目まぐるしく変化していく日々、ふと非日常的な時間や空間に浸りたくなったら、“ゆるりと歌舞伎座で会いましょう”。「吉例顔見世大歌舞伎」夜の部には、三谷かぶきの第2弾「歌舞伎絶対続魂」が登場する。「歌舞伎絶対続魂」は、劇作家の三谷幸喜が、東京サンシャインボーイズで1991年に初演した「ショウ・マスト・ゴー・オン」を原作とする新作歌舞伎で、伊勢の芝居小屋・蓬莱座を舞台に、狂言作者の花桐冬五郎を軸にした物語が展開する。ステージナタリーでは、本作の作・演出を手がける三谷と、冬五郎役を演じる松本幸四郎にインタビュー。創作の裏側や、“笑い”への思いなどを聞いた。
取材・文 / 川添史子撮影 / 須田卓馬
幸四郎さんは理想的なコメディアン
──まず今回「ショウ・マスト・ゴー・オン」の歌舞伎化を決めるまでの経緯を教えていただけますか?
三谷幸喜 一番最初にお話をいただいたときは、もとの戯曲構造が歌舞伎とは全然合わない気がして、「やめたほうがいいですよ」とお答えしていたんです。もともと舞台監督が主人公の話ですし、裏方のスタッフたちが力を合わせて次々と起こるトラブルを解決し、シェイクスピアの「マクベス」を最後まで上演し続ける……という内容ですから。そもそも歌舞伎には黒衣という存在がいるので、舞台上でアクシデントが起こっても彼らがほとんど解決してしまいますしね。初期の打ち合わせ段階では「展開に無理が生じますよ」と話をした記憶があります。
松本幸四郎 僕が「とにかく『ショウ・マスト・ゴー・オン』をやりたい!」と主張したことになっていますが(笑)、ここに決まるまで紆余曲折あったんですよね。
三谷 なんせ最初にこちらから提案した企画は「色彩間苅豆~かさね」でしたから。あれはコメディに仕立てられる確信があるんです。あとは、落語の人情噺を原案にした「蔦紅葉宇都谷峠」(河竹黙阿弥作)とか。
──いずれも複雑に絡み合う因果話で、それはそれでいつか拝見したい気がしますが……結果、三谷作品を代表する王道のコメディが選ばれたわけですね。
三谷 幸四郎さんとの歌舞伎は「決闘!高田馬場」(2006年)、三谷かぶき「月光露針路日本 風雲児たち」(2019年)に続いて3本目。僕の中で今回は「笑いに特化したコメディをやりたい」という思いがあったんです。チャップリンから始まりコメディアンは、やはり身体性が重要。動きにキレがあって、体内に流れるリズムが速い、これが優秀な喜劇俳優の第一条件なんですね。その点、歌舞伎俳優の皆さんの身体性はすごいじゃないですか。特に幸四郎さんはせっかちですし(笑)、すべての条件を兼ね備えた、僕にとって理想的なコメディアンなんです。
──十八世中村勘三郎さんも幸四郎さんがまだ若い染五郎時代に「この人は“目がとけている”から喜劇ができる」とおっしゃったとか。
幸四郎 北條秀司作の喜劇「狐狸狐狸ばなし」をお兄さんがなさったときに、使用人・又市という三枚目の役で使ってくださったのがすべての始まりでした。
三谷 “目がとけている”という表現、面白いですね。
幸四郎 そうなんです。当時は松竹の方も「大丈夫かな」と半信半疑だったと思いますよ。それが今や、笑いのない役のほうが珍しくなってきているんですから(笑)。
──三谷さんは、現代劇と歌舞伎の違いをどこに感じますか?
三谷 一番感じる大きな違いは、お客さんが「役者を観る」感覚が強いことですね。役者さん自体も素に戻ったりアドリブでつなぐのもお手のものですし、歌舞伎の中ならそれが成立してしまう。以前、僕のつくった歌舞伎を観に、志村けんさんがいらしたときに、座組み全員がやたら志村けんさんのネタをセリフに入れ込むんですよ。最初いらっしゃるって知らなくて「どうして今日は、こんなにも全員が全員?」と不思議で仕方なかった。
幸四郎 「客席に志村さんがいる」という情報が裏に伝わって、「じゃあ、あそこにネタを入れ込もう」と思いついちゃったら、もうやらざるを得ないというか、「やらないことはもはや罪」と思ってしまうような思考回路が染み付いているかもしれません(笑)。でもちゃんと出る前に「ここに入れたら後ろに齟齬が生まれないぞ」とシミュレーションしますし、イレギュラーな状況を受けられる人が座組みにそろっているときだけですよ!
三谷 そう、パッと本筋に戻すこともできる人たちだから、脱線してもグダグダにはならない。それをお客さんも、ある意味グルになって楽しむことができる。現代劇で生きてきた僕から見ると、その関係性もすごくうらやましいです。
劇中劇は「義経千本桜」
──今回、幸四郎さんが演じる役についても教えてください。
幸四郎 僕が演じる狂言作者は舞台進行の責任を持つ役割を担っていて、誰よりも芝居を愛している人物。ものすごく一生懸命ゆえに、周囲が振り回されていくんです。
三谷 全員が体力的に大変なお芝居ですが、幸四郎さんは特に最初から最後まで出ずっぱり。舞台をはけるのは一度水を取りに行くときぐらいですよね。2時間近くを舞台上で走り回って、最後にも大変な見せ場があるわけですから。
幸四郎 それを書いたのは三谷さんご本人ですよ!(笑)
三谷 いやいや……だからね、こんなところでインタビューに答えている場合じゃないんですよ。
──すみません(笑)。劇中劇を「義経千本桜」にする案は、坂東彌十郎さんのアイデアだとか。「ショウ・マスト・ゴー・オン」初演の翌年(1992年)にフジテレビで放送されたテレビ版の劇中劇は「忠臣蔵」でした。
三谷 歌舞伎化の台本を書くにあたってさまざまなことを教えてくださって、彌十郎さんの口から、「劇中劇は『義経千本桜』がいいんじゃないですか」というアイデアを出していただきました。
幸四郎 大正解だったと思いますね。お客さまがよくご存じの人気作で、義太夫狂言の中でも華やかでドラマチックな芝居。ケレンや仕掛けが多いので、舞台裏が大忙しなんです。裏方の苦労、という意味では仕込めるネタの要素にも困りませんし。
──歌舞伎の裏方には現代劇にはない役割もあります。以前、平成中村座の桜席(舞台上に据えられた席)で開演前に舞台上で裏方が準備する様子を眺めていたら、舞台をぐるっと回って帰っていく謎の男性を見かけたのですが。
幸四郎 頭取さんですね。楽屋を取り仕切る責任者で、基本的には役者がちゃんと来ているかを確認する役割の人です。その人が開演前に舞台までやってきて「それではお願いします」と言ったら、狂言作者が開幕の合図である柝を打つ。舞台上の幕を引くのは大道具さんの役割ですが、花道の揚幕の開閉は「揚幕さん」と呼ばれる専門のスタッフさんがいます。現代劇の方から見ると、不思議な役割分担かもしれません。
──三谷さんは「この人はちょっとユニークだった」と記憶に残る裏方さんはいらっしゃいますか?
三谷 昔「観客の目に入るところには決して出ない」と確固たるポリシーを持った裏方の方がいらして、エキストラ的な出演はもちろん、上演中に舞台に出てのセット移動なんてことも絶対にしない方がいたんですね。ちらっと見えたりするようなことも避けるような徹底した姿勢で、すごくカッコよくて。でもその方、いつも全身真っ白の服装なんですよ。
幸四郎 あはは、かなり目立ちますね(笑)。
三谷 実はこの人物が「ショウ・マスト・ゴー・オン」の舞台監督・進藤のモデルなんです。この人自体は舞台監督ではなかったのですが。
──今回は舞台上に幸四郎さん演じる狂言作者がいて、裏にはリアルな狂言作者がいるわけですよね。
三谷 歌舞伎の裏方もプロフェッショナルがそろっているので、今回の狂言作者さんもすごく優秀な方なんです。どうでもいいことですけど……あの方、とっても声が小さいですよね?
幸四郎 言われてみれば、そうかもしれません(笑)。
三谷 歌舞伎の裏方は皆さん職人気質で、外部からやってきた僕からするとちょっとおっかないんですが、「仕事が好き」「歌舞伎が好き」ということが、こちらにも伝わってくる方ばかりのような気がします。
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ハプニングの先に、伝説の舞台が生まれる




