人参の葉っぱ。揚げると美味しい。

前川知大の「まな板のうえ」 第8回 [バックナンバー]

食べすぎるとはどういうことか

食べすぎてしまうもの=美味しいもの、ではない

1

29

この記事に関するナタリー公式アカウントの投稿が、SNS上でシェア / いいねされた数の合計です。

  • 4 9
  • 16 シェア

劇作家、演出家でイキウメ主宰の前川知大は、知る人ぞ知る、料理人でもある。この連載では、日々デスクと台所に向かい続ける前川が、創作と料理への思いをつづる。

取り憑かれたように食べる

ああぁ、食べたぁ、満腹、最高、ふぅー幸せ。

ごろんと横になり、とりあえず何もしたくない。ちょっと食べすぎたな、とも思う。年末年始の実家や、旅行の時なんか、いやいや若い頃は結構な頻度でこんな感じだったかも、と思います。ちょっとじゃなくて確実に食べすぎです。苦しいもの。

息子が五歳の頃、二人でシェーキーズに行った時のこと。彼はピザとパスタを何往復もし、後半になって「カレーもある!」とカレーを食べ、それはもう取り憑かれたようでした。少しすると動かなくなり、ソファーに横になって虚ろな目をしている。吐かないでくれよ、と私には祈ることしかできませんでした。

美味しいよね。

取り憑かれたように食べる、ということが自分にもあったのでわかります。肉、動物性油脂、炭水化物、塩、といった組み合わせの脳ハック系の美味しさに食欲が爆発し、適度なアルコールで満腹中枢を破壊され、動けなくなるほど食べすぎる。なんと愚かな…と妻に呆れられたことは一度や二度ではありません。それでも私は「満足だ、後悔はしていない」とそれが幸福なことであるとする態度を崩しませんでした。

ある日のお昼ごはん。スープは出汁もつかわず海苔と塩とごま油で。

ある日のお昼ごはん。スープは出汁もつかわず海苔と塩とごま油で。

食べすぎるとは、体の声に耳を傾けていないということ

でもある時気づきます。今は何もしたくない、というくらいの満腹からくるこの満足感は、幸福だろうか。これってただ、疲れているだけじゃないだろうか。こんな風に感じるのは加齢でしょうか。……加齢でしょうね。いやいや、若い頃は食べ疲れや内蔵への負担からくる倦怠感、あるいは血糖値の急激な上昇を、満足感と勘違いする程度に丈夫だっただけで、あれはやっぱりダメージだったと思う。

この連載の文脈で言えば、脳の快楽を優先して、体と心をないがしろにしている、そういうことになるでしょう。食べすぎるというのは、体の声に耳を傾けていないということです。年齢を重ねてくれば否応無しに体の声が大きくなってくるので、食べすぎることは減っていきます。もちろん、若くても感性鋭く体の声を聞く人もいます。私はどちらかと言うと内臓が丈夫なタイプではなく、ちょっとしたことで体調を崩すので、徐々に体の声を聞くようになりました。それでも時折暴走して、シェーキーズの息子みたいなことになっていました。最近はもうありません。

いつの間にか粗食の魅力を知り、旬の野菜をシンプルに料理したものがご馳走だと感じるようになりました。そういうものは食べすぎるということがありません。ちょうどいいところで満足感に気づき、箸を置くことができます。焼き肉みたいに「食べすぎだとわかっちゃいるが止まらねぇぜー」となることはありません。焼き肉が悪いというのではなく、焼き肉だと私もそうなる時があったと言いたいだけです。

美味いと思うものを腹いっぱい食べて何が悪い、ほっといてくれ。

地味な野菜料理より焼き肉の方が美味い、それだけのことだろ。

という意見が聞こえてきます。ごもっともです。体が丈夫で内臓が強い人は、それで構いません。でもどちらが美味いかという話は、少し検証が必要です。野菜料理の美味しさと、焼き肉の美味しさは、少し種類が違うような気がするからです。なぜ肉は食べすぎてしまうのか。

前回、肉という特別に高栄養な食材を脳は特別に美味しく感じるように遺伝子レベルで覚えてしまっている、という話をしました。太古の人類の記憶が、リミッターを解除してしまうのでしょうか。

食べすぎ? 馬鹿言ってんじゃねぇ、肉なんて次いつ食えるかわかんねぇんだぞ、食え、食え、全部食っちまえ! 

しかし現代は、成功率の低い狩りに頼ることなく、ほぼ100%の確率で肉をゲットできます。金さえあれば。

すいません、カルビとロース二人前ずつ追加でー。

そして食べすぎます。肉があれば、私達は肉を食べるのです。それは人間という生き物がそういうふうに出来ているから、と言えます。でも、半分は文化的要因でしょう。前回も書きましたが、非日常の獲物だった肉を、日常のおかずにしたのは戦後始まった工場畜産です。毎日でも肉を食べたい私達のために、肉が大量生産され始めました。売れるからです。高い環境負荷や動物の苦しみを無視するに値するほど、儲かるからです。資本主義です。

名前忘れた。色の珍しい野菜があると買ってしまう。

名前忘れた。色の珍しい野菜があると買ってしまう。

依存性のある食べ物は、脳の報酬系に作用する

肉料理の美味しさが、野菜料理の美味しさと違うところは、刺激の強さと依存性だと思っています。じんわりゆっくり美味しい野菜料理と、ガツンと来てもっともっとと欲しくなる肉料理の美味しさ。同じ美味しい(幸福感)でも、野菜料理はセロトニン系、肉料理はドーパミン系、というイメージがあります。もちろん料理の仕方によりますけど。

依存性があると言われると嫌な感じがするかもしれませんが、取り憑かれたようにガツガツ食べるとか、毎日でも食べたくなるというのは、ゆるい依存性があると言えます。

肉ばかり槍玉に上げましたが、実際に食べ物の依存性は研究でも認められています。甘く、しょっぱく、脂っこい食べ物。ファストフード、ピザ、チョコレート、ポテトチップスが筆頭に上げられます。

あぁ、身に覚えがありますね。食べすぎちゃうやつだ。ポテチ一袋いっきに食べてしまったり、マックでバーガー追加しちゃったりして、食べたあとにぐったりして後悔する。食べる必要があっただろうかと。いや、美味しかったからいいじゃないか。このぐったりは幸福のぐったりだ。

はたしてそうでしょうか。でたよ、うるさいな。

美味しいのは否定しません。でも食べすぎはいかがなものかと / いいだろ美味しいんだから、それに毎日じゃない / 自分で選んでやっていると? / はい自分の意思です / その意思はどこにありますか? / は? ここ(頭)でしょ / やはり。その脳、ハックされてますよ / は? / 体の声も聞いてください、心はここ(腹)にあります / ハックされてんのはお前の頭だ / あなたの美味しいを見直す時が来ています / すいませーん、変な人います!

研究によると、依存性のある食べ物とは加工度が高く、脳の報酬系(幸福を感じるところで、食事による快楽も含む)に素早く作用するという特徴があるようです。ラーメンや添加物のところで触れましたが、素早く脳に直行する美味しさというやつですね。そういった「やみつき」になる美味しさを人工的に追求した加工食品に、依存性があることは当然で、シンプルな肉料理とは分けて考える必要があります。ただ肉料理の美味しさにはそのような側面もあるということを指摘しました。

食べすぎてしまうもの=美味しいもの、ではない

なぜ食べすぎてしまうのか。という問いに戻ります。それは単に「美味しい」からではないと思います。

やみつきになる味を企業が追求するのは、美味しさを追求しているわけではなく、脳の報酬系に効率よく作用し、沢山売るためです。毎日沢山食べすぎてもらうためです。あなたの体のことは一切考えていません。資本主義です。

「やめられない、とまらない」という有名なキャッチフレーズで売れたスナック菓子がありますが、このフレーズ、怖くないですか。麻薬やギャンブルの依存症を想像します。体の声が聞こえなくなってしまうような美味しさを、日々の当たり前にしてはいけないと、私は思います。

食べ始めると本当に止まらないんだ。

食べ始めると本当に止まらないんだ。

つまり、食べすぎてしまうもの=美味しいもの、ではないというわけです。

私はいつしか、私がポテチを食べているのではなく、ポテチが私を食べていると感じるようになりました。食べ始めは私の意思ですが、途中から私の脳はハックされ、ポテチを口に運び咀嚼するだけの機械になり、脳の報酬系は激しく反応し幸福だと騒ぎ立てますが、心は空洞になっていくのです。それがあの食後のぐったりです。それがあのシェーキーズで横たわる息子の虚ろな目なのです! 偽りの満足感!

嗚呼、報酬系をちょっと触れられただけで理性を失ってしまう哀れな人類よ!

ごちゃごちゃうるせぇ! ポテチの悪口を言うな!

妻が後ろで騒いでいるので、今日はこれくらいにします。さようなら。

前川知大

1974年、新潟県生まれ。劇作家、演出家。目に見えないものと人間との関わりや、日常の裏側にある世界からの人間の心理を描く。2003年にイキウメを旗揚げ。これまでの作品に「人魂を届けに」「獣の柱」「関数ドミノ」「天の敵」「太陽」「散歩する侵略者」など。2024年読売演劇大賞で最優秀作品賞、優秀演出家賞を受賞。

バックナンバー

この記事の画像(全4件)

読者の反応

  • 1

ステージナタリー @stage_natalie

【連載】前川知大の「まな板のうえ」第8回 | 食べすぎるとはどういうことか

食べすぎてしまうもの=美味しいもの、ではない

https://t.co/DCSAYInTeZ

#前川知大 #イキウメ #まな板のうえ https://t.co/SUv3XOt7Y6

コメントを読む(1件)

関連記事

前川知大のほかの記事

あなたにおすすめの記事

このページは株式会社ナターシャのステージナタリー編集部が作成・配信しています。 前川知大 / イキウメ の最新情報はリンク先をご覧ください。

ステージナタリーでは演劇・ダンス・ミュージカルなどの舞台芸術のニュースを毎日配信!上演情報や公演レポート、記者会見など舞台に関する幅広い情報をお届けします