー辞典」の初版である「空耳事典」。

東京ビッグサイトが会場となって2回目の開催となる1996年12月、空耳アワー研究所は初めてコミケに出展。「5冊くらいしか捌けなかったらどうしよう。こんなの余ったらどうしようもないな」と思いながら刷ったという50冊だったが、蓋を開ければ開場後1時間で頒布が終了してしまい、残り5時間はブースに来る人々にひたすら謝り続けたという。さらに、その50部限定の初版を入手した人の中に雑誌編集者がいたらしく、それが「と学会」の初代会長として知られるSF作家・山本弘の手に渡り、雑誌で「こんな変な本が出た」と紹介されて話題に。個人的に楽しむだけのために書き溜められたデータベースは、こうして広く世に知られることになった。

実物のCDを探す途方もない作業

「空耳アワー辞典」ではすべての項目に「CD TIME」という、曲を再生してから空耳が聞こえるまでの時間が掲載されている。しかし「空耳アワー」の番組内で紹介される情報は、アーティスト名と曲名、空耳、そして該当部分の歌詞のみ。「CD TIME」を調べるためには、番組で流れた曲のCDを入手してすべて聴かなければならない。しかも、オンエアされた空耳が別バージョンや再録バージョン、ライブ音源などでしか聞こえないということもあるため、せっかくCDを入手して聴いてみたのに空耳が入っていなかったということもしばしば。また、リマスターされたことで空耳に聞こえづらくなってしまう例もあるため、テレビで流れたものと同じ音源を探して空耳を確認するのは非常に手間を要する。

「空耳アワー辞典 for 27years」の凡例。

「空耳アワー辞典 for 27years」の凡例。

「例えばモーツァルトだと、有名な曲は何百枚とCDが出てるんです。演奏する楽団が同じでも指揮者が変わって再録とか。カラヤンが指揮したものだけで何枚もあったりして。演奏が違うと空耳の聞こえ方もちょっと変わるから、何十枚も聴いてテレビで流れてたものを探すという。それがまあまあ大変なんですよね」

「冒頭3秒くらいで発見できる空耳もあるんですけど、10分以上ある曲の終盤に入ってることもあって。しかもちゃんと聴いていないと聴き逃してしまうような短い空耳もあるので、探すときはかなり集中して聴いてます」

大学時代の川原田氏はCD所蔵数の多い近所の図書館に4年間毎日のように入り浸り、CDを借りてはその場で聴き、空耳を探してすぐ返却するという日々を繰り返していた。途方もない作業の末、現在までに集めた空耳は約4000曲。現在、川原田氏は約6000枚、伊藤研究員は数万枚のCDを所有しているが、番組でオンエアされる曲はデスメタルからワールドミュージックまで非常に幅広く、それだけ持っていてもすべての空耳を網羅するにはまったく足りないという。

川原田氏の自宅にあるCDの一部。

川原田氏の自宅にあるCDの一部。

伊藤研究員の自宅にあるCDの一部。

伊藤研究員の自宅にあるCDの一部。

1曲だけ、どうしても自力で見付けることができなかったのが、2012年2月に放送されたUltramagnetic Mc's「Funky」の空耳だった。「Yo whassup Kool Keith?」が「よぉ おっさん 食う気?」に聞こえるというものだったが、まず流通量が少ないためなかなか入手することができない。やっと現物を手に入れたが、いざ聴いてみたら空耳が入っていない。番組スタッフが曲名を間違えた可能性も疑いつつ引き続き探し続けるが、結局見付けることは叶わなかった。放送から6年後の2018年に川原田氏がTwitterで情報提供を呼びかけると、空耳が聞けるのはオリジナル12inchバージョンのみ(のちにアルバム「Critical Beatdown」の再発盤にもボーナストラックとして同バージョンを収録)だったことが発覚。これにより、川原田氏は現時点までのすべての空耳をコンプリートしたことになった。

サブスク時代になって出てきた、この本の価値

「空耳アワー辞典」は4、5年に1度、新たな空耳を加えて情報を更新した改訂版が制作されているが、その間に廃盤になっていたCDが再発されていた場合、品番はすべて新しいものに更新される。リマスターされた場合、空耳が入っている時間も数秒ズレることがあるので、これについても聴き直してデータに変更がないかを確認している。

またデータをアップデートするのみならず、「空耳だけ覚えているけど、これ誰の曲だっけ?」と頭を悩ませる人が多いという話を聞いたときには、ニーズに応えるべく空耳から曲名を逆引きできる索引も新たに追加。資料性をより高めるために、アーティスト別の採用ランキングといったコンテンツも充実させた。そうやってこれまで長い間、川原田氏は改訂のたびに大変な労力を費やしてきたが、次回以降の改訂版では、Spotifyなどのサブスクリプションサービスに飛ぶためのQRコードを併記することも検討しているそうだ。

「コミケに出し始めた当時、『すごく苦労して作ってるのが伝わるけど、実用性が全然ない』ってすごく言われてたんですよ。CDを何千枚と持ってるような人なら、読みながらCDを聴くという楽しみ方もできるけど、それ以外の人にとっては文字だけ見てもわかりづらいですからね。でもサブスクの登場で、アーティスト名と曲名を入れれば誰でも手軽に空耳を聴けるようになったので、今になってこの本に価値が出てきたのを感じるんです。世の中の技術が、昔は予想もしていなかったような発展をしたことで、『適当に書いてるんじゃなくてちゃんと調べてるんだ』というのをちゃんとわかってもらえるようになりました。やっとですよ(笑)」

そう言ってサブスクリプションサービスの普及に期待を込めつつも、川原田氏は「でも、僕はCDコレクターなんで、やっぱり配信じゃなくてどうしても現物が欲しいんですよね」と笑っていた。

「タモリ倶楽部」は、テレビ朝日以外の多くのローカル局では数週間遅れで放送される、いわゆる“遅れネット”の番組。記録のためには毎週欠かさず番組を観なければいけないが、川原田氏は東海地方在住のため、地元の選挙速報やローカルの特番といったテレビ局の編成の都合で「タモリ倶楽部」の放送が飛ぶこともままあるという。そんなときは、氏は関東在住の空耳友達から情報提供してもらうことでデータを補完している。

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