2018年に頒布された最新版「空耳アワー辞典 for 27years」。

一風変わった形で音楽を楽しむ人たち 第2回 [バックナンバー]

「空耳アワー辞典」作者が常軌を逸するデータベース作りに29年間を捧げた些細なきっかけ

早世した常連投稿者・高橋力氏との思い出も

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早世した「空耳アワー」常連投稿者・高橋力氏との思い出

川原田氏はネタを記録するだけに留まらず、自らも「空耳アワー」にこれまで数十枚のネタハガキを送ってきたという。番組で採用された空耳は2本。そのうち1本は1993年に放送されたイタリア産ユーロビートの空耳だったが、タモリはこの曲調が気に入らなかったらしく、「お前には何もやんねえよ」と毒突いて賞品の進呈を拒否し、投稿ハガキを投げ捨ててしまった。当時のことを川原田氏は「あの日は夏のロケで、暑い中で移動してたのに渋滞に巻き込まれたとかで、コーナーが始まったときからタモリさんはダルそうな雰囲気だったんです。でも『賞品なし』っていうのはあんまり例がないんですよ。忘れられることはたまにあるんですけど、『何もやんねえ』と明言されたのを観たのは初めてだったので、レアだなって思いました」とうれしそうに振り返る。

ちなみに2回目に投稿が採用されたのは1994年で、このときは手ぬぐいを獲得。この手ぬぐいは今も川原田氏の自宅にある。

川原田氏の自宅に保管されている手ぬぐい。

川原田氏の自宅に保管されている手ぬぐい。

「空耳が聞こえるアーティストって、それ以外の部分でも日本語みたいな歌い方をしてることが多いので、辞典を作る過程で何回も聴いてると、その前後でも空耳に気付くことがあるんです」と説明する川原田氏。辞典を編集しつつ、その副産物としてネタを見付けては書き溜めてきたという氏のメモには、まだ投稿していない空耳が現状100個くらいあるという。

「さあ今から探すぞ!と思いながら音楽を聴くことはないですね。まあ、高橋力は毎日そういうことをしてたみたいですが(笑)」

この高橋力氏というのは、採用数の多さから番組ファンの間では有名な「空耳アワー」常連投稿者。「一日一空耳」を座右の銘として大量のハガキを番組に送り、2004年放送の「空耳アワード」では彼の自宅を訪問する特別企画もオンエアされた。高橋氏は2019年10月1日に46歳という若さで惜しくもこの世を去ってしまったのだが、そのことが広く知られるきっかけになったのは川原田氏のツイートだった。

川原田氏と高橋氏の出会いは、かつてコミケで空耳アワー研究所のスペースに高橋氏が突然現れたことがきっかけ。好きな音楽ジャンルが80sポップス、好きなマンガ家が植田まさし、しかも同い年と共通点の多い2人は意気投合し、初対面ながら高橋氏はその日、サークルの打ち上げにも参加したという。それ以来、高橋氏は夏と冬のコミケで売り子として店頭に立っていた。番組で何度も採用され何十枚もの手ぬぐいを持っていた高橋氏は、それらを縫い合わせて浴衣を作り、コミケ会場で着ていたことも。そのうち高橋氏目当てで空耳アワー研究所に訪れるファンが増え始め、ブース前はさながら握手会のような状態になっていた。

高橋氏の人となりについて川原田氏は「礼儀正しくて気遣いもでき、何よりも『空耳アワー』に対する情熱がすさまじかった」と回想。故人の生前を振り返って「例えば“富士山”という言葉が含まれてる空耳を見付けたときには、わざわざ富士山の山頂に登って、そこのポストから投稿するんですよ。『富士山山頂から投稿してみました』なんてハガキに書いて。そこまでする人はほかに聞いたことがなかったですね」といったエピソードを話してくれた。

空耳投稿者としての高橋氏のすごいところは、単に投稿枚数が多いというだけでなく、有名な曲の中から空耳を見付け出すことだったという。

「ワールドミュージックのようなニッチな音楽から空耳を探すほうが競争率が低いと思うんですが、彼の場合、洋楽に興味がある人なら何度でも聴いたことがあるような曲から、今まで誰も気付かなかった空耳を見付けるんです。もう1滴も出ないくらい絞りきった雑巾から、さらに絞り出すような技術ですよね」

高橋氏が投稿した数々の空耳の中でも、代表作は2003年5月に放送されたボニー・タイラー「ヒーロー(原題:Holding Out for a Hero)」の空耳「兄が疲労 アホに殴るヒロちゃんに遠慮がない」だろう。この曲はアメリカ映画「フットルース」の挿入歌であり、日本では麻倉未稀による日本語カバーがドラマ「スクール☆ウォーズ ~泣き虫先生の7年戦争~」の主題歌になったことでも知られている。発売から37年が経った今も、頻繁に耳にする機会があるヒット曲だ。

川原田氏はこの曲がテレビ番組などで流れると、いつも5ちゃんねるの実況スレを確認するという。

「必ず2、3人くらいが『兄が疲労』って書き込んでるんですよ。もう20年近く前の空耳なのに。きっともう、それが高橋力の作った空耳だって知らずに書いてる人も多いと思います。作者が亡くなっても作品は生き続ける……作品って言っていいのかわからないですけど、そう思うとうれしくなるんですよね」

ちなみに、川原田氏がTwitterに高橋氏の訃報を載せた際に一緒にアップした写真は、高橋氏が「ヒーロー」の空耳を投稿したハガキを、のちに自ら書き直したもの。「空耳アワー」は以前まで1回の放送で3作品ずつ紹介されていたが、2018年から2作品に減ってしまったので、空耳の盛り上がりが下火になっているのではと感じた2人は「なんとかして投稿者たちを奮い立たせたい」と考え、番組に送っているため手元に現物がなかったこの“伝説のネタ”のハガキを再現することにしたのだ。

誰も途中からはできないから、自分がやるしかない

ここ数年は若い投稿者への世代交代があまりないように感じているという川原田氏だが、空耳自体の需要は今後もなくなることはないだろうと語る。

「ニコニコ動画がオープンした頃、ネットで流行ってる曲の動画を観ると、歌詞を空耳したコメントが弾幕のように流れてたんです。最初のうちは1人ひとりが聞こえた通りの空耳を書き込んでるんですけど、大量に書き込まれると古いコメントはだんだん消えていく仕様なので、何度も書き込まれる“いい空耳”だけが残って、最終的にはものすごく洗練された空耳だらけの曲になるんですよ。かつてラジオのワンコーナーとして始まって、『タモリ倶楽部』で有名になった空耳という遊びが、時代によってフォーマットが変わっても文化として引き継がれているのを感じました。空耳の楽しさは普遍的なものなんだと思います」

番組では長年ハガキでのみ投稿を受け付けていたが、2019年2月よりオフィシャルサイトの応募フォームからの投稿が可能に。また同年9月には「働き方改革に伴う業務の外部委託」として、空耳を見付けた人が映像まで自ら制作して投稿する“動画応募”の受付を開始した。このように近年の「空耳アワー」は、これまでと変わらない魅力を残しつつも、時代の流れに合わせて少しずつスタイルを変えようとしているように見える。しかし新型コロナウイルスの感染拡大の影響でロケでの撮影が困難になってしまったため、2020年4月10日の放送をもってレギュラーコーナーとしては休止となり、現在は不定期での放送となってしまった。自身のライフワークを中断させることになったコロナ禍を振り返り、「特に、コミケの開催が中止になったのは残念だった」と川原田氏は語る。

「作った辞典をただ読んでもらうだけならネット通販すればいいんですけど、やっぱり年に2回のコミケに参加して、空耳ファンの方とかそこでしか会わない人たちに会っていろんな話をするのが面白いので、それがなくなったのは、仕方ないこととはいえ非常に痛いです」

1992年のコーナー開始以来、29年間欠かさずにネタの記録を続けてきた川原田氏。初版で522作品掲載されていた「空耳アワー辞典」も増補を重ね、最新版の掲載数は3228作品におよぶ。空耳アワー研究所の今後の活動について聞くと、氏は「誰も途中からはできないことだと思うので、最初に始めてしまった以上、もう自分がやるしかないですよね」と話してくれた。来年で放送開始から40周年を迎える長寿番組ながら、視聴者からの支持がまだまだ衰えることのない「タモリ倶楽部」。この番組が続く限り、「空耳アワー辞典」のページ数はこれからも増え続けることだろう。

「空耳アワー辞典」初版と最新版の厚みの違い。

「空耳アワー辞典」初版と最新版の厚みの違い。

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