映像で音楽を奏でる人々 第18回 [バックナンバー]
「くだらないものが好き」な北野篤のアイデアがハロプロにもたらしたもの
広告会社のプラナーがMV制作に加わることで何が変わるのか
2020年9月17日 12:15 76
ターニングポイントになったのはBEYOOOOONDS
先に「アツイ!」のMVを頼まれて撮っていたんですが、急遽メジャーデビューが決まって「眼鏡の男の子」と「ニッポンノD・N・A!」「Go Waist」でシングルを作ることになったので、一旦保留にしたんです。そのタイミングから、MVだけじゃなくCDジャケットと衣装も含めて依頼されるようになって、結果、MVの制作が4本同時進行になってかなり大変でした(笑)。ハローでは、トリプルA面シングルの3曲をMVもジャケットも衣装も全部同じ人が監修するというのは最近では珍しいことだったみたいですが、1枚のシングルをトータルで作ることができたのは純粋に面白かったです。
BEYOOOOONDSさんは活動の幅が広いグループだから、MV全体の方向性を考えたときに、「歌やダンスのグループ」というイメージを広げるよりも、「どれが本当のBEYOOOOONDSなんだろう?」って思わせたほうが面白いのかなと思ったので、方向性を3曲バラバラにしたんです。撮影のシチュエーションを「外ロケ」「室内ロケ」「スタジオもの」と分けて、「かわいいもの」「バカバカしいもの」「王道っぽいもの」という感じでテーマを分類して撮りました。
「ニッポンノD・N・A!」「Go Waist」はゼロから組み立てていけたんですけど、「眼鏡の男の子」はその時点でライブで披露してから1年以上経っている曲だったんです。だからファンの中でもMVへの期待値が上がってる状態だったのは自分でも感じていました。僕もあの曲を初めてライブで観たときに「なんじゃこりゃ!?」って思ったし、あの感じをどうやって映像で表現できるのか、けっこう悩みました。ただ「マンガっぽい雰囲気だな」という印象はあったので、マンガをテーマにして、冒頭の寸劇に吹き出しを付けたり、メンバーに手持ちでマンガのフレームを持ってもらったりして、あの「なんじゃこりゃ!?」という感じを作ろうとしました。
BEYOOOOONDSさんの寸劇を作っている野沢トオルさんとは撮影現場で初めて会ったんですよ。もしその前に野沢さんに会って寸劇の制作過程とかを聞いていたら、もっとちゃんと寸劇をやってたかもなって。そう考えるとこれは、聞かなかったからできたMVかなと思ってます。
※Googleストリートビューに偶然写り込んだ「眼鏡の男の子」のMV撮影の様子。
BEYOOOOONDSのMVが3本公開される日は、本当に吐きそうなほど緊張しました。彼女たちの人生がこの3本にかかってるかもしれない……と思ったらめちゃくちゃドキドキしてきちゃって、その緊張から逃げるために普段しない独り酒を飲みに行きました(笑)。
僕のキャリアのターニングポイントっていうと大げさですが、BEYOOOOONDSさんと仕事をしたことは大きいですね。ハロプログループのデビュー作品を担当するというのも光栄だったし、MVもジャケも楽しいものができたんじゃないかな、と。そこで事務所の方々から「トータルで作れる人だ」と認識していただけた感はすごくあります。現時点での自分の代表作を挙げるなら最新作であるBEYOOOOONDSさんの「ビタミンME」ですね。
「ビタミンME」はカゴメさんとコラボした、「野菜飲料を飲んでビタミンをチャージしよう」という曲なんです。音にチアの要素があるから、単純にメンバーがチアリーダーになるだけでも成立するんですけど、コラボということもあって、“応援する人”と“応援される人”の1人2役をメンバーに演じてもらう案を思いついて。それで企画したのが、日常生活を送っている“眼鏡の男の子”たちを、野菜飲料の化身であるチアリーダーたちが応援するというMVだったんです。
このときチャレンジしたのは、歌とダンス以外のBEYOOOOONDSらしい寸劇要素をいかに自然に入れ込めるかということでした。そのために、サビではダンスをしっかり見せつつ、それ以外の部分は演劇を意識して全部ワンカットで撮ったんです。寸劇シーンでは自然に「顔のアップ」も入れ込めたと思います。回転する舞台も演劇をイメージしています。その場で動きを付けて、リハをして、撮影して、を延々繰り返したので「本当に撮影は終わるのだろうか?」と思った現場でしたね(笑)。そういう舞台っぽいワンカットの手法も、寸劇も武器にしている彼女たちなら自然だし、やる意味があるし、結果的にすごくBEYOOOOONDSさんっぽいMVになったなと思っています。
自分が面白いと思うものを純粋に提案していく
MV制作に関わるときは、まず大枠の方向性を考えて、それに対して監督が演出を施して、さらに企画を詰め込んで、アーティスト側の意向なども組み込んだうえで、また監督に戻すというキャッチボールをしながら作品を作っていきます。
例えば「眼鏡の男の子」だと、男の子役の前田こころさんをカッコよく撮れたら、MVに出てくるライバル役メンバーたちの憧れの存在だけじゃなく、ファンの方々にも憧れが生まれるんじゃないか?と思ったので、監督に「とにかく前田さんのベタなカッコつけカットをいっぱい撮ってください」って頼んだんです。それを入れることによってファンがTwitterに「私の好きな前田こころちゃんのここを見てほしい! 」とか「こんなにイケメンなのに普段はこんな感じなんです!」みたいな投稿をするんじゃないか? その投稿を見てさらにファンが増えるんじゃないかな?と思って。そういう生活者目線も取り入れて考えるやり方は意識しています。逆に僕が想像してないところにも魅力はたくさんあって、監督やアーティストさん側から「こうやったらもっといいですよ!」って戻してもらうこともたくさんあります。
広告の人間が加わることでMV制作の何が変わるのかというと、例えば僕は、楽曲の世界観をとことん突き詰めるだけではなくて、「グループとしてこのタイミングでどういうものを作ったら面白いのか?」ということを常に俯瞰的な視点で考えてるんです。そして、どういうものを作っていくかが決まった段階で「それをさらに素晴らしいものにしてくれる監督は誰だろう」と考えて監督を選ぶようにしています。あと、僕が事務所と監督の間に入ることで、それぞれの意向が直接ぶつからないようなクッション代わりにもなる。なので僕の役割は、曲をどのようにMV化していけばいいかを考えつつ、ちょっと俯瞰して作品をよりいい形に導いていくことなのかなと思っています。
企画力を養ううえで、構成作家さんやお笑いの方たちからはいつも刺激を受けています。最近で言うと、作家のせきしろさんが脚本を書いているお笑いライブ「すいているのに相席」を昨年観に行ったときに、物事のある1点を拡大解釈したり、1つのことにスポットを当ててその前後を考えたり、視点がとにかくすごいなと改めて感じたんです。妄想力の凄味っていうんですかね。もともと、せきしろさんが天久聖一さんや椎名基樹さんとやっていた「バカサイ」や「バカドリル」もすごく好きでした。あとマキタスポーツさんの音楽ネタも同じような理由で大好きです。
広告ではなぜこの企画がいいのかを説明できないといけないので、ロジックが立てられる企画である必要があります。僕もそういうことを意識したんですが、自分にはあまり向いてないなあと思っていたので、特にMVに関しては「自分が面白いと思うものを純粋に提案していこう」って頭を切り替えたんです。でも、それを自信を持って言えるようになったのは最近かもしれないです。BEYOOOOONDSさんのMVは、自分の好きなこととグループの雰囲気が合致した感覚があるし、そのうえで面白いものができてる気がします。それはモーニング娘。’20さんなどのMVでも感じています。
今後は、ビョークの「It's Oh So Quiet」みたいな全編にストーリーがあるミュージカルっぽいMVを撮ってみたいです。あとは、やたら破壊するMVとか、爆破コントみたいなMVもいいですね(笑)。Ramonesの映画「ロックンロール・ハイスクール」みたいな作品を作りたいんですよね。あの映画のラストは爆破シーンですし(笑)。
北野篤が影響を受けた映像作品
Ramones「I Wanna Be Sedated」
固定カメラでワンカットで撮影していて、Ramonesは最初から最後までほとんど動いていないんです。1つの企画をやり切る潔さと、「Ramonesがカッコいいから」ってだけで成り立ってるところが超好きですね。こういうシンプルなのが僕は大好きです。シンプルにやり切るって自信がないとできないんですよ。画がもたないって思うと、心配でいろいろ入れたくなっちゃうものなので。これは曲のテンポ感もいいし、微妙に早送りなのが観ててすごく気持ちいいです。
Talking Heads「Once in a Lifetime」
超シンプルでめっちゃカッコいいです。これ観てるだけでデヴィッド・バーンは天才だなって思いますね。体の動きも含めて「どうやってこれを考えるんだろう」「どういう頭をしてるとこんなことできるのか」って思っちゃうんです。この人自身がパフォーマーの目線で撮り方も考えてるのかな、とか。とにかく、このMVのコンテが想像できない。これは全然見えない。自分には絶対こんな発想は出てこないし、センスがいいとしか言いようがない。こういうことができる人になりたいなって思います。
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吉田光雄 @WORLDJAPAN
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