「アウェイデイズ」場面写真(c)Copyright RED UNION FILMS 2008

青野賢一のシネマミュージックガイド Vol.14 [バックナンバー]

アウェイデイズ

鈍色の青春とシンクロするポストパンク

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DJ、選曲家としても活躍するライターの青野賢一が毎回1つの映画をセレクトし、映画音楽の観点から作品の魅力を紹介するこの連載。今回は10月16日より東京・新宿シネマカリテほか全国で順次公開されている「アウェイデイズ」を取り上げる。英国フットボール発祥の文化・カジュアルズの黎明期を描くこの作品の音楽的な魅力とは。

/ 青野賢一

戦後のUKユースカルチャー

「アウェイデイズ」場面写真(c)Copyright RED UNION FILMS 2008

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8月後半から9月にかけて、戦後のUKユースカルチャーについてのテキストを執筆していた。そちらは1950年代後半から1980年代の入口あたりまでを取り上げたもので、具体的にはモッズの台頭、そのムーブメントが大きくなって多様化し、スウィンギングロンドンの担い手であったサイケデリック方面と、ワーキングクラス中心の“ハードモッズ”およびそこから派生した“スキンズ”へと別れてゆく過程、そしてパンクの登場とその後、といった内容である。文字数の兼ね合いで、イギリスのカルチャーにとって欠かせない要素の1つであるフットボールに触れることができなかったのだが、そのテキストの最後にカジュアルズと呼ばれた、1970年代終盤にフットボールに熱狂し、スポーツウェアをタウンウェアとして着ていた若者たちについてごくさらりと触れた。併せて今回ピックアップした映画「アウェイデイズ」が参考になるのでは、と結んだのだった。

「アウェイデイズ」の舞台は1979年のイングランド北西部マージーサイド州バーケンヘッド。町を流れるマージー川の向こう側はリバプールという立地の港湾・工業都市である。物語は墓地のシーンから始まる。花を手向けて墓石の前に佇む初老の男性と若い男女。どうやら父、息子、娘で、墓に眠っているのは母親らしい。ほどなくして父と娘の2人と別れた青年は、あらかじめ用意してあった服──ジーンズにFred Perryのポロシャツ、Peter Stormのアノラックパーカー、そしてadidasのスニーカー──に着替えて、一目散に走り出した。彼の名前はカーティ(ニッキー・ベル)。この映画の主人公である。

この3カ月前、カーティは父と共に訪れたサッカースタジアムで乱闘騒ぎに遭遇している。乱闘していたのは“パック”というカジュアルズの一派だ。カジュアルズという呼称はリバプールのサポーターたちのいでたちを見て、ロンドンの人々がそう呼んだことから付いたもので、当のリバプールの連中は自らを不良や犯罪者の意である“スカリーズ”と称していたという。そのように言うだけあって、自分たちと違う派閥との喧嘩はごく当たり前に行われていたのだ。

「アウェイデイズ」場面写真(c)Copyright RED UNION FILMS 2008

「アウェイデイズ」場面写真(c)Copyright RED UNION FILMS 2008

乱闘を見て、これまでになかった興奮を覚えたカーティは、次第に自分もパックに加わって暴れたいと考えるようになり、まずは彼らのファッションを真似て、アノラックを入手した。そんなカーティは、スタジアムで少しだけ会話を交わしたパックの青年とEcho & The Bunnymenのライブで再会を果たす。エルヴィス(リアム・ボイル)という名のこの青年はカーティにこう警告した。「あいつらはワルだ。一員として言う。お前みたいな善人は関わるな」。

美しいUltravoxの音色

「アウェイデイズ」場面写真(c)Copyright RED UNION FILMS 2008

「アウェイデイズ」場面写真(c)Copyright RED UNION FILMS 2008

夜通しふらついて、明け方の海岸にやってきたカーティとエルヴィス。この場面でUltravox「Just For A Moment」が流れてくるのだが、これが2人の会話のやりとりとも相まって実に美しく聴こえる。本作ではこのUltravoxのほか、Joy Division、Cabaret Voltaire、Magazine、The Cureといった、いわゆるポストパンク期のバンドの楽曲が要所要所で使われている。ポップ化、商業化したロックに「NO」を突きつけて、自分たちの音楽を自分たちの手でやることに価値を見出したUKパンクのDIY精神は、パンクへの熱狂が落ち着きを見せていた70年代の終盤にも引き継がれる。80年代に入ると、そうした精神性とテクノロジーとの結びつきがいよいよ強くなり、多様なベクトルの音楽が生み出されるわけだが、本作の舞台である1979年はちょうどその狭間。ドラムマシンとシンセサイザーがシーンを席巻するほんの少し前の、まだ人の息吹がしっかりと感じられる、人間的な揺らぎのある音楽を、作中ではたっぷりと聴くことができる。

これらのテクノロジーに飲み込まれる少し前の音楽は、いわば過渡期的であるのだが──例えば、Ultravoxからジョン・フォックスが脱退し、「New Europeans」を含むヒットアルバム「Vienna」をリリースするのが1980年のことである──、そのことは作中の登場人物たちの心の揺れやモヤモヤ、行き場を探そうにも見つけられない焦燥感や閉塞感、諦念と見事にシンクロしていると言えるだろう。その意味で「アウェイデイズ」は、まさにこの時代の空気感を正確に切り取った作品なのだ。

「アウェイデイズ」場面写真(c)Copyright RED UNION FILMS 2008

「アウェイデイズ」場面写真(c)Copyright RED UNION FILMS 2008

「アウェイデイズ」場面写真(c)Copyright RED UNION FILMS 2008

「アウェイデイズ」場面写真(c)Copyright RED UNION FILMS 2008

さて、映画の内容に話題を戻すと、やがてカーティはパックに加わり、対抗勢力との戦いでも貢献するようになる。普段、家で父や妹のモリー(ホリデイ・グレインジャー)と接する際の優しい雰囲気が、パックの一員として喧嘩に加わるときはガラリと顔つきが変わり、目に狂気が宿るのがなかなかに恐ろしい。一方のエルヴィスは、相変わらずパックにはいるものの、ほかの連中とは微妙に距離を置いていて、どこか心ここに在らずといった風情である。そんな2人がたどり着く先については、ぜひスクリーンで確かめていただければと思うが、この映画は単に無軌道な若者の生態を描いた作品では決してないことは明らかにしておきたい。当時のユースの置かれていた環境や境遇、そしてそこから抜け出したいと思う者と抜けられない者のいずれもが抱える苦悩やつらさが、画面からひしひしと伝わってくるはずである。カラフルでポップな80年代とは対照的ともいえる時代のムードを、全編鈍色という印象で表しているのが実に秀逸だ。

「アウェイデイズ」場面写真(c)Copyright RED UNION FILMS 2008

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「アウェイデイズ」

「アウェイデイズ」メインビジュアル(c)Copyright RED UNION FILMS 2008

「アウェイデイズ」メインビジュアル(c)Copyright RED UNION FILMS 2008

日本公開:2020年10月16日
監督:パット・ホールデン
脚本・原作:ケヴィン・サンプソン
出演: ニッキー・ベル / リアム・ボイル / スティーブン・グレアム / イアン・プレストン・デイビーズ / ホリデイ・グレインジャー / サシャ・パーキンソン / オリヴァー・リー / ショーン・ワード / マイケル・ライアン / リー・バトル / レベッカ・アトキンソン / ダニエレ・マローン / デヴィッド・バーロウ / アンソニー・ボロウズ ほか
宣伝:VALERIA
配給:SPACE SHOWER FILMS

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青野賢一

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Kenichi Aono @kenichi_aono

音楽ナタリーの映画音楽連載、新しい記事が公開されました。今回は、ヒリヒリとしたポスト・パンクの曲と登場人物たちの心情がシンクロする『アウェイデイズ』です。フォレストヒルズ、僕も履いてたな。 #音楽ナタリー https://t.co/TuZD3E4I1g

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