北野篤

映像で音楽を奏でる人々 第18回 [バックナンバー]

「くだらないものが好き」な北野篤のアイデアがハロプロにもたらしたもの

広告会社のプラナーがMV制作に加わることで何が変わるのか

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ミュージックビデオの監督など、あらゆる形で音楽に関わる映像作家たちに注目するこの連載。今回はMV監督ではなく、博報堂ケトルのプラナーとして広告の企画などを立案している北野篤に話を聞いた。

ハロー!プロジェクトを中心としたさまざまなMVの企画に携わっている北野。最近では特に、彼が手がけたBEYOOOOONDSのMVが次々に話題となり、プラナーという裏方の仕事でありながら確かな存在感を示している。

この記事では、音楽漬けだったという少年時代から、CDショップでのアルバイトを経て現在に至るまでの彼のエピソードを公開。さらに、これまで手がけたMVの制作の裏側や、彼の持つ企画の源流などについて語ってもらった。

取材・/ 土屋恵介 撮影 / 梅原渉

「端っこのものが好き」な音楽趣味の遍歴

僕は博報堂ケトルでプラナーという肩書きで仕事をしていて、監督ではないのでこの連載に出られているほかの方たちとはちょっと立ち位置が違うんです。「なぜ僕が!?」という気持ちです。ミュージックビデオの制作に関しては、企画を立てたり制作過程で出てきたもののクオリティを見たり、あとはアーティスト側と制作チームとの調整などをやっています。プロモーションの一環として映像作品のお話をいただくといったところから、MV制作に関わるようになっていきました。

北野篤

北野篤

音楽から受けた影響はすごく大きいです。母が音楽好きで、小5のクリスマスプレゼントがなぜかTHE BLUE HEARTSの1stアルバム「THE BLUE HEARTS」だったんですよ(笑)。それから、家にスペースシャワーTVとかMTVとかMV文化が導入されたりもして、そうしたところから音楽に興味を持つようになっていきました。そのあとも母は、Nirvanaやワールドミュージック、ヒップホップとかにハマっていくんですけど、そんな母の音楽趣味の変遷に影響を受けつつ、僕も中学生くらいから自分の好きな音楽を掘っていくようになったんです。

中1か中2の夏休みに、自分が生まれた年の1981年の音楽に詳しくなろうと急に思い立って。それで近所のレンタルCD店で、大瀧詠一さんの「A LONG VACATION」とかを借りて聴いたらすごくよくて、そこからYMOとか80年代のアーティストをいろいろ聴き始めました。当時、学校に1人だけ音楽の趣味が合う友達がいて、そいつがフリッパーズ・ギターを聴いてたんで、そこからフリッパーズ・ギター周辺の渋谷系のアーティストや、ネオアコのアーティストを聴くようになったんです。

94年の中2のときに、父親が入院していた時期があって。そのせいで家がすごくバタバタしていたので、僕はクラスで仲がよかった友達の家に2、3カ月間居候することになったんです。そいつの家で聴いた、BOOWY(2つ目のOはストローク符号付きが正式表記)のアルバム「JUST A HERO」や布袋寅泰さんの1stアルバム「GUITARHYTHM」が好きになって、その友達に誘われてギターを始めてBOOWYのコピーバンドをやったりしました。当時はニューウェイブとかはわからなかったですが、今聴き返すとこの2作品はすごくニューウェイブですよね。自分が掘っていく80年代の音楽はどれも母親か友達からの影響で、その後は洋邦問わず年代もバラバラな音楽を聴きまくるようになりました。

僕が80年代の音楽に惹かれたのは、音がすごく攻撃的なところ。シンセもリズムボックスも無骨なサウンドで、インパクトが強い感じに惹かれたんです。Yesの「Owner of a Lonely Heart」なんかはその詰め合わせじゃないですか。あとはアイデアやビジュアルのすごさ。Sigue Sigue Sputnikのルックスを初めて見たときも「なんじゃこりゃ!?」って思ったし、動力パイプみたいなものが付いているソロ初期の布袋さんの衣装も「ビッグバン・ベイダーみたいでカッコいい!」って思ってました。

古い音楽を掘る話でいうと、94、5年くらいからCDの再発売ブームで80年代の音楽がどんどん再発されるようになって、自分の中でさらにCD欲が増していったんですよ。渋谷系って、新しい音楽も古い音楽も同時に掘っていくカルチャーだったじゃないですか。フリッパーズ・ギターの「DOCTOR HEAD'S WORLD TOWER -ヘッド博士の世界塔-」を聴いて、それと同時期にリンクしていたThe Stone Rosesのようなマンチェっぽいものや、The Smithsを聴いたり、Orange JuiceやAztec Cameraのようなネオアコの名盤を掘ったりしました。

それで当時渋谷にあったZESTという輸入レコード店に、高1か高2くらいから頻繁に足を運ぶようになって。そういえば当時はThe Beach Boysにもすごくハマりましたね。あとはトラットリアからFree Designが再発されたことをきっかけにソフトロックを聴き始めたり、そんな中学高校時代を過ごしていたんです。94年くらいの頃は華原朋美とかTKサウンドが全盛でしたけど、好きなものを掘るのに忙しくてあんまり聴いてなくて。今はメインもサブもないような時代ですけど、ど真ん中じゃないもの、端っこのものが好きっていう感覚はいまだにあります。全然映像の話にならないですね(笑)。

急に「自分はもっと面白いことができる人間な気がする」と思い立って

高校卒業後に大学に入ったんですが速攻で長い“遊び期間”に入ったんです(笑)。格闘技が好きで「PRIDE」を観に行ったり、ブラジリアン柔術を習ったり、お笑いのライブに通ったり。その後、ロサンゼルスに語学留学に行ったんですが、行ってすぐに盲腸になって現地で手術をしたりとか、いろいろあってロスから帰ってきて2004、5年くらいにCDショップにバイトで入ったんです。当時は好きなものに囲まれてゆるく穏やかに生きていきたいと思ってました(笑)。

そこでは、めっちゃ店頭ポップを書いてました。そのあとバイヤーをやり始めたんですけど、自分の仕入れたCDをどう紹介していくのかを考えたり、それがどう売れていくのかを見てるのが面白かったです。でも2005年頃って、Napsterが音楽配信サービスを始めたりYouTubeが設立されたりしたタイミングで、音楽業界がいろいろ変わりだしたときで。ちょうどレコード店のCISCOがなくなったりした時期ですね。

北野篤

北野篤

そんな頃に「音楽以外の世界も見てみたい!! 自分はもっといろいろなことができる人間な気がする!」となぜか思い立ってCDショップを辞めたんです。

座右の銘は「くだらないけど面白いものを作りたい」

今の会社に入ったのはその1年後くらいです。もともと僕の中学のときの家庭教師だった人が会社にいて、バイト時代もよく一緒にごはんを食べたりしていたんです。その人に「自分で面白いアイデアを考えて、それを仕事にできることもあるんだよ。そういう仕事を体験したら、自分が次に何をやりたいか見つかるんじゃない?」と言われて。最初は3カ月だけのインターンのような形で入りました。社会科見学みたいな感じですかね。

入った当初は、先輩に付いて回って「広告ってこうやって作るんだ」というのを見て学んでいく感じでした。そんな中、すぐに新規案件に僕も企画を出すことになったら、その企画が通ってしまって。自分が出した企画を面白がってくれて、それを実施するためにいろんな人が動いて形になっていくっていうのがすごく面白かったので、そこで「こんな仕事もあるんだな! 面白いな!」って仕事に対する意識が変わったんです。会社の人からも「わりと向いてるんじゃない?」と言われたし、どんどんその気になっていった感じですね。結局そのインターンみたいな状態が1年くらい続いて、のちに入社する形になりました。初めて関わった映像の仕事はテレビCMです。お菓子や車、ゲームアプリなどのCM企画を担当させてもらいました。そこから、この仕事を10年くらいやってます。

北野篤

北野篤

会社で座右の銘を書くことになったときにも「くだらないけど面白いものを作りたい」と書いたんですが、そういう心がけを大事にしています。さっき言った80年代の音楽やMVも、チープなものもくだらないものもあるけど、どれも最高に面白いじゃないですか。武器1つで押し切る感じとか、それが今の自分の作っているものの原風景みたいな感覚はあります。やっぱり、見てきたものや聴いてきたもの、好きなものとか、そういうところからしか自分らしいアイデアは出てこない気がしますね。

初めて制作したMVはアップアップガールズ(仮)

僕が最初に制作に関わったMVは、2016年に公開したアップアップガールズ(仮)さんの「バレバレI LOVE YOU フューチャーミュージックビデオ アプガ制服青春コレクション」です。当時アップフロントにいた山田(昌治:現YU-Mエンターテインメント株式会社代表取締役)さんと知り合ってお話をいただきました。

アプガさんの曲であるあるやベタを積み重ねるような内容のMVを作りたいという話でしたので、恋愛がテーマの曲ですし、恋愛マンガのあるあるやベタを繰り返していこうと考えました。そこから、単に“恋愛あるある”のオムニバスにするんじゃなくて、遅刻しそうなヒロインが食パンをくわえて走って人とぶつかるとその人が転校生だったというベタなシーンがどんどん連なって最終的にひとクラス分の登場人物が出てきたら面白いねって話になったんです。

このMVでは実験として、打ち合わせで出たアイデアはなんの吟味もせずに全部やろうと思ったんです。勢いでやったほうが面白いと思ったから、たぬきの置物、プロレスラーとか思い付いたものは全部発注していきました(笑)。オチのあとにさらにオチがある構成も誰かが言ったのをそのまま採用しました。で、「これ、映像に合わせてリズムを四つ打ちにしたほうが面白いんじゃない?」って話になって、最終的に曲をリミックスしてもらったんですよ。MVのために曲を変えちゃうって、本来の流れとは逆ですよね(笑)。1個の企画でやり通す、けっこう自分が好きなものになったかなと思ってます。

2017年には、モーニング娘。'17さんの「モーニングみそ汁」のMVを担当しました。その後に手がけるハロプロの作品もそうなんですけど、MVの方向性としては「こういうのをやったらグループヒストリーの中でもこのMVが目立ちそうだな」とか、「ファンはこういうのを観たら喜んでくれるんじゃないかな」というものをあえて意識するようにしているんです。コアファンから広がっていけばいいな、と。もともと僕もハロプロが好きだったから、そういう感覚があるのかなと思います。

この時期のモーニング娘。さんのMVって、しっかりと歌とダンスのパフォーマンス部分を見せるもの、っていうイメージが自分にも強くあったんですが、「モーニングみそ汁」はあえてそこにはまらないことをやりました。だから外ロケでダンスをあまり入れず、メンバーのナチュラルな表情をとにかくかわいく撮ろうという方向性で進めました。

道重さんの新しいイメージが伝わるものを作りたい

2018年は、道重さゆみさんの復帰後初のMV「Loneliness Tokyo」を作りました。2017年に道重さんが復活して、公演も2本やったので、そろそろMVを作りたいというお話をいただいて。このMVには道重さんの主演舞台「SAYUMINGLANDOLL~東京~」のプロモーションという意味合いもありました。

「Loneliness Tokyo」のMVは「いろんな衣装の道重さんをファンは見たいはずだ」というワンアイデアだけで突っ走りました。これ以前に道重さんが出ているMVは「シャバダバ ドゥ~」(モーニング娘。の57枚目のシングルに収録。2014年10月15日発売)なんですよ。復活までの2年半くらい、ファンはそのMVをずっと観ていて思い入れもあるわけじゃないですか。だから同じような世界観だと、絶対に超えられないなと思ったんです。だったら「シャバダバ ドゥ~」のようなファンタジーではなくリアリティを追求しようと。道重さんが芝浦を歩いてるのも現実感がないから面白い画になるんじゃないかなと思いましたし。主演舞台の物語も、地方から出てきた子がお母さんを探して東京を歩き回るという内容だったので、それをそのままMVに引用したんです。ただ衣装を着て街を歩いてもらっただけで画が持つのが道重さんのすごさだなと思いましたね。

あと「20代最後の道重さんのいろんな姿を残したい」という気持ちもありましたし、企画の段階で「道重さんに新しいイメージを与えられたらいいな」とも考えていました。例えば、道重さんをモデルに起用しようと考えている人が、このMVを観てスタイリングやメイクの参考にするかもしれないから、動画版のスタイルブックみたいになればいいなというのはちょっと意識しました。

2019年は、アンジュルムさんのシングル「恋はアッチャアッチャ」を盛り上げる企画で、公式アッチャアッチャ応援隊のMVを制作しました。

もともと「踊りとカレー」というお題で、あの踊りをいろんな人にやってもらいたいという企画のフレームがあって。インドのポップスっぽい曲だし、カレーを食べたらみんなが踊り出すというストーリーにしようと思ったんですが、そのまま撮ったら俳優の方が変な目立ち方をしそうな気がしたんですよ。「誰!? この人」みたいな。そうさせたくないから男性をもう1人入れようと思って、たいせい(シャ乱Q)さんにカレー屋の店長になってもらって、ある料理マンガに出てくる有名なカレーを出すのがいいんじゃないかと思ったんです(笑)。

全体としては、ウルフルズの「大阪ストラット」のMVみたいな陽気で元気な感じのことをやりたかったんです。でも結果、サーベルを持ったタイガー・ジェット・シンみたいな人が戸越銀座の看板の下で大勢の人と闊歩するという超カオスなMVになりました(笑)。

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ターニングポイントになったのはBEYOOOOONDS

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吉田光雄 @WORLDJAPAN

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